第九十話 前へ


どこまでも快晴な空を優雅に飛ぶ鳥が一羽。人を一人を乗せられるほどの大きさの忍鳥は、かなりの速度で進みながら、一つも無理しているようには見えない。ぎょろりとした金色の目が背に乗る主人を捉える。

「それにしても、一回行ったコトあるからいうたって、下忍のお前が狩り出されるかァふつう?オレ様がそのご意見番っちゅうヤツやったら心配でならんけどなァ」

独特の口調で主であるはずのカナにふてぶてしく言ってのけた紫珀。だがそれはカナにしても慣れっこで、「私でもそうかも」と苦笑して肩を竦めてみせた。

「でもやっぱりしょうがないんだろうね。まず一番深刻なのが人員不足だろうから」
「ふ〜ん......難儀なやっちゃなァ」

更になにかぶつぶつ言いながらも、紫珀は再び前を向き飛ぶことに専念し始める。風の抵抗音ゆえに普通の声は届かず、二人が意識して話す時は自然と大声になっている。
ーー木ノ葉を出て約二日。紫珀の足......羽では、既に風の国の国境は超えていた。鳥目のため深夜は休憩しているのにも関わらずである。

「(紫珀のスピードに感謝しなきゃ...)」

潔く木ノ葉を出発したとはいえ、カナは後ろ髪引かれる思いだった。未だ戦の痕が残る里そのもののこともあるが、何よりカナを拘泥させるのは幼なじみ。しかしまた、カナがあの場にいたところで何も出来ない事も、事実だ。

「だから......なるべく早く任務を終わらせて、さっさと里に帰る......」

ぽつりと呟いたカナ。その声を僅かに耳に拾った紫珀は振り向き、「なんやて?」と問うたが、カナは薄く笑ってううん、と首を振るのだった。



時を少々遡る。"暁"木ノ葉襲来より一日経過したほどである。

前日にカナ、サスケ、ガイと別れたナルト、自来也はある木陰で休憩をとっていた。自来也は木の根元に、ナルトは低い枝の上に。ナルトはさんさんと照りつけている太陽に顔を向けていたが、そのくせ考えていることは全く別のことだった。

巡っているのは昨日の襲撃。

"暁"という組織に所属するというサスケの兄とその仲間が、ナルト自身を狙い、更にはカナまでもを連れていた事実は、ずっとナルトの頭を離れることがない。

『目当てはやはりナルトとカナか』

自来也と"暁"の会話が悩める少年の脳裏に甦る。

『ナルトくんを連れて行くのが、我が組織・"暁"から下された我々への至上命令』
『なら、カナは返してもらえるんじゃねーかのォ』
『確かに"神人"の回収は急いでいませんけどねェ。目の前に獲物があるのに見逃すなんてこと、するわけないでしょう......』

ナルトの背筋に冷たいものが流れる。イタチの紅を思い出したナルトは僅かに震えた。
ナルトのその雰囲気を感じ取ったのか、自来也が「どうした」とナルトを見上げた。ナルトは師の顔は見ず、ぽつりと零した。

「エロ仙人......あいつら、何でオレやカナちゃんを狙ってきたのかなァ......」

ナルトはまだいくらも知らないのだ。無知ほどぞっとするものもない。エロ仙人はそのこと知ってんだろ、と碧眼が続けて言う。いつもは希望に輝いているその瞳も、今はどことなく暗い。自来也はその色を認めて、僅かに吐息を漏らした。

「奴らが狙っているのはお前らというより......お前らの中のものだ」

ナルトがハッとして自来也を見る。その瞬間、イタチと鬼鮫が初め"九尾""神鳥"と言っていたのを思い出し、ナルトは自分の腹辺りを摩った。唐突に襲ったのは息苦しさだった。ナルトは自分に巣くう九尾のことでさえ、人伝でしか知らず、たまに自らの精神の中で見える妖狐の眼光は常に憎悪で濁ったもの。

「一体コイツってば、なんなんだってばよ...」

"九尾"の化けギツネ。里中から忌み嫌われる存在。

「それに..."神鳥"ってのも」

あの雨の日、カカシがナルトとサクラに話していた内容を思い出し、ナルトはきゅっと拳を作る。

「コイツもカナちゃんの"神鳥"も、でっけえ力持ったバケモンなんだろ。何でアイツらはそんなのを欲しがってんだってばよ」

だが、ナルトの言葉を聞いた自来也は数秒後、「いや」と返していた。

「何か勘違いしとるようだが、"神鳥"は別にバケモンってわけじゃねーのォ。"神鳥"はどっちかってーと守り神みたいなモンだからの。むしろカナを護ってくれとるはずだ」
「......じゃ、"九尾"は」
「"九尾"...のォ。確かに"九尾"は昔から時代時代の節目に現れ、あらゆるものを破壊し尽くしてきた妖魔。だから昔から人々は天災の一つとして"九尾"を恐れた......ヤツらが何故そんなものを欲しがるのか、正直、その目的まではワシも掴みきれとらん」

