第十話 チームワークと仲間


「忍者やめろって、どーゆーことだってばよォ!!」

沈黙はそこまで長くは続かなかった。ショックからいち早く立ち直ったナルトが叫ぶ。

「そりゃさ、そりゃさ!たしかにスズは取れなかったけど!!なんで"やめろ"まで言われなくちゃなんねェんだよ!!」
「先生、私だって答を出してません!!」

そのナルトを遮るようにカナが叫んだ。他のチームメイトの様々な思いがこもった視線が投げられる。
ナルトすらも黙った空気の中、カカシはしっかりとカナに視線を返す。

「カナ、お前も合格じゃあない」
「!」
「ただ、お前は忍をやめる必要はない。アカデミーに戻れ。それだけだ」
「カカシ先生、私たちとカナの違いはなんだっていうの!」

サクラが言った途端、カカシは呆れたように溜め息をついた。

「どいつもこいつも、忍者になる資格もないガキだってことだよ」

その一言は、サスケの激情に触るに十分なものだった。サスケのこめかみに青筋が立つ瞬間と、走り出す瞬間は同時だった。もちろん一直線にカカシのところへ、だ。

隣に立っていたサクラがハッとして「サスケ君!?」と声をあげる。しかしそれに気をやる暇もなく、ただ、今立ちはだかっている壁へと向かい───だがそれは結局叶わなかった。

カカシが一瞬だけ動く。それだけで、サスケはカカシに足蹴にされていたのだ。

「こういうところがガキだってんだ」

ギロリとカカシの眼光が鋭くなる。今までで一番のカカシの表情の変化といっていいだろう。びくりとサクラが震える。サスケは苦々しく自分にまたがるその姿を睨み、ナルトもカナも冷や汗を浮かべた。

「お前ら、忍者なめてんのか......あァ!?何のために班ごとのチームに分けて演習やってると思ってる」
「......どういうこと?」

カカシは再び溜め息をつく。ちらり、と一瞬その視線を貰い、カナは身を固くした。たった今のカカシの言葉が脳内を反響する。カカシは、何かを伝えようとしている?
カカシは再び視線を第七班全員に向けてから言う。

「つまり......ナルト、サクラ、サスケ、お前らはこの試験の答をまるで理解していない」
「答......!?」

ナルトが呟くように言う。

"答"。カナの頭は急速にまわっていた。
やはりこれはただスズを取ればいいわけじゃない。けれど、スズは三個しかないわけで、チームで戦うなんて無茶があるわけで。一人は残らないといけないだなんて、それどころか───

いや、違う。
ここに提示された条件が、もし、全て罠だったのだとすれば。受験者を惑わせるための、幻覚だったのだとすれば?


「あ〜〜〜〜も〜〜〜〜!だから答って何なんだってばよ!?」
「カナ......答は出たか?」

途端に他三人は目を見開く。その視線をいっぺんに浴びているカナはどくどくと鳴り響く動悸に包まれていた。そしてしっかりと口にする。はい、と。
カナは一旦目を伏せてから、自分の考察の先を吐き出した。

「個人戦じゃなかった。みんなで、力を合わせなきゃいけなかった」
「......!?」
「そう、"チームワーク"だ。......やっと分かったな、カナ」

カカシはそれだけ穏やかに言ったが、すぐにまた厳しい色を映す目を全員に向けた。

「四人で来れば、スズをとれたかもな」
「な......何でスズ三つしかないのに、チームワークなワケ!?四人で必死にスズ取ったとして、一人我慢しなきゃなんないなんて、チームワークどころか仲間割れよ!」

サクラの言うことはもっともだ。しかしカカシはサクラらのそんな考えを諭すように、だがそれにしては些か厳しく説明を加えた。
それこそが、狙いだったのだと。
スズが三つだけだった、それは罠。全てはこれから下忍になろうとしている者たちへ試練だったのだ。そんな罠が張ってある中で、どう動こうとするか。任務についた場合は、自分だけでなく、他にも仲間がいることが普通。この演習は、"いつでもチームを優先できる者"を選抜するのが目的だったのだ。

