第一話 始まりの日
少女の中の大切な記憶。たくさんある中でも、特別な記憶。
白い病室の中心で、ベッドの上に座っていた黒髪の少年と、その少年の前にいた少女。
泣いて、誓う、二人の図。
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少女、名を、風羽カナ。もう今は既にカナを残して一人だけとなった一族の末裔である。
風遁を得手とし、鳥と共に生きていたその特異な一族が滅んだという話は、大人達の間では知られている話だった。里の外の一族だった風羽の生き残りが、三代目に引き取られて今木ノ葉にいるという話も衆知のことである。"九尾の人柱力"の話のように隠されていることでもなく、風羽の事件を知らないのは、ただ幼かった故に聞かされなかった子供達くらいのものだ。
しかし、里のほとんどの者が知らない事実も、そこにはあった。
「よしっ」
姿見の中でさらさらとした銀髪が動く。茶の色の瞳が輝いている。ハイネックの服を引き上げ、腰に巻き付けた額当てを力強く結ぶ。
木の葉を司った印のあるそれは、紛うことなき"木ノ葉の忍"である証。数日前、見事に卒業試験に受かった者たちに配られた、忍を目指す者にとっては憧れのものである。
姿見から流れたカナの視線は、今は棚の上の写真立てにあった。
「母様、父様」
静かな声が部屋に響く。
「二人とは違う場所で、私も今日から、忍になるんだ」
写真の中で笑っている三人。父と母の間で、二人の手を握り、無邪気に笑っている幼いカナがいる。成長したカナが、今その前にいる。
カナは微笑み、写真立てに背を向けて扉へと向かった。履き慣れたサンダルに足を通し、扉を開ける。
そこから朝日が差し込んだ。明るい日差しに、カナは眩しそうに、それでも笑った。
「絶対に、立ち止まらないよ」
一歩を、踏み出す。
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と、そんな格好いい気もする、一日の出だしだったのだが。
「くっ......く」
「......」
「〜〜〜......っ」
「............」
「......ふ、くッ......」
「......カナ」
「、ふ......な、なに......っ?」
黒い瞳と髪、整った顔立ち。くノ一クラスで文句なしのナンバーワン人気を誇るうちはサスケ、その真後ろ。
"幼なじみ"が思い切り不機嫌であることを承知しながら、それでも笑っているその姿。
「いい加減忘れろ」
サスケが遠雷の如く低い声で言うが、効果はない。先ほどサスケの身に起こった人生最大の汚点とまでいえる事件のおかげで、ただでさえ不機嫌であったというのに、笑われているおかげでそのゲージは更に上昇中である。
「だ、だって......あ、あははははっ!」
そしてもう抑えきれないとばかりに笑い声を上げられ、サスケは一度ぶちっときたものの、それはすぐに落胆へと変わり深いため息をついた。
「怒らないで、サスケ......あははッ、だって面白かったから、」
「ありゃ事故だっつってんだろ!」
「本当に、ごしゅう、しょうさま......ッ」
サスケの席の後ろ───カナは、サスケとナルトのあの恐ろしいキスシーンを目にしてから、ずっと笑っていたのである。ナルトが喧嘩を売ってきた数秒後のあの出来事。カナはちょうどその時部屋に入り、その瞬間をばっちり目撃したのだ。
幼なじみと友達の不名誉な事故を本来なら不憫に思うべきかもしれないが、多くの女子がナルトに制裁を加えている一方で、カナはこみ上げる可笑しさに耐え切れず今に至る。
「まあまあ、同性同士なんて、そんなに気にすることでも、」
「アホかお前は!男同士だからこそだろうが、しかもあのドベ!」
「んだとォサスケ、こっちこそなァッ......って痛い痛い痛い、サクラちゃんっやめてくれってばよぉ!」
サスケの怒声が上がり、ナルトの悲鳴が響き、女子たち(主に間近で見たサクラ)の制裁による埃が舞い上がり、カナの笑い声は止まらないまま。他の同級生たちも外野でやいのやいのと言っている騒動は、教室に入ってきたイルカが止めるまで長々と続いていた。
■
「えー、これからのキミたちには里から任務が与えられるわけだが......」
予測不可だった事件はともかく、今日この日は下忍に受かった者たちを召集し説明会が行われる日だった。
下忍ともなれば、基本小隊スリーマンセルを結成し、担当上忍と共に任務に当たることになる。そして今日は下忍の心得を知り、その小隊のメンバーと担当上忍が発表されることになっているという。
「(でも卒業生って確か28名。どこかはフォーマンセルかな)」
今日からこのアカデミーを離れ、長く一緒に過ごしてきた同期とも別の道を行くことになる。
「(ずっと望んできた一歩だけど、やっぱり少し寂しいかも)」
「ようし!じゃあお待ちかねの班分けだが、それはこちらで力が均等になるように決めてあるから、よーく聞けよ!」
「えええええ!!?」
イルカの爆弾発言後、教室に響いた大合唱。しのごの言ってもそうなっているものは仕方が無い。この場にいるほぼ全生徒がどぎまぎしながらイルカの発表を聞いていく。悲喜こもごも、喜ぶ声もあれば嘆く声も多い。後者のほうが断然多い気はするが。
「第六班はこのメンバーだ。で、次!第七班!」
イルカの発表が次々に終わっていく。カナの名前も、ついでにサスケの名前もまだ出ていなかった。
「七班だって。ラッキーセブンだね」
「何言ってんだお前」
「えー、風羽カナ!」
「あ」
「次いでうずまきナルト......春野サクラ!」
「うおっしゃーーーい!!!」
「何でえ!?こんなヤツとーーー!!」
ちょうどサスケの隣に座っていた二人、ナルトとサクラが反応は正反対ながらも同時に立ち上がる。突如立ち上がって吠えた二人に周囲がぎょっとしているのと同様、カナも苦笑いした。
「なんか、ある意味すごく楽しそうなメンバー......」
「……お前やっていけんのかよ」
「退屈はしなさそう。サスケはまだかな」
「……フン」
「それからこの班は特別にフォーマンセルになる。うちはサスケも第七班だ」
少し寂しいな、とカナが思ったのは束の間だ。
どうやらフォーマンセルになるのはカナたちの班だったらしい。自然と笑みが溢れて、よろしくね、とカナが言えば、サスケは顔を背けてオウ、と頷いていた。
その後のナルトの抗議もむなしく、第七班は決定した。