第九十二話 奇襲...!


幻身がヴンと浮かび上がる。
暗闇の中に、三つの淡い影。一つは紫色の特殊な瞳の持ち主。一つは背が低く鋭い目で、蠍の尾のようなものを揺らしている。そして最後は、まだ幼いながらも絶対的な自信を持った碧眼を灯していた。

「んで?何のようだリーダー、うん」

細身の少年が口にする。"リーダー"の瞳が二人に向けられた。

「お前らは今、砂隠れの近くにいるんだったな」
「あァ......まだアンタから指令が貰えねえようだからな。テキトーにそこらの強いチャクラを持った奴を殺すばかりだ」
「そうか。それは好都合だ」

蠍の尾を持つほうが応えれば、"リーダー"は目を細めた。

「現在、"神人"が任務で砂に入っているらしい。無理にとは言わない、が......暇なら狩っておけ」

瞬間、二人は心底愉しそうに目を歪めた。
"神鳥"のチャクラと力は未知数。彼ら"S級犯罪者"にとってこれほど興味をそそることがあるだろうかーーー当の本人、カナの知らないところで、再び"暁"が動き出す。



そこはどこにでもあるような居酒屋だった。それなりの客が出入りし、中には店の都合を総無視して入り浸る者もあったり、やんややんやと声が飛び交っている。
居酒屋の店主は何気なくカウンター内の椅子に座り、眠たそうにあくびをした。カウンター席に座っている客はいるが、客同士で会話している為、店主が応対する必要はない。ただ店主はその客たちを伺うのみ。
一人の女性客が、隣に座る二人の男と会話している。

「そうなんですか......それで。その後、あなた方はどうしたんです?」
「もちろん指示通りに動いたぜ?オレたちゃ上から指示されりゃあ、その通りに動くしかねーからなァ」
「同盟国のヤツらと敵対するなんざ、考えたことなかったけどな」

からころん。酒の入ったグラスに氷があたり、高い音をたてる。女性のほうは頬がやや赤くなっているとはいえ酔ってはいないようだが、男たちは危ういようだ。半目で語る男を女性は真剣味の帯びた瞳で見つめていた。

「(変な客だな)」

店主は何気なく思った。

「オレらはあっちのヤツらを殺しちまったし...」
「同時にオレらの仲間も殺られちまってよォ。オレは今でも覚えてらァ、オレの仲間を殺ったヤツの顔をよ」
「......恨んでるんですか?」
「......まあ、そりゃ......ちっともそうじゃねえなんて言えねえわな」

ちょうどその三人以外の客に注文され、店主は動いたが、耳は相変わらずそちらへ向けていた。酒場に似合わない話だが、店主の野次馬根性が聞き漏らすまいとしているのである。
陽気な店内で三人の周りの空気だけがどことなく重たい。
元より、男二人は憂さ晴らしに飲みに来たようだった。先ほどから愚痴愚痴言ってることを酒の力で忘れたかったらしかった。......そんな時、ちょうど二人の隣に座ったこの女性客が口にしたのである。

"旅の者なんですが、今回の戦争について何か知りませんか"、と。

「でもまァ」と頬を朱に染めた男が情けなく笑う。

「だからといって殺したいって思うほど恨むのは、やっぱ逆恨みっつーヤツだろ?姉ちゃんも、そう思わねえかい」
「......そうなんでしょうか」
「ああそうよ。オレらもあっちのヤツらを手にかけちまったんだもんなァ。オマケに戦争が終わってみりゃ、なんだ......オレらは踊らされてただけだったって?仲間にゃ悪ィーが、オレはむしろあっちに頭を下げてえよ」
「だな。オレらは結局、争いの火種に息を吹きかけちまっただけだった......全く、何も為せなかったんだからなァ」

男二人は自嘲するように苦笑しあい、そして一気に酒を口に運んだ。それを見ていた店主は呆れて首を振る。二人は今 グラスを空にしたみたいだが、それは一体 何杯目だったか。案の定もう一杯と注文してくる客に、しかし店主は余計な事は言わず、注文通りに酒を与えてやった。
同時に店主は女性のグラスを見て、逆に目を瞬いていた。
どういうわけか、女性のグラスの酒は全く減っていないのである。しかし、不審に思った店主が声をかける前に、女性のほうが店主を見て微笑んでいた。

「すみません。お勘定を」
「あれ、姉ちゃん、もう帰っちまうのかい?」
「ええ。辛いお話をさせてしまって...」
「...いーやァ、気にしねえでくれよ。むしろ有り難かったんだからよ。酒で忘れるつもりだったが、他人に話したおかげで気持ちの整理がついたぜ。良ければもうちょっと話してってくれよ、べっぴんさんと飲めるなんてそうそうねえんだしよ」
「え、えっと......いえ、もう帰りますので」

ヘタな口説き文句を目の前で聞きながら、店主は何も言えなかった。たったグラス一杯の料金を告げ、きっちり差し出された銭を受け取る。
女性はほぼ店主を気にかけず、ずっと話し込んでいた男二人に向かって、どこか申し訳なさ気に微笑んでいた。

「ありがとうございました......本当に......」

それだけ言って、女性は颯爽と暖簾をくぐって出て行った。しかし店主は最後まで、女性にまとっていた違和感を拭えなかった。



夜の町だ。怪し気な店も多々並んでおり、酔っぱらった様子の男女たちがふらつき歩いていく。どこの町にもある光景だが、これに女性は溜め息混じりの苦笑を零し、そうして歩き出した。頬の朱は徐々に冷めていくようだった。女性が目指す先はより人気の無い道。赤やらピンクやらの灯りを避け、更に暗いほうへと女性の足は向かう。
そして、いつしか路地裏に入った時。

女性は周囲を確認し、それから印をーー"解印"を組んでいた。

ぼわん。

煙がたちこめ、女性の姿は消えた。
そして煙から出てきたのは、まだ酒を飲める年には到底満たない少女だった。
銀色の髪に茶色の瞳。木ノ葉隠れの一忍者であるカナは、改めて自身についた異臭に目を眇めた。

「(お酒臭い......慣れないな、このニオイ)」

一口も飲んでいないとはいえ、カナの体は若干火照っている。酒の臭いを数十分とかいでいたせいだろう。今度こそ溜め息をついたカナは、再び周囲を警戒してから路地を抜け出した。

カナが砂隠れに滞在してから数日。昼間は我愛羅と行動しているカナは、夜になると働き詰めだった。
とにかく人の大勢集まる場所に入り込み、怪訝に思われないよう大人に変化し、それとなく砂の忍たちに事情を訊く。そこでカナが選んだのが酒場だったのである。多くの人が集まり、誰もの口が緩くなる場所だからだ。

しかし、ここ数日で様々な酒場に潜入し情報を聞き出したカナだが、時には先ほどの忍たちのように人の良い者たちもいて、カナはやはりどことなく後味が悪かった。

「(だけど、ともかく、もうほとんどの酒場に回った......結局木ノ葉に明確な敵意を持つ人たちはいなかった。良かった......んだよね)」

今も、カナは酒の入った顔で笑い合う砂忍たちとすれ違う。どちらかというと、カナが受けた印象としては、砂忍たちは誰一人として戦争を望んでいなかった。誰もが今回の"木ノ葉崩し"へ少なからず違和感を抱いていたようだ。

「(......良かったんだ)」

カナはもう一度唱え、一息ついた。

ーーー粗方 砂の事情を呑み込んだカナに、もう任務は課せられていない。そうなると、今度は別の焦燥がカナを襲う。透き通った瞳が夜空を映す。カナが想いを馳せる先はーー木ノ葉。
カナの幼なじみは今も暗闇を彷徨っているだろう。

「(......明日、ここを発とう。紫珀の羽でなら三日となく木ノ葉に帰れる......)」

カナの視線は徐々に落ち、その手は自らの額当てを撫でていた。
カナの心中に渦巻く想いは決して単純なものではなかった。誇り高き木ノ葉のマークを、カナは確かになぞった。



ーーそして、夜が明けた。
小鳥たちが楽し気に歌い始める。僅かに雲が浮かんだ空を、朝日が眩しく照らす。

ある宿の一室でその空の下、カナは窓から頭を出していた。その手にはきりっと表情を引き締めた忍鳥が止まっている。とはいえ紫珀ではない。カナは忍鳥の足首にしっかりと紙をくくりつけ、それから鳥の喉元を撫でた。
「じゃあ、お願い」、との一言で忍鳥は飛び上がり、カナに挨拶をしてから上空へ消えていった。

「(連絡用の忍鳥をお借りしててよかった。私が出て行くってだけでお時間とらせるのも申し訳ないしね)」

心中思ったカナは、宿の室内を見渡す。ばっちりカナが入室した時と変わらない。よし、と意気込んだカナは、額当てをしっかりと結びつけた。


金を払い宿を出れば、そこには既に我愛羅が待機している。その光景は既に見慣れたものだとはいえ、カナは本日も苦笑した。「おはよう我愛羅くん」、とカナが言えば、「ああ」、と戸惑いなく返る声。

「最後まで毎朝、迎えに来させちゃってごめんね」

だがカナがそう言うと、今度は我愛羅は僅かに目を丸くしていた。

「帰るのか?」
「うん。もうバキさんには忍鳥送っといたから、これから砂隠れを出るつもり」
「......そうか」
「結構長々と居座っちゃったし、いい加減にね。我愛羅くん、本当に毎日付き合ってくれてありがとう」

そう言って目尻を下げて笑うカナを前に、我愛羅はさり気なく目を逸らしていた。ああ、とだけ応えた我愛羅が何の合図もなく歩き出したので、カナは慌ててその後を追った。
数日間の滞在のおかげでカナももう全てを懐かしがることはない。それでも我愛羅の隣でカナが一歩一歩踏みしめて歩くのは、多少なりとも名残惜しさがあるためだった。

「......またいつか、ここに来たいな」

カナがぽつりと言えば、我愛羅は視線だけカナに向けた。カナは小さく苦笑している。

「気になることもあるし......木ノ葉もまだ大変だし、里に仕える身として、今回はもう帰るしかないけど。今度はゆっくり......そうだね、仲間と一緒に来たいな」
「ナルトや......うちはサスケとか」
「うん、それに、サクラって子や、担当上忍の先生とも。......風羽の森はもうなくなっちゃったけど、ここにはまだ昔の私の思い出があるから。......まだ一つも話した事ないんだけどね。いつかは私の話をみんなに聞いてもらいたいなって、最近思うようになったの」

思い返すとまだ哀しい。話すと思い出して泣いてしまうかもしれない。だが、カナはそうして"彼ら"に慰めてもらいたいわけではない。ただ、心の底から信を置ける彼らに、自分に心を開いてくれる彼らに、カナもまたそうしたいと思うようになった、それだけだった。

「その時は、我愛羅くんもできたら一緒に」

何も言えない我愛羅に、カナは照れくさそうに微笑む。

「私の初めての友達として、昔の私はあんなお転婆だったのにって、笑い飛ばして欲しいな」

今も負けてないかもしれないけど、と笑うカナ。その表情が、我愛羅の中の過去と重なる。我愛羅の脳裏に懐かしい思い出が過っていく。
いつも"バケモノ"と呼ばれていた我愛羅に笑いかけた幼いカナは、今と寸分 変わらない表情をしていた。我愛羅が成長したように無論 カナもあの頃から随分大人びたとはいえ、我愛羅の中ではやはり、カナはカナのまま。

我愛羅は控えめに笑った。

「確かに、お前は昔と何も変わっていないな......」
「えっ。何もって......そこまで?」

眉を下げて苦笑するカナ。ーーそんな少女を目に、我愛羅は自分の心の流れが穏やかに進んでいるのを感じていた。先ほど我愛羅の心に蔓延った曇り空も徐々に消えていく。カナの言葉が静かに波打っている。砂隠れから外界へ出る通路を経ても、ふわりと笑うカナの笑顔を見ていれば、我愛羅の中にもう何も黒い気持ちは浮かばなかった。

「(......嬉しい、のか。カナの言葉が)」

暫し人との関わりを避けていた我愛羅に、それを判断するのは難しかった。

それでもカナが忍鳥を口寄せした時には、少しでも引き止めたいと思った自分に、我愛羅は気付いていた。とはいえ言い出すはずもなく。

「......また」

本心を隠して言った我愛羅を振り返り、カナは何にも気付く事なく、目尻を下げて笑う。

「うん。本当にお世話になりました。お見送りもありがとう。きっと、また、いつか」

二人の会話に首を突っ込まない紫珀は、知らん顔で勝手に上昇して行く。
「あ、待ってよ紫珀!」とそれに置いていかれるわけにもいかず、カナは我愛羅との挨拶もそこそこに跳躍して飛び乗る。我愛羅は苦笑するしかなくーーー顔を出したカナは大手を振っていた。


「きっとまたいつか、会おう!」


ーー我愛羅は、小さくではあるが、確かに手を振り返した。やがてカナと忍鳥の姿が消えてもなお、暫く我愛羅はそうしていた。だが溢れかけた雲行き怪しい感情にさっと蓋をする。
我愛羅の足は僅かな戸惑いを見せた後、ようやく元の道を引き返していった。



快晴の大空を突っ切っていく紫珀。その背に座っているカナは、砂を出て既に数キロ現在、妙な違和感を感じて視線を辺りに伺わせていた。とはいえその正体は敵意でない事はカナも判っている。"風使い"は、漠然と感じるこの空気が、ただ単純な敵意よりも更に強大なものであると感じていた。

「どうかしたんか?」
「......ううん、なんでもないんだけど......」

だがそれがはっきりとした形になっていないがゆえに、カナは相棒に相談することも叶わなかった。だが、そうしたカナに気付かず、「サスケのことか」と声を落とす紫珀。咄嗟に否定する言葉を思いつかず、カナは口を噤んでいた。それが肯定と見なされる。

「お前がもやもや悩んどったってなんも変わらん言うたんはお前自身やぞ?」
「......うん」
「しゃきっとせえや。癪やけど、サスケのしぶとさはオレ様やって認めとるんやからな、あっちゅー間にあのムカつく顔に戻るて」
「......ありがと」

本来考えていたことと違うとはいえ、紫珀の優しさが嬉しく、カナは素直にそう言う。
ーーーまだ、遥か後方から忍び寄る影には気付けないまま。



ばさり、と窓枠から忍鳥が飛び去っていく。バキは受け取った文を改めて眺めた後、目線を上にした。
ーー風影室。その扉の側に立っている人影。つい先ほど入室してきた我愛羅は、ただ黙ってそこに突っ立っていた。

「風羽カナは帰ったそうだな」

とりあえずバキはそう言うが、我愛羅は返事をしない。一つ息をつき、バキは真っ直ぐ我愛羅を見つめ直した。

「何かあったのか、我愛羅」

すると我愛羅も視線を上げ、その何の濁りもない瞳でバキを見据える。ただ、柄にもなく迷うような色がその目に混濁していた。だがそのうち、真っ直ぐな視線を以て、我愛羅はバキの前に立つ。そしてはっきりとした口調で我愛羅はバキに告げた。

