第四十八話 サクラ咲く!


視線の先には、サクラのみ。

サクラはさっと頭を切り替えてクナイを手にした。しかし、サクラは次の瞬間にはハッとしていた───リーが既に動くことも困難な体で走り出していたのだ。
とはいえ、繰り出した技はドスにまで届かなかった。驚いていたドスもそこで我を取り戻す。

「やはりさっきの攻撃、効いてるみたいだね!」

後ろへと跳ぶドス。ドスの足は地につき、弾くようにした更にスピードをつける。

「少々驚かされましたが、あの閃光のような連続体術が面影もないじゃないですか!!」

繰り出されるドスの腕。リーは咄嗟に腕で防いでいた。そうしても攻撃を防ぐことができないと知っていても、他にしようがなかった。リーが膝を地面につくと同時に、カナの口からも短く声が出る。

「リーさん、カナ!」

サクラはそんなカナを支え、崩れ落ちるリーを見ていることしかできなかった。

「往生際の悪い......こんな仕事、一瞬で片付くと思っていたんですがね。さっさとサスケくんを殺させて下さいよ」
「!! さ、させないわよ、そんなこと!」
「キミに何ができるっていうんです?そうやって、震えてる仲間を支えてることしかしてないのに」
「それでも、仲間だけは、殺させない!!」

リーが必死になって立ち向かう姿を見たからだろうか。サクラの心には、不思議な強さが生まれていた。いつもは進んで前に出る二人、サスケとナルトは、今は動けない。仲間を守ろうとするカナも然り。リーは無関係だというのに、なんの躊躇もなく戦ってくれた。

私はまだ動ける。できることはある。

「フン......じゃあ、先ほどは彼に邪魔されましたが。もう一度お手並み拝見といきましょうか!!」


ドスが、走り出す───どんどん近づいてくる。
サクラは印を結んだ。冷や汗が伝っていた。自信があるわけではなかった。だが、逃げるわけにはいかなかった。

仲間を、守りたい。


ゴウッ___!!


しかしその時、サクラの視界を突如遮ったのは、土煙だった。
いや───風、か。


「えっ......」
「今度はなんです!?」


ドスの苛ついたような声が煙越しで聴こえる。サクラは呆然と風を見て、そして、カナを見ていた。
風はカナの専門分野。すぐに思い当たったのは当然だった。


「カナ......?」
「......大丈夫、だよ......サクラ」

苦痛が拭い取れていないカナは、それでも、ゆっくり体を起こしていた。土煙がゆっくり晴れていく。三人衆もカナに気がついたようだった。しっかりと両足で立ち、サクラの前に躍り出たカナに。

「サクラも、リーさんも、殺させない......」

暗く、低い声が、カナの声で流れ出ていた。その場にいる全員がカナを意識させられていた。冷静でいてかすかな怒りも感じられ、サクラはそれ以上声をかけられない。それはドスやザク、キンにとっても同じだった。
真っ直ぐな瞳の視線がドスに突き刺さる。ドスはごくりと唾を呑み込んだ。

そうして、カナはすっと目を伏せ、自身の銀色の髪に手を伸ばした。数秒をかけて髪が結わえられていく。その姿には隙が多すぎるほどだった。しかし、手出しはされなかった。カナの雰囲気が全てを圧しているかのように。
銀色は、一つに、風になびいた。


「サクラ」


いつも通りの声で呼ばれて、サクラはやっと我に返った。その瞳に映ったカナの姿。
振り返ったカナの口元は、笑っていた。


「サクラは絶対......守るよ」


止める間も、声をかける間もない。次の瞬間からカナは動き出していた。

まずは一番近いドスへ。ドスもまた我に返り、腕を構えている。カナの目にドスの独特な武器が映った。
あれが、痛みの原因だ。
耳にしていたドスとサクラの会話を思い出したカナは、すぐさま印を組んだ。

「風遁 風繭」

風繭。自身の周りを囲うことによって、あらゆる攻撃から身を守る風羽のオリジナル忍術。しかし、それはほんの基本だ。使い手によっては様々な工夫を凝らせられる。
今の印の結束によって風繭は発動した。しかし、それはカナの周りではない、ドスの周りに起こっていたのだ。「な!?」と周囲の異常に目を見開くドス。カナは足を止めることもなく、その横を過ぎ去る。

