第三十四話 始まりの予感


蒼天快晴、天気上々、六月下旬。
波の国より帰還した第七班はそれからは特に変わらず、再びDランク任務まみれの毎日を送っていた。あえて変化を言うならば、ナルトとサスケの関係が悪化したことか。事あるごとにケンカを始めるのは以前と同じだが、帰還後からはそれまでにはなかった"ぎくしゃく感"が発生したのだ。そうなったワケを知るカナは苦笑を零す程度だが、何も知らないサクラにはいい迷惑という話で、実のところサクラは日々心労を溜めていた。

そういうわけで、その日もサクラだけがどこか憂鬱ながら、Dランク任務は終了していた。ナルトが一番ボロボロなのは毎度おなじみ。

「もう、無茶するからよ!」
「あはは。大丈夫?」

サクラとカナが声をかけるが、ナルトは反応もできないほど消耗中。
だがそんな問題は怒りのほうとは関係なかった。

「ったく、世話の焼けるヤツだな」
「ザズゲェゴノヤロー!!」
「ちょっと、これ以上暴れたらトドメさすわよ!!」
「うぐっ」

しかしサクラには頭が上がらないのはいつも通り。サクラに首根っこを掴まれれば、ナルトの気力はしゅううと消えていった。鶴の一声というやつで、傍で見ていたカナは「(さすが)」とか思っている。
一方でカカシはそれらのやり取りを横目で見やり、溜め息をついていた。

「うーん。最近チームワークが乱れてるな」
「そーだそーだァ!チームワーク乱してんのはてめェだぞサスケェ!いっつも出しゃばりやがって!」
「そりゃお前だウスラトンカチ。そんなにオレに借りを作りたくねーならな......」

前を歩いていたサスケはそこで立ち止まり、凄みのある目でナルトを睨んだ。

「オレより強くなりゃいいだろうが」

サスケの眼光は、ただのケンカに使うものとはかけ離れていた。だからこそナルトは言葉に詰まり、事態は一転、険悪な雰囲気になる。
全て、ナルトが異常に意気込み、サスケが焦っている結果の衝突だ。波の国での任務が二人を駆り立てる。サスケは特に、帰還後の生温い任務に苛立っている。

異様な雰囲気が第七班の間に流れ、サクラはここ最近のこの空気に呑まれてしまう。一歩退いて事態を見ていたカナは、少々感づいているなりに考え、ちらりと視線を担当上忍に向けていた。恐らく今の二人、特にサスケには、同じ立場にいる者からの言葉は苛立ちにくべる薪にしかならないだろう。

カカシもカナの視線の意味に気づき、やれやれと頭を振った。

「さーってと」

カカシは実に能天気な声で、場の雰囲気に区切りをつけた。

「そろそろ解散にするか!オレはこれからこの任務の報告書を提出せにゃならんし」

「なら、帰るぞ」と間髪入れずにサスケは歩き出す。ナルトにはもう見向きもしない。そのサスケにサクラはハッとして女の子の表情で追うし、もちろんそうなればナルトも追うしで、カナは元に戻った日常風景に小さく笑った。

「ありがとうございます、カカシ先生」
「んーや?別にいいよ。サクラはともかく、ナルトもサスケもお前くらい協調性があればいいのにねぇ......さて、じゃあオレは厄介なことになる前にトンズラしようかな」
「お疲れ様でした」

と応えて、カカシが消えたのを見送ってから、カナは「ん?」と首を捻った。

「(厄介なこと?)」

そう思ってカナが仲間達のほうを見れば、サクラは何故か"ナルト以下!"とかかれた石(幻覚)を頭に乗せて沈んでいるし、その原因だろうサスケを捜してももうどこにもいないし、ナルトはそんなサクラにちょっかいをかけている。

