第二十五話 "ヒーロー"


男二人に連れられてタズナ家を出た人質二人。その一人であるカナはそっと家を振り返った。せめて子供、イナリだけは巻き込まずに済んだが、ツナミには申し訳が立たない。

「ごめんなさい、ツナミさん......もう少しだけ待ってください。せめてツナミさんだけでも逃がすので」
「......いいのよ、無理はしないで。イナリが助かっただけでも十分......ありがとう」

だがカナの思いとは逆に、ツナミは微笑む。カナも苦々しくも笑顔を返すが、それはすぐに消えた。背後から肩を痛いくらいに捕まれ、背後を睨む。

「何ボソボソしゃべってやがる」
「どうせ足りねえ頭でうだうだ考えてんだろうな。だが残念」

男の手がカナの両手に伸び、荒々しく引っ張られた。反射的に抵抗しようとするが逆らえきれない。ニヤリと笑った男はいつの間にか手にしていた縄をカナの手首に巻きつけ始めた。最後に強く結ばれる。

「歩いている最中に余計なことされたらたまらねェからな。この女が殺されたくなけりゃあじっとしてやがれ」
「......あなたたち、ガトーの手の者ですよね。でも、あれだけ強かった再不斬が人質をとるなんて、そんな卑怯な真似するとはとても思えない......どういうつもりですか?」
「テメェみたいなガキにゃあ関係ねェよ」

さっさと歩け、と男はカナの背を押す。カナは思わずよろけたが、男たちを睨む眼光は変わらなかった。
怯えているツナミになるべく寄り添いながら冷静さを欠かさずに考える。カナも人質だが、同じ人質であるツナミを引き合いに出されれば動けない。とりあえず今は従うしかない。

しかし、冷静でいれたのはそこまでだった。


「待てェ!!」


幼い少年の声が虚しく響いた。
目を見開いたツナミ、カナが振り返れば、イナリが猛々しい顔で立っていたのだ。

「イナリ!!」
「イナリくん!?」
「なんだ、さっきのガキじゃねェか」

男たちは呆れたように小さな子供を見る。今のイナリの顔には先ほどの怯えた表情はないとはいえ、頑強な肉体を持つ男たちの敵ではなかった。しかしそれさえも考えず、イナリはダンッと足を踏み出した。

「母ちゃんと姉ちゃんから、離れろォーーーー!!!」


まずい、とカナは一歩前に踏み出したが、すぐに髪を引っ張られる。「おっと、動くなよ」と男が笑っていた。その間にも勇敢かつ無謀な子供はこちらに走ってきている───

「ったく、しょうがねェガキだな。おい、やるぞ」

しょうがないと言いながら男達の口元に浮かぶのは嬉々とした笑みだ。ツナミは血の気が引いた顔で「そんなことしたら、舌を!」と叫んだ、が、その一瞬で手刀を受ける。

「うるさい。寝てろ」
「ツナミさん!!あなたたち、よくも......!」
「殺さなかっただけでもありがたく思え。あのガキは知らねえがな」

地面に倒れる前にツナミの体を受け止めたカナは頬に伝った冷や汗を感じた。とにかく今は、イナリを止めなければ───!


そう思った時、カナは"風"を感じた。
イナリが走るために切る風の感覚ではない、また別の。

カナはすぐさまそれが"何か"を判断した。それが分かった時、カナは冷や汗を浮かべながらも口元に弧を描いていた。
同時に、男達の持つ刀が力をこめてイナリに放たれた───


───はず、だったのだが。
数秒後、地面に落ちたのはちょうど三等分にされた丸太。イナリの姿は影形もなく、その場にはイナリの帽子だけが残っていた。


「変わり身の術!?」
「オイ、女もいねェぞ!小娘、お前がなんかしやがったな!?」

男達が今度はカナを睨みつける。たった今までツナミを抱いていたカナの腕にはもう誰もおらず、ただカナのみがそこにいた。その最後の人質は何事もなかったかのように微笑み、「なんのことです?」と返す。

「私はここから一歩も動いてませんし、おかげさまで満足に動けもしません」

カナの手首は確かにまだ背中で縛られている。そして男達がそのカナの余裕の笑みに苛ついた時、場に今までなかった声が響いた。

「遅くなっちまって悪かったな!」


男達を挟んで、カナの反対側。そこにはイナリとツナミと、そのツナミを地面に降ろすナルトの姿。

「ヒーローってのは遅れて登場するもんだからよ!」
「ナ、ナルトの兄ちゃん!」

助けられたことにも気付かなかったイナリは、そこでやっとナルトがいることに気付いていた。あのままナルトが現れなければ確実に切られていただろう。
呆然と見上げていると、ナルトはニッと笑う。

「イナリ、よくやったな!」
「え?」
「お前が奴らを引きつけてくれたおかげで、母ちゃん、助けられたぞ!」

ナルトの言葉にイナリはふと視線を下げた。そこにいるのは本当にイナリの母親の姿。気絶こそしているものの、外傷はない。いつもとほぼ変わらぬ母がここにいる、それはいつもなら当然のことのはずなのに、今はこれ以上ないくらいの安堵を覚えた。
良かった、とイナリは思わず瞳を潤ませる......が、次の瞬間イナリはハッとしていた。

「でもっ姉ちゃんが!カナの姉ちゃんがまだ......!」

「へっ。誰かと思ったら、タズナが雇ったダメ忍者か」
「ダメ忍者なだけに、バカしたな小僧。人質はもう一人だ。この銀髪の小娘はお前の仲間だろうが」

そう言って男が顎で示すのはカナ。変わらず手首を縛られたままの彼女がそこにいる。
だが、異常なのはカナの表情のほうだった。この掴まっているという状況で、カナはいつも通りに笑っているのだ。

「イナリくんとツナミさん、助けてくれてありがとね、ナルト!」
「オウ!カナちゃんも素早く渡してくれてありがとな!」
「ねっ姉ちゃん......!兄ちゃん、姉ちゃんを助けなくてもいいの!?」

イナリは焦った様子でナルトに詰め寄る。だが対してナルトは間抜けな顔で「何言ってんだお前ぇ?」と返していた。正論を言っているはずなのにイナリのほうが言葉に詰まる。
すると、楽しげな笑い声が聴こえた後、またカナの声がイナリの耳に届いていた。

「イナリくん、平気平気。私だって......」

言いかけ、カナは男達二人を見上げる。

「忍なんだから」

カナの爛々と輝きを発する瞳は敵を映しとっている。
男たちはカナの台詞に怪訝気に目を細めること数秒、「言っとけ」と小馬鹿にするような口調で言った。

「お前は掴まったままだろうが」
「そいつは構うな。やるぞ」

二人はそう一言二言会話した後 再び刀を構えていた。
向かう先は当然ナルト。カナのことなど既に意識外。だがカナにとってはそちらのほうが好都合だった。

「(ナルトがツナミさんを助けてくれた今なら、私ももう好き勝手動ける。忍者に縄なんてほとんど意味がない)」

カナは自分の背後でくくられている両手を見る。手の平が突きあうように縛られているのならこちらのものだ。
ナルトが二人に手裏剣を一枚放ったのを見ながら、カナは瞬時に印を組んだ。

縄抜けの術。

そう心で唱えた時には縄はあっというまに地面に落ちる。カナはその途端走り出した。


「これから先、忍者に縄を使うべきじゃないですよ!」

「あァ!?」
「なっこのガキ!!」

「バーーーカ」

ナルトのそんな言葉と同時に、投げた手裏剣はナルトへと変化し、カナは思いっきり足を振り上げ、それぞれの一撃を敵へと放っていた。男達はあっさりと地面に落ちて、それで彼らの出番は終幕だった。

影分身のナルトとカナは同時に着地し、ニッと笑いあった。

「この人たちどうしようか」
「んー。とりあえずオレが縛っとくってばよ」
「うん、じゃあお願い」

そんな会話を淡々とこなす二人。縄で二人を縛るナルト、それを手伝うカナを見ながら、イナリはほうっと感嘆の溜め息をついた。

「す、すげー......」

その言葉はナルトに対しても、カナに対しても。
影分身ナルトは作業を終えたら消え、カナは服の汚れをはたきながらイナリとナルトに近づいていく。ナルトはイナリのそばで得意げに笑っていた。

「にっひっひ。決まったってばよ!」
「私、正直びっくりしちゃった。手裏剣にあらかじめ化けとくなんて」
「へへーん!オレってば頑張ったかんな!頭の修行も!」

楽しげに話しているナルトとカナ。イナリはその様子を見ながらはにかんでいた。

「へへっ。ナルトの兄ちゃんもカナの姉ちゃんも、忍者みてーだ!」
「ばーかぁ。オレら、始めっから忍者だってばよ!」

ナルトがどうだと言わんばかりに胸を張っているのを見て、笑い出したのはカナだ。そして、あははは、と実に楽しそうに笑う彼女に、自然とナルトとイナリも笑い出したのだった。



一方、護衛組。そこでは既に再不斬と面の少年が現れていた。
少年、白はサスケとほぼ互角ともいえる戦闘を繰り広げている。戦闘経験もスキルもまだ全てサスケのほうが劣っていたが、それでも今のところは有利とも不利ともいえない状況だった。

サスケは襲いかかってくる千本を目の前に、ここ数日ずっと行っていた修行をすぐさま脳内に思い起こした。その瞬間、サスケの速度は急に上がり千本を避け、白すらも気付けないうちに背後をとっていた。

「案外トロいんだな」
「!」
「これからお前は、オレの攻撃をただ防ぐだけだ」

背後から聞こえた声に白を返すこともなく動く。サスケが放ってきた拳を腕で受け止め、クナイを身を屈めて避けた。しかしサスケはそこまでに留まらず、その状態の白をすぐさま蹴り、白は無防備にも再不斬のほうまで転がっていった。