「それさえあれば、あなたの"振動"は私に届かない。暫くそこでじっとしてて下さい。もっとも、この言葉も今は聴こえていないでしょうけど」

カナの視線はドスから外れ、ザク、キンへと向かった。キンはその場で立っているだけであったが、ザクのほうは既に印を組み、カナを待ち構えていた。

「風ねェ。だがこのオレは、空気圧を操るんだぜ!?」

ザクはその両手を前に突き出し、カナへと焦点を合わせた。

「斬空破!!」

その途端、ザクの両手にある穴から強い空気圧がカナを襲った。空気の塊に押され、カナは瞬時に後ろに下がる。空気圧の影響で土煙が大きく舞い上がっている。双方の視界は相手が見えないほどに悪くなっていた。おかげで、ザクは突如飛んできたクナイを完全に避けることは叶わず、頬を掠ってしまった。
カナが放ったことだけは確実である。ザクは舌打ちを零す。

「キン。アイツの視界も悪いはずだ......やれ」
「分かった。耳、塞いでな」

声をかけられたキンはにやりと口元を歪ませると、どこからか鈴を取り出した。赤い紐のついているただの小さな鈴である。しかし、チャクラが練り込まれることによってそれはただの鈴でなくなる。

ちりん。

可愛らしい鈴の音が辺りに響いた。土煙の向こう側にいるカナも、もちろんその音を聞いた「(鈴?)」とカナは眉をひそめたが、その直後。

「あ、うッ、」

鈴の音が突然脳内に大きく響き、痛みと代わり、視界がぐらりと揺れたのだ。カナががくりと片膝をつき、驚いたのは鈴の音が届かないところでカナを見ていたサクラだった。

「カナ!?」
「大丈、夫......!」

カナは頭を抑えながら小さく返した。頭では理解している。これは幻術だろう。視界の焦点が合わず、立ち上がれない。

そのうちに土煙が晴れていく。ぼやけているカナの目でも、そこにザクとキンが立っていることだけは判別できた。ザクはカナを見下ろし、ニヤッと笑んだ。

「お前もこれで終わりだな。あそこにいる奴らと一緒に、死ね!」

ザクの口から吐き出されるその言葉も、カナには何重にも聴こえる。二人を見上げたカナは歯ぎしりした。この幻術にかかっている状態では戦いたくても戦えない。感覚が戻ってこなければ、立ち上がろうとしても尻餅をつくだけなのは目に見えている。この幻術を解くには───

カナの唇に、つっと血が伝った。


「私たちは、まだ死なない!!」
「なに!?」


叫んだ後、すぐさま高く跳んだカナに、ザクとキンの二人は驚きの声をあげる。しかし疑問はすぐに解消された。唇を切れるほど強く噛んで、幻術を自力で破ったのか。
小さな声で毒を吐いたザク。そしてその両腕を跳んでくるカナに向けた。

「斬空破!」

カナへと進む空気圧。しかしカナも吹き飛ばされる前に印を組む。

「風遁 風車!」

カナの拳に集まる強い風。時間の経過と共に大きく唸っていく。空気圧と直面しても、その時の風の勢いでは吹き飛ばされることもない。重力と空気圧の狭間にいながら、しかし、カナの拳は徐々にザクに近づいていく。

歯を食いしばって空気圧を送り続けるザク。落下しながら風を強めるカナ。勝っているのはカナのほう。風車を纏っている拳をまともに喰らえば、暫くは気絶すること請け合いだ。

「(もう少し......!)」

ゴウという強風の音に包まれながらカナは思った。あと、数センチ。


だが。


カナの拳がザクにぶつかる寸前だった。
カナは突然 全身に強い痛みを受け、バランスを崩していたのだ。

「......ッ!?」

カナが短く声を上げる間に風が勢いをなくしていく。全てを把握したのは、ザクのほうが早かった。


「うおりゃあァァ!!」


ザクはカナの腕を乱暴に掴み、手加減なしに投げ出したのだ。
「カナ!」と悲鳴を上げたサクラは駆け出そうと、した。しかし、その前に髪を強く引っ張られる痛みに襲われる。

