第二十話 揺るぎなき心


夜。すっかり日が暮れた頃、修行をしていた下忍達もタズナの家に戻り、ツナミの手作りの夕食を貰っていた。大人数でテーブルを囲う騒がしい場に、タズナが豪快に笑う。

「いやあ、超楽しいわい!こんなに大勢で食事をするのは久しぶりじゃ!」

タズナの言葉に笑う者も数名。その中の一人であるカナはもまた、独りじゃないという空間に顔が綻んでいた。
......だが、そんな和やかな雰囲気を発している者だけじゃないのも事実。カナは不意にタズナからサスケとナルトへと視線を移した。この二人の、あまりの"上品とはとても言えない"食べ方には、苦笑いしかできない。

「もう......どう思う?カナ」
「うーん、吐きそう。こっちがね」

カナがサクラに応えたその途端、サスケとナルトは二人して「おかわり!」と皿を持ち上げる。まだ食べるのかと驚いて見ていたら、途端に「うっ」と呻いた二人に誰もが身を引いた。

「「うぇえええ......」 」
「ちょ、ちょっと二人とも、汚い!」
「吐くんだったら食べるのやめたらいいでしょ!」

カナも直球に言い、サクラも珍しくサスケにも注意をする。だが変な方向に火がついてしまった二人は口を拭い、「いや、食う!」「我慢してでも食わなきゃ、強くなんねーんだから!」と意気込んでいた。説得力があるようでない返事にカナとサクラは顔を見合わせて肩をすくめるばかりだ。
カカシは少し離れた席でうんうんと頷いていた。

「(けど吐くのは違うぞー)」

と思いながら。



夕食を終え、壁際でじっととある額縁を見つめ、唐突に尋ねたのはサクラだった。

「あの〜。何で破れた写真なんか飾ってるんですか?」

額に入っているのは写真だ。写っているのはタズナ、ツナミ、それにイナリだが、右上の部分はちぎられていて誰がいるのか分からない。

「イナリくん、食事中ずっとこれを見てたけど、なんか写ってた誰かを意図的に破ったって感じ......」

サクラは自分では気付かずに核心めいたことを言い、うつむいていたイナリの体が少し揺らぐ。
サクラはこの家の家族に振り向き、ナルトたちも目を向ける。席を立っていたツナミも聞いていたのだろう、湯のみを机に置き、一呼吸置いてから言った。

「夫よ」

七班が怪訝気に眉をひそめた後、タズナも続いて言う。

「かつて......"町の英雄"と呼ばれた男じゃ」

途端、がたりと物音がたった。イナリが急に椅子を引いて立ち上がった音だった。
お茶も飲み終わっていないのに、帽子で顔を隠しながら扉のほうへ向かっていく。「イナリ、どこ行くの!」とツナミが焦って呼ぶが、それでもイナリは扉の向こうへ消えてしまった。バタン、とだけ音をたてて。

「イナリ!......父さん!イナリの前ではあの人の話はしないでっていつも......もう!」

それだけ怒鳴ってから、ツナミもイナリを追って部屋を出て行った。

暫しの沈黙が居間に広がる。もしかして自分のせいかと思いながら、サクラが「イナリくん、どうしたっていうの......?」と話をおずおず切り出す。「何かワケありのようですね」とカカシも続ければ、タズナはゆっくりと口を開いた。

「.......イナリには、血の繋がらない父親がいた。超仲がよく、本当の親子のようじゃった。あの頃のイナリは本当によく笑う子じゃった......」

カナは写真の中のイナリを見上げる。確かに、まるで今のあの少年とは別人のように見える。誰かに頭を撫でられながら幸せそうに笑っている写真の中のイナリ、だが、今のイナリは。
カナは夕食中もイナリの笑顔を見れなかった。

「しかし、イナリは変わってしまったんじゃ。父親のあの事件以来」

タズナの目から透明なものが流れ落ちる。机に一滴二滴と滴り、ナルトたちもそれに気付いた。タズナはその大きな体で震えながら泣いていた。

「この島の人間、そしてイナリから、"勇気"という言葉は永遠に奪い取られたんじゃ!あの日、あの事件をきっかけに......」
「あの事件?イナリくんに一体何があったんです?」

タズナは丸眼鏡を取り、目に浮かぶ涙を手で拭き取った。タズナの頭には、実に気持ちよく笑う男が浮かんでいた。

「その事件を説明するにはまず、この国で英雄と呼ばれた男のことから話さにゃならんだろう......」
「英雄......?」

タズナの言葉にカナは反応していた。森の中でイナリと話していた内容を思い出す。
タズナはゆっくりと話しだした。

イナリと男の出会い。それからの二人の過去。"男なら後悔しない道を選べ"、そう説いた男はまるでイナリの父親のようであり、そしてその姿勢がやがて波の国のヒーローと呼ばれるようになったという。
男の名はカイザ。カイザは正式にイナリの家族となり、イナリの誇れる父親となった。

しかしガトーが現れたのは、そんな時だった。


「一体、なにがあったの?」

サクラが話の合間に遠慮がちにタズナに問う。タズナは再び震えだし、胸に湧き上がる想いを声にこめて応えた。

「カイザはみなの前で、ガトーに公開処刑にされたんじゃ......!」

ガトーコーポレーションの政策にテロを行って国の秩序を乱した、などという有りもしないでっち上げた理由をつきつけられて。
誰もが息を飲み、何も言えなくなった。

「それ以来、イナリは変わってしまった......そしてツナミも、町民も」

沈黙の中で、カナは机の下で強く自分の服を握る。自分の手の平が汗で滲んでいるのを感じた。

目の前で......大切な人が殺される。殺されて、いく。その痛みを知っている。あの胸の一部がもぎとられていくような感覚は、一度 経験したら忘れることなどできない。
イナリは、それを幼いながら、戦いとは無縁だったというのに、経験してしまった。言いしれない怒りをガトーに向けるには十分な理由だった。


ガタン__!