「(厄介なことって......いつもの光景だよね)」

しかし、カナがそう思ったのも束の間だった。

がさり、ごそり。

何やら足元でこそこそと動いているものを目にし、カナは思わず飛び退いてしまう。とはいえ、敵襲ではない。

「(えっと......が、頑張ったんだろうな)」

そこで動いているものは、岩に模しているような気もする、超特大サイズのダンボール箱だった。

「で、なにやってるの?木ノ葉丸、モエギちゃん、ウドンくん」
「ぎくぅっ!!な、なんでバレたんだコレ!?」

のそのそと這う箱に呼びかければ、その中からまず出てきたのはやはり木ノ葉丸。心底驚いているようだが、バレバレである。続いてモエギ、ウドンも出てくるが、カナの「どうしたの?」という質問に三人が答える前に、三人の"リーダー"もこちらに気付いた。

「ん?木ノ葉丸たちじゃねーか」
「あーー!ナルト兄ちゃんにもバレちゃったじゃないかカナ姉ちゃんー!!」
「......何かいけないことだったの?」

呆れ顔でカナが首を傾げれば、すかさずモエギが「あのね、木ノ葉丸ちゃんはリーダーを驚かそうとしてたのよ」と補足を入れてくれた。カナが言わずとも、さすがのナルトも気付いただろうと思ったが、それは言わずにおいた。

「それでさ!ナルト兄ちゃん、これから暇か!?」
「んーん!これから修行!」
「ええー!?今日あたりに忍者ごっこしてくれるって言ったじゃんコレぇー!」
「......そうだっけかな〜〜〜」
「約束してたんならしてあげたら?ナルト」
「だろ!?カナ姉ちゃんも一緒にしてもいーんだぞ!」

思わぬ助っ人に木ノ葉丸が目を輝かせて言うが、それはさすがにカナも辞退したかった。そこに同時に思わぬ強敵もやってくる。

「フン......忍者が忍者ごっこしてどーすんのよ......」

といかにも暗い雰囲気をどんより醸し出しているサクラだ。
それからサクラはナルトの顔をじぃっと見つめるもので、忍者ごっこ云々のことをすっかり忘れ、照れ笑いまでしてしまうナルト。その実サクラが考えている内容はナルトに失礼なことばかりであったりするが、そんなことを知る由もない木ノ葉丸はとんでもないことを言い出した。

「兄ちゃんもスミにおけないなァ」
「ん?」
「アイツって兄ちゃんの、コ・レ・だろ?」

そう言ってピッと小指だけを立たせる木ノ葉丸。サクラはそれだけでも青筋がたったのに、更にナルトが調子にのって「あはっもー!君たちガキのわりに鋭いぃ!」とか言い出すものだから、サクラはもう容赦しない。

「ちっがーーーう!!」

ナルトは盛大に血を吐いてふっとんでいった。理由は言うまでもなく サクラに殴られたからである。
我関せずとすすすとその場から離れるカナ。しかしサクラについて何も知らない木ノ葉丸は、「ナルト兄ちゃんー!」と駆け寄ってから、振り向いてサクラの顔にこうほざいた。

「なんてことすんだァコレー!!このブースッブスー!」

その後、カナが思わず手で目を隠してしまったのは言うまでもない。
カナの耳にはとんでもなく痛そうな音ニ発が届いた。そっと確認すれば、ドスドスと去って行くサクラの後ろ姿と、こてんぱんにされ気を失う寸前のナルトと木ノ葉丸がいる。何も言っていないのに殴られているナルトが一番不憫である。

「いってぇえ......」

意外にも先に復活したのは木ノ葉丸だった。ウドンに支えられながら、木ノ葉丸はぼやく。ほんの小さな声で......ぼやく。

「あのブスデコピカちん......アレで女かよマジでコレぇ......!」

そう、小さな声のはずだった。なのに、遠ざかるサクラの耳に入ったのは摩訶不思議。
サクラはゆっくり振り返る。その鬼のような顔で全員を震え上がらせ。サクラがその形相のまま走ってきた時、四人は迷わず逃げ出したのだった。

