第十六話 白い少年


冷たい風が吹き荒れ続ける。カナを中心とする台風のようなそれは、周辺の霧をほぼ薙ぎ払っていた。
視界が広くなり、カカシたちからの位置でも再不斬の姿は確認できたが、今は再不斬を倒すことよりもカナだ。カナの叫び声が遠い。しかし遠くとも感じるカナの感情。いつも穏やかな空気をまとっている彼女が、荒れている。

「どうなってんだってばよ、カナちゃんは!」
「そうよ、先生......!なんなのこの風!?カナはどうなっちゃうの!?」

状況がつかめない。焦っているサクラはカカシに勢い込んで聞いていた。恐らく、頭のどこかで答が返ってはこないだろうと感じながら。カカシもやはり困惑の表情をしている。状況が分からないのはカカシも同じなのだ。

「なんだお前ら。知らねえのか、同じ木ノ葉にいるくせに」

再不斬。
ハッとした下忍達は一斉にクナイを手にし、カカシは写輪眼に鋭い光を帯びさせる。再不斬の表情は実に楽しそうに見えた。何のことだ、とカカシは再不斬に負けず劣らず低く言う。すると再不斬はカナのほうをちらりと見やって言った。

「あのガキ......"風羽"、だろ?」

再不斬が知っているはずのない情報に、七班全員が目を見開く。

「なぜカナの名を!」
「なぜ?んなもんオレも覚えてねェな。勝手に耳に入ってきたんだからよ。"鳥使い"、そして"風使い"風羽ってな。今は火影のところにいるんだろ?そういう話を聞いたぜ」

むしろ木ノ葉である自分のほうが知らない情報にカカシは目を細める。
どちらも聞いたことがない二つ名だった。元々 木ノ葉全体の巻物を漁っても、"風羽"の一族の情報は異様に少ない。風羽の情報など一介の忍者が知れることではなく、"風羽"が住む森に入れたのは五影たち、それも許可をもらわなければ入れなかったとまでカカシは聞いている。

「フン、その顔。どうやら本当に知らねェようだな。まあ、ああいうふうに暴走するなんてことは、オレも聞いたことがないが」

カナの周りをとりまく風はずっと大きく唸っているままだ。再不斬はそれを目にまた言う。

「だが風羽は既に滅ぼされているはず......その一族の一人がいて、木ノ葉に引き取られてるとくりゃ、そいつの正体はもう分かる」

ナルトとサクラは最初から最後まで困惑を表情に表している。二人はカナの一族のことも何も知らないためだ。対して、サスケとカカシは眉をひそめ、再不斬のその先のセリフを待った。

「あれは生き残り......"神人"だろ?」
「(神、人......?)」

カカシはすぐさま記憶を辿る。だが 自分が七班の説明を受けた時、三代目はそんな言葉は出さなかったはずだ。班を受け持つ自分さえ聞いたことがない。しかし再不斬が嘘を吐いている様子は見られないし、そんな嘘をついたとしてヤツに何の得があるというのだ。
何かが、おかしい。
サスケ、とカカシは隣にいるカナの幼なじみに声をかけた。

「なんだよ」
「"神人"という言葉は?」
「......知らねェな」

腑に落ちない、という顔をしているサスケ。カカシは視線を再不斬に戻した。三代目の次に近しい者であるだろう、幼なじみすら知らない。何であったとしても、何故 一つもつながりがない再不斬が知っているというのだ。

「......どうやら話は通じねェようだな」

再不斬が言う。

「あの風はどうも危険だが、別にオレを狙ってるわけでもねェらしいしな。あのガキはほっとくか」

「(ラッキーだ......."神人"。鍛え上げたらいい駒になるだろうな)」と再不斬が心中でほくそ笑んだ、ちょうどその時だった。


カナの周りを渦巻く風の全てが、やんだ。あまりにあっけなく。
その場にいる全員が目を見開く。銀色の風はゆっくりと消えゆき、中心が、カナが見えてきていた。

「(近づける!)」

そう思ったサスケの行動は速かった。誰よりも真っ先に走り出して、全員がカナのもつ銀髪を目にしたときには、サスケはその場でカナを抱きかかえていた。

「カナ!」
「カナちゃん!」

サクラとナルトも続いて駆けて行く。カナを腕にするサスケは、そんな二人にも見えるようにし、自分もカナの表情を見やった。

「安心しろ......気を失ってるだけだ」
「......そっか」
「良かった......」

カナの表情は先ほどの悲痛な声が嘘だったかのように安らかといえた。寝ているのか気絶しているのか知らないが、苦しいわけではなさそうだ。服のほうは随分と汚れているが カナの体自体に外傷はない。安心したサスケは顔の筋肉を緩めたと同時に、考えを巡らせた。

"神人"だの"風使い"だの、先ほどの話では本当についていけなかった。これだけ共にいた時間が長かったというのに何も知らなかった。

「(何かワケありなのか......?)」

サスケは思うが、今は勝手に想像していてもしょうがないと思い直す。
サスケは他の二人よりも先に顔を上げ、目の前の状況を見た。

「......ナルト、サクラ」
「?」
「落ち着いてる場合じゃないぜ。どうやらまた、始まりだ......!」

三人の視界には、再び濃い霧は渦巻いていた。




───主......めよ......

