第二十四話 再戦の時


「じゃ!ナルトをよろしくお願いします。限界まで体使っちゃってるから、今日はもう動けないと思いますんで」
「いいですけど。カナちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、カナならそのナルトに掴まってる状態ですから。どうしようもなく」

そう言ってカカシは苦笑いした。後ろからの生意気な下忍の視線が痛い。ものすごく睨まれている気がする。まるでカカシが悪いとでも言うような。オレのせいじゃないってのにねぇ、もう、とカカシは心中で溜め息をついた。
サスケの機嫌が悪い理由は単純だ。実際本人から聞いたわけじゃないがなんとなく原因は分かる。

ツナミに見送られながら、カカシは今度は現実で溜め息をついた。



そして今、サスケの頭の約半分以上を占めているカナは、やはりまだナルトに掴まったまま頭を悩ませていた。
一体本当にサスケはどうしたっていうのだろう。いつものただの苛々というにもどこか違った。別段サスケに何かをした覚えもない。なのに、昨日のあの時から、突然。

「(昨晩ナルトと何かあったとかで八つ当たり......とか?でもそういうには、やっぱり矛先は私だったし......なにもした覚えはないのに)」

どうにか無理にでも引き止めて理由を聞いておくべきだった。おかげで今ぐるぐると悩まされてしまっている。先ほど玄関戸が閉まった音がしたし、もう皆は出かけてしまったのだろうか。サスケと話す時がまた引き延ばされてしまった。
それはこの寝ている金髪少年のせいでもあるのだけれど......ナルトはといえば、相変わらず幸せそうに眠ってるだけだ。

「ナルト......もうみんな行っちゃったよ?」
「ん〜......」
「起きないとほら、任務できないし。再不斬がまた現れるかもしれないのに」
「......ぬう......」

これでも食いつかないか、とカナは苦笑する。が、そのうちピコーンと何かが閃いたようで、先ほどよりも大声でナルトに言っていた。

「あっあそこに一楽のラーメンが!!」

「い、ち......いっいちらくぅうう!!?」

案の定 飛び起きた目の前の少年を見て、カナは今度は苦笑どころでなく盛大に笑った。「あははははっ!」と暫く収まりそうもない笑い声を上げているカナを見てナルトはキョトンとする。

「あ......あれ?カナちゃん?......一楽のラーメンは?」
「も、ほんと、ナルトっておかしい......ッ」
「へ?へ?」
「あはは......ごめん、ナルト。一楽は嘘。ここ、波の国だよ?」
「なみ......ってあぁあああーーー!!任務ぅうう!!」

やっと状況判断ができたようで。ナルトはそう叫んだ途端、部屋を飛び出していった。
それでカナはまた笑うが、すると今度は「行ってきまあああ!!」と急に一階から大声が聴こえてくる。
どうやら置いてかれたらしい、とカナは思ったが、怒る気にもなれず笑うしかなかった。



とん、とん、とリズム良く階段を下りる。カナは一階に行き、がらりと戸を開けた。

「あら、カナちゃん。ナルトくんはもう行っちゃったわよ?」

居間に入るなり聴こえたツナミの声に振り向いてカナは苦笑する。「ええ、二階まで聴こえてきました」と言えばそうよね、とツナミも笑う。そのツナミの後ろでイナリが隠れているのを見つけてカナは微笑むが、イナリは気まずそうに目を逸らした。

「まったくもう」

ツナミはそう言ってイナリの頭をなでる。

「ごめんなさいね、カナちゃん。昨日のイナリの言葉、失礼だったと思うけど......」
「あっいえ、全然気にしてませんよ。どちらかというと......今そうして避けられてることのほうが傷つくかな?イナリくん」
「......」
「ふふ......カナちゃんって、まるでお母さんかお姉さんみたいね」

ツナミの手がイナリから離れ、今度はカナの頭に乗る。優しく撫でられることと言われた言葉が重なって、カナは恥ずかしげに頬を染めた。カカシに撫でられることは多々あるけれど、ツナミにこうされるとまた違う、何か懐かしい感じがした。まるで、母のようだ。

「これから任務へ行くの?」
「あ......えっと」

言い淀んで考える。

「今は私以外の全員がタズナさんについてるから大丈夫だと思うし。先にサスケたちの部屋を片付けてきます。さっき入って、気になって」
「そう?やっぱりカナちゃんは面倒見がいいわね。ありがとう、お願いするわ」
「はい!」

こうやって"お手伝い"を頼まれることは何年ぶりだろうか。カナは自然と満面の笑顔になった。
まさか今日この時に再戦が始まってしまったことにも気がつかないまま。




「よし、片付いた」

ツナミに頼まれ 数十分した頃、カナは綺麗になった部屋でふうと一息をついた。
朝 カナが見た散らかった部屋はそこにはなく、片付いたからか、かなり広くなった気がする。ぐるりと室内を見渡したカナは満足そうに笑み、くるりとドアのほうへ姿を翻した。

「勝手に任務サボったから怒られるかな。とりあえず、早くみんなのところに合流しよう」

手がドアノブに伸びる。だが、それを回す前にカナの手は止まっていた。
それは、とんでもなく派手な音が耳に流れ込んで来たからだった。


ガラガラガラ___!!


