第四十話 絶対の資質


試験開始より四十分後。カナの解答用紙は今や、かなり正確な答が書き込まれていた。今はもう住処に帰ったが、全ては紫珀のおかげである。
これで一応は仲間と共に道連れ失格なんてことはなくなっただろうが、とはいえ、カナの疑問はまだ残っていた。問十、最後の問題だ。

"この問題に限っては、試験開始から四十五分後に出題されます。"

ということで紫珀といえど、この問題の解答だけは手に入らなかったのだ。



「よし、ではこれから、第十問目を出題する!」

イビキの声で会場に緊張が走った。下忍はこの時点で既に半分近くは落とされている。残っている者はよほど頭の良い者か、この試験の本質に気付いた者だ......ただし、ナルトを除いて。ナルトは真っ白の用紙を前に顔を引き締め、イビキを睨んでいた。

「と、その前に一つ。最終問題についてのちょっとしたルールを追加させてもらう」

下忍達にどよめきがあがる。それは"絶望的なルール"だととイビキは笑った。

「まずお前らには、この十問目の試験を受けるか受けないか、選んでもらう」
「......もし、受けなかったら?」
「受けないを選べば、その時点でその者の持ち点は0となる。つまり失格!もちろん同伴の二名、または三名も道連れ失格だ」

カナは首を傾げた。誰もが同じ思いに違いない。しかし続いたイビキの言葉は、確かに"絶望的なルール"だった。

「ただし、受けるを選び正解できなかった場合。その者については、今後永久に中忍試験の受験資格を剥奪する!」


受けるか、受けないか。逃げ道も用意された人の心理をつく二択。


誰もが息を飲む。ただの二者択一にこんなにも緊張したことはないだろう。カナももちろんその一人だった。
しかし、今カナが思わず見つめてしまったのは、ナルトの背中だった。

「では、始めよう。この第十問目、受けない者は手を挙げろ!番号確認後、ここから出て行ってもらう」

静寂の中、カナの瞳に映るナルトは僅かに震えていた。
カナは知っている。ナルトはいつだって逃げ道を選ぶような腰抜けではない。無謀と言えないこともないが、それは今までカナの背を後押ししてくれた勇気だった。ナルトの鉄砲玉のようなその姿勢が崩れたことはない。ナルト自身の夢が更に高みにあるからだ。だからこそ、この二択はナルトにとってかなり酷なはずだった。
他人事でなく自分にも言えることだが、カナはナルトのことを考えられずにはいられなかった。

脱落者が出始める。一人目が出たらあっという間に会場の人影がどんどん疎らになっていく。

「(怖い......だけど)」

カナは両手を強く膝の上に押し付けた。

「(怖くても、今ここで私が手を挙げれば、サスケたちの道まで奪ってしまう。それに、前へ進むってカカシ先生にもはっきり言ったんだ......でも、ナルト)」

カナの思考はまた戻る。

「(火影を目指すって心に決めてるナルトは......)」


そしてカナがちょうど心中でナルトにそう投げかけた時、ナルトに変化があった。その震える手をゆっくりと挙げたのだ。
七班全員の心臓が大きく音をたてた。挙った手はまだ震えている。もちろんイビキの視線もナルトへと流れる。次に臨むのか───と、誰もが思った。


けれど、ナルトは突如、その手で机を叩いたのだ。


「なめんじゃねェ!!オレは、逃げねェぞ!!」


ナルトの顔には隠しきれていない不安の色もあった。しかし同時にその声はとても強かった。

「受けてやる!もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるから別にいい!怖くなんか、ねェーぞ!!!」

会場にはナルトの決意表明が強く響いた。ナルトは冷や汗を流しながらイビキの刺すような視線を受け止める。

「もう一度訊く。人生を賭けた選択だ、やめるなら今だぞ」
「真っ直ぐ自分の言葉は曲げねえ。オレの忍道だ!!」

ナルトは意見を変えない。
すると不思議なことに、それまであった受験者全員の焦燥は消えていくのである。カナもまたその一人だった。

この数秒で自分の思いが完璧なまでの杞憂だったと気づき、カナは心底からナルトに謝った。同時に"ありがとう"とも呟く。迷っていた心は一つに固まった。カナや同期たちだけでない、ナルトは他の里の無関係な者たちの心まで引き止めた。全員が決意を露にした顔だった。

「(面白いガキだ。コイツらの不安をあっという間に蹴散らしやがった)」

イビキは薄く笑った。下忍達の表情にもう焦りや不安はない。恐らくこれ以上待っても もう脱落者が出ることはないだろう。その数八十名。その数はイビキにとっても予想以上だった。ナルトのおかげで、"正解者"が増えたのである───

「良い決意だ。では、ここに残った全員に......第一の試験。合格を申し渡す!!」


その途端、会場内の空気が変わる。リアクションは様々、その中で、笑ったイビキはゆっくりとそのワケを話し始めた。

つまるところ、この試験の本題は十問目にあったのだ。
イビキはこの試験を通して、受験者へ"中忍という部隊長に求められる資質"を試していた。中忍になった時に求められるだろう困難な任務に耐えることができるかどうか。今 ここで逃げ出してしまった者は、まだ早かったということだ。
任務は試験ではない。任務となれば、逃げることなどもってのほかなのだから。

「受けるを選んだキミたちは、難解な第十問目の正解者だといっていい。これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう」

イビキはそれまでなかった柔らかな微笑みを見せた。

「入口は突破した。中忍選抜第一の試験は終了だ。キミたちの、健闘を祈る」
「うおっしゃー!!祈ってて祈っててぇ!!」

誰よりも真っ先に喜びの声を挙げたのナルト。カナはようやく肩の力を抜き、ほうっと安堵の息をついた。
先ほどの様子は忍らしかったというのに、今の両手を天に掲げているナルトはただの子供だ。けれど、そんなナルトのおかげでカナは安心して苦笑する。

「ほんとに、カッコいいよね、ナルトは......」

カナは再び試験前に呟いたことと似たようなことを小さく呟いた。......すると、

「......」
「......?」

我愛羅の視線に気づいて、カナはそっと見つめ返した。
二人の間だけに異様な空気が流れる。カナは自分がとてつもなく後ろめたい気持ちになっているのを否めなかった。その気持ちから、カナの視線は我愛羅から外れる。しかしいつしかカナが口を開こうとしたとき、とてつもなく派手な音がカナの声を消した。

「!?」
「......」

カナと我愛羅の視線が会場の前へと向く。破壊音は乱入者が窓を割った音だったらしい。広がった暗幕にでかでかと書かれてある文字・"第二試験官みたらしアンコ見参"。

「アンタたちィ!!喜んでる場合じゃないわよ!あたしは第二試験官、みたらしアンコ!次行くわよ次ィ、ついてらっしゃい!!」

快活な女性は独り盛り上がって叫び、拳を天に突き上げていた。
中忍試験はまだまだ始まったばかりである。


 
|小説トップ | →


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -