第二十一話 強くなる時


第七班の修行が始まって、六日が経った頃だった。

暗闇だった夜が徐々に明け始め、空には小鳥達が飛び交い始める。さわさわと風に揺れる木々が自然の合唱を作っていた。
朝日が差す森の中。そこには、整った容姿をしている少女が、薬草を摘んでいる姿が。

たくさんの草花から薬草だけを確実に選び、籠に入れていく。この光景を見た者は誰もが思わないだろう。まさかこの少女がお尋ね者の仲間などと。

「(再不斬さんの手ももうそろそろ、か)」

少女の脳内に最も大切な人物が浮かぶ。それだけで自然と笑みが浮かんでいた。
不意に肩に小鳥が乗り、ちるるとかわいらしく鳴く。それを見た少女は一層柔らかく微笑む。また、飛んでいく鳥につられ、その先に一人の少年が寝ていることに気づくのは必至だった。

何羽もの鳥たちが少年の上にいるが、それでも起きる気配は一切ない。だが突つかれたのがこそばかったのか、その時少年の顔は少女のいるほうに向いていた。

「!!」

途端、少女は目を見開いた。見えたのは額当て───木ノ葉隠れ。
少女は眉をひそめた。思い返すのはこの間の戦い。自分があの場に出て行った時、威勢良く叫んできた金髪の少年。その少年が今、そこで寝ている。

「......」

少女。否、少年は、ひっそりと立ち上がっていた。
ゆっくりと、しかし確実に金髪忍者・ナルトに近づいていく。そして少年はナルトの首に手を伸ばし───異変を感じ取った小鳥達が、一斉に飛び上がっていった。



「おはようございます......ふわぁああ」

ついさっき起きたばかりのサクラは、居間の襖に手をかけながら、大きく欠伸を零した。ちょうどツナミがサクラの朝食を運んできて、それにありがとうございますと礼を言う。しかし、食事に口をつける前にタズナが。

「ナルトのヤツ、夕べも帰ってこんかったんか」
「単純バカだから。毎日木に登ってるわよ......チャクラの使い過ぎで、今頃ぽっくり死んじゃってたりして」
「カナもよう付き合っとるのう。ナルトのように毎日じゃないにしろ、女の子が大丈夫か」
「さァ......ナルトよりは大丈夫だと思うけど」

そんなサクラとは対照的に、ツナミは実に心配そうである。

「ナルト君もカナちゃんも......大丈夫かしら。子供が夜中ずっと外にいるなんて...」
「なーに、心配いりませんよ。ああ見えてもアイツらは一端の忍者ですから」

カカシは既に朝食を食べ終えたようで、悠々と座敷に座り込んでいる。
ナルトはともかくとして、カナなら何かあれば必ずどうにかしてこちらに知らせてくるだろう。そう思ったところで、カカシはいや、と自分の心中の言葉に否定した。

「(知らせざるを得ないのかもしれないな......)」

再不斬との戦いの時のあの風は、きっとあの子を守るためのものなのだろうから。

「フン、どうだかな。あのウスラトンカチのほうは、ホントに今頃くたばってんじゃないのか?」

冷たく言うサスケの言葉に、"ウスラトンカチ=ナルト"という公式を頭の中でたてながら、サクラは次の疑問を口にする。

「そういえば、カナは今朝帰って来たの?いつも挨拶だけはしに帰ってくるけど」
「いや、まだ見てないな。森で寝てるかそれとも倒れてるか......」

カカシが返答し、サスケの眉がぴくりと上がる。

「それっていいんですか、先生?」
「まあ平気でしょう。ナルトとカナは二人一緒にいるはずですし」

がたり。そこまでのツナミとカカシの会話を聞いてから、サスケは立ち上がっていた。

「サスケくん?」
「......散歩」
「え。って、これからご飯じゃ」

ぼやいたサクラはサスケの皿を見やったのだが、実は既に綺麗に食べ終えていたりする。「......はや」そう呟いてしまうのもしょうがなかった。



少年の手が徐々にナルトの首へと伸びていく。彼の目は真っ直ぐナルトを見ていた。実に呑気に寝ているナルトの顔。そして少年は目を細める。
少年の手の軌道は 少しずれた。結局落とされた場所は、ナルトの肩。

