第二十八話 無の空間
「一度失敗したからって、ビビるオレじゃねーぞ!何度でもやってやる!!」
場に似合わない、意気揚々としたナルトの声に、カナは頬を緩めた。
ナルトの強気な言葉はいつも背を押してくれるようだ。自分も早く参戦しなければと、目を自分の足へ向ける。目にも見えない氷の膜は、ぴくりとも動けないほどに強固だった。
「風遁 風車(かざぐるま)!」
カナの手の周囲にブオッと風が吹き荒れる。それを勢いよく足に押しつけ、破壊を図る。だがいくらやっても変化は見られない。凍っていないところばかりが引っ掻いたような傷跡を残す。それはほぼ気にせずも、カナは歯ぎしりした。
「(風しか、私にはできることがないのに!)」
───その時、頭の奥のほうへ、引き寄せられるような感覚があった。
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一方、鏡の中で戦っている二人。サスケは傷を庇いつつ、倒れてもすぐに立ち上がった。
今一瞬だけ勝機が見えたような気がした。白の動きの軌跡が見えたのだ。
「(もう一度!)」
走り出し、サスケは水たまりを蹴り上げた。
ナルトの影分身を攻撃すると同時にその水しぶきも削られていく。しかし、サスケの頭と体がついていく前に、サスケもまた痛みに吹き飛ばされてしまう。口から出てくる血を拭き、サスケはまた起き上がった。
「(水が弾かれる?だが、あれが水じゃなかったらどうだ!)」
サスケの考えがまた一歩踏み出す。サスケは確実に前進していた。
安心しきっていた。
不本意とはいえ、カナがこの鏡の中にサスケとナルトの身を案じて飛び込んでくることはなくなった。白によって氷で捕まえられている限り、カナはあそこを動けないから。
だからほんの少しの変化に気付くことはできず、戦いだけに専念していた。
カナの意識が今ここにないことにも気付かずに。
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「あ、あれ......?」
カナは呆然と呟いていた。
視界に入るのはただ、汚れのない白。いつからここにいたのか気付かなかった程、自然にカナはここに在った。何をしたわけでもない。ただ強く思っただけだった。
力を貸してくれと、友達同然である、風に。
そうしたらいつのまにかここにいた。しかし、あまりに現実味がなく不気味であるが、どこか、ずっと前からここを知っているような気がする。
「そういえば、白さんに会う前にもこんなこと......」
それとは別に見覚えもある。ただあの時とは違って、意識がずっとはっきりしている。
「(確か前に来た時は、誰かの声が聴こえたっけ)」
重みのある、でも朧げで響くような声が。
今ここにある気配はカナ自身のものしかない。カナはおずおずと声を張り上げてみた。
「誰か、いませんか?」
空間にカナの声が大きく響く。今 自分はここに独りだと予めわかっていても、孤独感が更にのしかかったようだ。みんなは、と無意識に呟いた。
しかし、そのたった数秒後に、あの時の声が返ってきていた。
『お前から来たか......』
「!」
『"力"が欲しいのか、小娘』
どこからか響いてくる声。カナはすぐさま辺りを見渡す。しかし、カナの目には白以外何も映らなかった。ただし相手からはカナの行動は全て見えているようだ。
『探したところで無駄だろうな。お前はまだ完全ではない』
完全?とカナは小さく返す。まるでカナの全てを知っているような言い草だ。
潔く捜すのは諦め、カナは「あなたは、"なに"なんですか?」と至極当然の質問をする。得体の知れない大きなものがそこにそびえていることだけ、それだけはなんとなく感じられる。
重く低い声は沈黙ののちに返ってくる。
『お前と共に在るべき存在。それだけだ』
「......どういうこと?」
『いずれにせよ、お前に今教えたところでどうにもなるまい。お前に我はまだ扱えん』
「扱うって......私が、あなたを?」
『......だが、お前が自力でここに来たことは事実。少々なら力を貸すことは出来る』
カナの頭に残るは疑問符ばかり。明確な事を告げようとしない声の相手に眉を寄せるだけだ。どことなく上から目線だというのに、カナのほうが"力を使う側"なのか。一体ここはどこで、相手は何だというのか。
一瞬、カナの頭がその"答"に辿り着きそうになる。だがその前に頭に響いた声はカナの思考を消し去った。
『詳しく説明している暇もないだろう。お前には今、やるべきことがあるんじゃないのか』
カナの頭の思考が二人の仲間の顔に変わっていく。
『目を覚ませ、小娘。お前が在るべき現実へ。力を貸していられる時間はほんの数分、さっさとやるべきことを済ませておけ』
カナの頭上で、空間がピシリと音をたてる。あまりにも非現実的だが、空間にヒビが入り始めていた。元に戻る、とカナは頭のどこかで理解する。以前もそうだったからかもしれない。気づき、カナは慌てて姿が見えない相手に叫んでいた。
「よくわからなかったけど、ありがとう!......さよなら!」
そしてそれを言い終わると同時に、カナの体はすぅっとそこから消え去っていた。
空間には"無"だけが残る。ただ、ぼんやりと赤っぽい羽が見えた。
『懐かしい気配が身近に......』
小さな呟きが響いた。
■
「いやぁあああああああ!!」
サクラの甲高い叫び声は、サスケの耳に微かに届いていた。
ぴくりと跳ねた体を抑え、サスケは痛む全身に耐える。霧が深すぎてサクラの姿を捉えることはできない。カカシの野郎は何をしている、とサスケが伺う暇もなく、「なんとかするってばよォ!」と叫んだナルトは性懲りもなく考えなしにまた突っ込んだ。ただし今度は白を狙わず、鏡の外に出るために。
もちろん白がそれを許すわけがない。必死に白を騙そうと四方八方に走るナルトの姿はあっても、ほぼ瞬間移動をしているような白には通じない。
「ナルト、後ろだ!!」
真っ先に気付いたサスケが叫んだ時には、一人の白から放たれた千本が、容赦なくナルトの背へと放たれた。「うおっ!?」と咄嗟の反射神経でナルトはバッと避ける。だがその反動でナルトの足は地面の氷を滑り、情けない声を上げてナルトはすっ転げていた。
そして、白はそのあまりにも無防備なナルトの体勢を見逃さなかった。
「隙有り、です」
今度は避ける隙間もないほどの千本がナルトに襲いかかっていたのだ。
「ナルト!!」
サスケが叫んでも、サスケもまた違う千本を避けるのに必死で助けにいく暇もない。ここはもう攻撃に備えるしかない、とナルトは潔く諦めた。せめて致命傷だけは負わないよう、両腕で体中を庇いつつ───
数秒後に聴こえたのは、聴き慣れた金属音だった。
「ギリギリセーフッ」
そこにあったのは、銀色の仲間の姿。