第八十六話 瞳に映るは虚構


現れた自来也、沈黙しているイタチ、床に転がるサスケ、用心深く"伝説の三忍"を見る鬼鮫、その肩で寝ているカナ、鮫肌を抑えている蝦蟇、そしてナルト。

「どうやら、その女にかけていた幻術は解いたようですねェ...」

自来也は眉根を寄せ、それから背負っていた女性を床に下ろした。

「ナルトからわしを引き離すために、女に催眠眼で幻術をかけるたァ。男の風上にもおけねェやり方だのォ。......目当てはやはり、ナルトとカナか」

瞬間的にナルト、サスケが目を見開く。だが誰もがナルトにもサスケにも一瞥をくれない。鬼鮫は僅かに眉を寄せ、イタチは静かに自来也を見ている。

「道理でカカシさんも知っていたはずだ。なるほど、情報源はアナタか」
「......」
「その通り。ナルト君を連れて行くのが、我が組織・"暁"から下された、我々への至上命令」

未だ蝦蟇と力比べをしている鬼鮫を挟み、イタチは言う。自来也は黙ってイタチを見ていたが、不意にその目を鬼鮫の背負うカナへと向けた。

「......ナルトを連れて行くのが至上命令、か。なら、カナは返してもらえるんじゃねーかのォ」
「......」

イタチは口を閉じる。代わりに、鬼鮫が笑う。

「確かに"神人"の回収は急いでいませんけどねェ。目の前に獲物があるのに見逃すなんてこと、するわけないでしょう」

ねえ?と付け加え、カナを見る鬼鮫。カナは変わらず静かな吐息をたてているだけだ。例えこの状況で起きたとして、カナには何も出来ないだろう。
自来也は"暁"二人を睨み据えた。役目を無くした蝦蟇がぼわりと音をたてて消える。

「二人はやれんのォ......」
「......どうですかね」

低い声で凄む自来也と、至って冷静に対応するイタチ。続けて、自来也は「ちょうどいい」と零す。

「お前ら二人は、ここでワシが始末する!」
「......手ェ、出すな......!」

しかし、その自来也に応じたのはイタチでも鬼鮫でもなかった。床に転がっていたサスケが呻くような声をあげたのだ。

左手首の骨折の痛みに耐え、ゆらりと立ち上がったサスケ。ナルトも自来也も目を丸めてその姿を見る。だがサスケの目的はただ一人。密かながらも燃えるような怒りを目に、サスケはイタチを睨むばかり。

「コイツを殺すのは...オレだ!」

そのあまりにも憎しみに溢れた瞳に、ナルトは制止の言葉をかけることができなった。思わず碧眼は銀色の少女を捜した。だが、サスケを唯一止められるであろうカナは、やはり意識がないままなのだ。
イタチがサスケに振り向くのを、ナルトは息を潜めて見ていた。

「......今。お前などに、興味はない」
「...! ふざけるなァ!!」

吠えたサスケは拳を振り上げるが、それがイタチに届く一歩も二歩も手前でサスケは蹴られていた。壁に叩き付けられたその姿を目に、「サスケェ!!」と叫ぶナルト。だが、サスケの為と、ナルトが足を踏み出すことは許されなかった。

「ナルトォ!手ェ出すなっつってんだろうが!!」
「...!」

遠く見える剣幕に、ナルトは足を踏み留める。サスケは壁に支えられながら、それでも立ち上がった。

「言った筈だ...!オレは、この日のためだけに生きてきた......この日のために!!」

サスケの目に宿る写輪眼。その目が思い返すは幼き日のあの惨劇。生暖かい死体がいくつも重なり、サスケはその前に立っていた。成すすべもなく。ただ目前に迫る恐怖に震えながら。

「うォオオオオ!!」

再びサスケはイタチに向かっていく。速度は先ほどの比ではない。しかしそれにも関わらず、イタチはサスケの攻撃を許さない。逆に殴られたサスケはまたも壁に激突するーーー吐血。

「サスケ!!」
「......まだ、だ......!これは、オレの、戦いだ...!」

それでも言い張るサスケの想いは、不気味なほどこの廊下に響いた。だが、今度動いたのはイタチが先だった。兄の瞳の色をサスケは見る。ーーその、見下すような紅色を。

「...ッ上等だ!!」

だがその激情も虚しく、サスケはすぐに腹を蹴られていた。痛みに全身が震えるサスケ。肋骨がいくつか折れるーーーだが、サスケが感じた痛みは物理的なものではなく、突き付けられた事実に対する精神的なものだった。

「(あの時から少しも縮まらない、この差はなんだ)」

肋が折られる。血反吐を吐く。体の力が、抜けていく。
サスケの襟首がイタチの手に掴まれた。イタチは相変わらず静かな目で、サスケの体を壁に押し付けた。

「お前は......弱い」
「...!」
「何故 弱いか......足りないからだ。.........憎しみが」

サスケの耳元で囁かれた言葉。サスケは歪む焦点を必死にイタチに合わせた。数年前は慕っていた兄の瞳に、あの頃望んでいた色はない。
赤色の写輪眼はーーーぐるりと。その瞬間、サスケを襲った過去ーー恐怖。