「こんなところで寝てると、風邪ひきますよ」
「んぅん......」

肩を揺らされてナルトは薄く目を開ける。瞼の間からナルトの碧眼に見覚えのない人影が見えた。緊張感もなく、ゆっくり体を起こす。

「あんた、だれぇ?」

すると、少年はナルトの瞳の中で柔らかく微笑んだ。途端、ナルトはきちんと覚醒して頬を染める。
無理もない。少年は一見すれば完璧に美人な少女なのである。もうナルトはこの人物が誰かなどとはどうでもよくなり、気まずそうに頭をかいた。

「起こしてくれたの、ねーちゃん。......ってあれ、カナちゃんは?」
「カナ、さん?」

首を傾げて尋ねる少年にナルトは頷く。

「んー、ながーい銀髪の超カワイイ女の子!一緒にいたんだけど......あれぇ?」

ナルトは呑気そうな顔のままきょろきょろと辺りを見渡す。そんなナルトを前にしながら、少年は思考に陥っていた。この金髪忍者と知り合いでいて、銀髪、少女。思い当たるのはもちろん一人だけだった。途端に少年の心中で焦りが生じる。

「あ、あんなとこに!」

ナルトが指を差したのは木の上だ。結構な高さ......少年は目を細める。確かにそこには幹にもたれかかっている人影が見え、風に揺らされる銀色が目に入った。

「眠ってんのかな......気付かねえのかぁ?」

首を傾げているナルトは、今にも大声で叫んで呼んでしまいそうだ。その前に、少年は声をかけた。

「寝させておいてあげましょう。彼女も疲れてるんじゃないですか?」
「あー、それもそうだな。結構夜遅くまで木登りしてたからなー、カナちゃんも」

大して気にしていなさそうなナルトを前に、少年は安堵の息をついた。あの少女は木ノ葉の下忍たちの中でも、あの時特別長く接してしまった人物だ。もしここで自分の正体がバレたらコトになってしまう。
それにできればもう、あの心に入ってくるような笑顔を見たくなかった。



包む風が優しく、気持ち良い。
ん、と漏らした声にカナは自ら覚醒する。うっすらと瞼を上げると、チルルルと鳴く小鳥がカナの顔を覗き込んでいた。「わ、」と微妙に驚いたふうの声を上げ、それから苦笑してその小鳥の頭を撫でた。

「(ちょっとの休憩のつもりが、寝ちゃってたんだ)」

ぐっと思い切り伸びをする。変な体勢で寝ていたせいか、それとも修行をし続けていたせいか、とにかく体があちこち痛い。節々の痛みに少し顔を歪めたが、目を落とした先に首を傾げている小鳥がいて、自然と笑みがこぼれる。

「仲間の元にお帰り。みんなきっと待ってるよ」

そっと諭すと、小鳥はそれに答えるかのようにカナの周りを旋回し、どこかへ飛んでいった。
自分の言った言葉に笑ってしまう。
最近、仲間という言葉を口にするのが嬉しかった。第七班を仲間と呼べるようになったのにくすぐったいような喜びを感じている。彼らの笑顔を思い出すと暖かい気持ちに包まれるのだ。

「(大切、になってきてるんだな......)」



"それは誰かのためですか。それとも、自分のためですか?"
"んぁ?"


その時不意に、風に運ばれて何かが聴こえてきた。


"ふふっ"
"なっなぁにがおかしいんだってばよ!"


ナルトの声だ、と今度ははっきり認識する。片方の声の主はわかった、だがもう一つは知らない声。女性のような、男性のような......カナはそろりと下を覗き込む。


"君には、大切な人がいますか?"
"大切......?何が言いたいんだぁ姉ちゃん?"
"......人は、大切ななにかを守りたいと思った時に、本当に強くなれるものなんです"


少し遠いせいか、意識を向けなければ声を逃してしまいそうだ。だが、見慣れない人物の声に、言葉に、カナは吸い込まれていった。


"ん!それはオレもよく分かってるってばよ!"
"ふふ......キミは、強くなる"
"おう!"
"また、どこかで会いましょう"


