第四十二話 襲来


試験開始数分後。男は唐突にチームメイトに切り出した。
"別行動を取る"。男のその時の笑みにはあまりにも感情がなかった。チームメイトは背筋を凍らせ、男が勝手な真似をすることにも文句を言えなかった。
男は三人とはまるで違う。誰かに従うわけでもなく、ただ自分の欲のためだけに。

「せいぜい死なねェように気をつけろよ。巻物はともかく、全員揃ってなきゃ三次にいけねェんだからな」

男は一瞬でその場から消え去る。それだけで、通常の飄々とした態度では思いもよらない程の力を持った男なのだと、男を何も知らないチームメイト三人は知った。

その数秒後、どこかで不気味な叫び声が森に響いていた。



"ぎゃぁああああああ!!"


その声は七班のところまで届いていた。張り裂けるような叫びにカナは誰よりも身震いする。「今の、人の悲鳴よね......」とサクラも弱々しい声で呟く。カラスが数羽森から飛び去っていく様子が見えた。

「な、なんか、緊張してきた」
「ど、どうってことねぇってばよ、サクラちゃん」

しかし平気だと言って笑うナルトも見栄を張っているようにしか見えない。その上、女二人の前で「ちっとしょんべん......」とか言っていそいそとズボンに手をかけたナルトを、サクラが力一杯殴ったことに同情の余地はない。

「レディーの前で何晒そうとしてんのよ、草陰行きなさいよ!」

はたかれてしぶしぶ草陰に移動するナルト。フーフーと猫のように唸っているサクラは、既に恐怖のことなど忘れたようである。えらく早い変わり身で、嫌なことを思い返していたカナも笑ってしまった。サスケはその後ろでただただ呆れているようだった。


ナルトが用を足している間、カナは木にもたれ掛かりじっと耳を澄ましていた。
この森には今 たくさんの人間が忍んでいる。いつ何時襲われてもおかしくないのだから、こんな休憩のような時間にも気をつけておくに越したことはない。
サスケもまたカナと同じように周囲に警戒を張っている。

一方で、サクラは石の上でぼうっとカナを見つめていた。銀色の頭から、足のつま先まで。

「(......)」

サクラにとってカナとは、一緒の任務に就くまで、"忍らしくない少女"だった。

「なのに、今は......」

サクラのこんな呟きにもカナはすぐさま気付く。不思議そうに首を傾げるカナに、サクラは自嘲気味に笑う。

「カナの強さを分けてほしいくらい」
「え?」
「いつもふわふわ笑ってるくせに、私たちのことになると目の色変えるし。実力もあるし、根性もある。僻むつもりじゃないけど、私最近、アンタが羨ましいわ」

それはサクラの本音だった。サクラの翠色の目には今まで見てきたカナの勇姿が映った。ただのDランクの時もそうだったけれど、波の国で遠目に見たカナの戦う姿は、サクラの目に焼き付いて離れない。平生は柔らかな雰囲気を持ち合わせているくせに、それには似合わない程の猛々しさも持っているカナは、サクラに劣等感を抱かせる程だった。

「どうしたら、アンタみたいになれるのかしら」

間の抜けた顔をしているカナを前に、サクラは溜め息をつく。けれど突然カナがぽつぽつと言い出した。

「羨ましい?サクラが?私を?」

そして何故か笑い出したのである。当然そんな反応はまるで考えてなかったサクラだったので、怒りを通り越して目を丸くすることしかできず。
実は話を聞いていたサスケは肩を竦めて口元だけ上げていた。

「ちょっ。な、なんか笑うところあった? 今」
「あははは......ううん、いや、うん、ごめん......ちょっと可笑しかった」
「だからなんで!?」
「だって私、サクラに羨まれるような人じゃないし」

自分の意見を真っ向から否定されてサクラは眉をしかめる。カナは目尻に溜まった涙を掬い取った。

「私はみんなから力をもらって、やっとここにいるだけ。隣に誰かがいないと、私は多分、すぐに逃げ出しちゃうよ。現に、試験開始前にだって励ましてもらったし......さっき悲鳴が上がった時、実は私も怖かったんだけど、ナルトとサクラのおかげでいつもの自分に戻れた。みんながいないと、私はしっかりできないと思う」
「......けど、それはちょっと違う気がするわ」
「そうかな。私は、サクラはすごく......強い気がするけどな。眩しいくらい」

カナは、本当に眩しそうに目を細めて、笑う。ふわりとした柔らかそうな笑顔で。まるでサクラ自身の意見を耳に通す気がないようだ。
サクラは呆れて笑った。それがまた、劣等感の塊を大きくするのだけれど。サクラはやはり自嘲してしまう。

「(......けど、今はアンタの言葉も信じてみるわ)」

まだ自分の中に強さは残っているということ。今の自分は成長過程でしかないということ。
ありがと、とサクラはほんの小さく呟いた。それにカナが気付いたかどうかはわからない。サクラは俯き、はにかんでいた。


