第十九話 修行開始


イナリの姿が視界から消えていく。カナはそれをずっと見続けた後、「さてと」と心中呟きくるりと方向転換をした。しかし、直後だった。

「わっ」
「ちゃんと前は見ろよー、カナ」

何にぶつかったと思えば、聴き慣れた声が上から降ってきた。予想以上に強くぶつかってひりひりする鼻の頭を撫でながらカナは少し視線を上げる。そこにいたのは無論、神出鬼没が代名詞の担当上忍・カカシである。
「カカシ先生......」とカナはどこか溜め息をつきたそうに呟いた。

「びっくりしたじゃないですか」
「いやいや、忍たる者いかなる時も常に周りに気を張っておけー。少しの油断が命取りだ」
「......もう重々過ぎるほど承知してます」

ぽんぽんとカナを撫でるカカシ。小さい子をあやすようなやり方にカナは不満そうに顔を上げる。カカシは片眉を下げて微笑んだ。

「体は平気か」
「あ......はい、もう全然。って、そういう先生こそどうしたんですか!?松葉杖!」
「ああ、コレ。......ま!写輪眼の使い過ぎってとこだな」

ふと目線を下げた時見えた見慣れないものに、カナが珍しく声を荒げて言うが、カカシは全く動じず。"写輪眼"の単語にカナも息を詰まらせた。戦闘時の記憶が甦る。今はカカシ自身の額当てに隠されているが、その下にはあるはずのないものがあったこと。
「カカシ先生、それ」とカナは迷わず訊こうとしたが、

「カナ、面をつけた少年のことは知ってるか?」

というカカシの意図的な言葉によって遮られた。その瞳に有無を言わせぬような光がある気がし、カナはどもりながらもハイと答える。

「一度目を覚ました時、私は木の上にいました。それで、そこで彼に会って」
「何か話したか」
「......いえ、そんな報告するようなことは特に......ごめんなさい。私があの人を敵視していなかったから、厄介なことに」

カカシは目を細めてカナを見た。カナは謝罪の言葉を吐きながら項垂れている。共に過ごした時間がそれほど長いわけではないが、カカシは既に感じていた。カナは人を警戒するのは得意ではないと。

「ま!とりあえずお前が無事で良かった。ケガはしてないんだろ?」
「はい......少し鳩尾が痛むくらいです。それももう、和らいできているし」
「そりゃ良かった。それじゃお前も修行に入るとするか」

松葉杖をこつりとついてカカシが言えば、カナはぱっと顔を上げ、カカシの瞳を真っ直ぐ見ながらこくりと強く頷いた。
いつまでも休養をとっているわけにはいかない、強くならないといけない。そんな思いが直球で伝わってきてカカシは薄く笑う。そしてナルトたちを指差した。

「見たら分かるだろうが、修行とは"木登り"だ」
「......ですよね」

カナはカカシの指が指す方向を追い、そう呟いた。先ほどからちらちらと伺っていたが、どう足掻いても木を登っているだけにしか見えない。といっても、同時に、どう足掻いても普通の木登りにも見えないのだが。

「簡単に言うとだな、この修行の目的は"チャクラコントロール"だ。手を使わずに登ってるだろ?あれは足の裏にチャクラを集中させ、木の幹に吸着させることでできる」

そう言うと、カカシは慣れないはずの松葉杖をうまく扱いながら、一番近くにあった木の前へと立った。カナが何をするのかと見ていれば、カカシの足は木に"付き"、どんどんと歩いて行くではないか。もちろん、垂直に。
カナは感嘆の声もあげられない。カカシはそんなカナの前にクナイを放った。

「お前はまだオレみたいには歩けないだろうから、まずはアイツらみたいに助走をつけて登ってみろ。もし木と足が離れそうになったら、そこにクナイで印をつける。そして徐々にその上を目指していく、と......ま!こんな感じだな。とりあえず、やってみろ」

カカシの説明を受けながら カナは地面に刺さったクナイを抜いた。クナイから湿った土がぱらぱらと落ちる。だがカナの行動はそれだけで、走り出そうとは一向にしない。
再び 地面に降り立ったカカシがその様子に「どうした?」と声をかける。するとカナは少し遠慮気味にカカシを見た。

