第九十三話 ふりだし


ザザザザザ__!

森林の中を落ちていく銀色は暫し抵抗が叶わなかった。

「...ッ!」

ただギリギリ保っている意識が近づく衝突に備える準備をする。必死で受け身をとろうとした結果、かろうじて頭からの激突の回避を可能とし、カナは背中から落ちていた。「...ハアッ」とそれでも走った鈍痛に耐え、カナは上空を見上げた。

紫珀の姿は、無い。

「(失敗した......まさか爆発物だったなんて)」

熱にやられたのかヒリヒリする肌。服ももちろんボロボロで、落下する最中木々に引っかかってついた傷も少なくない。

「(紫珀は...消えちゃったかな)」

相棒の身を案じてカナは下唇を噛む。しかしもしそうだったなら、今最も危ないのは間違いなくカナだ。十中八九、相手の目的はカナなのだから。
カナは痛みを抑えて身を起こす。ふらりと立ち上がり、そして風を感じた。重度の方向音痴だが能力のおかげで砂漠の方向は分かる、つまりその反対へ走れば___!!


ーーだが、時既に遅し。


「見つけたぜ、"神人"風羽カナ」


ーー空から降ってきた声に、カナはハッと上空を見上げた。陽光の眩しさに目を細めたカナだが、青空にその色はよく映えていた。
漆黒に浮かんだ紅色の雲。金色の髪に、碧眼。

「よう。ハジメマシテ」
「......!」

その顔はカナの記憶にない。だが、その人物がどこに属しているかなどは一目で分かることだった。

「あなたが、さっきの爆発を?」
「ああそうだ。どうだった、オイラの芸術は?どうやらその様子じゃ、あの素晴らしいアートに気付けなかったようだがなァ、うん」

色のない鳥の上で胡座をかきながら話す少年_デイダラ。その名前こそ知らないがカナの警戒心は一気に高まった。......が。

「アートは一瞬の美!刹那であってこそ芸術だ!」「永久の美とか言ってらんねえぜ、うん。どうせオイラたちには永久は見れねえんだからなァ?」「〜〜〜、そうは思わねえかお前も、うん!」

......何故か語り出した目の前の少年を前に、カナはぽかんとしてしまった。しかし何にせよ少年の"アート"の話はカナの知る所ではないのは当然である。
よって数秒拍子抜けしたカナもこれを好機と思い、ーー「(瞬身の術!)」とぼわんと煙に包まれて一度デイダラの視界から消え、里に向かって走り出そうとした。


しかし。


「人の話は最後まで聞けって教えられなかったか?うん!」


無論そう簡単な話なわけもなく、デイダラは一瞬にしてカナの前に移動していた。目を見開いて留まるカナ。鳥から降りたデイダラは実に愉しそうに舌なめずりをしていた。

「(...やっぱり戦闘は避けられない...)」

一歩後ずさったカナは、強い目をして口を開いた。

「また "神鳥"が狙いですか?」
「!......へェ。イタチか鬼鮫かが口を滑らしたか?」

デイダラはそう言ってから、「ああ、それとも...」と口を濁した。うまく記憶を引き出せずに言い淀んでいる様子で、カナは不審な目でデイダラを見ている。しかし結局デイダラは「ま、いいか」と勝手に区切りをつけ、「お前の言う通りだ、うん」と口元を上げた。

「オイラたちはお前の中のものを欲してる。ああそういや、もしかしたらお前自身も...だったかな」
「......私自身も?」
「イタチがめんどくせーこと言いやがってな......"神鳥"の力を扱えつつあるお前を、そのまま仲間にしたらどうだってことだ、うん」

カナは目を見開く。昔のイタチの顔と数日前に会った顔が同時に思い浮かび、だがカナはすぐさまそれらを振り払った。"暁"に属している敵を前に余計な事を考えるべきではない。
「(けど、これって、勝てる戦いなの...?)」と白い肌につぅっと冷や汗が流れ、その表情に感づいてか、対するデイダラも好戦的な笑みを作った。

「そうそう、逃げれるわけがねェぜ、うん。人間、諦め時が肝心だよなあ?」
「......見逃してくれる気は」
「ねェに決まってんだろ、うん!!」

すぐさまデイダラが動きだし、カナは考える間もなく地を蹴って枝に飛び乗った。とにかく相手の好きにさせない為に銀色はどんどん木々を飛び移っていくが無論、デイダラがそれを逃すはずもない。

「逃げんなっつってんだろコラ!」

手には怪し気な口、そこから吐き出された造形。
カナは追ってくるデイダラを横目に、前方に迫った太い枝を注視した。それにぶち当たる寸前、カナの体は反転し、その枝を蹴って無駄な動きなく元の道へ戻る。それに一瞬反応が遅れるデイダラーーーカナは跳びながら身を翻し、デイダラへと印を組んだ。

「風遁 風鎌!!」

自分の攻撃などで"暁"が死ぬはずない、そんな確信を持っているからこそカナは全力だった。攻撃力の高い風鎌をデイダラに放つ。しかし、デイダラが目を丸めたのはほんの一秒。すぐさま余裕の笑みを貼付けたデイダラは素早く何かを投げ放っていた。

「(バッタ...!?)」

カナが眉を寄せたのもほんの一秒だった。「うん!」とデイダラがそう印を組んだ瞬間、爆発したのはその無色の造形ーーー破壊されたのはーーー風鎌。

「風を!?」

カナは息を呑んだ。些細な事では一切動じない"風鎌"が爆風に吹かれて消し飛んだのだ。枝にしゃがみこんだカナは呆然とする。

「(さっきの鳥は、体内に起爆札でも内蔵されてたのかと思ったけど......今のはさすがに)」

小さすぎる。そう思った時、デイダラが唐突に見せた自身の手の平に、カナは目を疑った。

「手に、口......!?」
「くっくっ......珍しいか?」
「......"暁"の人たちは、みんながみんな特殊な能力の持ち主なんですか?」
「うん?......そうだな。まあどいつもこいつも普通じゃねー。それだけは確かだな、うん」

「それにしても」とデイダラは手の口に粘土を食わせながら続ける。

「お前の力、こんなもんじゃねーだろ?"神鳥"の力、百パーセント引き出してみろよ」

その口から出てきた数個の虫たち。それらはまだ動き出さないが、カナは注意してその爆発物なるものを見つめる。冷や汗が頬を伝う......だが、それは相手の危険度に対してというよりは、デイダラの言に対してだった。
百パーセントを引き出す。
今のカナにとってそれとは、まず間違いなく、朱雀がカナを乗っ取った状態になることだ。それは確かにカナが望めば手に入れることができる力だろう。そして恐らく、朱雀は簡単に、相手を殺せる。

"暁"から逃れたいのならそうするのが確実だ。ーーーだが、カナにはまだその勇気がない。

「......それはまず私を追いつめてから言って下さい」


「同感だな」
「!!」

唐突に。
気配もなく現れた人影に、カナは思わず後ろに跳び退った。それほど至近距離に急に現れたのである。

「鈍すぎだ」

状況を一瞬で呑み込めなかったカナにか、その影は呆れたように言って、デイダラと同じ枝に着地した。
漆黒に赤雲。頭上の笠。「(二人目...!)」と歯を食いしばるカナに目も向けず、その者はデイダラを睨み見た。

「なにが"オイラだけで十分だ"、だ......その割には大して怪我もさせてねェじゃねェか」
「まーそう言うなって、旦那。これからが面白くなるとこなんだからよ」

溜め息をつきたそうな顔で笠をとるサソリ。それを放り、鋭い目が改めてカナを見る。
ーーその目が合った瞬間、カナが感じたのは大きな違和感だった。風で物体を感じるカナだからこそか。ちょうどその時、サソリの衣から出てきた鉄の"蠍"の尾に、カナの疑念は確信へと至った。

「......傀儡」

その呟きを耳に拾ったサソリ、デイダラは途端に眉根を寄せていた。カナはその変化を注意深く見る。もし相手が生身でないのならば、カナにとってそれは重要な事だった。

「(......)」

その時、唐突にサソリの尾が動いた。鋭く尖った尾の先が一秒と経たずカナの目前に迫るーーーだが、カナは身動き一つとらなかった。
固唾を飲んで、目の前に迫った尾の先を見つめるのみ。

「......何故逃げない?それとも、逃げる暇もなかったか」
「......あなたたちに不意打ちは、似合わないから......試されたんですよね、私」

慎重に言葉を選ぶカナを前に、サソリは口元を歪めていた。

「("神鳥"に魅入られただけで他に何の取り柄もないヤツなら、組織に入れる前に殺してやろうと思っていたが......)」

とどのつまり、カナの言った通り試したのだ。サソリは満足そうにほくそ笑んだ。

「よく気付いたな。お前の言う通り、コレは傀儡"ヒルコ"だ」
「傀儡師......本体は?」
「言うと思うか?オレ自身に攻撃を当てるつもりなら探してみろ。フン......その前に捕らえてやるがな」

サソリことヒルコは、そう言った途端動き出していた。口となる部分がパカリと開き、無数の千本が弾き出されてきたのだ。口布のせいでその動きを見きれなかったカナはぎょっとしすぐさま立ち退いた。この木々の中だ、細かく動けば当たらないはずーーー!

だが、木から地上へ飛び降りたカナが振り返って見たものは、確実に追ってくる千本だった。
カナが木々に隠れてもなお、それらは方向を変えて追ってくるのである。カナは思わず目を丸めたが、すぐにその仕掛けに目をつけた。

「(糸...!そっか、傀儡使いなんだからチャクラ糸で方向を定められるんだ...!ということは、本人の視界の中......)」

カナはすぐさま辺りを把握した。遠くとも確かにカナを追っているヒルコと、もう一人、デイダラは上空で鳥に乗っている。カナは逃走を諦め、千本を睨み据えた。

「風遁 風波・裂!」

するといくつかの塊に別れた風波はカナの意のままに__狙いは千本自体ではない。いくつものチャクラ糸をたぐり寄せ、そうしてカナはチャクラを纏ったクナイをさっと放っていた。
ーーぷつり。糸は一気に切れ、千本は全て落ちる。

「ほう、チャクラ糸を見破ったか」
「アナタが傀儡使いだと分かったおかげですけどね...!」

呟いたヒルコの後方には、既に瞬身で近づいたカナがいた。そしてすぐにカナは術を発動させる。

「風遁 風車!!」

カナの拳の周りに勢いのある風が吹いた
。ヒルコがこちらを向く前にカナは枝を蹴って近づいていく。
躊躇も遠慮もない、何故ならこれは傀儡なのだ。拳に力をこめるカナ。大破するのみだという思考がその頭に回っていた。

ーーしかし、カナは忘れていた。
"蠍"には、尾がある。

口布の下で笑ったヒルコは、カナと同様 無遠慮に尾を振りかぶった。カナがハッとして反応する間もない。
尾は、カナを弾き跳ばしていた。

「...ッ痛ゥ...!」

あの大きな尾で全身を殴られ、カナはそのまま飛ばされ続ける。数本の木ならお構い無しに破壊し、やっと止まった頃にはヒルコからは遠すぎるほどだった。
幹に打ち付けられ、枝に落ちたカナは吐血する。幸いにも尾の刃に切られなかったものの激痛は半端ではない。それでもなんとか立ち上がった頃には、ヒルコは悠々とカナの前に到着していた。

「ククク......オレを後ろから攻撃しようなんざ百年早ェ」

ヒルコは笑う。残酷な笑みで。途端、カナはぞっとしていた。感じたのは経験の差。それも、殺しの。これまでカナが遭遇した"暁"の中でも桁違いの血の臭い。イタチよりも鬼鮫よりもデイダラよりも、そして。

「(北波さんよりも......)」

そう思ったところで、カナは急に思い出した。

「......北波、という人物を、知っていますか......」
「...あァ?なんだいきなり」
「もし知っているなら教えてもらいたいんです。......彼は、あなたたちの仲間なんですか」

眉を寄せてカナは繰り返す。知ってどうなるものでもない事も分かりつつ。北波へ対するカナの不思議な感情の正体を、カナは今でも見極めたかった。だから、北波の事を知っておきたい。
無表情なヒルコを見つめるカナの目には強い意思がある。ヒルコもまたカナを見返し、そして数秒後、鼻で笑うように言った。

「あァ、ヤツは確かに"暁"の一員だ......オレたちは互いを仲間と呼ばねえがな」
「!!」
「とはいっても、最後に顔を見たのはもう何年も前......まだガキの頃だったが。抜けたという話も聞いていない」

ヒルコの言葉にピクリと反応したカナは、自然と拳を握っていた。未だ正体が不明だった北波の重大なことを掴んだ気がした。もし北波に会った事があるならば、子供の時の可能性が最も高い。

「(......でも、"暁"に入ってからかどうかはまだ......)」

曖昧だ。とにかく、カナはもう一つ口にする。

「じゃあ、何で彼は大蛇丸と、さも同志のように行動を共にしてるんですか?」

ーーだが、サソリにそこまで親切にする理由はない。馬鹿にするような笑いと共に、「そこまではお前の知ったこっちゃねェだろう」と吐き出していた。そうですね、とカナもある程度予想していたので踏ん切りがつく。じりっと半歩下がり、気休め程度にクナイを握った。

「そうそう......無駄話はそれくらいにしておけ。どうせこれから嫌でも話す事になるんだからな」
「それは私がそちらに捕まって......ということですか。それなら、意地でも逃げてみせるんで」
「クックック......気丈なヤツだ。無理だと思うがな」
「......!!」

サソリがそう言った途端、カナはようやく気付いてバッと上空を見た。


「オイラを忘れんなよ、うん!!」
「しまっ__!」


いくつもの虫型の造形。
それらはカナが完全に逃げ切る前に、容赦なく爆発していた。
辺りの木がバキバキと音をたてて崩れていく。直撃だけは免れたカナはボフンと煙から飛び出るが、度々 体を襲う痛みに、肉体のほうが悲鳴を上げていることは否めない。

「(力が...!)」

銀色は、徐々に、確実に落下していく。痛みの酷い左腕を庇いつつ、木の根元に衝突する。

「っ..くあ...ッ」

今にも吹き飛びそうな意識だけは手放すまいと、カナは必死でつなぎ止めた。
その前方に着地したヒルコとデイダラ。睨むカナを見る瞳には余裕しか浮かんでいない。そしてヒルコのほうは無言で手を動かしていた。チャクラ糸が伸び、動けないカナを引っ張り立たせ 木に縛り付けるーー。

「これで印も組めねえ......風も使えねえな、"神人"」

低い声で言うヒルコをカナはただただ睨みつけていた。デイダラがその前に一歩踏み出し、少年っぽさが残る顔で笑う。

「ふん、やっぱまだまだ弱いなァ、うん。そろそろ使わねーのか?"神鳥"の力!」
「使い...ません......!!」

声を振り絞って言うカナ。すると、デイダラは苛ついたように眉を寄せた。
より強い力を持つ者、そいつを倒して得る自己満足、誰からも認められる芸術。デイダラが求めるものは、組織の目的達成よりも何より自分の欲望だ。まだ未知数だという"神鳥"の力はそれらを得るための道具になるのだ。

「......死ぬぜ」
「やめとけ。テメェがコイツを殺すのは勝手だが、リーダーが黙っちゃいねェぜ、オレの知ったこっちゃねェがな」

そう言うヒルコにデイダラは渋々引き下がる。カナはそれらを見つつも、必死に考えていた。ーーこの場から退避できる方法。正直この逃げ場のない状況は"カナでも"絶体絶命だ。

「(でも、諦めるわけにはいかない......捕まるわけには......!)」

まだ何か話している二人の"暁"の前で、カナはきゅっと瞼を落とした。
ーーー少しでも、この場で役に立つものを。

そして、ぴくりとカナは顔を上げていた。

たった今、カナは確かに感じたのだ。ヒルコとデイダラ以外に、この近くに潜む者の気配。

「(...このチャクラ...!)」


ーーカナが名を呼ぼうとして思いとどまったその瞬間、カナの耳に聴き慣れた声が響いたのだ。


「さっさと破壊しィ!!」


ーーーカナは即座にその声に従っていた。
突拍子もなく唸るような風が吹き荒れる。
ヒルコとデイダラが反応しきる前に、カナは風を意思のままに操り、鋭い風で、ーーー傀儡"ヒルコ"を大破した。

「んなっ!?」

デイダラが叫ぶ。その横で無数の木片にバラけていくヒルコ。それらが地に落ちる前に、カナは邪魔なチャクラ糸も風で切り裂いていた。
そして、ーーカナが着地する前に、その体を抱える人影があったのだ。
やはりそれにデイダラが動く間もない。茂みから現れた第三者は他の一切を無視し一直線にのみ走り続け、二人の姿は一瞬でデイダラの視界から消え去っていた。


カランゴロン__!


全ての出来事から半歩遅れて、ヒルコの残骸が地面に落ちる。そこでようやくハッとしたデイダラは「あー......」と間の抜けた声を出し、「やっちまったな、旦那」と声をかけた。
その影は、唐突にヒルコの部品の中から現れていた。

「デイダラ、てめェ......なんであれだけ近くにいたヤツに気付けなかった」
「そりゃー旦那も同じだろ、うん。それにオイラ、何も感じなかったぜ?せいぜい居たとしても鳥ぐらいだ」

黒の衣に紅い雲。髪色も赤の、無表情の美青年。彼は苛ついたようにデイダラに言ってから、焦げ茶色の瞳でカナが消えていった茂みを見た。

「......鳥、か」

呟くように繰り返した彼を怪訝な目つきでデイダラは見るが、相手にされることもなく。「(...砂漠に向かって逃げたようだが...)」と青年は一人そう思い、空を仰いでいた。
ーーーこりゃあ、一荒れ来るな。



カナを抱えて森を走る者は紛うことなくヒトだった。
紫色の髪に金色の瞳の青年は一つも躊躇わずに突き進んでいく。それは決してカナが見慣れた姿ではなかったのだが、カナも疑うことなく、身を任せていた。浮かぶのは小さな苦笑。

「その姿、久しぶりに見たかも」

そしてそんなカナに返事したのは、特徴的な口調。

「翼がないなんて不便でしゃあないんや。だーれが好き好んで変化するかい」
「一瞬誰?って思っちゃった。......それより紫珀、爆発は大丈夫だった?てっきり戻されたのかと」
「なめんな、あの程度は屁のカッパやっつの!」

心配する主人にもぎゃんぎゃんと喚き返し、強がる姿はまさに紫珀であった。
それならいいんだけど、と笑ってしまったカナは紫珀から離れ、自分で走り出す。そうして一応振り向く。

「追ってきよるか?」
「......ううん」

何故かは知らないが、気配が近づいてこないことだけは確かだった。

「せめてもの救いやったなァ、相手がお前の特徴忘れとって」
「"風使い"はね。どうしたって抑えれるものじゃないし」
「そんで、機転利かせたオレ様に感謝せえや!」
「うん、ありがと」

素直に言うカナに、紫珀は顔を逸らし、「別に、苦労なんてせんかったけどな!」と満更でもなさそうである。紫珀はギリギリまで鳥型でいることで、"暁"二人に疑う要素を与えなかったのだ。
相棒に心から信頼を寄せているカナは微笑み、そして真っ直ぐな目を前方に向けた。なんとか逃げられた事だけがカナにとっての救いだった。


・・・その時までは。


「しっかし、どうもオレらは今日、運がないみたいやなァ......」
「え?どういうこと?」


まさか夢にも思いはしなかったのだ。
だが、カナが質問を返した時には既に遅かった。二人が今一歩踏み出したところは砂漠。"暁"から逃れる為に選んだルート、これは仕方がない。しかし、それだけではなかったのである。

ーーそこにそびえていたのは、カナが紫珀に乗っている頃から感じていた違和感の正体だった。
鬱蒼と茂った森林から抜け出した瞬間、カナは目を見開き、口をぽかんと開けていた。


「うそ......」
「いやァ、どうもこれは現実みたいやで」


ーーーーー大規模の、砂嵐。


「......聞いていい?紫珀」
「おう」
「いつから気付いてたの、このこと...」
「せやなー、お前を助ける前からっちゅーとこかな」

せやかて他にどうしよもなかったやろ。......その言葉が聴こえたのが最後だったろうか。
カナの"風使い"としての抵抗もむなしく、二人は風に呑まれていた。さすがに耐えきれなかったのだろう紫珀は煙となる。

カナはせめて自身の風で身を守ったが、それもそのうち、意識を手放していた。


 
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