「オレは、正規部隊に入りたいと思っている」
「...!」

バキは思わず目を見開いた。その様子を目で捉えながら我愛羅は続ける。

「容易なことで入れないこと。入っても風当たりが強いことも分かっている。だが オレは必ず入ってみせる」
「我愛羅、」
「......それだけだ」

今まで押し黙っていた理由を全て吐き出し、我愛羅はあっさりと姿を翻した。
その瞳には二人の人影が映っていた。快活笑顔の金色と、雲のように柔らかい銀色。何事にも屈しない精神と、いつでも温かな心。

「(......あの二人のようになる為に......)」

心中唱えた我愛羅は瞼を落とし、それから目前の扉を開けた。バキの顔色など一切伺いもせず。
結局何も言えずにその後ろ姿を見送ることになったバキは、数秒後にやっと自分の耳の機能を信じ、どこか呆れたような笑いを零していた。そのバキが、なんとなく察しがついた事は一つ。

「(風羽カナ......どうやらいつか礼をしなければならんようだな......)」

偶然とはいえ、今回の任務に我愛羅を就いたのは正解だった。人の道から外れ修羅になろうとしていた我愛羅が、少しずつこちら側に戻ってきているようだった。



ーーカナがそれに気付いたのは、砂漠の上空をもう随分進んだ頃だった。突然 その体がびくりと反応したのである。

「ん?どないした」

そう問う紫珀に応える前に、カナは眉をひそめ、風を感じ取っていた。"風使い"の能力が敏感に働く。ーーー遥か後方。

「つけられてる」
「!!......心当たりは」
「わからない......だけど、紫珀のスピードにしっかり付いてきてるから、相当の実力者だと思う。それも二人」

紫珀も忍鳥なりに敵襲には動じない。息を呑んだのは一瞬、紫珀は冷静に対応していた。対するカナは紫珀の問いにそう応えたはいいものの、次の瞬間にはハッとして口を噤む。

「(...心当たり...)」

だがカナが決心して言う前に紫珀が口にしていた。

「お前の"神鳥"が狙いかもな......」

カナの脳裏にふっと黒い衣を羽織ったイタチや鬼鮫が過り、ぞっとした。もし"暁"ならば、果たしてーーー
冷や汗を無視して、カナは呟いた。

「どちらにせよ二対一は不利、逃げるしかない......」
「阿呆、二対二やわ、オレ様を忘れんな!......ま、相手の力量が分からん以上、それが最善やろうけどな。んじゃ、飛ばすでェ!!」

いつも以上に真剣な紫珀は、ばさりと今まで以上に翼を広げた。速度が格段に上がり、落とされまいとカナはしっかり紫珀の羽毛を掴む。

ーーふとカナの脳裏にまた過った影は、今度はイタチでも鬼鮫でもなくーー銀色の青年だった。

同じ時、カナと紫珀の後方。その時二つの人影は同時に反応していた。細身のほうが走りながら笠を上げる。

「どうやら気付かれちまったみてーだな、サソリの旦那」

その呼びかけは隣で走る同色の衣、笠を被った男へ。背の低いその男ーーサソリのほうは笠の中でチッと舌打ちをしていた。お世辞にも穏やかとはいえない顔を笠から覗かせ、前を見据える。

「デイダラ。お前は先に行け」
「あ?......珍しいな、旦那が獲物を譲るなんてのは、うん」
「譲るわけじゃねェ、逃げられるのが癪なだけだ。いいからとっとと行け」

ヘッと笑った細身・デイダラは、笠をとって放り投げたかと思うと、腰の袋に手を突っ込んでいた。そして掲げた手の上で、何故か在る小さな口が鳥の造形を吐き出す。それを宙に放り投げて印を組むと、ボンと煙があがりーーー現れたのは、色のない巨大な鳥。デイダラは悠々とその上に乗った。

「追いつかなくてもいいぜ、旦那。オイラだけで十分だ」
「何度も言わすなデイダラ。御託はいい......とっとと行きやがれ」

いつもの軽口が軽くあしらわれ、「張り合いねぇなァ」と小さく呟いてからデイダラはどんどん上昇していく。そうして自らの足よりも数段早く、デイダラはサソリの視界からは消えていった。それを見ながらサソリはフンと鼻で笑うーー全てにおいて未知数の獲物を他人に渡す奴などいるものか、と。


