第三十一話 憤慨


"殺して下さい"。

そう頼まれたナルトも、それにカナも、暫くは硬直していることだけしかできなかった。
それを見て何を思ったのか、白は「何を躊躇しているんです」と平坦な声で言う。死を覚悟したとは思えないほど普通の声色だ。ナルトはまたも動揺する。やっとのことで出た声もどこか情けない。

「なっ、納得いかねェ!強いヤツでいるってことだけが、お前がこの世にいていい理由なのかよ!?」

何も理由がなくとも自分で理由を作り、これまで生きて来たナルトにとって、白の死への覚悟は信じられないものだった。あまりにも呆気なさ過ぎる。ナルトは握りこぶしを作る。

「戦うこと以外だってよ、他の何かで自分を認めさせりゃ、良かったはずだろ!?」

荒々しかったナルトの語調も今度は弱々しく変わる。対する白は、ナルトの言葉を噛み締めているようだった。けれど決心が変わるまでには至らない。

「ナルトくん。キミと森で会った日、キミは僕に似ていると、そう思いました」
「......!」
「キミにもわかるはずです。......キミの手を汚すことになって、すみません」

白の言葉通り、ナルトにとって白の決意がいくら信じられなくても、理解できないことではない。誰にも必要とされない苦しみは死へ誘われると知っているから。
しかし、その空色の瞳は縋るように今度は後ろを振り返る。

「カナちゃん、カナちゃんもなんとか!」

───カナは、眉を寄せて俯いていた。その姿を見て、ナルトは息を呑んでしまう。

「......ナルトくん。カナさんは、何も言えないはずです」
「! 何でんなこと」
「何故なら、彼女はそれでも、僕のことを」
「恨んでます、だけど!!」

カナの声が白の言葉を遮る。サスケの顔がカナの脳裏にちらついている。楽しい思い出のほうが多いというのに、今ばかりはサスケの死に顔しか思い出せない。

人は還ってこない、そんな当然のことを解っているつもりでも、感情を完全にコントロールできるわけではない。
憎い。白のことが。その白が死にたいと言っている、ならば、止める道理はないじゃないか。

「だけど、私は......!」

ーーその時、ふと、カナの脳裏に過っていた光景が変わる。
それは、幼い日の思い出。木ノ葉に来て暫くの頃の、間違いなく大切な思い出の断片だった。


『今のオレがここにいるのは、お前がここにいたからだ』


そんな彼の言葉を、カナは今、呟くように口にしていた。ナルトと白の視線がカナに突き刺さっている。
ようやくカナが顔を上げた時、その時にはもう、苦々しいほどの表情は消えていた。

「私は、白さんを恨んでます......だけど言った通り、だからって殺す理由にはならないし、殺すところも殺されるところも見たくない......恨んでるけど、これも本当に、本心なんです」
「......では、カナさんも僕を止めるんですか?」

静かな声色で白が言う。その視線をしっかりと受け止めたカナは───いいえ、と応えていた。
目を見開いたのはナルトだ。驚愕は口にもでない。それに、カナは続けた。

「この言葉で引き止められなかったら、多分......誰にも、白さんを止められない。ナルトがしなくてもきっと、あなたは勝手に死んでしまうから」

そう言って、カナはもう一度先ほどと同じセリフを唱えた。今のオレがここにいるのは、お前がここにいたからだ、と。

「白さんは知ってますよね。......私の一族のあの事件のあと、私は三代目火影様に引き取られました。それは、私自身も望んだことでした......だけど、最初の頃は悲しみが尽きることはなかった。いくら引き取ってくれたからといって、あの時の私にとって、三代目でさえ赤の他人にしか思えなかったから」

カナは自分の身の上のほんの一部だけを語る。ナルトには理解できる話ではなく、始終 首を傾げっぱなしだったが、白は噂で知っている。

傍に誰かがいなかったわけじゃない。一時も"一人"の時なんてカナにはなかった。しかし、"独り"を感じることは仕方がなかった。けれど、カナはそれを誰かに言ったりはしなかった。三代目に言うなどもってのほかだ。三代目は自らカナを引き取った人物。だというのにそんな事を告げたならばどう思われるか、幼いカナでも容易に想像できた。