「......楽しそうだなあ」

乾いた笑いと共に零したのは、その場で彼らを見送ったカナ。とはいえ、他にすることもないし、最終的にはサクラを止めなければならないだろう。それと、木ノ葉丸の減らず口を抑える役も。

木ノ葉丸の"姉"であるカナは小さく笑い、五人の後を追ってのんびりと歩き出した。





無闇やたらに走り続けた木ノ葉丸が、その男にぶつかったのは、それから数分してからだった。
尻餅をついた木ノ葉丸と、ナルト、サクラ、アカデミー生二人の目に入ったのは、全身黒で覆われた男と髪を四つに縛った女。

「いてーじゃん......」

威圧的な声が男の口から漏れた。その手が木ノ葉丸の胸元を掴み、宙へ吊り上げる。「うがっ」と木ノ葉丸が苦しそうに顔を歪めるが、男は一層に放そうとしない。

「やめときなって。後でどやされるよ」

呆れたように女が口を出すが、それも木ノ葉丸を気遣って、というふうではなかった。
サクラは思わず身を震わせた。その額に冷や汗が流れる。何者かは知らないが、危険な匂いがする。だがそんな雰囲気もなんのその、ナルトが真っ先に「おいコラ、その手を放せってばよ!」と突っかかっていた。じろりと男の目がナルトへと流れる。

「うるせーのが来る前に、ちょっと遊んでみたいじゃん」
「う......放せ、コレェー!」

木ノ葉丸がぼすぼすと弱々しい蹴りを入れた。それは男の怒りを煽るだけだ。

「元気じゃん。クソガキ」

男は更に強く木ノ葉丸の首元を絞め、それを見たナルトの怒りは沸点に達した。

「テッメェーー!!」

走り出すナルト。だが、その足はすぐにもつれ、ナルトは盛大にこけていた。
今の間に動いていたものと言えば、男の指先だけだったはずなのに。「なんだ、今の...!?」と素直に零すナルトに男は笑った。

「なんだ、弱いじゃん。木ノ葉の下忍ってのはよォ」

その言葉にサクラは気付く。この台詞からこの二人組は木ノ葉の忍ではないことが推測できる。だがそれなら何故、木ノ葉にいるというのだ。
しかし、性懲りもなくまたぎゃんぎゃん喚き始めるナルトに制裁を入れた、そんな時だった。


「あれ、どうしたの?」

あまりにも呑気な声だったが、今のサクラにはそれが救いだった。振り向けば、今まさに角を曲がってきたところのカナがいる。
きょとんとしているこのカナが、相当の実力者であることを知っているサクラは、ぱっと顔を輝かせた。

「カナ!ちょうど良かった、ちょっとこの場をなんとかしちゃって!」
「え?」
「実は、あの子が」

そう言ってサクラが指差す先をカナは目で追う。カナの瞳にも映る、男女二人組。そのうち一方が木ノ葉丸の襟首を掴んでいる。それだけで、細かい事情はさておき、カナがまとう雰囲気もぴりっとしたものに変わった。

「んだよ、お前は」
「その子の姉です」

「姉?」と男は眉根を寄せる。木ノ葉丸の視線がカナに何かを訴えていた。

「何があったのか知りませんけど、その子が悪かったのなら私が謝ります。ですから、その子を放してもらえませんか?」
「遅えっつの。謝罪なんて今更なんだよ。大体オレ、チビって始めから大嫌いなんだ。年下のくせに生意気で......」

壊したくなっちゃうじゃん。
男の目に映るのはカナではなかった。「あーあ......私、知らないよ」と半ば諦めたように女がぼやく。だが男はそんな声も聴こえていないようで、目の前のカナも気にせず、腕を振り上げた。

「このドチビのあとはお前らね」

男は躊躇もなく拳を木ノ葉丸に向け、サクラは思わず両手で目を覆う。
しかし、一番間近にいるカナはふっと目線を流していた。それから、誰にも分からないくらいの小さな笑みを零す。


 
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