第三十三話 未来へ


あの橋の上での戦いから、二週間後。
真っ赤にやける夕日が照らす丘の上。見晴らしがいいそこには第七班と、そして二つの墓標、再不斬と白の墓が並んでいた。

「でもさぁ、カカシ先生......」
「んー?」
「忍者の在り方って、やっぱりこの二人が言ってた通りなのかなぁ」

不満そうに眉を寄せ、サクラはカカシへと視線を合わせる。カカシは少し考え込んでから返す。

「忍ってのは、自分の存在理由を求めちゃいけない。ただ道具として存在することが大切......それは木ノ葉でも同じだよ」
「でも、それって......難しいですよ」

カナもサクラ同様に不満げに口にした。

「忍者だって、人間です。感情を捨てたり、道具としてなんて、例えどんな凄腕の忍者であろうと......人である限り......」

語尾が消えていく言葉。カナの目はカカシから外れ、今度は再不斬の刀へと向かっていた。
この二人がそうだったように。二人の生き様を思い出し、カナの目頭が熱くなる。だがそれでも二つの墓標へのカナの視線は外れない。
カナの背後に立つサスケはその様子を一瞥し、それからカカシに目を向けた。

「あんたもそう思うのか」
「......んー......いやな。だから忍者ってヤツは、皆知らず知らずそのことに悩んで生きてるのさ。再不斬や、あの子のようにな」


沈黙が流れる中、真っ直ぐと差す夕日。それを眩しいにも関わらず、ナルトはじっと見つめていた。
自らを「道具だ」と言いながら、戦いに心を痛めていた白。そしてそんな白を、道具だと思い切れなかった再不斬。忍に、なりきれなかった二人。

忍とは、なんだろう。きっと正しく答えるなら、"里を護るための駒"だ。けれど、何故里を護るかと言えば、それはただ"忍という存在だから"ではないはずだ。
少なくともオレは絶対にそんなふうに考えねえ、とナルトは拳を握りしめた。

「(オレは、里が大好きだから。仲間が大切だから戦うんだ)」

ナルトは強く夕日を睨みつけ、「よしッ」と意気込んでいた。


「今、決めたってばよ!オレはオレの忍道を行ってやる!ぜってェ後悔なんかしねェ道を、まっすぐ突っ走ってやるってばよ!!」


ナルトらしい言葉が全員の耳に届く。彼らしい、誰も彼もを惹き付けるような言葉が。
サスケは肩を竦め、サクラはいつになく満足げに笑い、カナはふわりと微笑む。そしてカカシはそんな教え子たちを、頼もしそうに見つめているのだった。



それから数日後。

早朝、サスケはふっと目覚めた。明るい日差しが窓から差し込んでくる。
上体を起こし部屋を見渡せば、いつものようにカカシだけがもう抜け出していて、ナルトは相変わらず布団をはね除けだらしなく涎を垂らしている。もうそれにも気をかけることはない。サスケは部屋から出て、 一階へと下りた。

そこにはやはり見慣れた風景。ツナミが朝食の用意をしていて、タズナとカカシが椅子に腰掛けている。「おはよ、サスケ」と声をかける担当上忍をテキトウにあしらってから、サスケは不意に気付いた。
そういえば、もう一つの"最近"がない。

「......カナは?」
「ああ、カナならとっくに起きて来たよ。朝食も食べずにオレたちに挨拶してから出て行った。森にでも行ったんだろうと思うけど」
「じゃが、超急だったのう。顔色も悪かったし、なんか嫌な夢でも見たんじゃろうか」

タズナの率直な感想にサスケは眉根を寄せる。それに対し、カカシはやれやれと首を振っていた。それを言えば、この後の展開は容易に想像できるからだ。もちろん、カカシの予想は少しも外れなかった。
すぐ帰るとだけ言い残したサスケは、あっという間に扉から出て行った。

「あら。サスケくんも行っちゃったの?」
「すみません。そんなに遅くならないと思いますんで、アイツらの朝食もとっといてやって下さい」

それはもちろんだけど、と返すツナミにカカシはぺこりと頭を下げた。



足下の土をそれなりの歩幅で踏みしめる。

他に手がかりもない今、サスケはとりあえずカカシの言った通り、通い慣れた森へと向かっていた。というよりも、サスケには他の場所も思いつかない。あの方向音痴が求めた場所へすんなり行けるとも思えないし、行けるとしたら、ここより他にないだろう。