「!」

カナは注意深く去っていく背中を見た。気のせいだろうか、彼女が一瞬こちらを見たような気がしたのは。
彼女はまるで何もなかったように歩いていく。やはり勘違いだったかとカナは思い直したが、彼女はそこで不意に立ち止まっていた。

「あ、それと。僕は男ですよ」


「え、うそ」とカナは口をポカンと開ける。ナルトはそれどころではなく、目が飛び出る勢いだったが。さらりと爆弾発言をかました少女改め少年は、くすりと笑ってからさっさと木々の間に消えていった。

気を取り直したカナは下にいるナルトの様子を見て苦笑するが、またもう一度少年が消えたほうを見た。

「(会ったことがあるような......)」

はっきりとしない記憶にカナはしばらく頭を捻らせたが、結局答は出なかった。
早々に諦めてきょろりと辺りを見渡す。そしてナルト以外は誰もいないことを確認してから、行動を起こした。


『風が吹いてたでしょ。お前、印なんて組んでなかったのに』

サバイバル演習で、カカシにそう言われた能力。カナはあれからずっと、未だカカシにも打ち明けていない。


チャクラ無しに、風を自在に扱うことが、感じることが、できる。
それが、鳥と共に生きていること以外に、風羽の保有する特異な能力だった。


ひゅうと風がうなり、カナは、風が巻き上がった場所に"着地"していた。
そのまま風と共にゆっくりと地面に降りていき、風はあっという間に消え去る。まるで何もなかったかのように静かに。

「(おじいちゃんは、絶対使うなって言ってたけど......でも、)」

これこそが数日前、ナルトとカナが霧忍に迫られていた時、カナが使おうか思い悩んだ能力だった。
便利なものだとカナ自身は思っている。だがこれは同時に、三代目に"滅多なことがない限り使うな"と念を押されている力でもあった。一族特有の力を見せつければそれだけ狙われやすくなる。カナにもそれだけは解っていた。

ただ、自分の不注意のためとはいえ、カカシには一度しっかり見られてしまっている。
チームメイトには打ち明けていい時が来るのだろうかと、カナはふと思ったが、不思議なほど、心には靄が残るばかりだった。

「(その時が来たら......来ることがあったら)」

ふっとナルトに目を向けたカナ。カナの悩みなど無論知るはずもないナルトは、未だ少女と見紛った少年のことを考え続けているようであった。

そのうち、カナはふと違う人影を見つける。その人物がナルトの前に仁王立ちし、容赦なく拳骨をたたき落とす瞬間まで、カナは目を逸らさずに笑って傍観していた。

「いてっ!おい、何すんだってばよ!」
「メシの時間も忘れたか、ウスラトンカチ......共」
「え、私も?」
「あっカナちゃん!起きたんだな!」
「うん。ごめんね」

意味もなくカナが謝れば、「別にいいってばよ〜」とナルトも意味もなく言う。サスケはそんなナルトに呆れたように肩を竦めてから、カナを改めて見る。その手がカナに伸びていき、銀色の髪に触れた。

「クセついてるぜ。......寝てたのか」
「ありがと......そんなとこだよ。ごめん、わざわざ呼びにきてくれたの?」
「......フン」

サスケはすぐにカナの髪から手を放し、そっぽを向いて歩いていく。その後ろ姿にナルトは「オイ、オレに一発殴らせろってばよサスケェ!」とか怒鳴っているが、サスケは一切相手にしていない。カナはくすと笑い、後ろから二人についていった。






「ナルトー、カナー?」

森の中を歩いているサクラの声が響く。その後ろにはカカシも続き、慣れていないはずの松葉杖を器用に使っていた。

「あの二人ったら、何してんのよー......サスケくんも散歩って言ったきり戻ってこないし」

不満そうにサクラは漏らす。さすがにこれだけ時間が経つと心配もするというもので、サクラとカカシは二人して捜索中だ。だが、いつもナルトたちが使っているはずの木には、傷跡が残っているだけで本人たちの姿は見えず、これだけ捜す羽目になってしまった。どこかで休憩しているのかとも思ったが、どこを見ても見当たらない。

