第三十八話 出会い
第七班が目的の301号室に着くと、そこにはカカシが待っていた。
「そうか、サクラも来たか。中忍試験、これで正式に申し込みができるな」
その言葉に怪訝な顔をしたのは全員だ。
「正式?どういうことですか?」
「実のところ、この試験は三人一組、ウチは四人一組の、フォーマンセルでしか受験できないことになっていた」
「でも先生、受験するかしないかは個人の自由だって......じゃあ、嘘ついてたの?」
「もしそのことを言ったなら、カナはともかくとしても、サスケやナルトが無理にでもサクラ、お前を誘うだろ?例え志願する意思がなくても、サスケに言われればお前はいい加減な気持ちで試験を受けようとする」
「サスケと......ま!カナとナルトのためにってな」と言うカカシの言葉に、サクラは確かに頷けた。
カカシは続けた。万が一にでも誰か一人が欠けていたら、試験会場に行かせる気はなかったと。しかし、今この場に揃っているのは確かに第七班全員。全員がこの場に、自身の強い意志によってここにいる。
カカシの微笑みは実に穏やかなものだった。
「サクラ、カナ。ナルト、そしてサスケ......よく来たな。お前達は、オレの自慢のチームだ。さぁ、行ってこい!」
対して、カカシの顔を真っ直ぐ見つめる四人も口元を上げ、カカシの言葉と共に足を踏み出した。試験会場へと繋がる扉は少し重い。しかしこの重さが試験の重さなのだと全員が思う。この重さを、手に入れてやるのだと。
「......カナ」
最後にカカシに呼ばれ、カナはその場で振り向いた。カカシが言いたいことは一つだけだった。
"気をつけろ"。そのカカシの表情は真剣だったが、対するカナは柔らかく微笑み、それから強く頷いた。
■
扉を抜けた四人の目に入ったのは、只ただ人だった。
ナルトとサクラは単純な驚きの声を漏らし、カナは息をのみ、サスケは周りからの刺すような視線に睨み返す。サスケが感じた通り、七班が他の下忍達を見ているように、他の下忍達も七班を見ていたのである。それはただ見るというだけの行為に留まらず、殺気すら籠っているように思える。これから戦うであろう者たちのことを考えると殺気立つのしかないのだろうか。
穏やかなムードは付け入る隙もないな......とカナは何気なく思った。
とはいえ、その感想は五秒後には覆されることになるのだが。
始まりは、第七班の同期である山中いのによる突撃だった。
「サスケくんっおっそーい!!」
「わぁっ!?」
サクラ同じくサスケに夢中であるいのは、他の三人など目に入らず、ということはカナのことも意識せず、直線上にいたカナを突き飛ばしてまでサスケに抱きついたのである。
もちろんいのには悪意の欠片もなかっただろうが、カナはそのままバランスを崩し───いののチームメイトである奈良シカマルのフォローが入らなければ、そのまま尻餅をつくことになっただろう。
「あ」
「......よう」
「シカマル、チョウジ?」
後ろから支えられる形になり、現在カナの視界は反転してるが、そこにあった二つの顔を確認してパッと表情を明るくする。「二人とも、久しぶり!」そしてありがとうと言いつつ、体勢を戻せば、カナを横目で見たシカマルはぽりぽりとこめかみを掻いていた。
「ったくいののヤツ......」
「久しぶり、カナ。元気だった?」
バリバリと自前のお菓子を頬張る秋道チョウジは、カナに挨拶を返しながら、何故かシカマルをちらちら見やっている。そして「あっ、ごめーん、カナー!」といのの声が入ったちょうどその時、これまた同期のチームがやってきた。
犬塚キバと赤丸、日向ヒナタ、油女シノの三人と一匹である。
「ひゃっほう、見っけぇ!これはこれは、皆さんお揃いで!!」
「こ、こんにちは」
その三人の姿を認め、一番面倒くさそうにしたのはシカマルだ。口癖も変わらず「めんどくせー」で溜め息をつく。
「七班だけじゃなしに、お前らもかよ」
