第二十三話 激情
朝の日差しが窓から差し込む。窓の外側からは小鳥達の鳴き声が聴こえてくる。
サスケは既に身支度を整え、部屋の中で精神統一をしていた。その傍では同じ部屋で寝泊まりしているナルトがまだ寝ている。同じく同部屋のカカシは、サスケが起きた時はもういなかった。
サスケはうっすらと瞼の下から深い黒の瞳を覗かせ、寝ている同室人を見た。
「(......呑気なヤツだな)」
寝始めた時と今の格好の違い。いくらなんでも寝相が悪すぎやしないか。寝間着もはだけ、口元にはよだれ。全くサスケと同い年には見えない。再不斬がまだ生きているかもしれないってのにこうも緊張感がないとは。同じ班のメンバーなだけに先が思いやられ、サスケの口から溜め息が出る。
ただ、いつもならそこで「やれやれ」で終わらせられるはずだというのに、今回ばかりは尚も思考が続いていた。
「(なんで、こんなドベなんだ)」
サスケの脳内に思い浮かんだ幼なじみ。カナの昨日の話を思い出すと、サスケの胸に湧き上がる想いがあった。
悔しいのかもしれなかった。
カナは、ずっとそばにいたはずのサスケのことでなく、きっと当時はつながりも薄かったであろうナルトのことを"ヒーロー"として見ていたのだ。
嫉妬だと、思った。
もし、ナルトをヒーローだと呼んだのが他の誰かだったなら、こんな思いはしなかっただろう。だが、それがカナだったから。ずっと隣にいた存在であったはずの彼女であったから。目の前で幸せそうに眠っているナルトを、蹴飛ばしたくなるほどに。
何故そう思ってしまうのか、サスケは頭の片隅で見つけていて、だが決してそれを表に出そうとは思っていなかった。
「サスケ、ナルト」
不意に聴こえたその声に、サスケは息を詰まらせた。
「ツナミさんが朝ごはんできたよって。起きてる?」
扉越しの声はいつもと全く変わらない。サスケの胸にまた何かが渦巻くが、それでもなんとか気を落ち着かせて「起きてる」と短く応えた。続くように「開けるよ?」と聞かれて、それには応える前に勝手にドアが開く。見慣れた銀色をなびかせてカナは部屋に入ってきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「普通」
そっか、とカナは意味もなく笑う。サスケとは裏腹にカナは気まずさなど一つも感じていないらしい。それが原因でまた何かが疼き、サスケはふいと顔を逸らした。ぐーすかと呑気に寝ている忌々しい顔に視線を落とす。
「ナルト、まだ寝てるんだね。そりゃああれだけ毎日夜更かししてたら疲れてるか」
カナがそう言ったことで、ナルトの修行によくカナが付いて行っていたことをサスケは更に思い出してしまう。ギリ、と口内で歯ぎしりする。徐々に冷静な心が消え始めていることには気づいたところでどうしようもなかった。
不意に、視線の先のナルトに影が落ちる。サスケが見上げる前に、カナがナルトの隣にしゃがみこんでいた。
「おい、」
サスケは思いのほか低い声で言ってしまってからハッとした。既にカナは目を瞬いてサスケを見ている。
「な、なに?」
「......いや、なんでもねえ」
「えー......サスケ、昨日といい、何かあったの?」
確信をつかれて、だがサスケは何も言えない。カナは今度こそ怪訝そうにする。「変なサスケ」と呟くカナは、まさか原因が全て自分の言動にあろうことなど露ほども考えていないだろう。カナはただいつも通りにしているだけであるから。
サスケが何も応えないのを見たカナは、諦めて寝ている少年に目を落としていた。サスケは眉間にしわを寄せてそれを見る。
「なにするつもりだよ」
「なにって、ナルトを起こそうと思って。ナルト、ほら、朝だよ」
「ん〜ん......」
「もうそろそろ起きなきゃ。タズナさんの護衛につくんでしょ」
「もう......ちょ、と......」
「......ウスラトンカチはオレが起こして行く。お前はもう行けよ」
「な、なんでそんなに邪険にするの?どうせ起こすなら同じでしょ。ホラ、ナルト、......」
カナが邪険と言ったそのセリフ、それがあるいは、サスケの最後の理性だったのかもしれない。
カナがそれを聞かずにナルトに伸ばしたその腕は───サスケに思い切り掴まれていた。
「っえ?」
カナは目を丸めてサスケを見る。
サスケはその黒髪で顔を隠しながらもしっかりとカナの手首を握っていた。そして小さく、何かを呟いた。
「触んな......」
「え......ど、どうしたの......サスケ」
「いいから、触んな!!」
その怒号にカナは思わずビクつく。怒鳴ったサスケの表情は見るからに切羽詰まった様子だった。
握られている手首が熱い。しかし痛いほどに握られていても、カナは今のサスケに「はなして」などとは言えなかった。
「何で......」
「......?」
「お前は......!」
「な、なに......なに言ってるの、サスケ」
わからない。サスケの言葉も、その行動の意味も。何もかもが突然過ぎたのだ。
すると、サスケから先ほどの鬼のような表情はなくなっていく。カナは密かに肩の力を抜いたが、今度は彼が苦虫を噛み潰したような顔をしていて、明らかに様子がおかしい。いくらカナでも、こんなサスケを見るのは初めてだった。
カナは何も言えず、ただ幼なじみを見ているしかなかった。
その時だった。
「むにゃ......ううーん」
「わっ!?」
突然服を引っ張られ、カナは前のめりになった。ハッとしてもう一方の腕で体を支える。見れば、寝ぼけたナルトがしっかりとカナの服を握っていた。
ナルト......と呟くカナだが、サスケにとってはそれが苛立ちの対象でしかなかった。
「クソが......ッ」
「サスケ!?」
サスケが唐突にカナの手首をはなし立ち上がる。カナが呼ぶも、サスケは振り向きもせず、バンと扉を閉めて出て行った。
カナは咄嗟に追いかけようとしたが、服が依然掴まれていて動けない。寝ているくせに強い力でどうもはなしてくれそうもない。
仕方なく、カナは床に座り込み、じっと自分の手首を見るしかなかった。手首にはまだサスケが強く握った感触が残っている。
カナはそれに触れて、ぎゅっと握りしめた。
「どうしたっていうの、サスケ......」
カナは戸惑うばかりだった。