「行かせないわよ」

サクラが驚いて見上げれば、キンが意地悪い表情で笑っている。その間にカナは地面に投げ出され、声に出ない悲鳴をあげていた。
カナに近づいてかきこきと首を鳴らしていたのは、風繭に捕らえられていたはずのドスだった。

「全く......ザクのほうに意識を集中させすぎたみたいだね。あんなところ、すぐに抜け出せたよ。しかし、僕の術は相当痛いらしいな」

ドスの服の裾からカナにとって不利な武器が出ている。サクラは全てを把握し、歯ぎしりをする。自身の体を押さえ込んでいるカナの元へ駆け寄りたい、とサクラは思うが、しかし、サクラの髪をむしらんばかりに引っ張っているキンは放してくれそうもなかった。

「私より良い艶してんじゃない、コレ。髪に気を使う暇があったら、修行しろ!一丁前に色気づきやがって」

頭を揺さぶられ、サクラは抵抗もできない。キンは何かとても良いことでも思いついたように「ザク!」と声をあげた。そしてとんでもないことを言い出したのだ。サクラの目の前で、サスケを殺そう、などと。
それにザクが同調しないはずもない。サクラはカッとして、髪を引っ張られながらも動こうとしたが、「動くな!」と怒鳴られびくりと震えた。


それは、恐怖だった。敵の迫力への恐怖ではない。大切な人を守れないことへの、恐怖だった。


全身を襲う痛みに耐えながら、必死に体を起こそうとしていたカナが、真っ先に気付いた。

サクラの恐怖は、涙となって現れていた。拭うこともないまま、サクラは両手の拳をただただ強く握っていた。サクラの涙が地面に滲みを作る。

「(私......また、足手まといにしかなってないじゃない......!)」


瞼の裏に映る心強い仲間達は笑っている。その笑顔が、今は苦しい。サスケは、ナルトは、カナは、いつだって、笑いながら助けてくれた。そんなことが、サクラの心に重石をのせる。
今度こそは、今度こそはと思いつつ、結局変わらない自分が酷く悔しかった。なのに仲間達は笑う。いつも、いつも。なんでもないことのように。普通のことだというように。なのにどうして、自分にはそれができなかった?

サクラの手はいつしか、ホルスターへと伸びていた。


「無駄よ。私にそんなものは効かない」

それを目敏く見つけたキンがすぐさま吐き捨てる。サクラとてそんなことは解っている。音忍たちと自身とでは、戦闘能力の差がありすぎることなど。
けれど、それでも、できることはあると思った。まだやれると思った。仲間達を護るためにできることは、まだ、無くなっていないのだと。

「......何を、言ってるの?」

サクラもまた、吐き捨てた。
その瞳の色は挑戦的で、キンが一瞬惚ける程だった。


ざく____


額当てが。そして桜色の髪が、風に流れていた。

サクラは一切迷いなど見せなかった。未練もなかった。そんなもの、どれだけ小さいものか。仲間達を守れないことと比べれば。
桜色の髪は、切り落とされた。他でもない、サクラ自身の手によって。

「(いつも、私は一丁前の忍者のつもりでいて......)」

はらはらと舞う自身の髪を見つめながら、サクラはきゅっと下唇を噛み締めた。

「(サスケくんのこと、いつも好きだと言っといて。ナルトに、いつも偉そうに説教しといて......カナに、負けたくないって思っといて。私は、ただ、いつも三人の後ろ姿を見ていただけ)」

サクラの脳裏に映るのは三人の仲間の背中だった。三人はいつも前へ前へと進んでいく。そして振り返って、笑う。それが嬉しかった。それが、哀しかった。

桜色の髪が舞っている。それが仲間の一人であるカナに驚きの目で見られている事を、サクラは自覚していた。けれど、見返してはいけないと思った。
今、仲間に見てほしいのは、今こそ見てほしいのは、自分の背中なのだから。



サクラの額当てがカランと音をたてて落ちた。

「この!」

それと同時にキンは動き出す。隙だらけのサクラの背中に、クナイを刺そうと。しかしサクラはそれを察知し、素早く印を組んだ。キンがその背中にクナイを差した時、サクラの姿は丸太に変わっていた。
本物のサクラは既にザクへと迫っている。ザクの右側から責めようとするサクラは数本のクナイを一気に放った。だがザクは焦ることなく冷静に印を組む。

