第二十二話 心の叫びと


雲間に現れた三日月が、木のてっぺんに立つ三人をうっすらと照らしていた。キラキラした金色の少年と、暗闇に溶けいるような黒髪の少年と、穏やかな銀色を一つ結びにしている少女の、小さな三人の忍たち。

「帰るか......」
「うん」
「オウ!」

三人は三人とも満足げに笑っている。それぞれの木の先端に刺さった三本のクナイが、月の輝きに煌めいていた。



タズナ家。そこでは夕食を間近にして、いつもならいるはずの一人と、今日は必ず帰ってくると言った二人を待っていた。

「遅いわねぇ。ナルトはともかく、カナにサスケくんまで」

サクラは既にノルマクリアしていたが、他三人は朝からずっと木を登り続けていた。チャクラ量が少なくともコントロールが抜群なサクラとは違い、どうやら他三人はスタミナ型のようである。
サクラがそう言ったちょうどその時、タイミング良くドアノブを回す気配があった。

「あ」

開いたドアの向こうにはもちろん、ずっと待っていた三人の姿が。ナルトはどうやら完璧にスタミナ切れのようで、サスケに肩を貸してもらっている。その後ろから入ってきたカナは苦笑して、目が合ったサクラと肩を竦めあった。とはいえ、サスケだってカナだって疲労はしてるしキレイとは言い難い。

「なんじゃおめえら。超ドロドロのバテバテじゃな」

とのタズナの言葉はかなり的を得ている。だがナルトはそれでも"どうだ"と言わんばかりに笑った。

「へへ。三人とも、てっぺんまで登ったぜ」

サスケとカナもしっかりとカカシを見据える。カカシは頬を緩めてこくりと頷いた。

「よし!ナルト、サスケ、カナ。次からはお前らも、タズナさんの護衛につけ」
「ははっ。うぉおっす!!」
「ってめ!」
「わっ。もう......大丈夫?」
「このウスラトンカチが......!」

ナルトがいきなり飛び上がったもので、サスケ共々バランスを崩して後ろにこけ。それをカナが心配そうに覗き込み。最早定番となっているサスケの文句には、全員で笑いあっていた。
ただ一人、イナリを除いて。



夕食も終え、既に皿にあるものを平らげたタズナは、ふと第七班の顔を見渡して笑った。

「あと超もう少しで橋も完成じゃ。アンタらのおかげじゃよ」
「だからって、あんまり無理しないでね」

茶を運んできたツナミは父を気遣って言う。タズナはうむと頷き、今度は真剣な顔をしてカカシを見た。

「ところで、前々から超聞いておきたかったんじゃが......わしが任務の内容を偽ったのに、どうしてここにいてくれるんじゃ?」

対してカカシはタズナを一瞥してから、そっと目を閉じていた。

「義を見てせざるは勇なきなり......勇将の下に弱卒なし。先代の火影の教えです」

それだけ。カカシはそれだけ言って黙り込んだ。タズナもツナミも理解できなかったらしく、眉を寄せて首を捻っている。それは下忍達に至っても同じことで、カカシの様子を怪訝そうに見ていた。

その中で、イナリだけはカカシの言葉を一切聞かずにじっとナルトを見ているだけだった。

イナリの瞳の中。ナルトを見ていれば、自然と思い浮かんでくるのは父・カイザだった。
諦めようとしないその姿勢がカイザと強く重なっていた。カイザのことは好きだった。けれど、思い返せば溢れてくるのは......これが悔しさからなのか苛立ちからなのか、あるいはどちらとも違う感情なのかわからない。
けれど今も、イナリは泣いていた。

「......なんで」
「?」
「なんだぁ?」

イナリがぽつりと呟く。机に落ちるイナリの涙に気づき、誰よりも先に怪訝な顔をしたのはカナとナルトだった。その途端、イナリは立ち上がり、その小さな手を机に叩き付けていた。

「なんでそんなになるまで必死に頑張るんだよ!!」

それはイナリから溢れ出した、心の叫び。

「修行なんかしたって、ガトーの手下には敵いっこないんだよ!!いくらカッコいいこと言って努力したって、本当に強いヤツの前じゃあ、弱いヤツはやられちゃうんだ!!」

涙を散らして、ナルトを睨んで、必死に必死に自分を大きく見せようとして......それでもイナリは、小さかった。
イナリのその剣幕に暫く沈黙が続く。なんでもなさそうにそれを破ったのはナルトだった。

「うっせェなァ。お前とは違うんだってばよ」

本当に、なんでもなさそうに。それがイナリの神経を更に逆なでしていた。

「黙れよ!お前見てると、むかつくんだよ!!この国のことなんにも知らないくせに出しゃばりやがって......辛いことなんてなんにも知らないで、いつもヘラヘラやってるお前とは、違うんだ!!」

ナルトの顔がぴくりと傾く。カナがナルトのその変化に気づき、眉をひそめて「イナリくん」と小さく呟いた。それがまたイナリのスイッチへと繋がる。

「ねーちゃんだってそうだ!僕のこと、知ったふうに言いやがって!ヒーローなんていない!!もうこんな国を救えるヒーローなんて、いるわけないんだ!!」

イナリの涙溢れる目がカナに向く。カナはそれを真っ直ぐ受け止め、何も言わなかった。次に場に響いたのは、ナルトのどこまでも静かな声。

「だから悲劇の主人公気取って、ピーピー泣いてりゃいいってか......」

ただその声とは裏腹に、ナルトの瞳はこれ以上ないほど鋭く怒りに光っていた。


「お前みたいなバカはずっと泣いてろ!泣き虫ヤローが!!」


びくりとイナリの小さな体が震える。ナルトはそれだけ言うと、すっと立ち上がって出て行った。サクラがその背に文句を言っても振り返りもしなかった。

イナリはそこから動けず、立ち尽くしたまま、しゃくりあげて泣き続ける。母であるツナミは、もういないナルトや、今もここにいるカナを気遣って、何も言えなくなっていた。ただ静かに近寄ってそっとその頭を撫でてやる......

次にイスが音をたてた時、イナリはびくりと震えた。それが、さっき感情任せに怒鳴ってしまったカナだったから。サクラが気遣って立ち上がったカナを見上げたが、しかし、その顔は思いのほかいつもと変わらなかった。

「あの、ツナミさん。ごちそうさまでした」
「え、あ。ええ......」

かちゃりと皿を重ねる様子もまったく動揺がない。誰もが何も言えない場の中で、カナだけが何も変わらず。その足は、台所へ皿を片づける前に、一度だけ止まって振り返った。

「イナリくん。この前の話、気に障ってたのならごめんね」
「!」
「確かに私、イナリくんのこと何もわかってなかった。知らなかったとはいえ、無責任なこと言っちゃってたと思う......ごめんね。......でもね、それでも、私ははっきりイナリくんに言うよ。ヒーローは、いるってこと」

カナの顔は穏やかに笑っている。「ヒーローは、ここにいるよ」と、微笑んで断言する。その顔をイナリは見ることができない。母に撫でられ、その腕にすがりつき、だが、完全にカナの存在を無視することもできないでいた。

「本人は知らないだろうけど......あのお話のヒーローは、私の背中も押してくれたの。泣いてばっかりだった私に違う生き方を見せてくれた。彼だって辛い境遇に立っているはずだったのに、それでも前向きに生きる姿を見せてくれたんだ。そんな彼が、私にとってのヒーロー。イナリくんにとって、お父さんがヒーローだったようにね」

ぎくり、とイナリの体が揺れる。カナはそれに微笑んで、今度こそ台所へ消えていった。



流し台に立ち、ゆっくりと蛇口を回して水を出す。その下に自分の分の皿を置いて水にさらした。慣れた手つきでスポンジを握って洗剤を垂らし、一度水道を止めて皿にスポンジをあてがう。
居間の様子は伺えない。ただ無言で皿を洗っていく。自分の言葉をもう一度脳裏に反芻させ、なにか嫌なことは言っていないかを気にして、多分大丈夫だと確認し終えてから、やっとゆっくりと呼吸をした。
全ての皿を泡だらけにし終えて、もう一度蛇口に手を伸ばす。

「カナ」

だがその声にまず振り返った。カナはきょとりとした目を送った。

「サスケ。どうかした?」
「さっきの......」
「え?」

サスケは一言ぼやき、カナから目を逸らしている。その表情からは考えていることがわからない。
カナは手を拭いてからちゃんとサスケに向き合った。何故だかわからないが空気が張り詰めている気がする。さっきの、という一言ではどれを指しているのか見当できない。

「えーっと。もしかして、私がさっきイナリくんに言われたこと?」
「違う。お前が特に傷ついてねえことなら顔見りゃわかる」
「う、うん、まあ......じゃあ、なに?」

サスケが何かを言い淀んでいる。それがカナには理解できない。幼なじみとして長く時間を過ごした分、互いにそれなりのことは言い合える関係のはずで、遠慮するなどとは思えない。今のサスケの表情も、見たことがない気がした。

「......サスケ?」
「ヒーローって、誰のことだ?」

カナは本気で目を瞬いた。

「ナルトのことだけど」

何で、たかがそんな質問で数秒間も言い淀んだ?
カナはあっさり答を提示する。イナリにはごまかしているが、サスケに隠すようなことでもない。確かにナルトがヒーローのような存在だったなどという話は一切したことないが、なにも内緒にしていたわけではなかった。何か補足説明が必要かと思って更に言う。

「ほら......ナルトって、いつも、独りぼっちだったでしょ?それがどんなに辛いことなのかは、私たちも知ってるとおり......だけど。ナルトは、少なくとも表面上は、いつでも笑顔だった。それがどうしたって言わんばかりにイタズラし回ってるのを見てたら、なんだか私も、自分の過去のことでうじうじしてるのがバカみたいだって思ったことがあったの」

とりあえずサスケの質問を聞いたので、カナは話しながら洗い物を再開する。思い返せば自然と笑顔が溢れる記憶だ。

一族の死を経験したカナは、木ノ葉に引き取られた。三代目は本当の祖父のように接してくれたが、しかし、だからといってあっさり切り替えられるわけではなかった。誰かに見せる顔は常に取り繕った、けれど、内心はずっと独りぼっちのような気がして辛かったのだ。
それが、イタズラし回る少年を見つけることで、変わり始めた。当時は名前も知らなかった。カナがアカデミーに編入する前だ。一度見つけてからはよく見るようになり、幼いカナはそのイタズラ少年が本当はいつも独りぼっちであることに気づいた。
独りぼっちだ。だけど、あんなにも真っ直ぐ前を向いている。ナルトのあの姿勢が、カナの心に影響を与えてくれた。

「おかげで、前を向いて生きていくことができるようになった。過去だけじゃなくて、自分には未来があるんだって思えた。そういうふうに思えたのはナルトのおかげだと思ってる。だから、ナルトは私のヒーローかなってね」

一つ一つの皿から丁寧に泡を洗い流す。最後に布巾で水気をとり、よし、と心中呟いた。そうしてやっともう一度振り向く。「あ、サスケの分の洗い物も」しようか、と続けようとして、カナはようやく気づいた。
水を流してたから足音が聴こえなかったのか、いつのまにか、幼なじみの姿は消えていた。


 
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