「うわぁァああああァアああぁあ!!!」


絶叫。

「サスケ!!」

ナルトが耐えきれず叫ぶ。だが、今度こそそれに応じる声はない。やれやれと首を振る鬼鮫、静かな目でサスケを見つめるイタチ。ナルトの激情は既に抑えきれない域に達していた。

「いい加減にしやがれ、テメェ!!」

イタチに向け一気に走り出したナルト。それを鬼鮫がすぐさま追いかけるーーが、その合間に自来也が素早く印を組んでいた。その瞬間だった。

ナルト、そして鬼鮫も足に違和感を覚えていた。反射的に二人が床を見れば、そこは既に床ではない。紅い色の柔らかいものが空間を覆っていくのだ。「こ、これってば...」と戸惑うナルトが小さく零した。

「...忍法 蝦蟇口縛り」

背後から聞こえた声にナルトが振り向く。自来也が何らかの術を発動させたのである。
サスケが紅色に取り込まれていき、イタチがその手を放す。サスケは護られるようにだが、鬼鮫、イタチの足は捕らえられるように赤色に覆われ始めた。

「残念だのォ、イタチ、鬼鮫。お前らはもうワシの腹の中...妙木山・岩宿の大蝦蟇の食道を口寄せした。お前らはどうせお尋ね者だ。このまま、岩蝦蟇の餌にしてやるからのォ」

未だ状況を掴めていないナルトは戸惑ったように辺りを見回す。それに心配するなと声をかけた自来也は、イタチの写輪眼をじっと見つめていた。
ナルトもイタチの視線に目を合わせた。深く沈むような惑わしの瞳を。
写輪眼はすぅっと細くなるーーー

「......鬼鮫、来い。それから、カナは......」
「!」

イタチの合図を受け取った鬼鮫は、この状況で口元を上げ、ーーーカナをそこに"置いた"。

自来也とナルトが目を丸めた隙に鬼鮫、イタチは走り出す。だが、戦線離脱しようとするお尋ね者を自来也が逃すわけもない。「無駄だ!」と自来也は肉の床に手をつく、と同時に肉の壁がイタチと鬼鮫を追い始めた。角を曲がり、二人の姿はナルトと自来也の視界から消える。

速度からいって黒衣の二人が肉の壁から逃れられるわけがないーーーと、自来也が思った瞬間だった。


ズドォン__!


尋常でない音が聴こえ、自来也はハッとし、ナルトはぎょっとした。すぐさま自来也が以降何の音もしない廊下に走り出す。「エロ仙人!?」とナルトも慌てて走り出した。そして、角を曲がってすぐにその双眸が丸くなる。

「どうしたんだってばよ.........って、いない......?」

蝦蟇口縛りの肉の先に見える青空。塞がっていたはずのそこを、"黒い炎"が燃やしている。二人の姿が消えていたのだ。

放心するナルトの隣の自来也は、その炎を厳しい表情で見つめていた。本来 炎を吹く岩蝦蟇の内蔵が焼かれたとなると、それは並大抵のものではない。自来也は懐から巻物を取り出し、そこに術式を描いた。

「封印術 封火法印!」

そして自来也が唱えて印を組んだ瞬間、正体不明の黒炎は巻物へと吸い込まれた。自来也はすぐさまそれを巻き、強く紐を結い付けた。
しかしまたすぐに、自来也は真剣な目をナルトに向け、「あとはサスケだ!」と指示する。ナルトはハッとして従順にサスケに駆け寄っていった。自来也がダンッと床を踏みつけた瞬間、岩蝦蟇の肉は消え、サスケは解放され、ナルトの腕に落ちた。

「サスケ......」

その様子を見ながら、自来也はしゃがみ込んで考えていた。
ナルトと自来也、サスケのいる場所と僅か離れた場所に、今もカナが寝ている。
お尋ね者二人は逃したが、カナが返ってきて、ナルトが攫われなかった点では万々歳だ。ーーだが、自来也は違和感に苛まれていた。先ほどの行動は、S級犯罪者の去り際とはとても思えないーー。

「(......何かを、見落としてないか)」

慎重に、自来也は先ほどの事を思い返した。鬼鮫の言動。イタチの言動。状況。鬼鮫の能力。
イタチの能力。

ーーーその途端、自来也は大きく目を見開いた。

「ナルト、幻術返しをしろ!」
「え!? い、いきなり何言ってんだってば...」
「いいから早く!ーーー"解"!!」

ナルトに説明する時間すら惜しかったのか、自来也はすぐさま解印して、カナがいる方向を振り返っていた。そしてぽつりと呟く。

「やはりか...!」
「え...!?か、"解"!!」


"解印"。通常、術の効果を断ち切る時に用いる簡易な印だ。その効果としては、幻術返しをする時などにも有効な技だと、ナルトもアカデミーで教わっていた。
そしてナルトは、ようやく自来也の焦燥の意味に気付いたのだった。