「ふ〜ん、なるほどねぇ。今年の新人下忍十名全員受験ってわけか」
キバの自信ありげな視線がサスケへと流れる。
「さて。どこまでいけますかねぇ、オレたち。ねェ、サスケくん?」
「フン。えらく余裕だな、キバ」
「オレたちゃ相当修行したからな、お前らにゃ負けねーぜ」
「うっせーってばよ!!サスケならともかく、オレがお前らなんかに負けるか!!」
試験が始まる前から喧嘩腰の三人、キバにサスケにナルト。この関係はアカデミーの頃から何も変わっていないらしい。一方で、和やかなムードを満喫しているのは二人。
「久しぶり、ヒナタ」
「カナちゃん。うん、久しぶり。元気そうでよかった」
同じくアカデミー時代で仲良かったヒナタとカナも何も変わってはいない。何か変わったことある?とか、そっちの班はどう?とか、いかにも女の子らしくこじんまりと二人は盛り上がっている。
この場にいる全員が全員、ここがどういった場だったかというのも忘れ、自分たちで騒ぎあっていた。
そんな時だった。
「おい、キミたち!もう少し静かにしたほうがいいな」
堂々とこの三班の輪に入ってきたのは、銀髪に丸眼鏡の青年。全員の視線が彼に集中し、対して彼のほうも全員の顔を眺める。
「キミたちがルーキーナイン......いや、今年はテンか。アカデミー出たてホヤホヤの、新人十人だろ?可愛い顔してキャッキャと騒いで。全く、ここは遠足じゃないんだよ」
「誰よアンター、偉そうに!」
挑発的な青年の言い方にいのが反抗する。青年はさらっと「僕は薬師カブト」と名乗ってから、「それより、周り見てみな」と青年改めカブトは他の忍のほうへ目をやった。
そこには、七班が入ってきた時よりも明らかに数段苛々が増していると思われる集団。ナルトやキバでさえも息を飲む。
「アイツらは雨隠れの奴らだ。気が短い。試験前で皆ピリピリしてる......どつかれる前に、注意しておこうと思ってね」
そう言うカブトの額にあるマークは木ノ葉のものだった。仲間意識から注意してくれたのだろうか、とカナは素直に礼を言う。すると、何故かカブトは数秒カナの顔を捉えて意味ありげな視線を送り、それからにっこりと温和そうな笑みを浮かべた。
「いいや、礼には及ばないよ。右も左も分からない新人さん達だしね。昔の自分を思い出すよ」
「カブトさん、でしたっけ?じゃあ、あなたは二回目なの?」
「いや?七回目。この試験は年に二回しか行われないから、もう四年目だ」
「へー。じゃあ、この試験について色々知ってるんだ!」
サクラに続いてナルトは「はー、カブトさんってばすごいんだな!」と心より素直な感想を零すが、捉え方によれば皮肉にもなりえる。だがあえて都合の良い方向に捉えたカブトは、得意げに笑い、「じゃ、可愛い後輩達にちょっとだけ情報をあげようかな」などと言って数枚のカードを取り出した。"忍識カード"というらしいその札は実に二百枚にも及んでいる。
「この試験用に、四年もかけて情報収集をやったんだ。このカード、見た目は真っ白だけど......」
説明を続けるカブト。だがカナは彼の説明を小耳に挟みながらも一人、疑念を持つ。
四年もかけて情報を集めたということは、初めて試験を受けた時からということになる。それではまるで初めから受かる気がないかのようだ。一体どんな理由で、とカナは首を傾げるが、カブトの説明を遮ることまではできない。
カブトは自身のチャクラを練り、一枚のカードの情報を晒してみせた。これは今回の試験の総受験者数と総参加数らしい。四年もかけて情報収集したかいあってか確かにかなり細かい。
サスケはそれを認めた後、鋭い瞳でカブトを見た。
「そのカードに個人情報が詳しく入ってるヤツ、あるのか?」
カブトはその質問に肯定を示し、親切にもサスケの目的であるロック・リーと我愛羅の情報を提示した。それからカブトはその二人の情報を読み上げる。二人の情報は個人のものというだけに決して多いものではなかったが、サスケの興味を引くのには十分だった。
