第八十四話 赤雲の来訪者...!


晴れ渡った空に、笠にぶら下がった鈴の音が響いた。
そこは先日 襲撃を受けた木ノ葉隠れ。二つの影は、平和が戻ってきた里を見下ろしていた。

「とりあえず壊滅は免れたものの......被害は甚大のようですねェ」
「......栄華を極めたあの里が、哀れだな」

漆黒の衣に浮き立つは紅雲。笠を被った二人組はこの青空には馴染まない。

「柄にもない...。故郷はやはり未練がありますか。アナタでも」
「............いいや。まるで無いよ」

酷く落ち着いた声で返したその者が顔を上げれば、笠に隠れていた赤い瞳が、そこから覗いた。運命に関わる者たちは、彼らの来訪をまだ知るよしもなかった。



「イルカ先生!これ、どこに必要ですかー!?」
「ああ、それは......こっちに持ってきてくれるか!」

同じく大声で返ってきた言葉に、カナは「はーい!」と大きく応えた。その背丈の倍もある木材を苦もなく持ち上げ、その姿は一飛び、屋根の上へ。そこで作業を続けていたイルカが「悪いな、ありがとう」と苦笑すると、カナは「いいえ、どういたしまして」と微笑んだ。

ここ、アカデミーもまた、今回の木ノ葉崩しでの被害は甚大だった。校舎は破壊され、校庭は抉られ、とても通常授業を行える様子ではない。よってここ暫くは授業は中止され生徒たちも共にアカデミーを修理しているのである。
カナはその手伝いにやって来たところだった。

「わあ、派手に穴が空いてますね」
「ああ...だろ?まったく、いつになったら授業が再開できるやら」

木材と次いで釘類も、カナの手からイルカの手へと渡った。本日何度も繰り返された受け渡しだ。
校庭では子供達がいそいそと作業をしている。高所となると忍者でもない少年少女たちに任せるわけにもいかないので、屋根の上は忍の担当となっていた。その場からアカデミー生たちを見下ろし、カナは微笑む。

「あの子たち、ここが好きって言ってました。だから頑張るんだって」
「ハハ、ホントか?それなら授業くらいマジメに受けといてほしいもんだがな」

空は昨日に引き続いて快晴。復興作業に勤しむ里の住民を空は今日も励ましている。

「それが、学校や先生は好きだけど、授業だけは別らしいですよ?」
「まったく......二代目ナルトが続出だ」

冗談混じりにイルカが言うので、カナは思わず吹き出していた。
その笑顔に、悲しみを引きずった様子はない。笑っているイルカはそう感じて安堵していた。カナと同じ立場である木ノ葉丸も、先日に比べると随分すっきりとした表情になっている。哀しむことは何も悪いことでなくとも、哀しみを引きずることほど辛いことはないから。

火影たちの顏岩は、今日も里を優しく見守っている。



激しく滝が流れているのを見ながら、青年は岩場に座っていた。

だが、頭上を覆う岩のせいで、日の光は青年に届かない。その青年の体にはあちこちに傷があるが、それに特別処置をしているようではなかったし、そして青年が傷を気にする様子もなかった。

青年の手に握られている黒布の額当て。しかし、里を示す印はその手に隠れて見えない。ーーー青年はただ、何を考えることもなく、そこにいた。

どこか遠くの地から語りかけられる術を身に受けても、さして動揺を見せることなく。

青年の意識の中の場所は、青年の現実よりも更に暗い空間だった。
ヴン、と青年の幻身が浮かぶ。その場所には、巨大な両の手が地面に刺さるようにしてあり、青年はその手の内、左手の小指に立っていた。
そして青年の対となるように、右手の親指に一つの幻身が浮かんでいた。

「...チャクラが薄い。消耗しているようだな......北波」

少しくぐもった声がその幻身から聴こえる。青年、北波は黙ってそれを聞いていた。確かに北波の幻身は相手のそれよりも色が薄い。相手の藤色の目が北波を捉えていた。

「......大蛇丸にバレたか」
「......アタリ。けど、別に追い返されてもねえぜ」

北波はだらりとその場に腰を下ろす。
北波にとってこの場所は既に慣れた場所。幼少期から何度と見てきた空間。

「"空"の...大蛇丸の指輪は手に入れたか」
「......指輪の件は、ここに戻ってくる時に取ってこようと思ってる。心配しなくても簡単だ。ヤツは今、術も使えねェ状態......火影にやられたんだとよ」
「......かなり意気消沈しているようだな。風羽の件か」
「......」

"リーダー"の言う通り、北波の声には覇気はない。北波は自分の体に頭を埋め、「余計なお世話だ」と言葉を零した。"リーダー"はその様子の北波を見て、すっと瞼を落とす。

「......現在、イタチと鬼鮫が木ノ葉に入っている」

途端、北波はパッと顔を上げた。そのまま感情に従って何かを吐き出そうとしたが、...それはうまく言葉にならなかった。数秒後漏れたのは舌打ちのみ。その手が更に強く額当てを握った。
"リーダー"はそれを目に、言葉を続ける。

「言うまでもなく、理由は九尾の下見だ。機会があれば狩れとは言っているがな。しかし分かっているだろうが、"神人"も可能であれば回収しろと言ってある」
「......」
「お前が何故そこまで"神人"にこだわっているのかは知らんが」
「こだわってねえ」

再び立ち上がった北波は強く"リーダー"を睨みつけた。その茶の目は、刺々しい。言葉を遮られた"リーダー"は暫く黙りこくり、次に溜め息をつく。

「まあ何にしても、大蛇丸にバレた以上、指輪はともかくお前が死なずに"神人"を回収できるかどうかは難しいところだろう。もしイタチと鬼鮫が"風羽カナ"を回収できなかった場合、このノルマは引き続きお前がすることになるが......死ぬ危険に陥った場合は、即座に放棄することを認める」
「......!」
「大蛇丸の後を引き継ぐためにお前を入れたのに、死なれては元も子もないからな」


その言葉を聞いてすぐ、北波は自身の意識を掻き消し現実へと戻っていた。
あの暗闇の余韻はない。現実では相変わらず、滝の音が響いている。

クソ、と北波はぼやいた。"リーダー"の意思は解れど、納得はできなかった。現在ならば大蛇丸は北波に手は出せまい。両手も使えず印が組めない忍であれば、あの三忍であれど北波が後手に回ることはない。
だが、"体の交換"はもういつになるかわからない。大蛇丸は既に"印"を付け終えたのだから。そうすると両手の呪縛は消える。北波に勝手な行動は許さないだろう。

だが理解は北波の感情には付いて回らない。大蛇丸の脅威に負けノルマを放ることも、他のメンバーにノルマを奪われることも、北波には癪だった。

「誰かと喋っていたのかい?」

その声に、北波はゆっくりと振り返った。
茶の瞳に映り込んだのは、蛇に惑った者。カブトは現在のアジトの洞窟から姿を現した。眼鏡の奥の目の北波を見る色は厳しい。とはいえ、北波はすぐに興味をなくして目を逸らす。

「......不思議だよ。大蛇丸様は何故、スパイと分かっているヤツを素直に近くに置いておくのか」
「へっ......んなこと、オレが知るかよ」
「そうだろうね。大蛇丸様の思考は誰にも読めない......まあ、もっとも、君がまだ使えるから、ってことはあるだろうけど」

カブトはゆっくりと滝の前へ歩いていく。その後ろ姿が目に入り、北波は目を逸らした。カブトの髪もまた、銀に近い灰色。今 北波が最も見たくない色だった。
それと同時に北波は手の中の額当てを思い出し、一層強く握りしめ、それからすぐにポーチに戻そうとした。
......が、カブトは既にそれに目を止めていた。

「その額当ては?......音の額当てはもう捨てたんだろ?」

ぴたりと止まる北波の動作。だがやはり、そのままそれをしまい込んだ。
僅かな沈黙があったが、数秒後北波の口から答は漏れた。

ーーー腐った一族の、額当てだ。

カブトにはその意味はわからない。しかし無論説明する理由もなく、北波は空を見上げた。青空を旋回する鳥たちが歌っている。それを目に北波はぽつりと呟いた。

「(鬼鮫と......イタチか)」

北波の脳裏に、幻身でしか知らない赤の瞳の物静かな青年が浮かんた。



二人組は、既に木ノ葉の中に入り込んでいた。うちはイタチ、干柿鬼鮫、その両名で。
つい先ほど二人はこの里の上忍との戦闘から免れて来たのだが、その顔に一切の焦りはない。指名手配の身分にも関わらず民家の屋根の上に陣取っている。とはいえ、気配は完璧に消してあるため誰かが気付く様子はない。

笠を戦闘の場に捨て置いてきたために、イタチの双眸の赤は今はっきりと露になっていた。

そして、イタチと鬼鮫、二人が見る先。

「探そうとしていないものほど目に入る......"九尾"を探していたというのに」
「......"神鳥"の回収は急がない。先に"九尾"を探せ、鬼鮫」
「クク、これは珍しい。アナタが目の前のノルマに反応を示さないとは。まさか木ノ葉にいた頃のお知り合いで?」

アカデミー内で子供たちと笑い合っている銀色の少女、"神人"、風羽カナ。

薄く笑った鬼鮫の目がイタチに向く。だがイタチはは答えず、カナを目にしているのみだ。「そのようですね」、と察した鬼鮫は口角を上げた。
風羽カナ、今その容姿は二人がノルマを承った頃と僅かに異なっていたが、確かなことがある。ーーー特殊なチャクラがその体に纏っている。鬼鮫の大刀、鮫肌がチャクラに反応して蠢いていた。

「どうやら、"神鳥"の力が目覚め始めたようですね......今回の戦争がきっかけですか」

大蛇丸が起こした木ノ葉崩しから数日。里内ではどこもかしこも修理に取り組んでいる。カナも同様に忍者アカデミー修繕を手伝っている。こんな時に呑気なことだ、と鬼鮫は嘲笑する。

「いくらお知り合いだとしても、自らの一族を殺したアナタにとっちゃあ気にすることでもないでしょう......それが我々の狙う"神鳥"だとしたら尚更だ」

赤の瞳は、静かに瞼を下ろした。

「......ああ。そうだな」



カナはにわかに顔を上げていた。
その瞳に空が映る。何でもない民家の屋根の上だが、「(...気のせい?)」カナは首を傾げた。そこに一切の人影はない。

「どうしたの?木ノ葉丸の姉ちゃん」
「あ、ううん。なんでもないよ」

アカデミー生に服を引っ張られ、カナは再び作業に戻ろうとした。まだまだ校舎修繕の材料が様々なところに足りていないのである。

「はいお姉ちゃん、釘」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして。......あれ?」

いくつかの木材を脇に、アカデミー生の一人から釘を貰ったカナ。だが、それを運ぼうとしたところでその子が再び声をあげ、カナは振り返った。小さな手はアカデミーの外を指差していた。
ーー道に沿って歩いている人影。とても見覚えがある姿。

「あれ、ヒナタお姉ちゃんかな?」
「......そうみたい」

紫がかった黒髪が揺れている。その手には買い出しにでも行ってきたのか、紙袋が。
それは紛うことなきカナの同期であり友人。ーーだが、カナは曖昧に言葉を結んだ。声をかけたアカデミー生は首を傾げる。今のカナの態度は、仲のいい友人を道ばたで見つけた時のものではない。

だが、カナは詳しいことは何も言えない。しかし、今しなければならないことはある。校庭の脇に木材と釘を置いた。

「ごめんね、また戻ってくるから。ちょっと用事、済ませてくるね」
「? うん、分かった。待ってるね」

不思議そうな顔をした子供の頭を、ありがとう、と言って撫でる。そして駆け出した。



走ってくる足音に気付いたヒナタは、振り返って目に留めた人物に、目を瞬かせていた。

「...カナ、ちゃん」
「ヒナタ......久しぶり。......あの、歩きながらでいいから」

僅かに肩を上下させたカナは、眉を下げて微笑む。だが、ヒナタは言葉を見つけられないのか返事もできず、ただ促されるままに再び歩を進め始めた。唐突に現れた友人に思考が追いついていないようだった。

青空の下で並んで歩き出した二人は、暫し互いに何も言えなかった。決心をしてヒナタの元に走ったはずのカナでさえ。目を地面に向けているカナはこくりと唾を呑み込む。互いに友人となってからこれほど互いに緊張したのは、恐らく初めて。
拳を作ったカナは、ようやく口を開いた。

「本当に......ごめん、ヒナタ」
「!」
「.........ごめんなさい」

僅かに顔を上げたヒナタはカナを見る。
二人の脳裏に同時に流れだした風景。白色の部屋。舞い上がったカーテン。...小さなスズラン。

「私のことを思って言ってくれてたのに......嘘までついて。本当に、ごめんなさい」

ヒナタに見舞いとして貰ってから数週間が経ち、スズランが生気をなくしたとき、カナの中でのその想いは格段に膨れ上がった。全てを理解した後のヒナタの心中はどんなであったろうと、思い悩むと、カナはそのたび唇を噛み締めた。それがいくら勝手な考えであったとしても尽きることはなかったのだ。

「ごめん、なさい」
「......カナちゃん」
「いくら言ってもヒナタの想いは返せないけど......私、ごめんなさいって言うことしかできなくて......」
「ううん、カナちゃん、もう...」
「ほんと...本当に、」

ーーまた同じ言葉を続けようとして、カナは止まった。弾かれたようにカナはヒナタの顔を見た。
その右手が、ヒナタの手に握られていたのだ。
カナの右手に、ヒナタの左手。手を繋いだヒナタは控えめに、少し恥ずかしそうに微笑む。

「よかったの。......もうね、よかったって思えるの」
「......どうして」
「こうしてカナちゃんがここにいる......あの大きな戦いの渦から帰ってきてくれてる。それってもしかして、あのまま病室で暫く休養してたなら、なかったことかもしれないもの。勝手かもしれないけど、そう考えたら、そっちのほうが何百倍も何千倍も嫌だったから。......今はね、強くなってくれてありがとうって......心から、そう思ってるから」

カナの手を握る、ヒナタの手の力が強くなる。

「だから、もう謝らないで」

そうヒナタが微笑んだ瞬間、カナは顔を落としてきゅっと目を閉じていた。熱くなった瞼を隠すように。ヒナタの手は、あまりにも温か過ぎた。

「あっ...ごめんね、いきなり」とヒナタがハッとしたようにカナの手を放した。それから黙り込んでしまったカナの顔を覗き込む。「...カナちゃん?」と問いかけるその声に、カナはようやく顔をあげた。瞳が潤んだ形跡があることにヒナタは気付かない。

「大丈夫?......もしかして、まだ怪我とか痛んだり」
「う、ううん!違うの。......あのね、ヒナタ......ありがとう」
「え?」

不思議そうに首を傾げるヒナタに、カナは今度はその気持ちでいっぱいだった。心から自分を案じてくれている者がいるだけでカナには有り難かった。右手に残る温もりはまだ残っている。カナはそれを左手でも握りしめ、もう一度ありがとう、とヒナタに微笑んだ。

「...? 私、お礼を言われるようなことは何も......」
「......ううん、いいの。それよりヒナタ、引き止めちゃって大丈夫だった?」
「あ」

思い出したようにヒナタの顔に焦燥が走る。ヒナタは紙袋を抱えたままだ。「お使いしてたんだった...」とそう聞いてカナも焦る。「ご、ごめん!おうちの人には私が」謝る、と言いかけて、だがヒナタが遮る。

「ううん、大丈夫!急がなくていいとも言われたから」
「本当に?......ごめんね、ヒナタ」
「謝らないでカナちゃん。......走ってきてくれて、ありがとう。久しぶりにカナちゃんと話せてよかった」
「......うん。私も」

そう返して、カナは道の向こうへ歩き出したヒナタに大きく手を振った。ヒナタも振り返り振り返り手を振ってくれた。
ヒナタが角を曲がって見えなくなってから、カナはようやく手を下ろした。その胸に宿る温かい想いと同時に、やはり燻っているのは強い後悔だったのだ。

ーー本当に優しい少女を、私はやっぱり一度でも傷つけたんだ。

強くなろうとカナは思う。カナにはこれからも無茶をしないとは言い切れない。カナにはカナの信念がある。だから、せめて心配をかけないくらい、強くなろうと。

「......さあ、戻ってまたお手伝いしよう」

言い聞かせるようにカナは独り呟く。二人黙って並び歩いているうちに、アカデミーからは大分離れていた。
方向転換をしてから、カナは何気なく青空を見上げた。カナのどことなく落ち込んだ気分とは裏腹に、天気は嫌に良く、鳥たちは歌い、どこからかの掛け声が響いている。

ーーー上空を見上げながら、カナは一歩を踏み出した。

どれだけ自分が落ち込んだ気分になろうとも、ここに在るのは自分が好きな里の姿だと思いながら。


そう、ほんの、一秒前までは。



カナは空に向けていた顔をただ、ただ前方に向けただけでーーー酷く目を見開いていた。

流れるような黒髪。
額に飾られた反逆の証。
身に纏った漆黒の衣、浮かぶ赤雲。
そしてーーー紅色の瞳。

最大級に激しくなった動悸のせいで、カナはうまく口を動かせない。

「え......?」

やっとのことで持ち上げた唇も酷く震えている。目はただ一直線に。ーーーその人物を。

「ど...うして、ここに.....」

見間違うはずがない。カナがその姿を、顔を、忘れるはずがない。


「イタチ、お兄ちゃん......!!」


ーーカナを映していた写輪眼の勾玉がぐるり、と一周した。それを認識する間もなかった。
カナの意識は、早々に消え去った。


 
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