第零章 記憶


青い、空を背に。
立派な、墓を前に。

甦るは記憶。
遠い、遠い日の、惨劇の夜の記憶。


"かあさまっ......とうさまぁあああああ!!!!"

"フフ、逃がさないわよ......"


あの日から少女はここにいた。初めて知った自身を背負い、ただ一つの目標を持って。

銀色の髪が風に流れる。瞼を下ろして風を感じていた少女は、ゆっくりと茶色の瞳を開き、目の前の墓に微笑む。ちょうどその時、一羽の紫色の鳥が少女の肩に舞い降りた。

「やっとここまで来れた......おじいちゃんのおかげだよ」

穏やかな声が少女の口で紡がれた。それは決して独り言ではなく、隣に立つ老人に向けられたものだった。
"火"という文字を刻まれた笠を被り、柔らかな瞳と笑みを零す彼もまた、口を開いて少女に応える。

「なにをいうか。お前の頑張りのおかげじゃろう」
「おじいちゃんがいなかったら、私はスタートすら切れなかったから」

少女は老人を見上げる。その瞳の裏に映るのは、惨劇の夜を越えた日のこと。
少女が戦火から一変して覚えているのは、どこまでも白い病院の一室。広い病室に、広いベッド。幼い少女と今ここにいるこの老人だけがそこにいて、少女は年相応の顔でぼろぼろと涙を零し、老人は辛さを噛み殺しながら少女の頭を撫でていた。
そしてその時、老人が告げた、少女にいつまでも付きまとうであろう"運命"。

「私......」

現在の少女は、老人の目を見ながら、自身の胸に掌を押し当てた。

「"この強大な力"を、ほんの少し恨んではいるけれど、この里に来れたことはすごく幸せに思ってる」
「恨み......か」
「だって、これがあるから母様や父様たちは......あ痛たっ」

唐突に肩に乗る紫色の鳥が翼を広げ、少女の頬をそれで攻撃した。少女がきょとんとして小鳥を見れば、小鳥は少々 怒ったような顔をしていた。だが少女が焦って何かを言う前に、ばさりとそのまま飛んでいく彼。
一部始終を見ていた老人は、「地雷だったようじゃな」と笑った。

「あんまり心配させるようなことを言ってやるな」
「......うん、つい。でも恨んでるのは、もう本当に少しだけだから」
「お前を助けた能力......"神移"が、お前を助ける代わりに両親の命を削ったと、そう考えてもか?」
「うん。だって、それが母様と父様の意志だったんだって、考えられた。私は"神鳥"を宿した異端児だったのに、それでも二人は私を助けてくれた......本当に愛してくれてたことを、知ることができた。おかげで、私は一族の意志を受け継ぐことができる」
「では、お前は」
「うん。私は"神鳥"を宿した"神人"として......いつか必ず神鳥を扱えるようになって、力をつけて.........一族がいつも心から望んでた"平和な日常"を」

まもっていきたい。

少女はまた柔らかく墓に微笑みを向けた。大切な者たちの魂だけが眠っている墓へと。

老人の手が少女の頭に伸び、ぽんぽんと銀色の髪を撫でる。優しい温かな風がまた吹き上がり、蒼い空へと上っていく。
誇り高いマークを刻んだ額当てが、少女の手に握られていた。




"千年に一度転生するらむ神の鳥"
"強大な力を持つ神 一重に平和に仕うる存在なり"
"力の為に力を奮うことこそ卑劣とし"
"鳥と風扱ひし一族の間のみを移り変わると定めたる"
"然れど神が愛しあるじの願望叶ひける時"
"神は再び深き眠りに還るべし"


金色の瞳が、どこかで光る。


 
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