「.....そんな時、私は彼と知り合った。ゆっくり仲が良くなって、お互いに色々な話をした。......私はある時、その孤独心を、彼に打ち明けました。その時、彼が......サスケが、先ほどの言葉を言ってくれたんです」

あれは、サスケの、うちはの事件があった後。
カナはその時のことをずっと覚えている。カナの顔に浮かんでいた悲し気な笑みは、いつしか白が思い出を語った時のような笑みへと変わっていた。

「私はその言葉で救われました......そして、その言葉をずっと信じてきました。何気なくいつも隣にいた人にとって、私の存在は無駄じゃななかったんだって。だから、きっと......」
「......」
「きっと、再不斬にとっての白さんも、そうだったはずだって。白さんが再不斬を誰よりも必要としていたように、再不斬にとっても、きっと......そう、思えませんか。そしてそうであるなら、白さんが死ぬ理由なんて、もう......」

いくら白自身が自分の価値を否定しようとも。確かにそこには意味があったのではないかと。
カナはそう伝える。そして今、伝わった。細部まで言わなくとも、白にはカナの柔らかな瞳の色だけで十分だった。白の口元にも笑みが浮かぶ。綻ぶように。

「ありがとうございます、カナさん......やはり、あなたは優しい人です......だけど」

しかし、だけど、と白は言う。笑いながら、幸せそうに。

「やっぱり僕は、再不斬さんの道具でした。......僕は、そうで在り続けました。それで、幸せでした......だから」
「......白、」
「ナルトくん。......お願いします。僕を、殺して下さい」

白の目の色は変わらなかった。カナの言葉を聞いたからか、瞳には柔らかな感情が戻り始めていたが、それでも決意は固い。それ以上は、何も言えない。カナは唇を噛み締めた───

そしてナルトは、ぐっと握りこぶしを作っていた。
ナルトの中ではまだ戸惑いも大きいが、今度は動揺に叫び喚くこともない。白とカナの会話でナルトにも十分白の想いの丈が伝わった。

白の決意は揺るがせられない。再不斬でない限り。

「お前とは......他のところで会ってたら、友達になれたかもな......」

そうしてナルトは白とは別の覚悟をする。"殺す覚悟"。
次の瞬間、ナルトは強く瞳の眼光を光らせ、クナイを手に取り駆け出していた。


「キミたちは夢を、掴みとって下さい」


白は最期の言葉としてそう口にし、ナルトの手に光るクナイを待つ。ナルトとカナの胸は同時に高鳴った。ナルトはもちろん、カナも決して目を逸らすことはなかった。クナイが一層 鈍く光を反射した。

聴こえるのは、ナルトの唸り声だけだ。他の音は一切遮断されたような感覚の中、白は思った。

「(ありがとう......キミたちは、強くなる)」

死を目前にしながらも白に口元には柔らかな笑み。その白が瞳を閉じる様子でさえ、ナルトとカナには数秒もかかったように見える。
何もかもが遅く見える空間。しかしいつしか、ナルトのクナイはもう白に届く距離。


ナルトの最後の声が響いた───


しかし結局、そのクナイが血に汚れることはなかった。


「なッ」
「え!?」

ナルトとカナは思わず声を漏らしていた。ナルトの手首が、白に握られていたのだ。
あまりにも突然で、二人の頭に余計な言葉は横切らなかった。白の言葉が脳内を通過していくのみ。

「ごめんなさい、ナルトくん」

その白の顔はどこか切羽詰まったようで、真剣な。

「僕は、まだ死ねません!」

先ほどとは正反対のことを言った白にナルトは思わず身構える、しかし白が印を組んだ時、そこにもう白の姿はなかった。反射的に攻撃されると思い込んでしまったために、ナルトは再び呆然とする。