「(まさか......上か?)」

カカシが木の傷跡をずっと辿っていった時、ちょうど一つのクナイが二人の足下に刺さった。


「へっへへへぇ」

そこには、枝の上に寝転んでいるナルトの姿。あまりにも高い位置にサクラは思わず感嘆の声をあげる。

「うそっ。ナルトがあんなに登れるようになったわけ?」
「どーだどーだァ!!オレってばこんなところまで登れるようになったってばよぉ!!」

ナルトは格好はかなりボロボロだが自慢げに。そして「よっ」と立ち上がろうと、したのだが。バランスを崩して枝の上でよろけていた。
「うぉおわっ!?」とナルトは情けない声を上げ、サクラは「うわぁっバカぁ!」カカシは「まずいっ」と焦る。しかしそれでも、ナルトの体は重力のままに下に......

落ちなかった。

「なーんちゃってー」

ナルトの足の裏は 再び枝にくっついていたのだ。今度は逆さに。

「ひっかかったひっかかった!へっへへー!」

ナルトは愉快そうにニッと笑った。まさにイタズラ小僧。ナルトの成長を感じながらカカシは苦笑する。そのカカシの隣では サクラが「びっくりするじゃないもう!」とナルトに怒鳴っている。......そのサクラから黒いものが見える気がするが気のせいということにしておきたい。

「ヒヒヒヒッ」

久々のイタズラが十分すぎるほど成功し、ナルトは実に満足そうだ。
だが、だからこそ気が抜けたのか。その瞬間、ナルトの足は今度こそ、ぽんっと枝から離れていた。

「あぁ!?」
「わーっバカァ!調子ぶっこいてるからよぉ!」

「んぎゃぁあああああ!!!」

今度ばかりは冗談ではない。ナルトは大声で叫んだ。

その時、タタタタタ!と木の幹を爽快に走る足音。ナルトがいる木に素早く登ってきたサスケの手が伸び、結果、ナルトの足首を掴んでいた。

「このウスラトンカチが」
「んぁ......さ、サスケぇ!?」

とにもかくにもこれで一応 助かったわけである。ナルトはほっと一息ついて心中で安堵した。のだが、「キャーッさっすがサスケくんっしびれるぅ!」とサクラの黄色い声援が聴こえてきた時、ナルトは安堵以上にムッとしていた。

「こんのっ。サスケェ!放しやがれ!!」
「てめっ暴れんな!」
「はーぁなーぁせーーーぇ!!!」

急にじたばたと動き始めるナルトにサスケは一層 手に力をこめる。ただでさえ人一人分ぶらさげておくのはキツイというのに、暴れられたら尚更重い───そうして思わず手の力ばかりに集中してしまったからかもしれない。
サスケの足も枝から離れていた。

「ナッナルトのバカぁ!今度こそおしまいよぉ!!」
「くそっ体が!」

「うぉおおっ落ちるぅーー!!」
「てめェのせいだろ!」

ナルトは喚き、サスケは舌打ちし、数秒後にくるだろう衝撃にそれぞれ備えた。

しかし、そんな彼らを上から視界に映す者は。木の幹を上から駆け下がっていき、近づいていく。木を伝う足のスピードを上げることに専念し、そのうちに素早く印を組んでいた。

「風遁 風波(かざなみ)」

発動と同時に風が巻き起こる。風は唸り、一度 術者の周りを一周してからナルト、サスケに向かっていった。そして風は二人が落ちる速度よりも更にずっと速く移動し、ナルトとサスケの落ちる体を止めていたのである。

「!」
「へ、ヘーキだってば......」

わけもわからず地面を眺めている彼らを見て、術者であるカナは枝に降り立ち、ほっと息をついた。

「間に合ったー」

カナの呟きを聞き、サクラはぱぁっと顔を輝かせる。「カナっ!すっごーい!!」と、そんなサクラの声援にカナは緩い笑みを零す。疲れているからか、力が入りにくい。そんなカナの様子を見て「お前も落ちるなよー」と緩い忠告するカカシに、カナは笑って「はーい」と返事した。

「カナちゃーんっありがとーだってばよー!」
「バカ、お前のせいだウスラトンカチ!」
「痛って!!殴んな!」

やはりいつも喧嘩ばかりの二人に、他三人は顔を見合わせて笑うのだった。


 
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