「え......!?」

何かが崩れるような破壊音。何かをうっかり壊してしまったなどというレベルのものではない。
カナの神経はすぐさま忍としてのものに変わる。

「下......一階から? そうだ、ツナミさん、イナリくん!!」

カナはすぐさま扉を開けて飛び出した。



その破壊音は カナの読み通り、一階からのものだった。入って来たのは二人の男。カタギの人間とは無論 到底思えず、二人して腰に刃をぶらさけている。
動けなかったツナミは既に捕まえられ、イナリはその近くの壁に隠れるように怯えていた。

「かっ母ちゃん!」
「出てきちゃだめ!早く逃げなさい!」

男二人の目がイナリのほうへ向く。小さな子供は見るからに貧弱だ。ツナミの子供であると悟った一人の男は、仕事のためにニィと笑った。

「コイツも連れてくか?」
「いや。人質は一人いればいい」
「じゃ......殺すかァ?」
「!?」

イナリとツナミの肩がびくりと跳ねる。男は一歩イナリに近づき、腰の刀に手をかけていた。殺される......そう頭で分かっていてもイナリの足は動かない。動くことが出来ない。震えていることしかできなかった。

それが止まったのは、唐突に第三者の声が響いた時だった。

「それなら、私にしてください」
「あァ?」
「ね、姉ちゃん......!」

イナリの背後の襖から突然姿を現した銀色、カナに男の視線は奪われる。男の歩がぴたりと止まった。
カナの目はいつになく鋭い。カナは味方であるはずなのにイナリは息を飲んだ。いつも笑っている少女とは別人だった。

「この子には手を出さないで。私ならどうなっても構いませんから」
「ほう。良い度胸だ」

男がまた歩を進め始める。カナと男の距離はそのうち 一メートルにも満たなくなる。が、それでもカナの目が変わることはない。カナは真っ直ぐ男を見据えるだけだ。

「約束してくれますか」

あまりに落ち着いた声に、逆に男達のほうが震えた。整った顔、その瞳の光に吸い込まれそうだった。
カナの真っ正面に立つ男は、薄く流れる冷や汗を隠して 「フン」と声に出した。

「いや、お前も人質だ......木ノ葉のガキ共の仲間だろ?この女よりもいい材料になりそうだ」
「......さあ、どうですかね」

答えてからカナの視線は男からずれ、イナリのほうに向く。イナリは怯えながらもそれに気づき、視線を上げた。
それでイナリはほんの少し安堵した。今のカナの瞳には鋭すぎる光はない。いつもの優しげな雰囲気をもって、カナは視線でイナリに語りかけていた。
大丈夫だよ、と。

「姉ちゃん......!」

イナリは小さく叫ぶがそれも虚しく、カナ、そしてツナミは男達と扉から出て行く。最後に扉を閉めた男は、イナリを見て嘲笑していた。


完全に扉が閉まってから、イナリはぺたりと床に座り込んでいた。危険は去ったはずなのにまた震えだしている。イナリの頭に浮かぶのは先ほどのカナの顔だった。

「(どうしてだ......なんでだよ......!僕とちょっとしか年も変わらないくせに、なんであんな冷静に、他人のことばっかり考えてるんだよ......!)」

何故かわからない、だがイナリは今、確かに悔しさを感じていた。涙が出る程の、悔しさを。悔しい、とそう思う気持ちは確かなのに、それでも動けない自分が更に悔しい。
でもそんな悔しさよりも更にあるのが、恐怖だった。イナリはそのうち泣きじゃくっていた。

「母ちゃん......ごめん、ごめんよぉ......!僕弱いから、母ちゃんも護れない......死にたくない......!」

それは小さな子供なら誰しもが持つ弱さで。それがイナリの勇気にブレーキをかけていて。


「怖いんだ......!」


イナリの心の底からの声は部屋に広がるようだった。イナリは震えながら 泣いているしかない───はずだった。
けれど。"止まっている"状況を許さなかったのは、昨日のナルトの恐いほどの顔と言葉だった。


『泣き虫野郎が』


イナリはそれを突然思い出し、ハッとしていた。

『悲劇の主人公気取ってピーピー泣きやがって!お前みたいなバカはずっと泣いてろ、泣き虫野郎が!!』

ただ思い出すだけでも、イナリの中でそれは鮮明に映し出された。イナリの涙がふっと止まる。
次に脳裏に浮かんだのは、たった一人の誇れる父親。

『本当に大切なモノは、例え命を失うようなことがあったって、この両腕で守り通すんだ!』


その全てを思い出したところで、イナリは強く拳を握っていた。頬を流れていた涙を腕で拭う。
ナルトの言っていた言葉は間違っていないから。何よりも誇りに思っていたのが、父の信念だったから。

「僕も......僕も強くなれるかなぁ、父ちゃん......!!」

立ち上がったイナリの瞳は決意に満ちている。そして、イナリは強く床を蹴り、外へと飛び出した。


 
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