第七話 裏の裏


「忍びたる者。基本は気配を消し、隠れるべし」

辺りにカカシの声が響く。
先ほどまではいた下忍候補たちも、やっと事態の深刻さに気付いたのか、今は本気になって気配を消しているようだ。それでもやはり上忍のカカシにはまだまだといったところではあるが。

ただ一人の例外だけは、評価するにも満たさない。

「いざッ、尋常にしょーーーぶ!!!」



聴こえてきた大声に、岩陰に身を潜めているカナは心底おかしそうにクスクスと笑った。

「(ナルトらしい......)」

忍者としては微妙だけれども、それも含めてカナはナルトらしいと評価せざるを得ない。この試験に合格したらナルトは一体どんな忍になるのやら。
とはいえ、試験をしているのはナルトばかりではない。カナはすっと深呼吸をして顔を引き締めた。葉の陰からカカシとナルトがいる方向を覗き見る。

すると早速ナルトがカカシに仕掛けだしていた。しかしカカシが小さな動きを見せて、すぐ急停止。カカシの手が伸びた先にはポーチだ。

「忍戦術の心得その一。体術を教えてやる」

そして取り出した物はといえば、一冊の、いかにもいかがわしげな文庫だった。目前のナルトの表情などものともせずに、カカシはそれを開いて読み始める始末。

「どうした、早くかかってこい」
「えっ......でも、あのさ、あのさ?なんで本なんか」
「なんでって、本の続きが気になってたからだよ。別に気にすんな、お前らとじゃ本読んでても関係ないから」

そんな挑発的な言葉にナルトが辛抱できるはずもなく。ナルトはすぐさま攻撃を再開したが、カカシは見事それらを全て片手でひょいひょい受け止めていた。前言通りずっとその目は文章を追っているにも関わらずだ。

「上忍って......こんなにも」

身を潜めて二人を見るカナはぽつりと零す。
勿論、カナとて想像はしていた。なんといっても、上忍対下忍"候補"だ。実力差があるのは当然だとは思っていたが、しかしカナはようやく、自分の推測が甘かった事に気付いた。

「(でも試験内容なんだから、可能性はあるに決まってる......はず)」

自分自身に思い込ませるように唱える。だが実際、カナは既に白旗を揚げたい気分にまでなっていた。
意気込みだけで敵う相手でないことは確かだ。じゃあ、一体どうすればいい?

カナが考えている間にも、ナルトの一方的な攻撃は炸裂していく。だがどんなスピードでも強さでも、全てが受け止められて避けられる。カカシは一度も攻撃していないが、それでもナルトが圧倒的不利なことは目に見えて分かる。

「(どうすれば、合格できる......?)」

だがそんなカナの思考も、次のカカシの動きで遮られていた。


「......!あれって、」

"虎の印!"


それを確認した時には、もうカナの体は動き出していた。
ガサガサと木の葉の間をすり抜けて行く。何度か葉や枝のせいで皮膚が悲鳴をあげるが、そんなことカナの頭にはなかった。

「!?」
「うおッ!?」

一瞬にしてナルトとカカシ、二人がいる場に躍り出たカナは、瞬間的にナルトの服の襟首を掴む。
掴まれたナルトも、虎の印を構えていたカカシも目を大きく見開き、だが突然のことに動くことができず、カナとナルトはその勢いのまま近くの川に突っ込んでいた。



川の水の中に二人の姿。ナルトとカナのそれぞれの髪は、流れに合わせて揺らめいていた。水中に入ってくる光に反射し、カナの長い銀色は煌めいている。

ナルトは未だに状況を掴めていないようだったが、水中でカナが鼻に人指し指を当てたために一応頷いていた。そんなナルトの手を引いて、カナは徐々に川下へと進んでいく。とりあえず一時的にカカシから離れようとしてるのかと思い、ナルトはあえて逆らおうとはしなかった。

ぷはあっと二人が川から顔を出したのはその数秒後。
川はそれなりに深く足はつかないが、カナもナルトもそれぞれ近場の草諸々を掴んで体を支えた。カカシの姿は見えない。元の場所から少しは離れたらしい。

「ごめんねいきなり、驚いたでしょ」
「あー、うん。でもなんか、危ねえトコだったんだよな?」

ナルトは物分かりよく思い返す。カカシが自分の背後で何やら印のようなものを組んでいるのは寸前に目にし、サクラが叫んでいたのも思い出した。
実はあれがとんでもなく下らない技だったとも知らず、カナは安堵の溜め息を零す。

「良かった、間に合って」
「へへっ、ありがとだってばよ。......って、カナちゃん、その傷!」

能天気に笑ったナルトだったが、すぐに違和感に気付いて声を上げていた。カナの顔や服のあちこちが傷だらけだ。

「え?......ああ、これ」
「なんで......もしかして今ので」
「大げさだよナルト。枝とかでちょっと切っちゃっただけだから」

確かに大したものではない。一日二日もすれば消えるだろう痕は、特別気にするようなものではない。
だがそう言って笑うカナとは対象的に、その原因となってしまったナルトには後悔も大きい。罪悪感と、自責の念だ。