「木ノ葉、砂、雨、草、滝、音。今年もそれぞれの隠れ里の優秀な下忍がたくさん受験に来ている。まあ、音隠れの里に至っては近年 誕生したばかりの小国の里なので情報はあまりないけど、いずれにしても、凄腕ばかりの隠れ里だ」
「つまり......ここに集まった受験者はみんな」
「そう!リーや我愛羅のような、各国から選りすぐられた下忍のトップエリート達だ。そんなに甘いもんじゃないよ?」
「(......我愛羅くん)」
たった今情報を提示された、この集団のどこかにいるだろうその人物に、カナは思いを馳せる。つい先日に会った我愛羅を思い出す。初めは我愛羅は気付いていないのかとさえ思ったが、視線を交わした時のあの反応は違う。そして次に、随分昔の記憶の中の我愛羅がカナの脳裏に浮かんだ。
「(きっと今では、あの頃の私を知ってる唯一の人、だよね)」
一族と住んでいた頃の自分とつながりのある人物なんて、あとはもうみんな死んでしまったから。
カナの顔にまたも曇りがでる。けれど今度は気付いたサスケが、「どうかしたのか」と声をかけてきたことによってカナは思考をやめ、「何もないよ」と返した。サスケは怪訝そうな顔をしていたが、一応は納得したようだった。
その時、ちょうど二人の視界に入ったのはナルトとサクラだった。サクラがなんとかと言ってナルトを励まそうとしているが、しかし。
「おらァアアアア!!」
その大声の主は言うまでもなくナルト。
「オレの名ははうずまきナルトだァ!!てめーらにゃあ負けねェぞ!!分かったかァー!!!」
ナルトの顔には一切の躊躇はなく、その指先は殺気立ってる集団へと向いていた。一層 集団の視線が鋭くなった気がするが、当の本人は全く気にしていないらしい。
「あはは......かっこいいなぁ、ナルトって」
「......どこがだよ」
カナは微笑んで独り言を呟くが、それにサスケがどことなく刺々しく返す。今度はカナが「どうかしたの?」と聞く番であった。
そうして新参者たちはカブトの注意も忘れてまた好き勝手騒ぎだすのだが、それが気に入らない者達が集団の中に潜んでいた。以前 第七班を偵察していた四人組だ。もっとも、そのうち一人の男は気にもしていないようだが。
四人の額に光るのは───音符のマーク。
「聞いたか?音隠れは小国のマイナーな隠れ里だとよ」
「心外だね」
「アイツら、ちょっと遊んでやるか」
男の一人の目に鋭いものが光る。相づちを打っていた男はまたも「そうだね」と同意する。しかし、女のほうも立ち上がり、三人の目は全てルーキーたちのほうへ向いている状況の中で、未だ長椅子に座っている者がいた。実にやる気なさげである。
「何だ、お前、やらない気かい」
女に声をかけられ、やっと男は殺意丸出しの三人を見上げた。そして面倒くさそうに口を開く。
「気が向いたら後から行くかもな。音隠れの評判なんて知ったこっちゃねえよ。......けど、もう一度言うが、"アイツ"はオレのターゲットだから手ェ出すなよ」
「フン。あたしらはあんなチビに興味ないね。まあ、あの綺麗な顔見てるとなんかムカつくから、傷つけてやりたくもなるけど」
「だからお前に言ってんだよ、キン。ドス、ザク、お前らもだぜ」
男の細くなった目は男二人、ドスとザクを貫く。二人は一瞬にして以前感じた寒気を思い出し、頷かずも反論することもない。そうして三人はすぐさまその場から離れ、ルーキー達のところへ向かっていった。
残された男は暫く三人の背中を見送る。瞳の奥に潜む牙はまだ誰にも向けられてはいない......が、そのうち思い出したようにその男も急に立ち上がる。
「さて、と......」
男の瞳の光は、一瞬だけ、刃物のようなものに変わっていた。
■
音忍三人衆、ドス、ザク、キンの狙いはたった一人、先ほど音隠れを小国だとか言ったカブトだった。
