第九十八話 強き想い


時間が恐ろしいほど早く過ぎていく。

サスケが里を抜けて。ナルト、シカマル、チョウジ、キバ、ネジがそれを追い。カカシがそれに続き、そしてその後、カナが里を飛び出した。
現在はチョウジとネジ、キバ、シカマルが戦闘を終え、ナルトが一人でサスケと対峙している。そのことを知るすべもないカナがひしひしと感じるのは、急がねばならないということだった。

カナは紫珀の背に乗っていた。
風でチャクラを感じるカナが道案内に回り、紫珀はそれに従ってただ黙々とスピードを上げていた。風がうなり、木々を抜けて行く。カナはその先をじっと見つめていた。

紫珀はその主人の温もりを背に感じていた。暖かすぎるほどの、温もりを。



ーーー初めはアイツだけで構わなかった。
アイツはいつだって隣で笑ってくれていたし、孤独の痛みを分かち合えるヤツはただアイツだけだった。柔らかい笑顔はいつもオレを救っていた。たまには不満に思うこともあったが、それでもアイツとの距離は、心地のいいものだった。

けど、新たな温もりを知ってしまった。アイツと二人でいた時間と違ってその温もりはいつだって騒がしかった。うざったい、最初こそ、そうとしか思わなかった。けど、それが当たり前になった頃には、また心地よくなっていた。

それが駄目だった。それが甘えだった。
オレの目的はなんだ?オレの生きてきた意味はなんだ?何の為にオレは"あそこ"で生き延びた?
復讐を果たす為には、あの男への憎しみのみを求めなければならなかった。そのはずだったのに、オレは。

そのことに気付いたオレはもう、立ち止まるわけにはいかない。

ナルトとの、サクラとの、カカシとのつながりもーーーカナとの、今までは切っても切れそうのなかった糸も、全て、切ってみせる。

復讐の為に。力の為に。

これからはもう、カナの温もりに寄り添っていくわけにはいかないんだ。



「いい加減に目ェ覚めたかよ、コラァ!!」

ーーそう怒鳴ったのはナルトだった。崖に叩き付けられたサスケは、半目でその表情を捉える。

「まだ覚めねってんなら、本当にバキバキにして、動けねェようにして連れてくぞサスケェ!!」

信じられないほど驚異的な力を見せつけて、ナルトはサスケを圧倒していた。だが、それでも写輪眼を覗かせたサスケは、「うるっせんだよ......」と低い声で唸る。

「親も兄弟もいねェてめェに、オレの何が分かるってんだよ......初めから独りっきりだったてめェに!!オレの何が分かるってんだ、あァ!?」

ナルトがびくりと体を震わせる。

「つながりがあるからこそ苦しいんだ!!それ失うことがどんなもんか、お前なんかに分かるか!!」

押さえつけられていた体を起こし、ナルトを抑えて宙に跳ぶサスケ。川へと落とされて行くナルトのホルスターが不意に開き、煙玉やら光玉やらが爆発する。
空中で離れた二人はそれぞれ、距離を保って水上の木片に立った。水面は暫く静かに揺れていて、ナルトはそれをじっと見つめていた。

「......ホントの、親子や兄弟なんて......確かにオレには分かんねェ。......だけど、イルカ先生と一緒にいる時、想像して、思うんだ」

先ほどのような荒々しさはない。

「父ちゃんってのがいるのって、こんな感じかなって......」
「......」
「......お前といる時」

そうしてぱっと顔を上げたナルトは、無理をした苦々しい笑顔をサスケに向けた。
ーーー喧嘩ばっかで、何をするにも張り合って、カッとした時にはすぐ殴り合って......でもたまには一緒に修行したり、下らないことを話したりもして。
ナルトとサスケはいつでも互いを意識し合うライバルだったと同時に、


「兄弟って......こんな感じかなぁってよ......」


水面にできる波紋。それを見つめて、サスケは木片の上で俯いた。淡い悲痛が確かに滲んでいた。「何でだナルト...」とサスケの口から小さく漏れる。ナルトの言ったことが脳内に巡り、サスケを揺らしている。

「何でそこまでしてオレなんかに...!」
「オレにとっちゃ、やっとできたつながりなんだ」
「...!」
「だからオレは......お前を止めるんだってばよ」

二人の心の片隅に残る、共通の小さな思い出があった。
夕焼けに染まった桟橋。そこに座っていたサスケと、河原の上の道を歩いていたナルト。互いに目が合って、気まずくて、互いに目を逸らした。
けれど、その後 互いに互いの笑みを見つけて、そしてまた小さく笑みを零してーー。