「(オレがすぐ動かなかったから......オレを、守るために)」

ナルトは歯ぎしりした。

「(女の子に守られるなんて......!)」



「......カナちゃん」

暫しの沈黙のあと、ナルトは顔を伏せてカナの名を呼ぶ。カカシがいるであろう方向を見つめてどうしようと考えていたカナは、それに気付いて「うん?」と首を傾げた。
途端だ。

「見てろよ!!」
「えっ......ナルト!?」

ナルトが叫んだかと思えばジャボンッと水しぶきがあがり、唐突にその姿を消していた。そして水面からも見えるオレンジ色はどんどん上流へ泳いでいく。カカシのいるところへだ。

焦ったカナもすぐさま川へ沈み、飽くまでも忍者らしくを努めて川の流れに逆らった。だがさすがに追いつけるものではない。
カナが再びナルトをきちんと視界に入れた頃には、ナルトは水中で何らかの印を組んで飛び出していた。

カナも遅れて顔を出す。

「ナルトッ!!無闇に突っ込ん、じゃ......」

しぼんでいくカナの声。地上を目に捉えたカナは目を疑った。カカシに向かって走っているのは、八人ものナルトだったのだ。

「「へへーん!!お得意の多重影分身の術だ!!油断大敵、今度は一人じゃないってばよォ!!」」

八人それぞれが自由な意志をもって、カカシに向かって行く。「分身じゃなく、影分身か」とカカシは小さく呟いた。

「御託ならべて大見得切ったって、所詮はナルト。まだその術じゃオレはやれないね」

カカシも多少驚いたが、既に余裕の表情でナルトの影分身を見据えている。相変わらずカカシの片手は"イチャパラ"が陣取っている。しかしカカシが溜め息をつき、またその目で文章を辿り始めた時。

「な、なにっ!?後ろ!!?」
 
後ろから現れた九人目のナルトがカカシを捉えたのだ。その意外なナルトの行動に、カカシは勿論、カナも、サクラも、サスケでさえも目を見開いた。

「へへ、忍者ってのは後ろ取られちゃダメなんだろ......カカシ先生ってばよォ!」

一人のナルトが飛び上がった。後ろから押さえられていたカカシには、更に他のナルトが足下に食いつき、動ける状態ではない。飛び上がったナルトは得意げな顔でニィっと笑んだ。 

「さっきから遊ばれてたからな!とりあえずここで一発、殴らせてもらうってばよ!!」

......しかし。

バキィッと派手な音があたりに響く。無論それはナルトが相手を殴った音だ。だが、殴られたのはカカシではなく、ナルトだったのだ。
ボフンと煙に消えた相手に、目をぱちくりさせたナルトは、ではお前かではお前かと次々自分の影分身を殴っていく。しかも殴り返されもするのだから、正直見られるものではない。

水辺からあがったカナが、どうしようかと逡巡しているうちに、ナルトの影分身は全て解けたらしい。最後にはボロボロの姿で一人佇んでいるナルトがいた。影分身は分身が受けたダメージも本体に戻ってしまうという特殊な術だ。

「ナルト......大丈夫?」
「だ、だーいじょーぶ、だいじょーーぶ......続きはオレ一人ですっから、カナちゃんは戻っていいってばよ......」
「で、でも」
「この演習ってば、合格できんのは三人だけだから......お互いそれぞれで頑張ろうぜ」

ナルトのその言葉にカナはどこか引っかかったが、結局「そ、そっか......分かった」と言われた通りその場から退いた。場所は元の茂みの中。今確かになにか違和感を感じたが、結局それに辿り着くまでには至らない。

表では、ナルトがまた行動を起こしている。今度は地面に転がる罠に気付いてしまったらしい。

「スズゥーー!!」

叫ぶナルト。落ちているのはそう、カカシが持っているはずのスズだった。
普通はそこで誰もが策略の可能性を考えるが、なにを考えたのかはたまた何も考えなかったのか、ナルトは何の躊躇もなくスズに飛びつき、見事罠に引っかかってしまう。

「なんじゃこりゃぁああ!!」

あっという間にロープにつり下げられたその姿。びよーんびよーんと左右に揺れる様は見るからに無様、そしてその視界の端からようやく上忍が姿を現した。

「術はよく考えて使え。だから逆に利用されるんだよ。それと......バレバレの罠にひっかかるな、バーカ」

登場と同時にバカにしてくるカカシにナルトが怒らないはずがない。しかしカカシはそんなの知ったこっちゃないと、次の言葉を発した。

「忍者は裏の裏を読め!」

そのセリフを耳に、カナは深い思考に陥った。裏の裏。この演習の"裏の裏"とは何だ?

今 どこからか手裏剣が飛んできてカカシに刺さったが、結局それは丸太だった。カカシはどこへ行ったのか、ナルトの前から姿を消している。恐らく今手裏剣を投げた犯人、サスケの元へ向かったのかもしれない。
今の変わり身も騙し合いだ。でもやはり違う気がする。

「(裏の裏って......?)」

忍になるために本当に必要なのは、なんだ。


 
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