風を肌で感じるカナは、真っ先に下忍の集団の中から出てきた三人を捉える。カブトも前々から気付いていたようで、飛んできたクナイに後方へと下がった。下忍たちにどよめきが走る。音忍の猛襲はそれでは終わらず、 前に出てきたドスが腕を振りかぶる。
それはカブトには当たらなかったが、しかし、避けたはずだというのに眼鏡は割れた上にカブトは嘔吐していた。
「......!?」
カナもその一連の動きをもちろん見ていたのだが、カナは他の同期達のようにカブトに駆け寄ることはできなかった。
ドスが攻撃をしかけた時とちょうど時を同じくして、カナの全身に痛みが襲ったのだ。
「(痛ッ......な、なに、これ......!)」
必死に、声を漏らさないよう耐える。それはカナにとって初めての感覚だった。全身が震えるような痛み。すぐにカナは同期達に気取られないよう、後方へと下がっていく。
しかし、それは数歩と続かなかった。誰かにぶつかってしまったのだ。
「す、すみません、」
カナは痛みを抑えようと両腕で体を抱えながら、ぶつかった相手へと振り向きざまに謝った。
その時カナの目に飛び込んできたのは、音隠れの里の印と、灰色に近い銀色の髪。
それから、口元を上げる程度の笑みだった。
「いーや、構わねえよ?」
随分と顔立ちが整った青年がそこにはいた。
カナは何故か呆然として、しの顔を見つめてしまっていた。
深い茶色の目がカナを見下ろしている。青年の右頬には一本線の古傷があった。カナはその傷に目を走らせ、それから無礼にも長く見てしまっていたことに気づき、慌てて目を逸らす。その時にはもう痛みのことは忘れていた。
すると、カナに降ってきたのは皮肉っぽい、喉を鳴らすような笑い声。
「ここまでわかんねえモンなんだな......」
「......? 何のことですか......?」
「何でも。それにしてもお前、もうちょっと警戒心を持っといたほうがいいんじゃねえか?見えてんだろ、オレはアイツらとチームだぜ」
青年が指差す先をカナは素直に目で追ってしまう。カナの目には喧嘩を吹っかけている三人組が見えたが、またも笑い声が聴こえ、視線を元に戻した。顔立ちは整っていて好青年に見えるが、その笑い方はどこか不自然だった。
「だから警戒心に欠けてるっつってんだよ。今の間にオレが攻撃してたらお前、確実に受け身とれなかったろ、姫、......」
だがそこまで言った彼は、自分の発言に数秒 動きを止めてから、小さく舌打ちした。カナは訝しそうに青年を見上げる。そして「姫......?」と疑念の籠った声で呟いたあと、思わず後ろに下がっていた。青年から言いようのない不穏な雰囲気を感じ取ったからだった。
あるいは怒り。あるいは恨み。あるいは───
彼はまた、笑った。彼の濁ったような瞳の中で、カナの存在は光そのものだった。しかし、いつしかそれも闇に侵食されていく。
「口が滑った......まあいいか。どうせ......」
「......?」
「"姫"、覚悟しとけ。今 この場でアイツらみてェにドタバタやる気はないが......それまで、この試験で死んだりすんな。絶対な」
カナは当然ながら違和感を感じた。それはあからさまなものだった。初対面の者に何故こんなことを言われなければならない?
しかし、青年は言いたいことだけを言って、その場から去って行こうとする。二人の静かなやり取りなど他の誰も気付かなかっただろう。だがカナは、今のこの短い間に、とても重要なことがあった気がした。ゆえに、青年の雰囲気に一回は蹴落とされそうになったカナだが、声を振り絞って「あの!」と彼を呼び止めた。
青年は振り返りはしなかった。カナはゆっくりと問うた。
「......あなたの、名前は?」
青年は数秒後、一言だけ呟いた。
「北波」
"ホクハ"。
耳にその名前が流れ込んできたと同時に、カナは酷い頭痛を覚える。しかし、青年・北波は瞬身で姿を消した上、入り口と反対側辺りで突如 煙がたったことで、カナは頭が痛んだ理由など考えることもできなくなっていた。