木々の間をすり抜けた朝日がところどころ地面を照らしている。早朝の森林の中を歩きながら、柄にもなく清々しい気分になっていたサスケは、その時ぴくりと反応した。

声。

まだ遠いが、微かに、聞き慣れた声が聴こえる。

「(......あの歌か)」

それもただの声ではない。サスケには聴き慣れた、歌だった。
サスケの歩が確実な方向へと向く。道しるべのように、もう迷うことはない。

母がよく歌ってくれたのだという歌を、カナはしょっちゅう口ずさんでいた。幼い頃からそれを聴いていたサスケは、もうその詞を覚えてしまっているほどだ。
童謡のような、耳馴染む歌。不思議と、カナの心情が染み込むように伝わってくる。今はタズナが言っていた通り、どこか暗く、しかしそれを隠そうとしているような、そんな。

それを感じ取った時、サスケは走り出していた。


その声が一際大きく聴こえた時、サスケは目線を上げた。
見慣れた銀色が見えたのは高い枝の上だった。鳥と戯れている姿がそこにあった。


「......カナ」
「!」

そのうちサスケがかけた声に、カナは驚いたようにハッとし、サスケを見下ろした。歌が途切れる。サスケ、と声を漏らしたその姿を直視できなくなったサスケは、視線を逸らして続ける。

「......なんか、あったのかよ」
「え?」
「歌......聴いてりゃわかる。お前にしちゃ、低すぎる」

幾度も聴いてきたからこそ サスケの感想はそれだった。対し、カナは暫し惚けた。あまりにもあっさり自身の心情を見破られたからかもしれない。

「......さすがだね。隠し事できないや」

そう言ってからカナもまた、サスケから顔を背けた。

「......夢のせい。嫌なもの、また見ちゃった。もう二度と見たくないって思ってたのに......それで、気晴らしにここに来たの」

サスケはちらりとカナを見上げた。カナは苦々しく笑いながら指で鳥達と遊んでいる。その様子はそれ以上 何も言おうとしないように見える。
しかし、サスケの心はまだカナの言葉に向いている。聞くのはまずいのではないかと思いもするのに、抑えきれない。静止の声はその気持ちを上回ることはなかった。

「......何を見たんだ?」
「......」

だが問うた途端、サスケはぎょっとした。いきなりカナがサスケを睨みつけたのだ。

「な......」

そしてサスケは対応しきれなかった。
いきなりにまたいきなりを上乗せし───突如 枝から飛び降りて抱きついてきた、その銀色に。

鼻をカナの匂いがくすぐると同時、サスケの頬が朱に染まる。

「おい、カナ!?」

通常ならあり得ない幼なじみの行為に、ボッと湧き出た感情を対処しきれないまま、しかしサスケは反射的にカナの体を引きはがそうとする。が、サスケを抱きしめるその力は思ったよりも強く、まったく離れようともしない。
代わりに、いきなり罵声がとんだ。

「馬鹿......」
「は?」
「サスケの、馬鹿!!」

再びサスケは戸惑いを隠せない。

「何のことだよ」
「......なんでもないよ」
「なんでもない、じゃねえだろ。話せよ。わかるように言え」

言い方はいつもと同様 命令口調だが、サスケにしては柔らかい物言いだということは感じられる。
そのうち、サスケは気付いた。サスケを抱きしめている腕が僅かに震えだしていたのだ。

「......勝手に怒って、理由も言わないで、そのまま出て行って......私、なにかした?サスケだって同じじゃない......わかるように言って欲しかったよ。どうすればいいか、全然、わからなかった......」

呟くようなカナの声。

「それに、ナルトと私を守るためだとはいえ、あんなこと......!」

カナが見た夢とは、それだった。

まだ鮮明に瞼の裏に残っている、サスケのあの時の姿。そして、鼓動を鳴らさなくなった瞬間。
あの時の鮮血を、カナはまた見てしまったのだ。本当は生きていたとはいえ、再び甦ってきたあの光景はそんな事実に関係なく、心に刺さるように痛かった。脇目も振らずに飛び出してしまったほどには。