「その......えっと、みんなのところに行っても良い......ですか?」

拍子抜けするその言葉に、カカシは優しく笑った。他の三人よりは大人らしい一面を持つ少女の中に、子供らしさの一片を見た気がした。
「......なんだかな」と言ったカカシにカナは首を傾げている。

「先生、ちょっと安心したよ、カナ」
「え?」
「いや、なんでもない。もちろん行ってきていーよ。あいつらと一緒にいたほうが闘争心もあって、修行に励むことができるでしょ」

カカシがまたカナの髪を弄びながら言えば、カナの顔はぱっと明るくなった。「はい!」と、意気揚々と返事をして、クナイを手に班員のところへと駆けて行く。
カカシはそれを見送ってから、密かに思った。

カカシは直に目にしたことのない、噂でしか聞いたことのない、カナの一族の末路。その惨事が今のカナの性格を形成したといっても過言ではなかろうが、それでも、まだ押し殺せ切れていない部分が垣間見えた。そしてもしかしたらそれは、第七班に所属することが切欠だったのかもしれない───

そうであったならばいい、と。



カナの瞳は真っ直ぐ 自らの仲間達を写し取っていた。「みんな!」と走りながらカナが叫べば、三人は反応してカナに目をやる。三人は三人とも目を見開き驚いていた。

「カナ!?」
「カナ!」
「カナちゃん!?って痛ッてェ!!」

サスケは登っていた途中だったのでくるりと上手く地に降り、へばっていたサクラはばっと身を起こし、ナルトはサスケのように上手くいかず頭から落ちていた。
相当な高さだったのでその衝撃はどすりとまで音をたてる。カナはその様子に一瞬止まって「あ......」と冷や汗を流したが、すぐに立ち直って「久しぶり......でもないか」と苦笑しながら言う。

「ってて......もう大丈夫なのか、カナちゃん!」
「うん。私は大丈夫、だけど......むしろ今のナルトの頭のほうが心配だよ。すっごい音したけど、大丈夫?」
「ダメダメ、コイツの頭は元からぜんっぜんダメよ!」
「って、酷いってばようサクラちゃ〜ん......」

何故か違う意味でとってナルトを何気に貶すサクラに、ナルトは頭を抑えながら涙した。来て早々、いつもの光景にカナは笑う......が、不意に髪をぐいっと引っ張られ、「いたっ」と呻きながら振り向いた。
この班でこのようにカナに無遠慮な行動を起こすのは、幼なじみしかいない。

「い、痛いんだけど」
「......お前、もう体は平気なのか?ぶっ倒れてたくせに」
「あはは......その節はご迷惑をおかけしました。でもありがとう、もう大丈夫だよ」

照れくさそうにカナが笑うと、サスケはすぐにそっぽを向いて「フン」と一言、歩き出す。その後ろ姿が気になったが、追いかける前にサクラに呼び止められ、結局追わずじまい。

カナはそれから、もう木登りは余裕であるサクラに少し手ほどきを受け、自分なりの修行法を見つけ出すに至ったのだった。



「(ったく、心配かけさせやがって......)」

サスケは手にあるクナイをくるくると回しながら思った。今 頭の中を占拠している姿は言わずと知れたこと。あからさまに口には出さずとも、サスケはカナの安否をずっと気がかりに思っていたのだ。
だが当の本人はといえば、嘘のようにあっという間に回復し、既に平常通りである。喜ばしいことだがなんとなく憎いと思ってしまう心が否めなかった。

サスケは一回深く深呼吸をしてから、視界の中央にそびえている巨大な木を目に据えた。修行、という二文字が脳内を駆け巡る。

「(敵であったとしても......あの時、あのスカした野郎がいなかったら、カナは確実に水に呑まれて死んでいた。オレは、アイツを守れていない)」

サスケはクナイを強く握った。強くなる、その理由がその脳裏に渦巻いた。
第一にはどうしようもなく、憎悪のために。だがその次にも確かに存在するのが、ずっと隣を歩いて来た存在のため。

サスケはしっかりと足を踏み出し、再び修行に専念しだした。


 
|小説トップ |


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -