第五十話 紡ぎ歌


これは、昔の記憶。


「カナの歌声は、やさしいな」

唐突にそんなことを言い出したのは、イタチだった。
「え?」と声を合わせたのは、イタチを挟んで縁側に座っている、サスケとカナ。今の言葉はまるで脈絡がなく、実に唐突で、話しかけられたカナも目を瞬いていた。

サスケが真剣に自分の"修行"について話しているから、カナは口を出せない。でも暇だし、母様がいつも歌ってくれたあれを歌おう。ただそれだけ思って、いつもどおり気任せに歌っていただけだった。

「どうしたの?兄さん、いきなり。今は火遁について話してたのにさ」
「いやなんとなく。思っただけだよ」
「なんとなくって......」
「"やさしい"?私には、お兄ちゃんの声のほうが、ずーっと"やさしく"聴こえるよ?」

サスケの不満げな声に、カナも続いてイタチを見上げる。イタチは「そうか?」と笑い、「気のせいさ」と目を細めた。その顔そのものが"やさしさ"だ。「気のせいじゃない!」とカナは声を張り上げるが、「わかったわかった」とイタチは軽く丸め込んだ。

「けど、オレはカナ、お前の歌にはそういうふうに聞こえるんだ」
「......?全然わかんない」
「ていうか兄さん、話を元に戻してよ!」
「そうだな。じゃあ二つ同時に話を進めるとしようか。例えば、だ」

怪訝そうな顔をしている幼子二人に挟まれながら、イタチはすっと庭を挟んだ塀を指差した。そこには火を扱う"うちわ"を司られた白と赤の独特の家紋が彫られてある。

「二人も知っての通り、うちはは火遁を得意として扱う」
「うん」
「火遁が苦手とするのは何か、は知ってるだろ?」
「水遁、だろ?火は水に弱くて、風には強い!この前父さんも言ってた」
「ああ、その通り。カナの歌はその水遁に近い気がするんだ」

イタチが何でも無いことのように言うので、カナとサスケはまた首を傾げるしかなかった。イタチは「ただの例えだがな」と苦笑している。

「(例え?水遁?)」

カナは足をぶらぶらと揺らし、考えてみたが、すぐにギブアップの声をあげた。

「どうして?私、風遁しか使えないよ」
「まあ、それはそうなんだがな。オレは、カナには水遁のように、火を......つまり、高ぶった気持ちを鎮めるような力がある気がするんだ」
「し、鎮める?」

サスケがそう繰り返す。イタチはまた微笑む。

「そうだ。といってもただの例え話だから、もちろん物理的には無理だけどな。気持ちとか、そういう色々なものを鎮めてくれる、そんな声だとオレは思う」
「カナが?」

サスケは胡散臭そうにカナに目を向けた。対してカナも眉を寄せて首を捻っている。イタチの言葉は相変わらず、まだ二人には難しいものだった。
イタチはふっと笑って、二人の頭をぽんぽんと撫でる。咄嗟に目を瞑る二人。サスケは恥ずかしかったのか、ハッとすると素早くイタチの手から逃れる。イタチはそんなサスケを見て問いかけた。

「じゃあ、サスケ。お前はカナのさっきの歌声をどう思った?会話中なのに歌うなんてうるさいとか、そう思ったか?」

すると、サスケはイタチの言葉をしっかと呑み込んだ後、ぶんぶんと頭を横に振った。目を丸めているところから、どうやらそんなこと考えたこともなかったらしい。イタチは更に、「じゃあどう思った?」と続けた。
サスケは一呼吸置いてから、どことなく恥ずかしそうに、口を開いた。

「オレは___」



"落ち着くって、思った。"


その言葉は未だに、カナの頭に残っていた。そして今この場でその記憶を思い返した時、カナは自然と瞼を下ろし、小さく口を開いていた。
緊張が高まっていた空間に、小さな声が響いていた。


───"夜空 羽根が舞う"


それはいつもと変わらない歌詞。サスケもよく知っている、カナだけの歌。

とくり。サスケの心臓が波打った。それまでどんな声も届かなかったサスケの耳に、カナの歌声が響き渡っていた。滑らかな音程。温かい声。

サスケの赤の瞳に、ようやくカナの姿が映る。銀色が煌めき、揺れている。その表情は相変わらず、いつも歌う時と変わらない、朗らかな顔。

サスケが、好きな表情。

サスケの荒んだ心は徐々に落ち着いていっていた。次第にそれは呪印に反映する。体を取り巻いていた痣が徐々に、首元の印に戻っていく。それと同時にサスケの足ががくんと崩れた。

「サスケくん!!」

叫んだサクラがそんなサスケを咄嗟に支えに行った。驚いたように自身の体を眺めているサスケは、いつものサスケに戻っていた。カナはそのことを確認したとき、一気に体中に疲れが襲ってくるのを感じた。

「(届いたんだ......歌が、)」

それだけで十分だった。カナの密かに笑う。カナの背はゆっくりと、後ろへと倒れ始めた。
「カナ!」とそう叫ぶ仲間の声ももう遠い。カナは最後に、自分の背を支えてくれた存在に気付いたけれど、襲ってくる疲労と睡魔は待ってはくれなかった。





「どしたの?ネジ。珍しいじゃない、手を貸してあげるなんて」
「手じゃない、足を貸したんだ」

全てが終わった後。音忍たちが退き、ルーキーたちも方々に散った後。まだ体調が戻りきらないリーを看ながらテンテンはふいにそんなことを言った。
テンテンが言った意味はカナのことについて。あの時、カナがクッションもなしに地面に倒れ込もうとした時、片膝でその体を支えたのは紛れも無くネジ。だがその当の本人は、何故か不愉快そうにしていた。

「どっちでもいいわよそんなこと。なに、あの子になんか思うところがあるの?」
「あるわけがない。ただの気まぐれだ」
「ふうん?......フフ、可愛かったもんね、あのカナって子」
「いい加減にしろ」

ネジは遂にテンテンを睨む。が、テンテンは「はーい」と笑いながら言っただけで悪びれた様子はない。
ネジは溜め息をついた後、その肩をリーに貸しながら、タンっと地面を蹴った。


 
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