「消えた......」

先にそう呟いたのはカナ。

「......あんなに濃かった霧が、晴れてきてる」
「あ......そういやあ、」

数メートル先ともなると何も見えなかったはずが、今はもっと先のほうまで見渡せるようになっている。

すると、どちらからともなく見つけたのは、ちらちらと見える集まった人影だった。何人かのシルエットが浮かんできている。可能性から思うに白はあちらへ行ったのだろう。
何かあったのだろうか。

「......行こう、カナちゃん」
「......うん。そうだね」

ナルトの問いにカナは答える。だが思わずその視線を彼のほうへと向けていた。

サスケ。

カナの視線の先を追い、ナルトも苦々しく顔を歪める。そのサスケの顔が今はやけに安らかに見えて、更に痛む。
けれど、カナはすぐに「行こう、ナルト」と声をかけていた。ナルトは一瞬躊躇する。

「サスケは......いいのか?」

カナは予測していたように素早く「うん」と頷いていた。

「サスケの体を、これ以上傷つけるわけにはいかない。......戦闘の場には、連れて行けない」

銀色の髪と、まだうっすらと残る霧に、カナの表情は隠れている。ナルトはゆっくり顔を逸らし、「そっか」とだけ返事をした。
そして二人して走り出す。二人とも後ろ髪はひかれるけれど、仲間達の姿が見えるまで足を止めることはなかった。


しかし、"その"光景をまるで予想していなかったのは言うまでもない。


二人の両目は同時に大きく開いた。
再不斬を庇うようにして立っている白の心臓を、カカシが貫いていたのだ。

「ど......どういうことだってばよ、これ......」

ナルトが無意識の内に言葉を漏らす。カナは口元に手を当て、ただ驚くことしかできなかった。

二人が同時に思ったことは正解だった。再不斬の命の危機を察した白がカカシの前に立ちはだかり、再不斬への攻撃を代わりに受けたのである。カカシ、再不斬、白のすぐそばで、白が移動手段に使ったのであろう色のない氷の鏡は、白自身の血によって赤く染められていた。

カカシも、再不斬もまた、近くで事態を見ていたとはいえ、思ってもみなかったことに目を見開いていた。
恐らく先に我に返ったのはカカシ。だがカカシは再不斬の隙を狙って攻撃することもなく、先に行動に移ったのは、再不斬のほうだった。
自分の胸の奥底で沸き上がる感情に気付かずに。

「クク......見事だ、白」

異常なほどすぐ、再不斬は大刀へと手をかけていた。

「(この子ごとオレを斬るつもりか!)」

カカシはすぐさま身を引こうとするが、そこでようやく気付く。白の手がしっかとカカシを掴んでいたのだ。死んでもなお、 再不斬を護るように。
しかしそれでも再不斬の刀は近づく。カカシは動けない、が、カカシは次の瞬間、自分が逃げることよりももう一つのことに気をとられていた。

再不斬に近づく、教え子の姿。


「(斬らせない!!)」

カナ。
無意識にチャクラを足下に集めたため、カナのスピードは格段に上がっている。仲間達がカナの名を叫ぶ中、カナは手にしたクナイ一本で再不斬の攻撃を受け止めていた。その間にカカシは白を抱え、後方へ下がる。

再不斬は訝し気に眉を上げた。小さなクナイに対する首切り包丁。カナの腕力で受け止められるものかと目をこらせば、カナの持つクナイには風が纏っている。それに気付いて再不斬は口元を上げる。