しかしその時ナルトの声が帰ってきて、サクラの少女らしい微笑みは一瞬で消え去った。

「やーすっげぇ出た!すっきりー」
「ナルト......だから、レディの前で、そういう!!......って、カナ?」

だがナルトにサクラがまた制裁を加えようと近づいた時、急にカナがサクラの前で道を塞いだのだ。
ナルトを睨んで放さないカナの瞳。下がって、とカナは小さくサクラに声をかけた。サクラは疑問符を浮かべるしかなかったのだが、次の瞬間にはそれも吹き飛んでいた。
サスケがナルトを吹っ飛ばしたのだ。

「サ、サスケくん!?いくらなんでも、そこまでしなくったって!」

しかし、サスケは反応しない。
ナルトは口元についた血を拭いながら顔を上げる。「な、なんなんだってば......」とそれも最後まで言うこともできず、サスケの蹴りが目前に迫り、ナルトは素早く避ける。応酬は暫く続いたが、結局最後はナルトが枝から思い切り落とされた。
起き上がったナルトは強くサスケを睨んだ。

「何すんだってばよ、いきなり!」
「何をだと?それはこっちの台詞だ!」

今度はクナイまで構え始め、再び襲ってきたサスケにナルトは歯ぎしりをする。サスケとナルトの戦いがまた続く。サクラは更に狼狽え、じっと見ているだけのカナの服の裾を掴んだ。

「カナ、ねえ、どうして二人を止めないのよ!」
「見てて、サクラ。ナルトの動き」

カナはそれだけ言って、またサスケとナルトに目を戻した。
ナルトの動き。そう言われてサクラも訝し気に二人を目で追った。それはただ、クナイを構え、ぶつけあう二人の姿。
しかし、その数秒後にはサクラも違和感に苛まれた。何故、ナルトがサスケにああも応戦できる?

「嘘でしょ?まさか、ナルトがサスケくんの動きについて来れるなんて!」
「違うと思うよ」
「え?」
「アイツをよく見ろ!」

その時、サスケがナルトから離れ、サクラを促した。ナルトの相手をしたにしては息切れが酷いサスケは、またナルトを強く睨みつける。

「言え!本物のナルトはどこだ!」
「え!?」
「ハ!?な、何言ってるのかワケわかんねぇ!!」
「あくまでもシラを切り通すつもりか?お前、顔の傷はどうした」

サクラがハッとする。ナルトも目を丸くして黙り込んだ。

「さっき試験官につけられた傷は、どうしたって訊いてるんだ」
「それに、ナルトは右利きですよ」

だというのに、今のナルトのホルスターは、左についているのだ。
「てめぇはナルトより変化が下手だな。偽者ヤロー」とサスケの挑発的な声が場に響く。ナルトは俯いて沈黙していた、がーー突如 煙がナルトの体を覆い、煙が散った頃には、別の忍が姿を現した。
額当ては雨隠れ。アンラッキー、と籠った声が聴こえた。

「バレちゃあ仕方ねェ。巻物持ってんのはどいつだ」

誰がそんな質問に答えるものか。全員が身構え、雨忍もすぐさま実力行使に移った。

「私はナルトを!」

カナがそう叫び、すぐさま茂みに入っていく。サスケはサクラを護るようにしながら印を組んだ。
火遁 鳳仙火の術───燃え上がる火の粉が雨忍を襲う、が、もちろん素直に攻撃に当たってくれるはずもない。雨忍は木々を伝い、ナルトとカナが消えていった方向へと動き、サスケも無論それを追った。

「ごめんってばよ、カナちゃん......!」
「うんいいから、縄切るからじっとしてて......!」

すると不意にナルトとカナのそんな声が聴こえ、サスケは一瞬集中を切らした。見ると、ナルトはようやく縄から解放されたようだった。
雨忍はその隙を逃さない。「ほら隙が出来た、ラッキー!」と叫んだ雨忍はすぐさまクナイを放った。その程度なら木の枝に隠れることができたのだが、サスケの目に映ったのは、クナイの先にくくり付けられた起爆札。

「サスケ!!」

カナが気づいて叫んだ時、派手な爆発音が鳴った。

とはいえ無事だ。煙に巻かれながら、サスケは真っ直ぐ地へ降りていく。しかし、地に足がつくと同時に、サスケは背後で気配を感じ取る。

「これぞラッキー。動くと殺す。巻物を大人しく渡せ」

雨忍の持つクナイがサスケの首に当たっていたのだ。サスケは動けない。逆らえば確実に殺されるだろう。
だが、サスケは余裕の笑みを零していた。ナルトの放ったクナイが雨忍の背後に迫っていたのだ。下品な言葉で毒づいた雨忍はさっと上へ跳んだ、が、サスケとてその隙を逃すわけがない。

ナルトのクナイを無駄な動きなく放ち、雨忍が咄嗟にそれを避けたと同時に、その背後に回り込む───

ぐさり。

生々しい音と共に、雨忍の左腕に痛みが走る。サスケが持つクナイが雨忍の腕から生えた。

「サッサスケくん!」
「ボケボケすんなサクラ!こいつ一人とは限らないんだ!いいか、気を抜いたら本気で殺されるぞ!!」

殺し合いも有り。それが、この試験なのだから。

雨忍は勝機がないと見込んだのか、それからはすぐサスケから離れ、どこか遠くへ消えていった。サスケも深追いはせず、状況を見て地面に下り、顔についた血を拭う。
カナはほうっと安堵の溜め息をついていた。とりあえずこの森に入ってからの一回戦では、誰もケガを負うことなく済まされた。



