第九十一話 少しずつ


明日には木ノ葉に戻りますと言ったカナは、しかし、バキによって引き止められていた。

「お前の任務はまだ終わっていないだろう」

バキはカナの本来の任務が達成されるまで、砂に滞在したらどうかと提案したのだ。カナにすれば酷く後ろめたい事だったが、曲がりなりにも里に仕える忍者として、カナは深々とバキに頭を下げ、風影室を退室していた。

すると、風影邸を出た所で突然名を呼ばれ、そのあまりの至近距離にカナは思わず飛び退っていた。我愛羅が邸の出入り口のすぐ隣に凭れ掛かっていたのである。カナの酷い顔を見たからか、我愛羅は控えめながら面白そうに笑った。

ーーその様子を程々の距離から見守っていたテマリとカンクロウもまた、穏やかな目で笑っていた。

「行くか......」
「ああ」

二人の懸念の一切が、綺麗に消えてなくなったのだった。



「懐かしいなあ......」
「......そうか」

二人。カナと我愛羅は、ゆっくりと道を歩いていた。カナが呟くように言った言葉に我愛羅が静かに返す。知り合ったのが遠い昔とはいえ、空白は長いはずだが、二人にはやはりそれほどの距離はない。

「バキさんって、中忍試験の時は怖い人だと思ってたけど、そうでもないんだね」
「...オレは別になんとも思ったことはないな」
「砂でもDランク任務だと、子守りみたいなことはするの?」
「子守り?いや......」
「へえー、やっぱり里が違うと仕組みも違うのかな」
「木ノ葉だとそんな任務があるのか?」
「しょっちゅう。私はいいんだけど、全然忍者っぽくないから、ナルトがすっごく怒るんだよね」

そうして毎回イルカやカカシに嗜められるのである。その光景を思い出し、カナが笑うと、我愛羅は視線を逸らした。

「......ナルトは変なヤツだな」

ぽつりと言う我愛羅に、カナは「でも、すごい人だよ」と本心から微笑んだ。一見するとただのイタズラ小僧が、場面場面で格好よく、さしずめヒーローに変身するのである。

「失礼じゃなかったら、聞いてもいい?」
「なんだ」
「もしかして......我愛羅くんがあの戦いで戦ったのって、ナルト?」

ほぼ確信を持ったカナの問いに、我愛羅はふいと目を逸らして「ああ」と応えた。その目に恨みもなく。だがカナは何の疑問を持つ事もなく、むしろ納得したように「そっか」と笑った。ナルトであれば何もかもが可能になると思えるのは、何故だろう?

「やっぱりナルトはカッコいいなあ」

そうカナが呟けば、我愛羅はちらりとカナを見た。

「一次試験の時もそんな事を言っていたな」
「え?......そうだっけ。あ、そういえば席が隣で......ほんと?覚えてないや」
「ナルトもだが、お前も変なヤツだ、カナ」
「あはは。でもやっぱり、ナルトには負けるでしょ」

無論褒め言葉である。

その時、二人はちょうど商店街に差しかかった。
前を向いたカナはわあと歓声を上げた。木ノ葉となんら遜色ない賑わい様に、心が惹かれるのは当然だったのである。それだけにもちろん、人も多い。
ーーしかし。

「我愛羅くん、ちょっと色々見てみてもい、......?」

そう訊こうとした矢先、カナは我愛羅の表情の変化に気がついていた。はっきりとしたものではないが、カナの目には確かに映ったのだ。

「......我愛羅くん?」

必死で動揺を隠そうとしているようだったが、それでもカナが我愛羅に見つけたのはーーー焦燥。
まるで気を抜いていたとでも言いたげな、忘れてたとでも言うような。どうしたの、とカナがもう一度問う間などほとんどない。
我愛羅は唐突にカナの手首を掴み、姿を翻したのだ。

ーーーしかしカナの思考が追いつく間もなく、"それ"はもう起こっていた。

「え......?」

ーー呟いたのはカナ。ぞくりと背中を這い上がってきた悪寒がカナを振り返らせる。我愛羅の足は動かなくなった。それは恐らく、"それ"に既に取り囲まれていたがゆえに。

二人を襲ったのは、視線の数々だった。

カナは一瞬それが自分のせいかと思った。木ノ葉の額当てが目立ったためかと。だが元よりカナは額当てを比較的目立たぬ箇所に巻いていたし、何より、視線の多くはカナへのものではなかったのだ。