「空気圧100%、超音波0%、出力、斬空破!」

ザクの両手の通気口から空気圧が吹き抜ける。クナイの流れが変わる。クナイはまたサクラの元へと返り、それだけではすまされず、サクラの体を襲った。途端にまた丸太へと変わる。
ザクはそれさえも見越していた。

「バレバレ。上だ」

ザクの視線が上空に向かう。そこには、ザクへと飛びかかりながらも、また同じ印を組んでいるサクラの姿。何のことはない、ただの変わり身の術だ。

「馬鹿の一つ覚えか。二度も三度も通用しねえって言ってんだろうがよぉ。てめーはこれで......」

そうしてザクは数本のクナイを放った。

「十分だ!」

ざく、ざく。生々しい音をたててそれらは全てサクラに命中する。ザクは鼻で笑って、また"本物"のサクラを探し始めた。しかし、どこを見ても桜色の髪は見えない。
ザクは怪訝に思うと同時に、頬に何かが落ちてきたのに気付いた。それは、真っ赤な血だった。

「な、なんだと!?」

ザクはようやく気づき、再び上空を見上げていた。サクラの姿はまだ消えていなかったのだ。
印はフェイク。そのサクラは、紛れもない"本物"だった。サクラの手にあるクナイに気付こうとも、ザクは避けきることができずに腕を刺され、そのまま二人して地面に崩れ落ちた。
その上、サクラはザクの腕に強く噛み付いたのだ。誰もが目を見張った。

「放せコラ!!」

振り上げられたザクの拳が、何度も、何度も、サクラの頭や顔、体を殴る。サクラの額や口から血が出るのに長くはかからなかった。しかし、それでもサクラはザクの腕に噛み付いていた。痛みのせいで涙が出てこようとも、必死に。

「サクラっ......!やめて!早く、逃げて!!」

その震える声にサクラはうっすらと瞼を開いた。翠色の瞳が映したのは、必死に叫ぶ仲間の姿。カナ、とサクラは心の中で呟いた。

サクラの記憶の中で、カナはいつも笑っていながら、仲間のことになると真剣な瞳をしていた。ひ弱そうなイメージを持っていたのに、いつのまにかそれは塗り替えられ、カナはサスケやナルトと並ぶ強く真っ直ぐな少女となっていた。

「(いつもいつも......思ってたのよ、カナ。何でアンタはいつも私たちのことばっかり考えてるんだろうって。なんで自分を後回しにするんだろうって。ずっと不思議に思ってた。私はアンタのこと、知ってるようで、実は何も知らなかった。......けど、最近、やっと気付いたの。アンタも、サスケくんやナルトと、同じだってこと)」

思えば、カナは自身のことをあまり語ろうとはしなかった。自身の過去を語ることはなかった。カナはいつもそこで、微笑んでいただけ。それだけでカナのことは全て分かっていると錯覚していたのだ。
第七班に配属されてようやく気付いた。カナの瞳の奥にあるものを。何かいい知れない哀しみが、サスケやナルトと同じような哀しみが、そこには有った。

「(アンタはきっと、守らなきゃって思わされるものを、過去に何か背負ってるのよね。だから、私たちのことになると必死になるのよね。......悔しいけど、私にはアンタのその傷がなんなのかはわからない。けど、けどね、カナ。今、アンタが動けないのなら......今度は私が、やれるだけやってみせるから)」

だから、そんな哀しい顔をしないで。

サクラは再び強く目を閉じた。ザクの拳の強さは一向に弱まらない。それどころか更に大きなものとなり、サクラの体はいつしか投げ出される。しかしサクラの瞳の強さもまた、一向に弱まらない。

「いい加減にしろ!」

ザクは苛立っていた。噛み付かれた腕の痛みにも、サクラの屈しようとしない視線にも。遂には両手の通気口を向けるほどに。

「サクラ!お願い、もう、やめてよ!!」

カナの嘆願の叫びが響く。
しかしサクラは逃げない。一向に、逃げようとは。

茂みが揺れたのは、その時だった。ざっと出てくる影。ザクの前に、三人の人影が立ちはだかる。


 
|小説トップ |


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -