第三十話 死への決意


真っ赤に染まった憎悪の瞳。纏う赤の禍々しいチャクラは大きく具現化し、狐のような姿へ変わる。その狐が舞い上がってから消え去っていく光景を、カナはただ呆然と見つめるしかなかった。

ただの"怒り"だけでは説明がつかないナルトの変化は、無論、白にも十分感じ取れた。今のナルトはまるでさっきとは違う。そして、その力は今も増大している。
ナルトに張り付く氷は今や効力を成していない。これ以上不利な要素は作るまいと、白はすぐさま攻撃に移った。放たれる千本、しかし、それらはナルトの"気"だけで吹き飛ばされたのである。白はすぐさまスタイルを変えた。ナルトの背に、千本を放つ。

「ナルト!!」

その千本は今度こそナルトの体に刺さり、カナはすぐさま叫んだ。
しかし、それは杞憂だった。突き刺さっていようが関係ない。やはり、それらは吹き飛ばされた。

その気迫は、今度はカナとサスケをも襲った。カナがなんとかサスケの体を守ろうとした結果、カナは背後にあった氷の鏡へと強く打ち付けられ、吐血する。同時にまた足の傷が痛むが、それを気にする暇もない。

「(どうしたの、ナルト......!)」

いくら無鉄砲でも、ナルトはいつも仲間には目を向けていた。なのに今のナルトは、白のことしか考えていない。白を、殺そうとしか考えていないのだ。

カナは強く歯を噛み締めた。
サスケのために怒っているナルト。けれど、その彼の本来の想いはそこに見えない。

「ごめん......サスケ」

カナはそれだけ言ってサスケを見つめた後、決意したようにナルトへと向き直った。

今の間にもナルトは白を追いつめていた。カナとサスケが二度もどうにかしようとした鏡を、ナルトはほんの数秒のうちに割ってしまったのだ。それだけでは留まらない。ナルトはすぐさま白を捕らえていた。

そして、その顔にある仮面ごと、白はナルトに強く殴られた。

「ナルト......!戻ってきて、ナルト!!」

カナは咄嗟に走り出す。その度に足の傷が痛んでも気にすることではない。本気で走る───しかし、それほどカナが必死でも、ナルトのスピードには追いつかなかった。変貌したナルトは吹っ飛ばした白を追い、容赦なく再び殴ろうとしていたのである。

それに対し、白は。

立ち上がったまま、何かに諦めたように立ち尽くしているのみだった。
白の脳内には今、戦闘のことなどなかった。

「(再不斬さん......僕は、この子には敵いません)」

ナルトの怒り狂った表情も、必死に叫んでいるカナの姿も見えず、呆然としたように。

「(再不斬さん......僕は)」

そうしていつしか、ナルトに殴られた衝動でヒビが入っていた面は、完全に割れていた。

剥がれ落ちた面がカランと音をたてて地に転がる。
白の素顔も必然的に露になり、自意識を保っているカナはその瞬間に目を見開く。
しかし、ほぼ怒り任せに動いていたナルトが動きを止めたのは、拳が白に到達する寸前であった。

「お前は......あん時の......!」

ナルトも、カナも、白の素顔には見覚えがあったのだ。

それはほんの数日前のこと。あの早朝に出会った少年の顔、そのもの。
だが、今はあの時のような穏やかな時間はない。待っていた一撃を止められた白は、厳しい顔でナルトを見ていた。

「何故、止めるんです」

ハッとするナルト。

「キミは大切な仲間を僕に殺されたというのに、僕を殺せないんですか」

突き刺すような白の視線を受けるが、ナルトは先ほどの燃え盛るような怒りを忘れ、今は迷ったような顔で背後を振り向く。ナルトの空色に戻った瞳に映ったのは横たわっているサスケ。そして脳裏に描いたのは泣き崩れていたカナの顔。

「ッくそォ!!」

苦し紛れに叫び、ナルトは先ほどより遥かに弱い力で白を殴った。それだけでもふらつくほどに白は消耗していたが、今度はすぐ立ち上がれる。

「さっきまでの勢いはどうしたんです......そんな力じゃ、僕を倒すことなんてできませんよ。彼は大切な人じゃないんですか」

問われたナルトは何も言うことができない。理由はただ一つ、あの朝、白に言われた言葉が邪魔しているからだった。
その代わりに、違う声が響いていた。

「た......つだ......」

一度目はほぼ聞き取れなかったが、カナはもう一度繰り返した。


「大切だよ!」


今にも泣きそうな声だった。

「ずっと、ずっと傍にいて......!支えてもらって、笑い合って、ずっとずっと一緒にいるって言ってたのに!!正直っ......正直、あなたを、憎いと思うほどに......許せない......!!」
「カナ、ちゃん......?」

普段との変容ぶりに、ナルトが戸惑ったように呻く。カナの目は嘘をついていない。
しかし、のちにカナは「でも」と続けていた。

「例えば、私がさっきのナルトみたいな力を持っていたとしても......殺したりはしない」
「......どうしてです?誰も咎められませんよ。先に手を出したのは、僕だ」
「それでも、いなくなってしまった人は、絶対に、どれだけ思おうと、なにをしたって、どうしたって......かえってこないんだ」

カナは髪の毛で顔を隠す。僅かに白から見えるカナの口元は、歯を噛み締めている様子だった。

ああそうか、彼女は風羽一族の子だったのだ、と白はふいに思った。
仇討ちを考えたこともあっただろう。誰かに想いの丈をぶつけたいこともあっただろう。それなのに、この少女はそれが無意味なことだと押し込めている。