嫌悪と憎悪と敵意と悪意とーー全ての負の感情が入り混じった視線は、我愛羅へと。

周囲がカナを、我愛羅を襲った。隔離、拒絶。我愛羅の顔をカナは見ることができない。我愛羅はカナを振り返らない。
その背は酷く、寂しい。
我愛羅が痛いほど掴んでくる手首のその力よりも、カナの中で強いのは当惑だった。

「(どうして......これじゃまるで、ナルトと、同じ)」

カナ自身も小さくなり、周囲を見渡す。それとカナの瞳の中で重なる光景がある。
木ノ葉の里でも、普段は優しい大人たちが、ナルトを見る時だけ一変していた。まるで汚いものでも見るかのように。それはただのイタズラ小僧に向けるようなものではなかった。

ようやく我愛羅の足が動く。この悪意の渦から逃れる方向へと向かっていく。着実にだが、ゆっくりと。
ーーカナは初め、それに黙って付いて行くしかなかった。

耳に喧噪以外のものが聴こえてくるまでは。

「いなくなれ......バケモノ」
「今回のことで消えれば良かったのによ......」
「一緒にいるあの子もかわいそうに」

数限りなく、カナの耳に入ってきた"悪意"。耳を塞ぎたくなる程の"憎悪"。我愛羅も聴こえているはずだ。だが、変わりなくただゆっくり歩を進めるのみ。
ーーーカナには最早、耐えれるすべがなかった。


短く走り、その手をとっていた。


「...!?」


その突如の行動に、周囲だけでなく我愛羅も目を見開いた。途端に二人を襲っていた言葉の数々が消え、一気に視線だけが二人に集まっていた。だがカナがそれに物怖じすることはない。眉を寄せた顔は一瞬 俯き、次の瞬間にはーーーふわりと微笑み。


「行こう、我愛羅くん!!」


我愛羅や周りの者たちはひたすら呆気にとられていた。カナが走り出すままに我愛羅も引っ張られていく。それに抵抗することもなく、我愛羅の目に焼き付いたのは、カナの苦渋の表情。

カナは必死だった。何もかも理解できないながら、あの場にあれ以上我愛羅を置いていたくはなかった。我愛羅のあの背中をあれ以上、見ていたくはなかった。



カナの足は止まらなかった。数々の商店を通り過ぎ、人の姿が疎らになってもなお走り続けていた。
それはどの角度から見ても理性的な行動には捉えられない。だが、その後ろでカナに引っ張られている我愛羅はカナを咎めるすべを知らなかった。
我愛羅の目に映るカナの背は、あまりにも温かい。

「カナ、......」

我愛羅がそう呼んでみても、カナは止まらない。我愛羅は走りながら、ただそっと瞼を下ろした。


そうして、それからまた数分が経った頃だろうか。カナはやっと足を止める気配を見せた。速かった足が、次第に遅くなっていき、止まる。僅かに肩で息をするカナがそこに見つけたものがあったのだ。
ーーカナと我愛羅が出会った公園。

「......懐かしい、な......」

ふっと呟いたカナは、ようやく理性が戻ったかのようにハッとし、慌てて我愛羅の手を放した。

「ご、ごめんね、いきなり走り出しちゃって」
「いや......オレのほうこそ、すまない」
「......それは何に対して?」

クス、と目尻を落として笑ったカナは、我愛羅の答えを聞くことなく、公園の中に足を踏み出した。我愛羅はその銀色を数秒遅れて追う。
二人の目に初めに目についたのは、やはりあのブランコ。カナの瞳にも我愛羅のそれにも、幼い自分たちの姿が映った。我愛羅がブランコに座り、カナがその前でーー。
カナの隣に立った我愛羅は、小さく笑った。

「オレにとっても......ここに来るのは久しぶりだ」
「......そっか」
「必死に......お前のことを忘れようとしていた。だから、この場所に来たくなかった」

そう言った我愛羅は静かにブランコに近づいていく。そうして過去の自分と同じ場所に座った。
カナはじっとその様子を見ているだけだった。我愛羅が足で地を蹴ると、金属音が鳴り響く。それはいつかの音と変わらないようでーーーどこか違うような。

「......あはは、」

その光景に思わず笑ってしまったカナ。我愛羅は笑われたことに気付いたのか、いくらか眉を寄せ、そしてちょい、と指先を動かしていた。途端、カナの体が砂に包まれた。

「えっ、うわっ!?」

突如の出来事にカナが悲鳴を上げるほうが遅く、カナは砂によって無理矢理ブランコに座らされる。我愛羅のせいであることは明白である。ぽかんとカナが我愛羅を見ると、我愛羅は真面目な顔で。

「これでお前もオレと同じだ。笑えないだろう」
「......えっと、笑っちゃだめ?」
「ダメだ」

そう言われてしまったので、カナは込み上げてきたものを必死で押し殺した。
それでも追ってくる面白さから逃れるように、カナは思い切り地を蹴った。銀の髪が虚をつかれたように追いかける。前へ後ろへ、前へ後ろへ......繰り返すうちに、みるみる木の枝近くまで押し上げられていく。

そして、高く跳び上がる。絶対に怪我しそうなものを、カナはくるっと空中で一回転し、華麗に着地してみせる。ふうと息を吐き、ただじっとカナを見ていた我愛羅に微笑んだ。

「......子供だな」
「否定はしないけど、我愛羅くんだって」

我愛羅もまた小さく笑い、ブランコから降りた。すると、残されたのは誰も乗っていない二つのブランコ。
キー、キー...と、どことなく儚気な、聴き慣れた音が二人の耳に届く。だが、昔みたいな哀しすぎる音じゃない、とカナは思った。
それは明らかな違いだった。

ーーその時、カナと我愛羅は近づいてきた足音に気づいた。


それは一つではない。二人が振り返った先に見えたのは、三人の幼い子供たち。仲良さそうに、一つのボールを取りあいながら公園へ入ってくる。そんなどこにでもあるような光景。
カナは思わず微笑む。それは実に何気ないこと。木ノ葉のアカデミーでもよくある光景で、ただそれが重なっただけだった。

だが一方で、我愛羅は明らかにそれとは違う反応を見せていた。我愛羅は真っ先にカナの肩を叩き、「行くぞ」と小声で。

だが、不思議そうにカナが我愛羅を振り向く頃には、我愛羅が懸念していたことが起きてしまっていた。


「我、我愛羅......!!」


それは、一人の子供の声だった。
ハッとして三人を見るカナ。ーー我愛羅を目に、恐怖の色を浮かべているのだ。
カナは咄嗟に我愛羅を伺ってしまった。だが我愛羅は僅かに俯き、目を閉じているだけだ。ーーやはり、我愛羅が何をしているわけでもないのだ。何をしているわけでもないのに。

カナは無意識の内に拳を握っていた。

「い......行くぞ、おい!!」
「お、おう!」

三人の内の一人が二人に声をかけ、二人はそれにすぐ頷く。そうして子供たちは再び公園の出入り口に向かっていく。何かから逃げるように。

ーーーだが。ハッと気付いたのは誰より我愛羅が早かった。思わず我愛羅が目を開ければ、そこにいたはずのカナが消えていたのだ。

「うわっ...!?」

我愛羅に一瞬遅れて"異変"に気付いた子供たちは、目前に突然現れた見知らぬ忍者に後ずさりしていた。

「ど、どけよ!!アンタもバケモノの仲間か!?」

さっきも二人に声をかけた、三人のリーダー的存在の子供がカナを見上げて声を荒げる。
大人げなく、カナはその言葉にムッとしていた。子供たちの身長に合わせるようにしゃがんだカナの目は、三人がたじろぐくらい真っ直ぐな目をしている。

「キミたち、名前は?」
「え?」
「ほら、名前だよ。私はカナっていうの。キミたちは?」

三人は戸惑いの色を隠せない。俯いた子供たちは互いの顔色を伺うように視線を交差させている。そのうち 先頭に立っている子供が、カナの顔を伺いながら「ユウタ」と応えた。それに続くように、「オレ、ソウ」「......カイト」と他の二人も口にする。
すると、やっとカナはいつものように微笑んだ。

「ユウタくんと、ソウくん、カイトくんだね。ところで、聞きたいんだけど。誰が"バケモノ"なの?」
「は?そんなの、アイツに決まってんじゃんか!」

ユウタがビッと我愛羅のほうを指差す。我愛羅がそれで顔色を変える様子はない。眉をひそめたのはカナのほうで、ユウタの指をそっと包んで折った。

「彼の名前は、我愛羅くん」
「は、はあ?そんなの知ってるけど」
「じゃあ、キミたちよりも少しお兄さんなだけの男の子ってことも、知ってるよね?」
「う......嘘だよ、そんなの。だってママとパパが言うんだ、我愛羅はバケモノで、近づくと殺されるから近づくなって」
「キミたちの目から見て?我愛羅くんは、キミたちとどう違うの?」

おどおどとしたカイトに応え、カナは我愛羅のほうを見やる。突然 四人の視線が集まった我愛羅は、今までとは違った種類の視線に息を呑んでいるようだ。けれどそんなことはお構いなしに、三人はじぃっと我愛羅を観察した。

「赤色の髪!!」
「キレイな色だよね」
「愛って字がある!!」
「いい言葉だねえ」
「眉毛がない!!」
「キミも眉がなければバケモノになるの?」

う...。
見事に返された三人は、揃ってふてくされる。カナが笑って目を向けると、我愛羅は目を瞬くばかり。
へこたれている三人を撫でてやれば、「何だよォ」とカナを睨むソウ。カナはその瞬間、ソウが持っていたボールをさっと取って立ち上がっていた。

「あっ、返せよ!」

咄嗟にソウは叫んで手を伸ばすが、届く高さではない。

「返せよォっ!それ、こないだ買ってもらってばっかりのサッカーボールなんだからな!」
「ごめんね。ちょっとお借りするね、ソウくん」

三人が抗議の嵐を呼び込む暇もない。カナは勝手にソウのボールを我愛羅のほうへ投げたのである。「あっ」と同時に声を上げる三人。我愛羅がそれを逃すはずもなく、だがキャッチしたはいいものの、意味も分からずボールとカナを見比べていた。

「なにすんだよ、アンタ!ソウのボールなんだぞ!」
「ちょっとキミたちとゲームしたいなって思うんだけど......どうかな」

その途端、子供たちの表情が変わった。

「ゲーム?」

まだまだ遊び盛りな子供故である。それを計算済みのカナはうん、とにこやかに頷く。
ルールは単純。この公園の出入り口をゴールとして、カナと我愛羅を相手にシュートを決められたらユウタたちの勝ち。点数制ではなく、一回でもシュートされればカナと我愛羅の負け。ボールは返還され、更に。

「これ、木ノ葉の非常食用のチョコレートなの。ちょうど三枚あるし、勝ったらこれも...」
「「やる!!」」

カナがチョコを手に言えば、ユウタとソウ、二人が一気に吊れた。だが、消極的なカイトはまだ不安そうにカナと我愛羅と、二人のそれぞれの箇所についている額当てを見て、口を開く。

「でも...ずるいよ。姉ちゃんもアイツも、忍者じゃんか。そんな人たちに、僕たちが敵うわけないし...」

だが、そこで今まで黙っていた我愛羅が口を開き、カイトの言葉も止まった。

「オレはやったことがないぞ」
「......だって、カイトくん。私だって得意なわけじゃないし、我愛羅くんはやったこともない。それに、二対三だよ?対等と考えてもいいんじゃない?」

我愛羅は決して肯定的に言葉を選んだわけではない。むしろ"だから参加できない"という意図があったはずが、カナは意味を転換して微笑む。その笑顔に我愛羅ですら言葉もない。カイトはもう一度ユウタとソウを見たが、二人は既に作戦会議中で、カイトに口を挟む間はなかった。
くすり。いたずらっ子のように笑ったカナは、呆れて物も言えなかった我愛羅の傍に戻る。

「......言っとくが、オレはできないからな」
「ルールを知ってるんだったら、あとは蹴るだけだよ。大丈夫」

我愛羅君から始めてね、と言うカナに、我愛羅はもうただ苦笑いだけを零した。

ゲームは、カナの「スタート!」という声で始められた。

一斉に走り出した三人の子供たち。ボールが我愛羅の前に置かれていようがお構い無しに、必死な目の色で我先にと我愛羅に迫ろうとしている。
その事に我愛羅は目を丸くし、カナは微笑んでーー。

ソウがボールをひったくるのは早かった。何も出来ないでいる我愛羅に向かって、得意げに笑い、「パス!」と一言、カイトへと蹴り渡す。慎重とはいえまだ子供、カイトもまた案外楽し気にゴールを目指す。慣れた調子でボールを蹴り、ゴールのすぐそばまで到達する。
だが、「お前シュート下手だろ!」と、暗に渡せ言うユウタに、カイトは口を尖らせたが反論できず、ボールはユウタの足に渡った。

「なんだ、楽勝じゃん!」

しかし、ニッと笑んだユウタは、何気なく振り向いてすぐに違和感を覚えた。ユウタの背後にはカイト、ソウ、我愛羅......ただ一人、カナがいないのである。「あれ、あの姉ちゃん...」と思わず口にした時、ユウタの足からボールの感覚が消えた。

「よそ見しちゃダメでしょ?」

カナである。「へ?」と気の抜けた声を出したユウタは、間一髪のところで転ぶのを免れた。
笑いながら、カナは足を乗せているボールをころころと前後に動かしていた。全員が呆気にとられてカナを見つめている。バランスを取り戻したユウタは本気で悔しそうだ。

「くっそぉ、オレからボール取るなんて...!」
「ふふ。一応、忍者だからね」

子供たちに負けず劣らず、楽し気に笑ったカナは、ボールを巧に操り、ボールを浮かせた。そうしてそのまま、蹴る。

「我愛羅くん、パス!」

子供たち同様 呆気にとられていた我愛羅は咄嗟に足で受け止めた。それを確認して、カナはユウタに視線を合わせる。

「逆戻りだね?」
「〜〜〜っ!せっかく......!」

地団駄を踏んでいたユウタだったが、もう一度我愛羅に向かって行った。カナは動かず、目を細めてそれを見ていた。


ーーそれが何度 繰り返された頃であろうか。
ユウタ、カイト、ソウは幾度となくボールに触れることはあるのだが、ほとんど前に進めない。しかも次第に我愛羅も動き始め、カナが失敗した時は、我愛羅がカバーするということも何度かあった。その度に子供たちが悔しそうな声をあげるのだが、ユウタはもう我慢ならないようで、かなりムキになっていた。

「コンッノヤローーーーー!!!」

ゴールまでまだまだ先だというのに、思いっきりボールを蹴っていたのだ。思いがけず、カナや我愛羅だけでなく、ソウ、カイトも驚いて目を見張る。
だが、無理矢理な力は空回りし、速度はともかく狙いは的外れだった。
ボールは大きく宙へ浮き上がり、近くの家の屋根の上に乗っかってしまったのだ。「あ、しまった!」とユウタが呟いた時にはもう遅い。

「どーすんだよぉ、ユウタ」
「あの家に住んでいる人に言って、屋根に上がらせてもらえば簡単だろ。そんな顔するなよ」
「でも、知ってる?あそこんちのオジサン、怖いんだ。こないだ、たまたまオジサンにぶつかってすっごい怒られたんだ」

ソウの言葉に強がるユウタだったが、カイトの言葉には何も言えなくなる。怒られるのだけは勘弁なのだろう。
だが、唐突にそんな三人の耳に届いたのは笑い声。三人が振り向けば、心底可笑しそうに笑っているカナと、小さな微笑を零している我愛羅がいた。

「なんだよ、こっちは真面目なのに!」

ビシィッと指を向けてくるソウの指をまた折るが、カナは未だ笑っている。代わりに、我愛羅が静かに言った。

「オレたちは忍だ。屋根の上であろうとなんだろうと関係ない」
「あ......」
「そうそう。チャクラコントロールで壁伝いに上ってくことだってできるし......それに、そんな不法侵入しなくても」

我愛羅のほうに顔を向けるカナ。我愛羅はそんなカナを見て、何も言わずにただ屋根の上に乗っているボールを見た。子供たちは訝しげに我愛羅を見上げている。

それは数秒だ。
我愛羅がすぅっと両手を伸ばせば、動きだした砂が、ボールを掴んだのである。それが戻ってくるまでもすぐのこと。ボールは抵抗なく我愛羅の腕に収まり、我愛羅はそれを無言でソウに差し出した。