「あんな思い......もう、たくさん......!」


カナは必死に涙を零すまいとして、その代わりに震えていた。
サスケはカナの心が全てぶつかってきたように思った。ここ二週間、カナはずっと溜め込んでいたのだろう。

「......悪かった」

自然とサスケの口から出た謝罪。普段聞かない言葉だからこそか、カナは尚の事ぴくりと反応する。

「オレは死んでねえ......それにもう、怒ってもねえよ。悪かった」

もう一度 同じ言葉を繰り返すサスケは、心中で自分を笑った。現金なものだと。
あれ以来口にはしなかったものの、まだ踞っていた黒い想いが、すうっと晴れていくのを感じていた。その理由もわからなかったカナは、サスケ以上に悩んでいたに違いないのに。
それでも、カナは理由までは言及しない。震える声で、うん、と返すだけだ。サスケは小さく苦笑を零す。

「泣くなよ」
「......泣いてないよ」

くしゃりとサスケの手がカナの銀色を撫でる。今や恥じらいはなく、柔らかな感情だけが残っていた。

幼なじみ。仲間。大切な、互い。
今はそれだけでいい。これ以上は望まない。この距離が心地いい。

「......感謝してる」

ゆっくりと抱きしめ返したサスケから、ぽつりと漏れた声に、カナはやはり特別言及することなく、うん、とだけ返すのだった。





海の真ん中を堂々と遮り、あちらからこちらまでを繋ぐ橋。あの死闘で破壊されてしまった箇所は、もう完全に修復されている。

あれから数週間、波の国の希望である橋は、見事に完成していた。
それはつまり、第七班の任務が終了したということだ。第七班とその見送りの者たちは、最後の別れとそこにいた。

「おかげで橋は無事完成したが、超寂しくなるのう」
「お元気でね」

と、いつになく感傷に浸るタズナと、変わらず優しく言うツナミ。その二人の言葉に応じ、カカシは「お世話になりました」と頭を下げ、ナルトは「まーまー、タズナのおっちゃん!また遊びに来るってばよ!」と無邪気に笑った。
だがその傍で、イナリの目が潤む。

「絶対に、か......?」
「ん?」

ナルトが反応する。泣くほど別れを惜しんでいる様子を見て、ナルトも思わず「イナリィ......」ともらい泣きをしてしまう。

「お、お前ってばさみしーんだろォ!泣いたって良いんだってばよ、泣けよ!」
「なっ、泣くもんかぁ!ナルトの兄ちゃんこそ、泣いたって良いぞぉ!」

しかし二人とも素直ではなかった。ナルトとイナリはしばらくそうやって顔を付き合わせていたが、たまりかねて「じゃあなっ!」と先に背を向けたのはナルト。そうしてどばーっと涙を流し始める子供な二人。ったくごーじょっぱりぃ、とサクラは心中で思った。

そんな光景に苦笑していた者は数名だが、その中の一人であるカナはそっとイナリに近づき、イナリの目線に合わせた。

「うっうっ、カナの姉ちゃん......!」
「永遠のお別れじゃないんだよ?ナルトが言った通り、また遊びに来るから」
「いつ?」
「えっ。う、うーん......あ、イナリくんが木ノ葉に来てもいいんだし!おもてなしするから、きっと」

にっこりと笑うカナに、イナリはぐすぐすと手で涙を拭きながら、こくこくと頷く。「ほら、波の国のヒーローくんでしょ?」と励まされれば、更にイナリの涙腺は緩んだのだが。

「おいカナ、行くぞ」
「あ、うん!それじゃあね、イナリくん!失礼します、タズナさん、ツナミさん!」

ぱっと立ち上がったカナは、最後にイナリを一撫でしてから、仲間たちの傍に駆け寄る。
涙ながらに大手を振っているナルト、サクラ、いつも通りスカしているサスケ、軽く会釈しているカカシ。その輪に加わったカナも、島民たちに頭を下げ、完成した橋を歩き出した。