「(僕には......無理だ)」

白はカナを見ながら思う。自分なら、耐えきれないだろうと。再不斬が殺されたなら、確実に相手を殺しにいくだろうと、容易に想像ができるから。
どちらが正しいのかなど答はどこにもないだろう。だが今、白は目の前のカナに静かに言った。

「......すみません」

何に対しての謝罪なのか。白は静かに続ける。

「......カナさん、あなたには、それだけの理由がある。だから不快じゃありません......ですけど」
「......?」
「よく、勘違いしている人がいるんです。......誰も彼もが自分の命を惜しんでいると。大した理由もないのに、"命だけは見逃そう"などと言ってくる。だけどそんなの、僕にとっては慈悲でもなんでもない」

白は弱々しく言葉を漏らす。白の言葉から切実さは伝わるがしかし、カナとナルトには難しくもあった。純粋な二人の瞳に見つめられながら、白は二人に問うた。

「知っていますか?夢もなく、誰からも必要とされず、ただ生きることの......苦しみを」
「何が......言いたいんだ」
「再不斬さんにとって、弱い忍は必要ない。ナルトくん、キミは僕の存在理由を奪ってしまった」

ナルトの胸の中には何か黒いものが疼いているようだった。それは白の言葉が続く度に膨らみ、白の顔に張り付いている弱々しい笑みも、増長の手伝いをしているようだった。

「何で......何で、あんなヤツのために!悪人から金貰って悪いことしてるヤツじゃねェか!!お前の大切な人って、あんな眉無し一人だけなのかよ!!」

ナルトには、白はどうしても悪者には思えなかったのだ。あの朝のせいかもしれない。ナルトの目頭に浮かぶ白の優しい笑顔は、偽物ではなかった。噛み付くように叫ぶナルトを見ていたカナもまた同じ。憎しみこそあれ、カナの霧がかる心は、白自身のことは否定していない。
白の次の言葉を聞いた時、二人は胸に痛むものを感じた。

「ずっと昔にも、大切な人がいました。僕の、両親です」

白はそのまま自身の過去を語る。

「僕は、水の国の、雪の深い、小さな村に生まれました。細々と農業を営むだけの貧しい生活でしたが、父と母はそれでも満足なようでした。......幸せだった。本当に優しい両親だった。でも、僕が物心ついたころ、ある出来事が起きた」
「出来事......?一体、何が」

白は口元の血を拭う。手の甲にべたりとついた自身の血を白はじっと見つめている。そしてようやく聞き取れるくらいの声で「この血」と口にする。血?と反芻したナルト。だが白はすぐには答を出さない。そのうち、ナルトは痺れを切らしたように踏み出した。

「だから!だから、何が起きたんだってばよ!」

そのナルトの後ろでカナもまた白を見つめている。白の目はどことなく朧げだ。カナは白が事実を告げる前から、白が言わんとしていることが辛い出来事だと頭の隅で悟っていた。

「父が、母を殺し......そして、僕を殺そうとしたんです」

しかしやはり、カナもナルトと同様、息を飲んでいた。

「絶え間ない内戦を経験した水の国では、血継限界を持つ人間は忌み嫌われてきました」
「血継、限界」
「親から子へ、あるいは祖父母から孫へ、一族の間に伝わる特殊な能力や術。血継限界を持つ者たちは、その特異な能力のため様々な争いに利用されたあげく、国に災厄と戦火をもたらす存在として恐れられました。だからこそ、戦後、その者たちは自分たちの力を隠して暮らした......その秘密が知られれば、必ず死が待っていたからです」

白の顔は暗い。カナはまたも容易に想像ができた。先ほどカカシが戦闘時に、白のその能力を"血継限界"と言っていたのを思い出す。白の母親だけが持っていたその能力は父親に気付かれ、迫害を受けたのだ。そして、白も。
けれど、今白がここに在るのは。

「気付いた時......僕は、実の父を」

それ以上に悲しい事実が有ったからに過ぎない。

「その時、僕は自分のことをこう思いました......いや、そう思わざるを得なかった。そして、それが一番辛いことだと知った......」
「一番......辛いこと?」
「自分がこの世に、まるで、必要とされていない存在だということです」

白の言葉にナルトとカナの胸は強く波打っていた。

「(オレと、同じだってばよ......)」
「(木ノ葉に来た頃の、私......)」

ナルトにとってもカナにとっても、白の過去の想いは自身で経験したことのある感情。
けれど今は違う。そしてそれさえも、白と同じ。

「再不斬さんは......僕が血継限界の一族と知りながら、知った上で、拾ってくれた。誰もが嫌ったこの能力を、好んで必要としてくれた」

"嬉しかった"。

愛おしそうに白は言う。白の目に浮かんでいるのは涙だが、しかし、その口元には柔らかな笑み。
白の脳内に浮かぶ記憶の数々。再不斬は白に、"言いつけを守るただの道具"を望み、白はそう実行してきた、はずだった。だが、実際はそうではないのだ。

白は誰にも聴こえないほどの大きさで、すみません再不斬さん、と口にしていた。大切な人である再不斬の求めたものになれなかったから。それが白にとってのせめてもの謝罪だった。
それから白はゆっくりと視線をカナに合わせる。

「......カナさん」

白が呼べば、カナはぴくりと体を動かした。白はほんの少し微笑んでいた。

「すみませんでした。ですが、安心してください」
「え......?」

カナと、それにナルトも怪訝そうに眉を寄せる。しかし、白は全てを語ろうとはしなかった。
その視線はカナからナルトへと流れる。一歩踏み出した白にナルトは同じ幅を後退する、しかし、次の白の言葉には、ナルトもカナも愕然とした。

「ナルトくん。僕を、殺して下さい」


 
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