「......嘘、だろ」

呟く。


「カナちゃんが......いねェ!!」


ーーあの鬼鮫の行動は、イタチの幻術によって作られたものだったのだ。

「(......カナちゃん!!!)」

放心していたナルトは不意に、眉根を深く寄せ、拳を強く握りしめ、そして、走り出していた。

「おい、ナルト!!」

背後の自来也の制止の声も今のナルトの耳に届きようもなかった。
仲間が消えていく。大切な、代えられない仲間。オレを認めてくれた掛け替えのない一人なんだ、とナルトは心中で唱えた。先ほど奪われた比ではないほどの、溢れんばかりのチャクラがナルトの身体に巡り始めていた。

だが、ナルトは大破された壁を出る一歩手前で、自来也に肩を掴まれていた。

「待てと言っとるだろうがのォ、ナルト!!勝手な行動をするな!お前が行って勝てる相手じゃねえだろう!!」
「だからって、どうすんだよエロ仙人!このまま奴ら見逃してカナちゃんが連れ去られてもいいのかよォ!!」
「いいわけなかろう、だがお前は行くな!!お前が行けば飛んで火に入る夏の虫、あっという間にお前も捕らえられるだけだろうがのォ!!」
「......うっ、せェ!!」

ナルトは構わず自来也の手を振り払い、外へと駆けて出ていた。
ナルトには今誰の正論も聴こえない。どうしようもないくらいその頭は火照っていた。カナの笑顔を思い出すと、尚更 ナルトの手足はぴりぴりと痛んでいた。

しかし、今度は目の前に現れた人物にぶつかり、ナルトは弾かれていた。

バッと見上げたナルトの目に飛び込んできたのは、緑。熱血上忍、マイト・ガイだった。
「激眉せんせぇ...」と小さく零したナルト。その途端、ガイはナルトの首根っこをヒョイと掴んでいた。

「なっなにすんだってばよ激眉センセー!オレってばカナちゃんを助けにいかねーとならねェんだって、」
「いいから、静かにしてろナルト!!!」

予期しなかった怒声にナルトの体はビクッと震える。いつになく真剣な表情のガイに、ナルトはぐっと堪えた。その様子を一瞥し、ガイは自来也のいる建物へ一気に跳び上がった。
「ナイスだの、ガイ」とそう言う自来也に、ガイは一言「いえ」と返す。

「あまりに大声なもので......聞こえましたよ、自来也様。どうするおつもりで」
「うむ......そう悩んどる暇もないんだがのォ。さっさと追いかけねば気配も消えてしまう。一刻の猶予もねェのォ」
「だったら!!」

ガイに下ろされたナルトは、自来也の服を掴んで睨み上げる。幾分かは落ち着いたようだが、それでもナルトの考えは変わらない。

「さっさと行こうぜエロ仙人!カナちゃんを取り戻しに!」

同じことを繰り返すナルトに、自来也は大きく溜め息をつく。体内に力を持ちながらも、それを扱うすべを知らない小僧を連れて行けば、狙ってくれと言いに行っているようなものだ。

「言ったろ。お前は九尾を飼っとる......そんで奴らはそれを狙っとるんだ。それにお前には実力が足りん!今回は運が良かったが、次はどうだか分からんだろうのォ」

諭すような言い方にナルトは握り拳を作る。ナルトと自来也、どちらの言い分が理性的かというと、勿論 自来也に分があるに決まっている。しかし、それでもナルトが思い出すのは仲間の顔だ。大切な仲間だ。ふわりと柔らかな顔で笑うあの銀色の少女を、少女を想う他の仲間たちの為にも、ナルトは諦めるわけにはいかないのだ。
ナルトはキッと自来也を見上げた。今までの興奮した目とは違う輝きに、自来也は驚いたようだった。

「だからって、エロ仙人と激眉先生だけに任せるわけにはいかねーんだってばよ。カナちゃんはオレの仲間だ。仲間は、オレが護る」

それに、とナルトは続けた。

「大切な人を護りたいと思った時。そん時が一番強くなれるんだってばよ」

そう言い切ったナルトを、ガイが穏やかな表情でポンポンと撫でていた。

「自来也様」
「......ったぁく、しゃーねェのォ...。ガイ、サスケを背負え。行くぞ、ナルトォ!!」

フンと笑った自来也に、ぱっと顔を輝かせたナルトは「オウ!!」と強く頷いた。

自来也が先頭を行き、その後にナルトが付いていく。サスケを背負ったガイも、二人の後を追って。
確かに残る強いチャクラの気配を辿りながら、同時に感じるカナのチャクラに、ーー自来也は僅かに眉をひそめていた。


 
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