「それなのに、お前らときたら......」

カカシは尚も続ける。

「サクラ、お前は目の前のナルトやカナじゃなく、どこにいるのかも分からないサスケの事ばかり!ナルト、お前は一人独走するだけ!サスケ、お前は他人を足手まといだと決めつけ、個人プレイ!......カナは唯一、お前ら全員のことを気にかけていた......ナルト、お前を守ったようにな」

続けられたカカシの言葉にムスリと、だが反論できず顔を伏せるナルト。そして「ごめん、カナちゃん......」と呟けば、カナは慌てて首を横に振る。

「まあそれでも、そういう意味ではカナは合格だが、結局答は出せなかった。それにこれはチームでの合格が絶対だ」

カナもナルトたちと同じように俯き、頷いた。

「任務は班で行う!確かに忍者にとって卓越した技能は必要だ。だが、それ以上に重要視されるのはチームワーク。チームワークを乱す個人プレイは、仲間を危機に陥れ、殺すことにも繋がる」

カカシはすっとサスケの上からどく。それから歩きだし、四人はそれを目で追った。カカシはある石の前で足を止める。

「これを見ろ。この石に刻んである無数の名前、これは全て、里で英雄と呼ばれている忍者たちだ」

カカシの手が石を撫でる。すると、だからどうしたと言わんばかりの顔をしているサスケとサクラや、どことなく暗い表情をしているカナとは逆に、ぱあっと顔を明るくさせた者がいた。

「それそれそれそれーっ!!それいい!オレもそこに名を刻むってことを今決めた!英雄英雄ッ犬死になんてするかってばよ!」

その時、カカシがカナの顔を見る。その表情はカナには珍しい類のものであった。
察したカカシは口布の中で溜め息をついた。

「ナルト、口には気を付けろ」
「へ?」
「......これは、任務中に殉職した英雄たちだ」

唐突に告げられた事実に、ナルトだけでなくサスケもサクラも息を飲んだ。

「これは慰霊碑......この中にはオレの親友の名も刻まれている」

声色が低くなっていったカカシ。今度はカナからカカシに視線を向けたが、カカシがそれを受け取ることはしなかった。ただカナに分かったのは、今のカカシの顔が、この慰霊碑に来る他の者たちと同じものだということだけだった。

「お前ら......最後にもう一回だけチャンスをやる。ただし、昼からはもっと苛酷なスズ取り合戦だ!挑戦したいヤツだけ弁当を食え」

「ただし」とカカシはぎろりとナルトを見た。「ナルトには食わせるな」と非情に残酷な言葉にナルトは「え"」と零す。

「ルールを破って一人でメシを食わせようとした罰!もし食わせたらその時点でそいつも失格!」

カカシはそう続けるが、その言葉がカカシの口から出たときカナはパッと顔をあげていた。
もう騙されない。これは、"チーム戦"なのだ。

「ここではオレがルールだ。わかったな」

だが、これは罠だと見破った瞬間、カナはカカシの鋭い視線を受けた。それに体が跳ねた一瞬、カカシは他のメンバーには気付かれないように人指し指を鼻に当てたのだ。
その意図に気付かないわけはない。

「(......はい)」

カナは一瞬躊躇ったが、それでも頷く。その瞬間カカシは本当に消えた。



ナルトが縛られた丸太の隣で弁当を口にする三人。待ち望んだ昼食だというのに和やかなムードは一切なく、逆に気まずい沈黙が続いている。
いつもは騒がしいナルトですら、というより、ナルトが一番元気がない。それもそのはず、結局目の前で食べるのはカカシではなかったが、仲間たちがその代わりをしているのだから拷問だ。何度も何度もぎゅるるるるとお腹の音が響いて、沈黙する場を満たしていた。

「......」

カナはどうにもこうにも食べる手を進められない。腹は十分に空いているのに、横で項垂れているナルトが気になって仕方が無い。こちらまで拷問を受けている気分だ。
箸を動かす音が疎らにしている。今、この空気が打開できるのはサスケかサクラしかいない。
"チームワーク"を量るために。