最初の言葉は、そのソウの口から出た。


「す、すっげぇ......」


ーーその言葉に、他意はない。我愛羅は目を見開き、カナは柔らかく微笑んでいた。
ソウのその言葉を境に、目を輝かせた子供たちが我愛羅に集まる。

「なになに、どうやったんだ今の!?」
「もっかい砂出して!」
「面白れー、忍者ってみんなそういうのできんの!?」

遠慮もない言葉攻めだ。我愛羅は少しどころではなく困惑している。助け舟を望んだのは我愛羅だった。
カナは小さく噴き出したが、自然と空に目をやり子供たちを呼んだ。
いつの間にか、空は黄昏始めていた。

「ソウくん、カイトくん、ユウタくん。カラスが鳴いてるよーー」

助け舟も兼ねて。すると、「え!?あ、もうこんな時間!?」とユウタはとても素直に狼狽える。他二人も同様、「うわ、気付かなかった...」など云々 焦っているようである。我愛羅は素直に返していたので、ボールは既にソウの腕の中で静まっている。
そのボールを、我愛羅はじっと見ていた。
それに気付いたのだろう、ソウも我愛羅を見るがーーーそこにあの恐怖はもう、ない。

「ほら行くぜ、ソウ」

ユウタに声をかけられ、ソウは「おう」と返し、ユウタとカイトの横に並んだ。仲の良い三人は、同じように走り出し。そして、同じように、我愛羅とカナのほうを振り返っていた。

「じゃあなーー!!」
「今度こそ勝ってやるからな、覚えてろよ!!」

「明日もここに来るから、できたらまた遊んでよ!カナ姉ちゃんーーー我愛羅兄ちゃん!!」

そうして、あっという間に三人は公園を出て行った。
駆け出した三人の姿は、あっという間に視界から消えていく。
カナは暫く何も言わなかった。我愛羅も、また。一日の仕事を終えかけている太陽が、最後の力と言わんばかりに二人を赤く照らしている。
ようやく口を開いたのは、我愛羅のほうだった。

「昔、さっきと同じようなことをしたことがある......」

カナは黙って聞いている。

「......だが、結果はいつも同じだった」

自嘲気味に我愛羅は言う。

「いつも......恐れ、逃げられた。オレが感情を爆発させてしまうことも、多々あった......悲惨だった」

何故そうなってしまうのか、カナは知らない。他人が我愛羅を恐れるわけを、カナは知らない。だが、カナは思う。それは決して我愛羅のせいではないのだろうと。
その証拠に、我愛羅は今、認められたのだ。

「不思議だ......胸のあたりがひだまりのようだ。言葉一つで、こんなにも変わるのか......」

穏やかな風が吹く。我愛羅の頭の中には未だ、"兄ちゃん"という言葉が木霊していた。どれだけ記憶をひっくり返してみても、我愛羅がそんな言葉で呼ばれたのは、これが初めてだったのだ。
カナはそんな我愛羅の隣で、ふっと空を見上げていた。

ちょうど鳥が夕暮れの空を飛んでいた。
初めは一羽だった。だが、それが次第に仲間を増やしていく。一羽、二羽、三羽───


「......少しずつで、いいんだよ」


空から目を外し、流れるように我愛羅を見るカナ。夕焼けがカナの銀色を染めていた。

「私は......えらそうに言えるほど、我愛羅くんのことを知ってるわけじゃないけど。でも、我愛羅くんの抱えてるものがが何にしても」

我愛羅もまたカナに目を向け、その視線を真っ直ぐ受けた。

「少しずつ。少しずつ、認められていけばいい。簡単なことじゃないけど、でも、我愛羅くんならできる。私はそう信じられる。私はそう、信じてるよ」

ふわり、とカナは笑う。それは我愛羅が以前から知っている笑みだった。我愛羅がカナを思い出す時、それはいつもあった。不思議と我愛羅が心を寄せられる笑み。

「......カナ。まだ、誰にも言ってないことを......お前に言ってもいいか」
「......うん?」

「オレはいつか......風影になる」

柔らかな表情でそう言った我愛羅に、カナは驚くこともなく、ただ頷いた。
決して容易な道でないことを知っていても。カナは思う、我愛羅は本当に風影になるだろうと。不思議な確信が、カナの胸には確かにあった。


 
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