「どうやら、スピードはオレのほうが上みたいだな」

サスケは得意げに笑う。再不斬はそれを見て目を細めた。この前戦った下忍とはまるで別人である。
そしてそんな教え子を持つカカシは、どこか誇らし気な表情を浮かべていた。

「こう見えてもサスケの木ノ葉の里のナンバーワンルーキー。サクラは里一番の切れ者、カナはあの風遁使いで有名な風羽一族。そしてもう一人は、目立ちたがり屋で意外性ナンバーワンの、ドタバタ忍者ナルト......」

いつかはこの場に現れるだろうその二人を思い、カカシは頬を緩めた。

「ガキだガキだとうちのチームをなめてもらっちゃ困るねぇ」



「ぶぇっくしょ!」「くしゅっ」

何ともタイミングよく同時にくしゃみした二人を見て、イナリは物珍しそうに首を傾げた。

「風邪?」
「うーん、そんなことないと思うけど」
「へへ、大丈夫だってばよ。......そんなことより、イナリ」

ナルトは恥ずかしそうにイナリに目をやった。

「昨日は悪かったな!」
「え?」
「お前を泣き虫呼ばわりしちまってよ!ありゃあナシだってばよ!」

その光景を見てカナは微笑む。キョトンとしているイナリにナルトはぽんと手を置いた。

「お前はつえーよ」

たったそれだけの言葉がイナリの胸にずっと染み込んでくる。胸の熱さが抑えきれなくなり、イナリが気付いた時にはもう涙が頬を伝っていた。ハッとしてイナリはごしごしと涙を拭い始める。
「くそっもう泣かないって決めたのに!」と涙声のイナリにナルトとカナは不思議そうにした。

「また、ナルトの兄ちゃんに、泣き虫って、バカにされちゃう......!」

消え入りそうな声が続く。するとカナはしゃがみこみ、イナリの目線に目を合わせて微笑んでいた。「知ってる?イナリくん」と問いかけられ、イナリはえ?と零してカナと視線を合わせる。カナの目は相変わらず優しいまま。

「その涙は、悲しい涙じゃないんだよ」

イナリはポカンとカナを見つめる。だがカナは答えずに柔らかな表情で笑っているだけ。代わりに、「そうだってばよ、イナリ」と聴こえてきた声にイナリは顔を上げる。ナルトは腕を頭の後ろで組み、ニシシと笑っていた。

「いいんだぜ、嬉しい時には」
「......?」
「嬉しい時には!泣いてもいーんだぜ!」


途端、何故かイナリの涙腺はそれまで以上に緩み、目から溢れ出していた。

なんだろう、また、胸が熱い───イナリは泣きじゃくった。
どうしてこうも、ナルトにしろカナにしろ、こんなに自分を変えてくれるんだろうと思いながら。こんなにも清々しい気持ちになったのはいつ以来だろう。全てはカイザが殺されてから失ってしまっていたのに。今まで誰一人として変えることなかった自分の心のタガを、この二人は、たった数日のうちで変えてしまったのだ。

その時、唐突にイナリの頭に、あの時のカナの言葉が浮かんでいた。
『イナリくんの思ってた、強い強い"ヒーロー"じゃないかもしれないけど.....人を変える力をもつ、これも"ヒーロー"じゃないかな』───自然とカナを見上げれば、立ち上がっていたカナはにこりとイナリに笑った。

「ねぇ、イナリくん。あの物語の男の子、誰だか教えてあげよっか」
「え?」

ちょうど今 思いだしていた話を持ち出され、イナリは驚いたように声を上げる。カナはイナリを撫でてからまた微笑んだ。

「女の子を変えた男の子。人を変える力を持つヒーロー......もう、分かる?」
「あ......」

「なになに?何のことだってばよ、カナちゃん」
「んー、ナルトにはー......内緒!」
「えーーー!!」

そうやって騒ぎ立てるナルトをカナがどうにか宥めている。イナリはそのオレンジ色の姿をじっと見つめた。

「(そっか、ナルトの兄ちゃんが......)」

言っては悪いが、とても成績が良いようには見えない代わりに、ナルトは常に前を堂々と向いて、イナリをも奮い立たせてくれた。
そっか、そうなんだとイナリは心中で思い、途端に嬉しくなってカナに抱きついていた。

「ありがとう、カナのねーちゃん!」
「ふふ、どーいたしまして」
「あー!ずりーぞイナリ!!カナちゃーん、オレもオレも!」
「ナルトはダーメ!こういうのは小さい子の特権でしょ?」
「いーだろー、ナルトの兄ちゃん!」
「〜〜〜っムカつくってばー!」

こんなに心から笑えたのは、いつ以来だろう。長く閉じ篭っていた少年は、今再び青空の下に出て、大きく笑っていた。


 
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