「よぉーし!早く帰って、イルカ先生に任務終了祝いのラーメン奢ってもらおっと!それにさ、それにさ!木ノ葉丸にもオレの武勇伝聞かせてやろっと!」
「んー、じゃあ私はぁ......ねえ、サスケくん!里に帰ったらデートしない?」
「いや。断る」
「がーん......そんなあ」
「あのさ、あのさ!サクラちゃん、オレってばいいよ?」
「うるさい!!黙れナルト!」

木ノ葉でも波の国でも変わらない、三人のやり取り。カナはそれに穏やかに笑いつつ......ゆっくり歩調を緩め、下忍たちの背後を歩いていたカカシに近づいていた。
どーしたの、と呑気に言う担当上忍を見上げるカナの表情は、その瞬間、どこか暗いものへ変わっていた。

「先生には、言っておこうと思って」
「......なに?」
「あの時......再不斬さんが、ガトーを......手にかけようとした時」

カカシが気遣ったのだろう、歩調が更に緩む。サスケが一瞬ちらりと視線を向けたが、何も言わずにまた前を向いた。「私、あの時、実は」と、カナが続けようとして、カカシが遮った。

「知ってるよ。ガトーが落ちてくの、風の力で緩めたでしょ」
「! なんで......」
「想像はできたからね。お前が手を出すんじゃないかと冷や冷やしたくらいだ。最悪、お前は本気で再不斬を止めようとするんじゃないかとまで考えた」
「......」

カナは俯いてしまう。
正しいこと、正しくないことの線引きは、その時のカナにはわからなかった。そのために、やったことといえば中途半端なことだった。
恐らくガトーは、海に叩き付けられ即死、ということにはならなかっただろう。ガトーに泳ぐ力があったならば今も生存しているかもしれないし、そのまま溺れ死んでいるかもしれない。それは、カナも確認していない。

「私......間違ってましたか?」
「......感情論だと間違っていた。でも倫理論なら、そうとは言えない......判定は、限りなくクロに近いグレーかもしれない。だけど、オレにはお前を責められない」

カカシの目は優しくはない。だが、厳しくもない。カカシをまた見上げたカナは、真摯にカカシの言葉を受け取っていた。

「感情論ではクロ......けど、それはお前以外の話。お前の中にはお前の中の想いがある。それもまた、感情論だ。ま!お前のそれは、倫理に近い気もするけどね」
「......答は、ないんですね」
「その通り。悪いけど、答はオレにもわからないし、きっと本当に確かな答を出せるヤツはいないだろう。けど......お前には、覚えておいてほしいこともある。───オレたちは、忍だから」
「......はい」
「今のお前じゃ、きっとこの先辛くなる。悩んだ先に、答を出せ」

波の国に入って何度目か、カカシの手がカナの頭を撫でる。しっかりと言葉を噛み締めたカナは、こくりと頷き、顔を引き締め、前を向いた───
ら、ナルトとサクラの視線が痛いほど突き刺さってくるのに気がついた。

「カカシセンセーってば、なにカナちゃんとコソコソ話してんだってばよ!......ハッ。さては!」
「やめなさいよーナルトったら!二人の邪魔しないの!」
「あっわ、わりーってばよサクラちゃん......カナちゃん!!」
「言われたいほーだいだねこりゃ。やれやれ」
「えっちょ、何の話?えっ、なんで二人ともそんな先行くの!?」
「アホの話だ、耳貸すなバカ」

唐突にサスケに罵倒され、「り、理不尽......」とぼやいたカナは、サスケの隣を歩きながら、カカシを振り返る。カカシはにっこりと微笑み、力強く頷いた。

悩んだ先に、答を出せ。

まだ朧げにも掴みとれないそれ。あるのか、ないのか、それすらわからないもの。正しいことと正しくないことの線引き。この地で知った、巨大な壁。

今はただ、隣で歩いてくれる彼や、一緒に笑ってくれる仲間たちを、護りたい。
その想いのために歩くだけだと、カナは一歩を踏み出した。

煌めく海、そして架かるのは"ナルト大橋"。どんな未来が待ち受けていても決して崩れることなく存在していくよう......そう願いをこめて。


 
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