自来也さえもがそう言う。ナルトは沈黙した。木々がざわめく音が嫌に耳に響く。

「ただ、お前に"九尾"が封印されている以上、ヤツらはその"力"を自分たちの支配下に置きたいと考えておるのかもしれん。......その点はカナに関しても同じだろうの」

黙りこくるナルトを横目に、自来也はのっそりと立ち上がった。

「あんなヤツらに狙われ続けるのは酷な話だがのォ、これも運命(さだめ)。まァ、ワシがお前もカナも護ってやるから安心し...」

だが、自来也の慰めるような台詞は、そこで中断されていた。ナルトが突然枝から飛び降り、ダダッと走り通り過ぎていったのである。自来也な何事かと振り返った。
すると、そこにいたのはいつも通りの強気な光を放つ空色の瞳。

「だったら!さっさと強くなんなきゃな、オレってばよ!自分を護るためにも、仲間を護るためにも!」

ーーナルトはニッと笑う。そうして暗い想いを振り切るように走り出す。どこへ向かえばいいかすら分かっていないというのに。
...アイツらしいのォ、と呟く自来也も、そこでようやく頬を緩め苦笑した。

前へ前へと進んでいくナルトを見ながら、自来也も歩き出す。その脳裏に映ったのは、自来也が幼い頃から知っている"神人"カナの姿。
自来也は察していた、既にカナは、"神鳥"の力を使い始めていると。カナが纏うチャクラは変わり始めていた。

「(......安心しろ、カナ。あんなチビでもお前のことを護ると言うとるヤツがおる。お前と共に戦ってくれるヤツは五万といるんだからのォ......お前だけが、急いて気張る必要はないと、ちゃんと心得ておけよ)」

自来也は木陰から出、ナルトのほうへと向かい出す。後に残った無人の陰に、ひらり、と一枚の葉が舞い落ちた。



砂隠れ、上空。とうとう紫色の巨大な忍鳥は目的地のそこに到達していた。

「着いたで」

と一言、紫珀は隠れ里から僅かに離れた場所に降り立つ。羽が巻き起こす風で砂が微かに舞い上がる。トンと紫珀から降りたカナは、砂漠を踏みしめる感覚や景色に、懐かしそうに目を細めた。

『わあ、ここが砂隠れ?』

幼いカナの声が甦る。それほどに今、カナの目の前に広がる光景は変わっていなかった。カナが幼い頃、風羽の長と共にやってきた風の国・砂隠れ。カナの中での数少ない、幼い頃の森の外での記憶。
紫珀はそうして一人懐かしがっているカナを見つめてーーどこか遠い目になっていた。だがすぐにいつもの調子を取り戻す。

「んじゃ、オレ様は帰るわ。この前みたァな事にならんよう、今回は四六時中お前に付いとったからなァ......さすがのオレ様も疲れてもーたし」
「うん。本当にありがとう、紫珀。無茶させてごめん」
「アホ。なーに言ってんねや、今更遠慮すんなっちゅー話やわ」

顔を上向きに、得意げにカナを見る紫珀。カナはふわりと微笑み、 「...そうだね。ありがと」と返した。そして、紫珀は軽く「ほなな。帰る時になったら呼び出せや」と言い、その場から消えた。

そんな素振りは見せなくとも、紫珀は心優しい上に心配性だ。そして、カナのことを恐らく誰よりも理解している。小さな笑みを零したカナもまた、一つ伸びをして、砂隠れの入り口へと足を向かわせた。


次にその足が止まったのは、その色を見つけた時だった。


茶色の瞳が隠れ里の出入り口に立つ一人の人物を見つけたのである。そうして、カナは徐々に目を見開いていった。それは 相手側としても同じだった。浅緑色の瞳ーーそれが砂に紛れるカナを捉え、驚きに染まっていたのだ。
そして、二人は同時に口を開いていた。


「カナ......」
「......我愛羅くん」


ーーカナの瞳に映ったのは、他でもない、"砂瀑の我愛羅"だったのだ。
二人は互いに目を丸め、暫く何も口にできなかった。お互いに僅かに変わった容姿や雰囲気を、ただ感じ取っているだけだった。


一方で、不動の二人を見つめる二つの影があった。岩の陰に体を隠そうとしているが残念なことに全く隠れきっていない、我愛羅の兄姉であるテマリとカンクロウである。

「アイツ......確か、風羽カナとかいう、我愛羅が気にしてたヤツか?」
「みたいだな......とりあえず、我愛羅を気味悪がったりしない者が使者でよかった、ってところか」
「でも結局オレらはあのカナってヤツをよく知らねーじゃん」
「ああ。だから暫くは様子見だ」

姉と兄はじっと我愛羅とカナの様子を観察するようにしている。弟を思う心温まる図であるはずが、どことなく面白く見えるのは否めない。

案の定 バレバレな兄姉はカナの目にも止まり、だがひょっとすぐさま岩に隠れたことで安心しているようである。

「...お姉さんとお兄さん、なにやってるの?」

ようやくカナが口にした言葉がそれで、我愛羅は小首を傾げて「不審な動きだ」と応えた。
二人の間に、それほど大きな緊張感はないようであった。

「そ、そう...。......それにしても、我愛羅くん、久しぶり......ってほどでもないかな。会えるかなあとは思ってたけど、こんなところで会うだなんて思わなかった」

くすりと笑ったカナに、我愛羅もほんの小さく口元を上げた。まだ少し不器用でぎこちないが、"木ノ葉崩し"前より大分堅さが抜けていた。

「お前が木ノ葉からの使いか」
「うん。......ってあれ?どうして知ってるの?」
「当然、上から知らされたからだ。そしてオレが案内役となった」

我愛羅の言葉にキョトンとしたカナ。「我愛羅くんが?」と呟くように問えば、「オレじゃ不服か」と我愛羅は大真面目な顔で言って背を向ける。そうしてそのまま歩き出すのを見て、カナは慌てて追いつき、そんなことあるわけないよ、と苦笑した。

"森の外でできた初めての友達"との再会は無論、本心から嬉しいことだ。
しかしちくちくとカナの胸が痛いのは、"本来の目的"がその頭を支配していたからだった。

砂隠れに入った途端広がった、木ノ葉とは全く別物の風景を目に、カナは密かに拳を作った。



風影邸までそう距離があるわけでもない。火影邸と似た厳かな雰囲気ながら、確実に違う空間に、カナは一人固唾をのんでいた。先頭を歩いていた我愛羅が風影室の扉をノックし、カナに部屋に入るよう促す。続いて我愛羅、テマリと入室し、最後にカンクロウが扉を閉めた。

執務机に座っていたのはもちろんのことバキだった。
バキはカナを目にすると僅かに目を瞬いたが、すぐに平生を取り戻し、立ち上がってカナに近づく。我愛羅は傍の壁にもたれて目を瞑り、カンクロウとテマリも一歩下がっている。カナは目前に立った風影代理人に、若干肩を強ばらせた。

「お、遅くなりまして申し訳ありません。木ノ葉から使者として遣われました、下忍の風羽カナと申します」
「そう固くなるな。......お前もオレのことは知っているだろう?」
「確か、我愛羅くんたちの担当上忍の方だったと...」
「ああ。その節はすまなかった」

苦笑いを零して言うバキ。カナは思わず目を逸らし、「いえ、」と一言だけ返した。そうして妙な沈黙が訪れるのを恐れ、カナはさっさと自分の役目を果たしてしまおうと自分のポーチを探った。表向きの任務の鍵としてご意見番がカナに渡した、密書という名の巻物である。

「これが、例の密書です。木ノ葉の現最高責任者、うたたねコハルと三戸門ホムラより確かに承りました」
「...ああ、受け取ろう...わざわざ済まなかったな。遥々風の国まで」
「いいえ、任務ですから。お気になさらないで下さい」

カナの手からバキの手へと、しっかりとそれは引き渡された。バキは労る言葉を一言、早速文書に目を通し始める。カナはそれを伏し目がちに見つめていた。

ーーそうして、一通り文字に目を通したのだろうバキはいつしか顔を上げ、小さな溜め息を零していた。バキは書から目を放すと、カナを見、そして三兄弟を見て言った。

「我愛羅、テマリ、カンクロウ。お前らは部屋を出ろ」

突拍子のない言葉に誰もが怪訝気に眉をひそめる。だが、「なんで...」と言いかけたところ、カンクロウは姉に口を塞がれていた。そうして無言で部屋を出て行くテマリに渋々カンクロウもついて行く。そんな二人の様子を見て、我愛羅も一拍遅れた後に扉へと向かった。

カナは息を潜めてその様子を見ているしかなかった。一際心臓が高鳴ったのは気のせいではないだろう。

「風羽カナ」
「......はい」
「単刀直入に訊く。ただし勘違いしないでもらいたい。この問いに感情はない。すなわち、悪意も好意も、戦意も何もないということだ。それを心得ていてもらいたい」