「いいか。一旦四人バラバラになった場合、例えそれが仲間でも信用するな。今みたいに、敵が変化して接近する可能性がある」

それはつい先ほどの体験のことで、全員の顔は引き締まっている。今後のための作戦会議である。「それじゃ、どうするの?」と先ほどのことで疑心暗鬼になったサクラは真剣にサスケに問うた。

「合言葉を決めておく」
「合言葉?」
「ああ」
「......それには賛成だけど、忘れた時悲惨だよね」
「バカ」

気の抜けた言葉を返したのはカナである。カナの顔は切実だったが、サクラが呆れ顔でカナを小突いた。こういう場合、最も不安なのがナルトであることは間違いないが、カナもカナである。

「緊張感ないこと言わないでよね、カナ」
「ご、ごめん」
「そうだってばよカナちゃん!」
「ナルト、アンタは人ごとじゃないわよ」
「ええー!?」

総合的に全員緊張感が足りない。溜め息をついたサスケはまた切り出す。

「一回しか言わないからな、よく聞いとけ。忍歌、忍機と問う。その答はこうだ......」

全員の注意が一旦 サスケに向いた。しかし、全員なのは実際 ほんの数秒だけだった。カナは不意に違和感を感じて、目線を泳がせていた。
それはカナだけが感じ取れた違和感。何かが風を遮っているのだ。といっても、カナでさえ実体を掴みきれない。自然ではないものがどこかにあるのくらいは解るが、位置も掴みきれない。

「(何だろ......すごく、嫌な感じ)」

視線を感じているわけでもない。でも確かにどこかに誰かが潜んでいる感覚がする。この傍にいる。
明確でない存在は身震いさえも起こさせる。カナは目でも確認するが、やはり何も確認できず、オマケにその行動のせいで嫌に低い声がカナにかかった。

「おい」
「......あ」
「聞いてなかっただろ、お前......」

サスケがまた呆れ顔をしている。どうやら集中していなかったことなどバレバレだったらしい。「も、もう一度」と言うが、「一回だけだっつったろ」とサスケはにべもない。「カナ......」とサクラにもなんとか言われそうになっている幼なじみに、サスケは呆れまじりに一言。

「もういい、カナ。お前はオレから絶対に離れるな」

サスケに自覚はない。ついでにいうと言われたほうも「ハイ......」と頭を下げるだけで意識のカケラもない。
その中で唯一悶えてしまったサクラ。しかしどちらも無意識だと分かっているために叫ぶのは堪えた。そりゃもう必死に。

「ど、どうしたんだってばよサクラちゃん?」
「うっさい!大体アンタは覚えれたんでしょうね!?」
「うっ。そ、そんなの当たり前に」

そんなふうにサクラとナルトが話している間に、少々申し訳なさそうなカナは小声でサスケに話しかけた。

「サスケ、誰かいるよ」
「みたいだな。感づいてたが、お前の様子で確信を持った」
「......わかってて言ったの?合言葉」
「こうしたら相手の出方がしぼれるだろ」

敢えて視線を動かさないサスケを見て、目を瞬いたカナ。「(なるほど......)」と目から鱗である。「さすがだね」「別に、普通だ」と顔を反らす幼なじみに苦笑を零す。やはり、いつまで経ってもサスケには敵いそうもない。
サスケは何事もなかったように立ち上がった。

「巻物はオレが持つ」

そう切り出したサスケに素早く食いついたのはナルトだった。どうやらやはりナルトも合言葉を覚えきれなかったようである。しかし、ナルトは目的を達する前に、「痛てっ」と頬を抑えた。どしたの、とサクラが聞いてもナルトはいや、と曖昧に返すが。

それは、唐突に現れた。


風。


強風がいきなり四人を襲ったのだ。

「キャッ!」
「新手か!?」
「な、なんだってばよォ!?」

サスケが叫ぶ。しかし対応できるものは誰もいない。みな自分が吹き飛ばされないこと精一杯で、飛んでくる木の破片などを気にしている余裕もない。

カナももちろん必死だった。合言葉を覚えていないから尚更のことである。離れた場合、お互いを確かめる方法などどこにもない。三人から離れるわけにはいかないのだ。

しかし、カナの足の力はその一瞬、衰えることになる。

悪寒だった。鋭い、射るような視線。殺気混じりの針の先のような視線が、カナに貼り付いていた。
殺気なら今までも受けたことはある。波の国然り、試験会場でも似たような視線は何度も受け取った。
けれど、今回のそれはあまりにも異質だった。

ほんの少し意識がそれたことでも、軽いカナの体は簡単に舞い上がってしまう。


「カナ!!」


いち早く気付いたサスケが手を伸ばしても、もう届かない。カナの姿は一路、闇の中。


 
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