「......ほらよ」

言ったのは、サスケだった。ナルトと同じくらい勢い良くカナも反応する。
サスケが目を逸らしながらナルトに弁当を差し出していたのだ。ナルトは口をぱくぱく動かし、まさかサスケがと、信じられないようだった。

「ちょ、ちょっとサスケくん、さっき先生が......!」
「大丈夫だ、今はアイツの気配はない。昼からは四人でスズを取りに行く」

本心か、それともただの照れ隠しか。「足手まといになられちゃこっちが困るからな」とぶっきらぼうに言うその声。カナが次にサクラに目を移すと、サクラも僅かに躊躇った後、バッと弁当を差し出していた。
その瞬間、拷問は解けた。

「私も。はい、どうぞ」
「サクラちゃん、カナちゃんも......!へへ......」

ありがと、と呟く声は心底から嬉しそうだ。サクラもカナも、そっぽを向いているサスケも僅かに口元を上げていた。

「あ、あの、でもさ、でもさ?オレってば縛られてっから箸使えねえしィー......」

ナルトは調子づいて左右に揺れる。その意味に気付いたサクラ、サスケはぴくりと眉根を動かし、カナは「そういえばそうだね」と能天気に頭を捻った。

「じゃあサスケ、」
「はあ?ふざけんな、何でオレなんだよ」
「オレだってサスケなんかに"あ〜ん"されるとか絶対に嫌だってばよ!なーなーサクラちゃん、」
「バカナルト、調子乗ってんじゃないわよ!サスケくんならともかく、誰がアンタなんかに!」
「ぷっ、あはははは!」
「何笑ってんのよカナ、言い出しっぺのアンタがしなさいよ!」

ぱこっと軽くはたかれるも、面白くなったカナは暫く笑いが止まりそうにない。その笑い混じりになんとか「いいけど」と言うと、何故かサスケがチッと舌打ちして「オレがやる」と箸を手にとったが。
それで更に笑うカナ、ぎょっとするサクラ、ナルト。

「えっおま、」
「うっせえウスラトンカチ、いるのかいらねえのかどっちなんだ」
「いっいる!」
「じゃあさっさと食え」

サスケは気にせず白飯をずいっと押し付けようとする、その図といったら。
カナの爆笑が更に大きくなり、サクラはなんとなく目を逸らしてしまう。サスケの意外な行動にナルトは戸惑いが隠せないようだったが、相手が誰であっても何だか嬉しくて、口の端には笑みが浮かんでしまった。

あーんと大きく開けた口は、箸に乗る米を食べようとする。

だが、その直前だった。


ボフン___!


そんな大きな煙が現れた後には、大層な怒り顔をしたカカシが立っていた。

「お前らァアアアアア!!!」


しかし直後。


「ごーかっく!!」


結果はいきなり覆され、今は笑顔。支離滅裂なカカシの言動に三人、特にナルトとサクラの目は白黒し、カナはホッと安堵の息を吐いた。

「お前らが初めてだ。今までの奴らは、素直にオレの言うことを聞くだけのボンクラ共ばかりだったからな」

風に揺れ、カカシのポーチについているスズが鳴る。

「忍者は裏の裏を読むべし......忍者の世界でルールや掟を破る奴は、クズ呼ばわりされる」

下忍たちは何も言わない。カカシの遠くを見るような、そんな片目に誰もが魅入っていた。


「けどな。仲間を大切にしない奴は......それ以上のクズだ」


思いにふける目が全てを語っていた。
カカシは全員の顔をそれぞれ見てから、にっこりと笑んだ。

「これにて演習終わり、全員合格!第七班は明日より任務開始だ!」
「う......うっしゃああ!!オレってば忍者!忍者!!忍者!!!」

ナルトは動かない体の代わりに手足をばたつかせていた。涙をためてまで言うナルトの笑顔はきっと今日最高のものだ。カナも、サスケも、サクラも、笑っていた。
全員で一歩を踏み出せたのだ。それぞれがそれぞれ、いい表情で。

「じゃ、帰るぞ〜」
「フン」
「しゃーんなろー!!」
「はーい」

「って!どーせこんなオチだと思ったってばよォ!!縄ほどけぇーーー!!!」

これからの日々に、希望をもって。


 
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