意味深なバキの台詞にカナはうまく言葉が返せなかった。失礼な言葉を選ばないよう、慎重に口を開く。

「......どういった事でしょうか?」

バキの詰問は、カナの想像を遥かに超えていた。ーーゆえに、カナはうまくシラを切れなかったのである。

「お前の真の任務は密書の受け渡しではないだろう?」
「は............え?」
「そうだな......オレの考えが確かならば、実際の任務は恐らく......砂の調査。そうではないか?」

バキは初めに宣言した通り、その言葉には刺々しいものなど含めず、ただどことなく自嘲気味に言うだけだった。
"はい"と素直に応えそうになったカナは内心で焦り、なんとか否定の言葉を口にしようとする。

「(違うって言わなきゃ、)」

だがそうして焦れば焦るほど、カナの喉から言葉は消えていく。ーーこれでは、任務放棄をしてしまうというのに。
だがそれでもカナは言えず、ーーそうして観念した。

「私......本来なら、ここで嘘を申し上げなくてはならない立場なんですが......」
「......」
「......できてない下忍です。最初から、ご意見番方の考えを素直に呑み込めなかったからなんですよね。......おっしゃる通りです」

本当にダメな忍、とカナは心中で自分を嘲笑した。"里"の意向を呑めなくて、何故忍者といえるのか。
だが虚をつくにはカナの中の何かが邪魔をしたのだ。恐らくここではぐらかしていたら、任務放棄の汚名を被るよりもカナは尚の事 自己嫌悪に陥っていたに違いない。

「...そんな顔をしないでくれ」

だがバキはカナを責めることなく、苦笑さえしていた。「ええ......ですけど」とカナも苦笑ってバキを見上げる。

「申し訳ないです。こんな嘘の任務を、こんな時に」
「......いいや。それが普通だ。風羽カナ、何もオレはお前を責める気はない......"木ノ葉"もな。大国であれば、それくらい当然だ。木ノ葉から使者が密書を持ってくると聞いた時から察していた。むしろ、こうしてそれを言及してしまったことでこちらが申し訳ないぐらいだ」
「そんな......」

しかし、バキの顔には本当に暗いものは一切なかった。また何かを口にしようとするカナのその頭をバキの手がぽんぽんと撫でる。きょとんとしてしまうカナの目。その瞳の色に、三代目火影 猿飛ヒルゼンと同じものを確かに見出し、バキは心底 憤りよりも不甲斐なさに無念してしまう。
「...あの?」とカナがおずおずと口にしてから、バキはようやく手を下ろし、風影室から覗く砂隠れの風景に目をやった。

「......分かっているんだ。戦争をしかけた側がそう簡単に信用されるものではない。例えそれがそそのかされたゆえのものであっても......疑われるのは、当然のことだ」

カナもバキに倣い、窓の外に目を向ける。そこには、木ノ葉とはかけ離れた景色がある。だが、変わらないものもあるようだった。子供たちが無邪気に遊ぶ。商店街は賑わっている。住人たちは楽しそうに、笑い合っている。

「だから、取り戻す。砂を護るために。木ノ葉と真の同盟関係をまた築き上げるために、信用させてみせる」
「......はい」
「......それには、まずお前からだな」

バキの視線が再びカナに戻る。カナはといえば「え?」と零しバキを見上げた。だが二人の目が合う間もなく、バキは深々とカナに頭を下げたのだ。

「すまなかった。オレたちが大蛇丸に加担したばかりに......大勢の木ノ葉の方々が......三代目火影様が、亡くなってしまった。謝ったからどうこうというものではないことも分かるが、オレにはこうするしかできない......本当に、すまなかった」

驚いた表情でその様子を見ていたカナは、バキの言葉に徐々に目を伏せていった。
カナが思い出すのは、つい先日まで笑顔だった多くの人々。今回のことで慰霊碑に刻まれた名の数々。そして誰しもの心の拠り所であったーーー三代目火影。
だが、

「...お顔を、上げて下さい、バキさん」

そんなカナの声に顔を上げたバキ、その表情に嘘はない。それだけで、カナには十分だった。

「おじいちゃんも他の人も......もう還ることはないけれど。でも、私だって分かってます。亡くなった方々が望むのは残された人々が悲しむことばかりじゃない。特におじいちゃん......三代目様はいつでも、"家族"が笑ってくれることが嬉しいとおっしゃっていました。だからいつまでも引きずってちゃいけない......前に進まなきゃ」
「......前に?」
「振り返らない。後戻りをしない。ただ、前に進み続ける。それが、私の忍道だから」

あなたがそう思って下さったのなら、それだけでもう。
そう言ってカナはふわりと笑う。バキは目を見開き、そうして控えめながらも、確かに笑った。

「本当にすまなかった............礼を言う。風羽カナ」


 
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