第十一話 二人


燃えるような夕日が二人を、カナとサスケを照らし出している。一日の仕事を終えた太陽は既に地平線に半分落ちていた。

家の方向が同じで共に帰っている、その二人の脳内にはつい先ほどの言葉が思い出される。

『第七班は全員合格!』

思い出すだけで、カナは小さくはにかんだ。やっと、小さい頃から夢見ていた忍になれたのだ。
やっと、一歩前進。やっとアカデミーを卒業し、前に進むことができた。

「ニヤニヤすんな」
「......"ニヤニヤ"って。そう言うサスケだって、嬉しそうだけど?」

少々不満げな色を表情に混ぜつつ、カナはサスケを見る。バチッと目があった二人。サスケはすぐにそっぽを向いたけれども、カナはそれに面白そうに笑った。

「でも......本当良かった。ちゃんと、忍になれて」

サスケはチラとカナを見やった。心から嬉しそうな顔をのぞかせている幼なじみを見て、自然とサスケの顔にも笑みが浮かぶ。とはいえ、それを見られるのは癪なので、カナからは見えないようにするのだが。

「当たり前だ」

少ししてからサスケは応える。が、それにカナは目をぱちくりさせた。

「一回落とされかけたのに?」
「うっせえ」

一体どこからそんな自信が湧くんだろうか。面白くなったカナはまた笑い出す。さも可笑しそうに。
若干照れくさそうになんだよ、と言うサスケに カナはううんと首を振る。するとサスケはフンとまたそっぽを向いた。


歩き続ける二人を追うそれぞれの影。
カナが先を歩き、サスケがその一歩後ろを歩いていく。ゆったりとしたペースで、だが確実に二人の家に近づいている。

不意に、サスケの頭によぎった想いがあった。

それに対して、サスケはすぐさま自嘲する。だがそれでも、二人きり、特に中身もない会話をしながら、笑い合うこと、そんな時間はとても懐かしく、サスケには心地が良かった。

それはまるで、昔に戻ったかのような。

サスケは奥歯を噛み締めた。頭から掻き消すように。
あの頃はもうここにはない。過去はもう戻らないのだ。今のサスケにとって兄は忌むべき存在で、兄と一緒に、一族ももう、ここには無い。全てがあの頃と変わったのだ。変わって、しまったのだ。


「......サスケ?」

少しペースが落ちたからだろうか。カナが不思議そうにサスケを振り返っていた。なんでもない、とサスケはすぐさま返すが、カナには隠せもしていないだろう。それでも、カナも「......そっか」と言うだけだった。

そのカナの背を見ながら、サスケは思い出した。あの慰霊碑の前でのことだ。

サスケはあの時のカナの表情に気付いていた。ナルトが英雄だとか吠えた時、カナが感情を抑えるかのように拳を握りしめ、唇を噛んだのにも。きっとナルトになにか言いたかったのだろう、けれど、隠そうとして、その断片があの時の表情だったように思う。

カナをそこまでにする何かを自身は知らない、とサスケは自覚する。カナとて意図的に教えていないわけではなかろうが、サスケには歯痒い。

「一つ......訊いていいか」
「いいよ?」

何も考えていないカナはすぐさま応える。振り返ったカナの瞳を、サスケの黒の瞳がしっかりと捉えた。

「あの慰霊碑」

そうサスケが口にした途端、カナの瞳が揺れる。カナの歩が止まる。サスケももちろん、止まった。

「......入れ込んでただろ。なにかあるのか?」

興味はそのままサスケの口に出た。サスケが言い終わると同時にカナはふっと黒の瞳から逃げていた。そして沈黙が続く。さっきより辺りが暗くなってきている。

「(......答えないか)」

サスケがそう思った時だった。カナの唇が動いた。

「風羽の名前もあるんだ、あそこ......」

途端、サスケは動揺を目に表わす。

「この話は、してなかったっけ。…もちろん、あそこに、みんなの体が眠っているわけじゃないんだけど」

暫く黙ったあと、サスケは「…そうか」と答える。

その脳内には昔の記憶。カナと知り合って暫く経ち、そして、うちはまでもが殺された後。カナが自らの口で語ったことを思い出す。それまで不思議に思っていた、カナに家族がいない理由を。

風羽一族。木ノ葉からさほど遠くない、だが人気のない森に集落を作り、住んでいたという、少数一族。鳥を愛し、自然と暮らし、平和を愛したとサスケは聞いた。
しかし、それが"蛇"によって潰され、奇跡的に生き残った自分だけはその後三代目に引き取られ、木ノ葉に来たのだ、と幼いカナは言っていた。

その“奇跡的に”の部分が多少なりともひっかかりはしたが、サスケは何も尋ねることはなかった。一族を殺される、その想いをサスケ自身も知ったがために。

「風羽は木ノ葉の忍じゃなかったけどね。比較的友好な関係にあったからって、おじいちゃんが一緒に彫ってくれたの。……久しぶりにみんなを思い出して、しんみりしちゃった」

俯いたカナ。銀髪が顔を覆い、その表情は見えない。けれど、声はか細い。

いつも笑顔でいるカナでも、全ての想いを断ち切れているわけもないのだ。サスケがそうであるように、カナも変わらない。滅多に自分の内心を打ち明けず、自分の中に燻る想いをぶちまけない、それでも。
なのに、カナから復讐という言葉は出ない。カナは憎しみを抑え、ただ、今を見つめ続けていた。

それで良い。それで良いと、サスケは思っている。
サスケ自信は復讐を求めているが、カナがそうでないのは、それでいいと。

サスケの手が、カナの手に伸びた。一瞬震えたカナだが、抵抗はない。

「…大丈夫だ」

何が、とは言わない。

「オレが一緒にいる」

いつかカナがサスケに約束してくれたように。そうして、サスケを安心させたように。普段笑顔を絶やさないカナが、たまに暗くなる時、安心させてやれるのは、いつもサスケだった。

手を引く。カナも素直についてくる。
優しくカナの手を包むサスケのその耳に、「ありがとう」という言葉が聞こえた。


 
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