第四十一話 別名、死の森


翌日、集まった下忍達の前には、壮大な大自然が広がっていた。森である。
果てしなく暗く、今にも何かが飛び出してきそうな薄気味悪さがある。フェンスには"立ち入り禁止区域"と書かれた札が貼ってあるが、そうでなくとも遠慮したいところだ。

「ここが第二の試験会場、第四十四演習場。別名、死の森よ」

下忍達の前でアンコがそう口火を切った。サクラはごくりと固唾をのむ。「なんか、怖いわね」と呟けば、アンコは意地の悪そうな笑みを零す。

「フフ。ここが死の森と呼ばれる所以、すぐ実感することになるわ」
「......フンっ。"ここが死の森と呼ばれる所以ー、すぐ実感することになるわー"、なーんて脅しても全然平気!!怖くないってばよ!」

すると調子に乗ってびしっと指を突き付けたのはナルトだ。七班がそれぞれ程度は違えど呆れたような顔をする。アンコのどこが挑発に乗らないような大人に見えるのか。案の定、アンコは完璧すぎる笑顔をナルトに向けていた。

「そう、キミは元気がいいのねェ」

クナイは一瞬で放たれた。目を丸くしたナルトの頬にツっと血が伝う。下忍達にどよめきが走り、アンコはゆっくりとナルトの背後に回り込む。

「アンタみたいな子が、真っ先に死ぬのよねぇ......あたしの好きな、赤い血ぶちまいてね」

動揺で抵抗できないナルト。アンコは嫌な笑みをはりつけて、ナルトの頬の血を舐めとった。

しかし、突如としてその笑顔が真剣なものに変わった。

再び取り出されたクナイは、刹那で背後に忍び寄ってきた草隠れの受験者に向けられていた。その人物は異様に長い舌でクナイを巻き、アンコに差し出しているだけなのだが、殺気は微塵も隠れていなかった。
他の下忍たちでさえ、びくりと一瞬震える。

カナも。

───はたで見ていたカナは、息を飲んで固まっていた。

「クナイ、お返ししますわ......」
「わざわざありがと。......でもね、殺気を込めてあたしの後ろに立たないで。早死にしたくなければね」

二人の会話もカナの耳には届かないものとなっていく。
カナの目はただただその草忍へと向いていた。
けれど、それが何故かはカナ自身でもわからない。ただ、彼女だか彼だか知らないが、その忍を見た途端頭に浮かんだのは、カナが何よりも恐ろしい生き物、蛇。

殺気が怖いのではない。
その忍自身が、怖い。

「カナ?」
「! サスケ......」
「お前、震えてるぞ。どうかしたのか」

ふいに声をかけられ、カナはサスケを怯んだ顔で見た。しかし、咄嗟に「ううん」と答える。
サスケのおかげでようやく少し気が紛れ、密かに息を漏らした。作り笑いを貼付ける。

「森からの風が、冷たかっただけ」
「......」

てきとうにカナが答えれば、サスケはあまり合点がいっていないようだったが、それ以上は追及してこない。その様子を見て、カナは別の意味でもう一度溜め息をついた。
もう試験が始まるのだ。仲間たちの気を煩わせてはいけない。



究極のサバイバル。120時間という期限の中での生死を賭けた巻物争奪戦。目指すは、演習場の中央。死ぬかもしれないという危険の上で 配られた同意書。受験者のほとんどが汗ばんだ手でそれを持つ。

「合格条件は、天地両方の書を持って、中央の塔まで三人または四人で来ること」
「......つまり巻物を盗られた13チーム、半分が確実に落ちるってことね」

サクラがそう返す。とはいえ、それは最高の数というだけだ。実際はその途中でリタイアする者も出てくるだろう。行動距離は日を追うごとに長くなり、回復に当てる時間は逆に短くなっていく。おまけに辺りは敵だらけで迂闊に眠ることもままならない。
しかし途中でやめたりすることも不可能。ギブアップを決めても、五日間はこの"死の森"の中で過ごさねばならないのである。

「じゃあ、ついでだから失格の条件」

アンコは受験者たちとはまるで反対で実に楽しそうだ。

「まず一つ目。時間内に天地の巻物を塔まで全員で持ってこられなかったチーム。二つ目、班員を失ったチーム、または再起不能者を出したチーム。それと、これは補足。巻物の中身は塔の中に辿り着くまで決して見ないこと」
「と、途中で見たらどうなるってばよ」
「それは、見た時の、お、た、の、し、み!」

語尾にハートがつきそうな程である。つまり第二のルールは信頼性を見るためのものだという。中忍ともなれば極秘文書を扱うこともあるためだ。

「説明は以上!同意書と巻物をあそこの小屋で交換するから、その後ゲート入り口を決めて一斉にスタートよ。最後にアドバイスを一言」

死ぬな。

真剣な表情で言われ、自分の世界と現実とを行き来していたカナはようやくしっかりと意識し、それから自分の口で「死ぬな」と小さく繰り返した。



同意書にサインをする時間は大幅に設けられていた。よく考える時間を与えるためだろう。
カナにとってもそれはありがたい時間だった。他の七班メンバーと別れ、同意書を眺めながら、カナは独り演習場の周りを散歩していた。

命を賭けた戦いとなるのはこれで二度目だ。波の国での真剣勝負を思い出し、カナは一瞬震える。
これは任務と同じ。塔に巻物を持って行くという任務。だから、その途中で他の忍に邪魔される可能性も出てくると考えれば良い。ただし、自身も仲間と共に邪魔しに行かなければならない。それはあまりにもカナの性に合わないものだった。
だからこそか、カナは深い溜め息をついてしまう。ふと立ち止まってフェンスの向こう側に目をやれば、その瞳に映るのは恐怖をも感じさせる森。この中に足を踏み入れなければならないのだ。