「......遅ェんだよナルト。もう、遅ェんだよ。オレは後には戻れない......」

吐き捨てたサスケは、ポケットから取り出した木ノ葉の額当てを握る。ぎゅっと額当てを締めたサスケは、写輪眼でナルトを睨みつけた。

「来い、ナルト......だったらそのつながりを、オレは断ち切るまでだ」

風が吹く。二人の髪を揺らした。ナルトは静かに目を閉じた。

「断ち切る、か。......だったら何で今更 額当てなんか」
「認めてやるよ。お前は強い」
「!!」
「何故なら......お前もオレと同じ、孤独の痛みを知る者だ。そしてその痛みが人を強くする......だからこそそのつながりを断つことで、オレは更なる強さを手に入れる」

サスケは拳をつくり、力を強めた。今サスケが何よりも求めているのは、温もりでも幸せでもなく、復讐を果たすための力。

「今からは対等に戦ってやる。だが、お前はオレの額に傷一つつけることすら出来やしない、そのことに変わりはないがな」

サスケはびっと自らの額当てを指差して皮肉っぽく笑う。ナルトはそれを見て、「もう、何を言っても無駄みたいだな...」と俯いた。ーーーだが、後もう一つだけは。

「最後に......一つだけ答えろ、サスケ」

ナルトは言う。その瞼の裏に思い描いたのは、あの少女のことだった。
いつだってサスケのそばにいて、温かな笑顔で笑っていた彼女のこと。彼女は果たしてこの事態を知っているのだろうかーーー仲間を誰よりも大切にしていた、あの少女は。
すっと目を開けたナルトは、黙りこくっているサスケを睨みつけた。

「カナちゃんには、話したのか」
「......」
「カナちゃんは、どうするつもりなんだってばよ」

サスケは動揺一つ表情に表さなかった。冷徹ともとれる赤い瞳は強ばったように一切揺るがない。
カナがサスケのそばにいたということは、サスケがカナのそばにいたということなのに。

「何のことだ」

サスケは一言、そう返した。ナルトは思わず目を見開く。それから歯を食いしばった。

「とぼけんじゃねってばよ......オレだって知ってんだ、お前がカナちゃんをどのくらい大切に思ってるかってことくらい......!」
「......だからどうした」
「カナちゃんを、放っていけんのかよ!!」

二人に共通した記憶。桟橋に腰掛けていたサスケと、道を歩いていたナルト。けれどそこにいたのは二人だけじゃなかった。その時だって、いつだって、カナはサスケのそばにいたのだ。
カナは素直になれないナルトとサスケを見て、くすくすと笑っていた。サスケは恥ずかしそうにカナを小突いていたが、それでもその存在を受け入れていた。......はずなのに。

「......フン。思ってもみなかったぜ」
「...!?」
「まさかお前の口からそんな言葉が出るなんてな。カナが好きなんじゃなかったのか?いつもまとわりついてたクセによ」

馬鹿にするようにサスケは言う。口元には小さな笑みすら浮かんでいる。
そのサスケの言葉を受けて、しかしナルトは緩く首を振る。確かにナルトはカナが好きだったし、その笑顔を見るのが好きだった。だが、それは決してサクラに向けているものでは、......

「違うんだってばよ」
「......何が、どう違うっつーんだ」
「オレがカナちゃんに見てて感じたのは......お前がカナちゃんに持ってる感情とは、違う。......オレは、カナちゃんを」

ナルトは顔を上げた。
脳内では相変わらずカナが笑っていた。
全てを包み込む、温かな微笑み。カナは昔からそうだった。
カナが初めてナルトに話しかけた時も、今と何ら変わらない。夕暮れ空の下、独りで砂場に座っていたナルトに手をさしだしたカナ。その無邪気な笑みにも、ナルトは昔から、感じていたのだ。


「まるで......姉ちゃんみたいに思ってたんだってばよ」


ナルトがカナに向ける眼差しは、サクラへ向けるそれとは違った。サスケに対する感情と似ているものだった。ナルトはカナを慕っていた。憧れでもあった。カナがそばにいるだけで、ナルトは不思議と安心していた。

「......けど、お前は違うだろ。カナちゃんのことがすっげェ好きなはずだ」
「......黙れ」
「誤摩化すなってばよ。カナちゃんだって同じだ、お前のことがすっげェ好きなはずだ。だからそばにいたんだろ!!」
「黙れ!!!」

恐ろしい剣幕で、サスケはナルトの言葉を遮る。ナルトは思わず口を噤んでいた。

サスケの脳裏にもまたカナの微笑みがあった。またそれだけではなく、サスケがこれまで見てきたカナの表情の一つ一つがあった。
だがサスケはもう決めたのだ。ーーー断ち切ると、そう決めた。

「......お喋りはもう終わりだ。カナも今は関係無い。これからは、戦いあるのみ!」

胸に残る想いを振り払うように、サスケは写輪眼に力を込めた。



ざわりと葉が揺れた後に、紫色の羽根が舞っていく。電光石火の如く速い紫珀はただ一直線にカナの指示のまま進んでいた。景色が次から次へとあっという間に変わっていく。
もうすぐ火の国の国境。間違いなくこの方向は、音隠れ。

紫珀の上で、カナはじっと耐えていた。襲い来る恐怖、絶望。それらに押しつぶされるわけにはいかないと、カナは拳を握って耐えていた。

「......ホンマに」

唐突に聴こえた相棒の声にカナはハッとする。紫珀の声はバツが悪そうだった。

「ホンマに、ええねんな。って、確認とりたいとこやねんけど......わかっとる。こんなん、無駄な問いかけやって」
「紫珀......」
「お前の決意が正しいかどうかはオレには分からんし、正直なとこ、お前を止めたいくらいや。......けど、お前の顔見たら分かる。決意変える気ィはないんやな」

紫珀の瞳は真っ直ぐ前を向いている。それでも紫珀はカナを分かっているのだろう。カナは無言で項垂れて、そうして呟いた。「うん」と、はっきり。

「......なら、しゃんと前向いとけや」

紫珀は小さな笑みを零して言った。カナを潰そうとしているものの正体を見破っているようだった。

「お前が目指すモンは、オレにはやっぱわからんモンやけど......それがお前の望みなんやったら、ちゃんと付いてったるから」

いつになく穏やかな紫珀の声に、カナは袖で目元を拭ってから、また「うん」と返していた。

「(ありがと、紫珀......)」

相棒の温もりを感じる。そして、カナは紫珀に言われた通り前を向き、二つの気配を風に感じた。
ーーサスケと、ナルト。
復讐を背負う者と火の意志を背負う者の対峙はやはり必然だったのだ。二人は本気で戦うだろう。そうして必ず決着がつく。

「(どうか、二人とも無事で...!)」


ーーーそう思った時だった。

カナは目先のチャクラにやっと気がつき、ハッとしてそちらを見ていた。

ーーーしかし、既に遅かった。カナは目が合ってしまったのだ。


地上を忍犬と共に走っている、カカシと。


「紫珀ッ!」


カカシの目が驚愕に見開かれる。カナは咄嗟に紫珀に指示を出そうとした。だがカカシのほうが一歩速い。
カカシはすぐさま紫珀の進行方向に立ちふさがっていた。

「!?」

カカシの姿を見つけてその場に止まる紫珀。緊張が張りつめられた空間に、紫珀の羽音だけが響く。
厳しい目のカカシを前に、カナはツゥッと冷や汗を流した。

「......五代目には無断で来たな、カナ」

カカシの声は重い。忍犬、パックンが半歩遅れてカカシの隣に立つ。
唇を噛み締めたカナは、無念そうに顔を歪めてから小さく、「紫珀、止まって」と囁いた。カナの表情を見た紫珀は黙って真下にあった枝に止まる。そしてカナは紫珀から降りた。

「お願いします。そこを退いて下さい、カカシ先生。先生も急いでるはずです」
「そういうわけにはいかない。お前もわかっているはずだ、狙われているのはサスケだけじゃないんだぞ。......それを承知で来たというのなら尚更......聞かせてもらおうか。一体、お前は何しにきた?」

お前には関係あらへんやろ、と言いそうになった紫珀を片手で止め、カナはカカシを見据えた。

「(...一番会いたくない人だったのに......こんなところで止まってられない)」

ーーナルトとサスケ、忍の戦いはそう長く続かない。

「他に何があるんですか?......サスケを連れ戻す以外、目的なんて」

カカシの目が細まる。カナの言葉を疑っているわけではないが、どうしてもカカシの中で嫌な予感が膨れ上がっていた。昨日のカナの様子が目に浮かび、尚更それが増していく。

「オレと一緒なら許せる。だが、紫珀に乗って一人で行くのは駄目だ」
「......! それじゃ、追いつけないかもしれない!紫珀は先生よりも速い、だから!」
「駄目だ。もしサスケが捕られた挙げ句、お前まで大蛇丸の手にかかったらどうする?お前には五代目からの召集がなかったはずだ。五代目もそうなる危険を感じていた、だからだ」
「私だって......忍です!!」
「まだ、下忍のな。とにかくそうやって意地を張るならオレはここを動くわけにはいかない。例え......サスケが行ってしまおうとも」

カカシの言い分は正しい。それでもカナとてここで退くわけにはいかなかった。それほど弱い決心をしたわけではなかったーーー捨てるには、あまりにも思いが強すぎたのだ。
「...カナ」とそう声をかけるカカシに、いつものような顔を向けられない。

目前にいる掛け替えのない大切な"つながり"を持つ人にーーー

それでも、カナは意志を捨てることなどできなかった。


「__!!」


目を見開いたのはカカシ。それを睨みすえたのは、カナ。


「どうしても、行かせてくれないというのなら......私は、力尽くでも先生の先に行く!」


変わったのは、色。


「私は、本気ですよ......先生!」
「.......カナ......!」


カナの瞳の色が、金色に侵食されていった。


驚いているパックンの横で、カカシは拳を強く握りしめていた。
金色の力が溢れカナの体に纏う銀色の風。その中心でカカシを見据えるカナの目には、確かに涙が浮かび、今 静かに零れ落ちていった。


 
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