唐突にナルトが椅子から立ち上がる。だが一歩と踏み出すことができぬうちに、足がもつれて床に転がった。
「何やってんのよ、ナルト......」とサクラが声をかけるが、ナルトは振り向きもしない。また立ち上がろうと足を起こす。それを見てカカシがやんわりと忠告した。

「修行なら今日はもうやめとけ。チャクラの練り過ぎだ。これ以上動くと、死ぬぞ」

背でその言葉を受け止めるナルトは、しかし修行の疲れからくるふらつきを必死に隠し、扉に向かっていた。

「証明してやる......」

ナルトは吐き捨てるようにいった。それはそれほど大きな声ではなかったが、全員の耳が捉えるには十分に響いた。

「このオレが......この世にヒーローがいるってことを、証明してやる!!」

強い意志を背負う"英雄"は、強い足取りで扉の向こうに消えていった。





その夜、午前二時を過ぎた頃。月明かりだけが照らす闇の中、銀色が風にゆらゆらと靡いていた。

「(バレてない......かな)」

心中で呟いて、そっと玄関から抜け出すカナ。音もなくタズナの家の前に出て、そっと扉を閉め、目の前に広がる闇を真っ直ぐ見る。
目指すは、修行場所。
焦燥感からか、こんな時間に目が覚めたのだ。それからは寝ようにも寝れず、どうせならと思わず外に出てしまった。

カナは玄関を振り返る。どこも灯りがついていない家屋は完全に寝静まっている。タズナやツナミ、イナリはもちろん、サスケやサクラにはバレてないと考えてもいいだろう......恐らく。ただ唯一怖いのがカカシだ。とりあえず、一応 物音は一切たてなかったが。

「大丈夫、だよね」
「何が?」

だが、その途端に飛び上がる。ギクッとなったカナはそろりと振り返った。
案の定、他の誰がいようはずもない。カカシはにこにこと笑ってカナに詰め寄っている。カナは思わず意気消沈してしまった。

「先生ってなんでもない顔して人を驚かすの、好きですよね......」
「あれ、カナの反応がだんだん薄くなってきてるねえ」

先生悲しいな〜と冗談を言っている今のカカシはまるで上忍には見えないのに。この表情の裏に完璧な忍の顔が眠っているのだから怖い。

「やっぱりバレてましたか......」
「そりゃあね。眠る時も常に警戒を怠るべからず。特に任務中はね」
「......なんだか今日は、みんなに隠れて特別授業を受けてる気分です」
「そりゃ結構。で、どこに行くつもりなの?」

話を逸らそうとしたのにうまくはいかないらしい。すぐに核心をついてきたカカシにカナは一瞬言葉に詰まる。「言ったら行かせてもらえるんですか?」とおずおず言うと、「それは返答次第だ」と先ほどとは打って変わって真剣な顔をしているカカシ。カナはさすがに観念した。

「修行場所へ......です」

その返答は予想していたのだろう。カカシは肩をすくめる。

「ナルトに言った言葉は聞いただろ。チャクラの練り過ぎ、それはお前も同じだ。死んでも良いのか」
「それでも!」

思わず上ずった声を出してしまい、カナは一度自制した。カカシは黙ってカナを見下ろして言葉を待っている。カナは修行の時、ずっと心に溜めていた思いをカカシに吐き出した。

「......それでも、私はまだまだ弱い。まだまだ強くならなくちゃいけない。ううん、強くなりたいんです」

仲間を失いたくない。もう二度と同じ惨劇は見たくない。大切な人が死んでいく、その無惨な光景を、他の誰かに味わわせたくない───それは、イナリの過去を知ってから、尚の事強くカナに思わせたことだった。

カナは真っ直ぐにカカシを見上げていた。眉を寄せてカカシを見据える目は強かった。本気の目だと、カカシは思う。恐らく何を言っても聞かないだろう。
素直で従順な子かと思っていたが、そうでもないらしい。

「そこまで言うならいいけど......」
「え!?」
「無茶は禁物。疲れたと思ったらきちんと睡眠をとれ。じゃないと本気で死にかねない」
「は......はい!」
「それと、行くならナルトと同じ場所だ。ただしお前は女の子だからな、夜道は気をつけろよ」

言った途端、カナの顔は夜闇の中でも光りそうなほどの笑顔を零した。
苦笑したカカシは、もうクセになってしまったかのようにカナを撫で、それからその背を押してやる。ありがとうございます、と律儀に言った銀色はすぐに走り出していた。


 
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