「(中忍になるために、誰かを蹴落とす......なんだかなあ)」

どうせ同意書にサインはするけれど、思ってしまうのは仕方がない。

カナがちょうどそう思った時、ふいに「カナ?」と呼ぶ声があった。
自然と振り向いたカナは、フェンスから数メートル離れたところの平たい石の上に座る同期の姿を見つける。

「シカマル?」
「何やってんだ?サスケとかナルトとか、サクラとかどうした」
「......少し独りで考え事したかったの。でもそれを言うなら、シカマルだっていのとチョウジは?」
「ごちゃごちゃ作戦たててるから、掴まってるチョウジほっぽって逃げてきたんだよ。ったく下らねー作戦たてやがって」

何を思い返しているのか、溜め息をつくシカマル。カナは笑い、自然と歩み寄って、シカマルの隣に腰を降ろした。シカマルに呼ばれる前までは森しか目に入らなかったのに、今 見渡すと澄み渡っている空も捉えられる。ところどころ浮いている雲に、カナは笑ってしまう。

「シカマルはまた雲眺めてたの?」
「あー......まあな」
「あはは、シカマルらしい」

カナが微笑めば、シカマルは目を逸らし、紛らわすように岩の上に仰向けに転がった。するとカナも倣って転がるから、端から見れば「何してんだ」とでも思われそうな光景である。けれどカナはそんなこと気にせず、ぽかぽかと陽気な太陽の日差しに目を細める。

「いい天気。試験のことばっかり考えてたから、気付かなかったけど。今から試験だとは思えないくらい良い日和」
「ああ。いっそのこと寝ちまいてぇ」

シカマルが言うと冗談か冗談でないか分からない、と思ったカナが一人で笑うもので、シカマルは怪訝な目をカナに向ける。しかしカナは空から目を放さないようなので、シカマルもまた同じように目で雲を追った。

雲はいつも通り気ままだ。風が吹く向きによって、いつのまにか違う方向へ泳いでいく。何も考えずに身を任せているだけ。シカマルが最も羨んでいるものといえば雲でしかなかった。

すると、どれくらい経ったのかわからない沈黙の後、ふいにカナが上体を起こし、あはは、と心底から笑い始めた。

「こんなことしてたらほんとに寝ちゃいそう。サスケに大目玉喰らうよ」
「(......なんでそこでサスケなんだ)」
「でも、ありがとシカマル」
「は?」
「おかげでなんか、すっきりした。私、またこの青い空見るために試験を受けることにする。今からならきっと頑張れる」

ぶつくさ思っていたシカマルだが、カナの突拍子もない発言にはきょとんとした顔をする。シカマルからすればワケが分からないことだ。
だがカナの気持ちは晴れていた。またこの天気を眺めるために合格するのだと考えれば、ただ試験に合格するために森に入るより、ずっと気持ちが良いものだった。


「シカマルー!!」

そんな時、第三者の声が二人の間に入ってくる。二人が振り向けば、大急ぎで走ってきているチョウジが目に入った。シカマルの前に来たチョウジはぜいぜいと息を切らしながらへばっていた。

「いのが、さっさと戻ってこいって......作戦たてるのに、ちゃんと、加われってさ......」
「......はぁ。わぁったよ。どうせそろそろ巻物交換の時間だろうしな」

あからさまに溜め息をついたシカマルだが、使いっ走りをさせられた仲間の姿に同情してか、立ち上がって腰を鳴らす。
チョウジはというとやはり息を切らしながらだったが、ようやくカナの姿に気付いたようで「あれ?カナ」と目を丸くした。この状況からして、シカマルとカナが何かしら話していたことは明白である。チョウジは首を傾げているカナとシカマルとを見比べ、最後にシカマルに視線を戻した後、意味深に口元を上げた。

「そっかぁ......よかったね、シカマル」
「......おいチョウジ」
「カナ、邪魔して悪いけどシカマル連れてくね。試験終わったらまた話してやってね」
「え?う、うん?そりゃあもちろんだけど」
「だって。シカマル」
「おいチョウジ、てめェあとで覚悟できてんだろうな」

珍しく凄みのある目をするシカマル。チョウジはそれでもなお笑い、誠意の籠っていない謝罪を口にするだけだ。
するとカナが急にまた笑い出す。シカマルとチョウジは怪訝な顔をするが、最後にカナはふわりと独特な笑みを浮かべるだけで、なんだか場が収まったようだった。

「(......雲)」

ふいにそう思ったのはシカマル。カナのその笑みを見る度、シカマルは空を悠々と飛んでいる自由奔放な雲を思ってしまう。
それが、思わずカナを目で追ってしまう理由。笑顔を見たいと思う理由だった。

「それじゃ、私も行こうかな」

カナがそう切り出したことで、三人は二人と一人に別れ、それぞれのチームメイトの元へと向かい出した。
始めは迷いのあったカナの歩は今はもうない。この太陽の下を走れることが気持ち良いとさえ思う。サインもされた同意書が、風にはためいた。



スタート5秒前。

「よーしっオレってば誰にも負けねー!!近づくヤツは片っ端からぶっ倒してやる!!」

4。

「うん、頑張りましょ!」

3。

「随分良い顔だな、カナ」

2。

「うん、ちゃんとこの試験の目標ができたから。みんなで、頑張ろう」

1。

カナの呼びかけに全員がそれぞれの返事をし、同時に目の前のゲートが開かれる。
第二の試験が始まった。


 
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