「何かと思ったら風羽のガキか。そんなに急がねェでも、後でちゃんと連れてってやるよ」
「......」
「白は死んだ。次はお前を徹底的に磨いて」
「黙って!!」

再不斬の額に青筋が浮かぶ。しかし、今のカナはその程度では怯まない。

「白さんがどんな想いだったかもしらないで!」
「......まずお前は言葉遣いの練習からのようだな」

しかし、もちろんカナの圧力に再不斬も怯むことはない。
再不斬の攻撃は一瞬だった。カナでは到底追いきれないほどの速さで拳を振り上げ、カナを殴ったのだ。

痛々しい音が鳴り響く。カナの体は易々と吹っ飛んでいた。その体はカカシが瞬身で受け止めたが、酷い鈍痛が容赦なく襲いかかり、カナは僅かに吐血する。

「フン......これぐらいで吹っ飛ぶようじゃ、白の後釜は務まらねェな」

笑う再不斬をカカシは睨み、それから「カナ」と呼んだ。はい、と素直に答えるカナの銀色をくしゃりと撫でる。

「お前の怒りはよく分かる......」
「先生......」
「お前はここで見てろ。コイツはオレの戦いだ!」

そうしてカカシは立ち上がった。その背中にカナは言葉が見つからない。反論する言葉も無論ない。再不斬の相手が勤まるのはカカシだけなのだ。
でも、それを分かっていても出て行ってしまったのは、とてもカナには許せなかったから。
白の想いを、再不斬への想いを知ってしまったために、到底堪えきれなかった。



カカシがまた再不斬との戦闘を開始して暫く。状況はカカシの有利だ。
だが何故かカナはそれを喜べなかった。心には言い表せない靄があった。それは、白のことがあるからか......サスケのことがあるからか。あるいは、サスケの死を知ってしまったサクラの叫び声が、ここまで届いているからだろうか。

「(涙を、見せぬべし......)」

カナは心の中で呟いた。"忍の心得第二十五項"。忍の感情を制するための絶対事項。だが、それを絶対にできる忍などこの世に何人いるだろうか。
少なくとも自分はできないと、カナは手の甲で自分の涙を拭いた。

まだ、忍の戦いは終わっていないのだ。

クナイと首切り包丁の弾いた音が鳴る。そのまま後ろへと飛び退くカカシと再不斬。だが膝をついたのは再不斬のみ。

「(どうしてだ......何故、ついていけない)」

息切れする再不斬とは逆に、冷静に再不斬を見るカカシ。それが癪に障り、再不斬は勢い付け再び走り出す。

「クソォ!!」

だがその突進は殴られることでいとも容易く勢いを失う。そして今度はカカシの攻撃で再不斬は吹っ飛んだ。首切り包丁ですぐ体制を立て直すが、屈辱からだけは逃れられない。
心のどこかで焦る再不斬はまたカカシに近づき、刀を思い切り振り上げた。だが完全な力の空回りだ。刀が斬った場所には既に姿はなく、カカシは一瞬で再不斬の後ろへとまわっており、その手で再不斬の首を掴んでいた。

「今のお前では、オレには勝てないよ」
「何だと......」
「お前は気づいていない。本当の強さってヤツを」

言い、二本のクナイを左手に持つカカシ。それらは再不斬へと狙いを定められた。

「さよならだ。鬼人よ」

その言葉にハッとし、再不斬が振り向く頃には既にクナイは風を切る。再不斬は咄嗟に首切り包丁を振りかぶった。カカシはすぐにクナイを再不斬の腕に突き刺し、後退する。刀はその勢いのまま橋の隅へと飛んでいく。
後ろへと飛んだカカシは再不斬を一睨みした。対する再不斬は、両腕をぶら下げていた。

「これで両腕が使えなくなったな。印も結べないぞ」


圧倒的にカカシが有利だった。再不斬の動きが確実に遅く、鈍くなっているのだ。それだけの差だが、それだけで戦いは左右される。

戦闘を見ているカナとナルトは緊張で汗ばむ手を握りしめた。どうしてももう結末は判る。両腕を使えないというハンディキャップは重い。次の攻撃にでも、もう決着はつく。

───しかし、そこで誰もが、歓迎せぬ客がすぐそこまで来ているのに気付いた。


「おーおー!派手にやられやがって!」


下品な声が辺りに響く。戦闘に集中していたカカシと再不斬、そしてナルトとカナも振り返る。

「がっかりだよ......再不斬!」

全員が視線を送る先には、ずる賢そうな顔をした小男・ガトーと、ガトーが引き連れてきた武器持ち集団がいた。
カナは自身の指の先がちりと痺れるのを感じた。それは、とてつもなく嫌な感覚。


 
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