どこからか、声が聴こえる。耳に直接響いてくるようで距離も位置も掴めない。

───ふたたび......れ......もに

その上断片的にしか聞き取れず、意味がわからない。


「あなたは、だれ......?」


空間に自分の声だけが響く。感覚がうまく掴みとれない。ただ孤独な感じだけがする。

───わ......神......を......名を......い......


「聴こえないよ......」


ーーーそう......念......だ......


そうして、最後のやはり聞き取れない声と共に、今まで真っ白だった空間にヒビが割れていった。世界が壊れていく。だが、不思議と怖い感じはしなかった。
戻れる。私の世界に戻れる、と、自然にそう思った。



風に揺れる、銀が見えた。
ゆらゆらと揺れるそれをぼんやりとする視線で追う。その数秒後、やっとそれがやっと自分の髪だということに気付いた。
上体を上げようとしたら、一瞬だけ胸の奥が熱くなった気がしたが、それほどは気にしなかった。ただ今 言えることは、「どこだろ、ここ......」なんて間抜けな言葉だけだ。視界に入るのは全て緑、緑、緑。どうやら今まで木の上で寝かされていたらしい。

「......再不斬と、みんなは......」

葉が茂っているせいで、きょろきょろと辺りを見渡しても他に見えるものがない。
すぐにカナは思考に陥る。一体どうして自分は寝て、いや、気絶していたのだろうか。最後の記憶は背後に迫った再不斬の殺気。気付かないうちに殴られでもしたのだろうか。それにしてはどこにも特に痛みはないけれど。

何にしても、行かなければならない、とすぐに思った。だが思った途端、背後から知らない声がかかった。

「起きたのですね」

カナはハッとする。だが、警戒するには欠けるような気がして、カナはゆっくりと振り返っていた。風が吹いている。相手の黒髪がなびいていた。お面をした、恐らく忍だと思われる者がそこにいた。
カナは暫く相手を見ていたが、ようやく「あなたは?」と聞く。すると相手から言葉が返ってくる。

「驚かないんですか?」
「え?」
「......忍であるなら、知らない人間はすぐにでも警戒するべきですよ」

声からして恐らく男性、それも少年なのだろう。カナは数秒 少年の言葉の意図が読み取れなかったが、すぐにいつもの笑みを浮かばせる。

「あなたからは、あまり嫌な感じがしなかったから。なんていうのかな......優しい感じがして。でも、そうですよね。警戒くらいしなくちゃ、忍として」

カナは一人で言って苦笑する。少年はじっと黙っていた。面のせいで表情はわからない。

「......不思議な方ですね」

聴こえた言葉にカナは首を傾げる。だが少年はそれ以上は言わなかった。まだ風が吹き、葉がざわめく。
カナはふと耳を澄ました。

どこかからキィンキィンと音が聴こえる。この音......クナイの音。
それに気づき、カナはバッと立ち上がった。

「行くんですか?」
「! ......あなたは......」

カナは改めて少年の顔、面を見た。当たり前だがその様子が変わるはずがなく、相変わらず彼から何も読み取れることはない。嫌な雰囲気は相変わらず感じられない、けれど。
近くで戦いの音がするにも関わらず、この場は異様なほどに静かだった。

「......あなたは、悪い人には思えません。けど......聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「近くの戦闘には気づいていますよね。......あの戦いに、関係してますか」

思えば不可解だ。仲間が戦闘中に気絶したとして、それを安全なところに運ぶことは考えられるが、わざわざ目の届かないところにするだろうか。
ここはどこで、何故見知らぬ人物がそばにいたのか。答は一つのような気がした。

だが、少年はそれに答えなかった。

「あなたは......不思議で、そして多分、優しい人だ」
「......?」
「僕にも分かります。あなたはとても、優しい」

相手の意図が読み取れずにカナは困惑する。相手の顔は見えないはずなのに、何故か彼が笑っているような気がした。
なのにどうしてか、緊張せずにはいられない。少年の行動の一つ一つを追わなければ気がすまない。全ての神経を少年に集中させていた。しかし、それなのにも関わらず。

気付いた時には、鳩尾に衝撃が走っていた。


「あなたをここに運んだのは、僕ですよ」


少年が面の下で語る。カナはその間にも沈んでいく。「(しまった......)」とそう思っても、もう意識が半分なくなっていた。ごめんなさいと少年の声が最後に、カナは完全に気を失った。


どさりと自分の腕に倒れ込む銀色を少年は見ていた。後から追いかけるようにその銀髪も落ちていく。

「あなたは、優しいのでしょう......きっと優しすぎるほどに」

少女、カナの体は軽いものだった。整ったその顔を見て少年は目を細める。

「あなたのその優しさは、いつか誰かにつけ込まれてしまう。......今のように。気をつけたほうが良い」

少女の耳には届かないことを知りつつも、少年は呟かずにはいられなかった。


 
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