「___一人が更にスピード上げて追いついてきてる!」
「二手に別れたっちゅーことか...!」

風で感じる追っ手の気配。カナは目を瞑ってできる限り正確に状況を掴もうとしている。一人はまだそう近くないところで地上を走っているが、一人が唐突に上空へ移動したのだ。口寄せ動物か、それとも。何にせよ、紫珀に追いつける速度であることに変わりはない。

「カナ、伏せェ!出来る限りのことはすんで!」
「了解!」

カナは指示通りに紫珀の背にへばりつく。風の抵抗を少なくし、できる限り紫珀の速度を妨げまいと。背中で風が唸り、その感触と音を感じながら、カナは眉を寄せていた。
ーー何としてもここは逃げ切らなければ。


そして再びカナの後方、紫珀よりも僅かに速い鳥に乗っているデイダラは、ヒュウと口笛を吹いた。

「速度を上げやがったな、"神人"のヤツ...うん。まあそれでも追いつくのは時間の問題だが......そろそろ」

独り言を呟き、デイダラはまた袋に手を突っ込んだ。粘度を取り出し、小さな口に含ませ、そこから鳥が出来上がる。だが今度は一つではなく、小さいものが数個。
デイダラはまたもやそれらを一気に放り投げ、印を組んだ。「うん!」ーーそうして現れたのは、数羽の小鳥。

「芸術は、爆発だ......」

ニィと笑ったデイダラの指示がある前に、その小鳥たちは動き出していた。スピードは紫珀よりもデイダラよりも格段に上だった。

ーーその前方でハッと振り返るカナ。

「紫珀、何かが...!」
「何かって何や!」

紫珀にそう怒鳴られても、カナとてわからない。ただ確かなのは敵から放たれたものだということだけだ。

「...!カナ、国境が見えてきよったで!」

その時ちょうど紫珀が叫ぶ。紫珀の目に映ったのは風の国と火の国の国境を示す森林。だがそれでも木ノ葉まではまだ大分ある。

「(そもそも敵を連れて里に戻るわけには...!)」

カナは森を目に小さく歯ぎしりし、ーーそしてすぐさま後方に目を向けた。


「紫珀......来たよ」


カナの目は、しっかりと近づいてくる白い小鳥たちを捉えていた。「あァ!?なんやアレ!?」と紫珀が怒鳴る。しかし分かることはといえば、敵の術であるということだけだ。
四羽の鳥は素早く移動し、カナと紫珀が反応する間もない。二羽だけが紫珀を通り過ぎたかと思うと一定距離を保ち、後方の二羽も変わらず。

「......囲まれた?」
「やってもうたな」

一見無害に見えるがそうであるわけがない。鳥は今のところ何をする様子も見せないが、いつまでもそうではないだろう。カナと紫珀は目配せし、頷く。

「(...破壊...)」
「(ま、近づけるべきやあらへんやろな...)」

その時ちょうど四羽が二人を挟み撃ちするように距離を狭めてきた。カナがやれる事は一つしかない。
「散っ」ーーー"風使い"は風を四方に散らし、一瞬で鳥を切り裂いていた。


何も起こらない。

カナと紫珀が、ホッと息をついたその時。


ーーーー喝


四方向での爆発は、カナたちの予期しないものだった。

突拍子のない事にカナも紫珀も目を見開くことすらできない。ただ感じたのは、焼けるような痛み。バランスが崩れた紫珀は、カナを乗せる事もままならず傾き、カナは重力のままに下の森林へと落ちていく。

「く、そが...!」

羽が爆破にあてられ、紫珀にも半端ない痛みが襲う。だがここで意識を持っていかれれば、すぐに口寄せが解ける。
だが、カナを追わねばと思うもののーーーカナも紫珀もただ落ちていくしかなかった。


 
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