ー…ルビー。

ー…あたし、決めた事があると。

ー…あん時のこつについてもう聞かん。待つことにしたとよ。



白い光の中で彼女が、言った。



まぶしすぎる朝の日差しに眠りを妨げられて、叩き起こされたルビーはまだ眠いのだろう…己の目を眠たげにこすった。
寝起き特有のかすれた声でカーテンを開けてルビーを起こしたPOPOに礼を言うと、ルビーは頭を軽く振って自分のベッドから下りる。

「……夢、か」

随分、久しぶりに夢を見た気がする。
しかも、彼女の夢なんて。
5、6年前に彼女に言われた事を夢に見るとは思わなかった。

春だというのに珍しく寝汗をかいてしまった自分の身体を鬱陶しげに見下ろして、クローゼットを開けると別の着替えを持って風呂場へと直行する。
シャワーで嫌な感触を残す汗を洗い流すと、ルビーは小さく息をついた。
瞳を閉じて上から降り注ぐシャワーの雨を感じながら、ルビーは先程見た夢の内容を思い出していた。

5、6年前サファイアの告白をはぐらかしてばかりいた自分に、彼女はもう告白について聞かないと宣言した。
事実、あれから一度も彼女が自分にあの時の事について、聞いて来る事はなかった。
あの日からずっと考えて、やっと出した結論をどうやってサファイアに伝えて良いのか分からずに、数ヶ月が経とうとしている。

どうしたもんかなぁと頭を掻いて、風呂から上がると身体を拭いて服を着ていく。
きっと、あんな夢を見たのは自分がこの事に関して気になっているからなんだろう。


ドライヤーをかけ終えて部屋に戻れば、そこにはサファイアが居た。
何でサファイアがここに居るの。いつの間に?
ああ、しまったなぁ。
帽子被ってなかった。
とりあえず前髪で隠さないと。
様々な言葉がルビーの脳裏を駆け巡っては消えていく。
そして、ルビーの口から出た台詞は、頭の中に瞬時に浮かんだ言葉ではなく、眼前にいる少女の名前を呼ぶというものだった。

「あ、ルビー。あたし、あんたに用事ばあってここに来たと」

用事?と頭の上にクエスチョンマークを浮かべれば、サファイアはその疑問に答えるように話し始める。

「あたしな、あんたのこつば待つの止めるこつにしたったい!」

笑顔で簡潔に自分の用事をルビーに伝えたサファイアはそれじゃ、あたしの用事は終わったから帰ると、と言って窓の縁に足をかけた。
とんでもない事を言ってのけたサファイアの言葉に、瞠目したルビーは石化するかの様に固まったが、サファイアが帰ろうとする姿を見て、慌てて彼女を引きとめようとサファイアの腕を引っ張った。

「わっ…!」

どさり、と人二人分の着地音がサファイアの耳に届いて、サファイアは思わず閉じてしまった目を開けた。

「るるる、ルビー?」

肩を掴んで反回転させてサファイアと向き合うと、ルビーはサファイアの手を掴んだ。

「…やめるの?」

「ルビ」

「サファイアは諦めるの?」

「ルビー、いた…」

ぎりり、とルビーに掴まれた手がそのあまりの握力に悲鳴を上げる。
サファイアは痛い、離せと文句を言おうと口を開いたが、ルビーの真剣な表情と憤怒の色をした紅の瞳に、その言葉は表に出る事は無かった。

「やっと、分かったんだ。自分の気持ちが。君が、好きだって」

思いもしなかったルビーの告白にサファイアは驚愕して目を見開いた。

「…君は僕に待つって言ったのに、サファイアは僕を諦めるんだね」

狡いよと、憤怒に染まった瞳の色が徐々に哀しみへと変わっていく。
ルビーの哀しそうな顔を目の当たりにしたサファイアは、反射的に叫んだ。

「違か!そげんこつ、ある訳なかろうが!あたしの気持ちは、あの時からずっと変わらんち!」

「嘘だ」

「嘘じゃなか!あたしが嘘ばついてたんは別のこつったい」

「別の事?」

ルビーが怪訝そうに聞き返すと、サファイアは、はっとして口をつぐんだ。

ー…何かある。

「サファイア?」

ルビーが優しく名前を呼ぶと、サファイアは気まずそうに顔を逸らす。

「サファイア、こっち向いて」

サファイアが逸らした方向に顔を向ければ、思いっ切り別の方向に顔を逸らされる。
カチリ。
ルビーのなにかしらのスイッチが入った音がした。

「サ・ファ・イ・ア?」

ゆっくりと名前を呼べば、サファイアは観念したかの様にルビーを見た。
先程まで哀しそうな顔をした彼は何処にいったのか。
満面の笑みで自分に迫るルビーから逃れようと視線を上にずらして逃げ道を探す。
それを許さないというかのように、ルビーはサファイアの顔の横に両肘をついた。

「ねぇ、どういう事?説明してよ」

「せっ…説明するけん。せやから、離れて欲しかーっ!!」

目の前に広がる紅に耐え切れなかったサファイアは顔を真っ赤にさせて絶叫した。



「サファイアはルビーと付き合ってないの?」

久しぶりに会った自分が尊敬する図鑑所有者の先輩が発した言葉に、サファイアは飲んでいた紅茶を吹き出した。

「やだ。大丈夫?」

「へ、平気です…」

げほげほとむせるサファイアの背を撫でて心配するブルーはサファイアの顔を覗き込みながら、つまらなそうに口を尖らせた。

「その様子じゃあ、付き合ってないのね。つまらないの」

「ブ、ブルーさん」

「サファイアは告白しないの?」

頬杖をついて口の端を上げる目の前の美しい先輩は本当にブルーさんなのだろうか。
ブルーさんの綺麗な顔が、この前テレビで見た首だけだったり、突然現れては消えるストライプ模様のネコの様に見えた。

「…告白なら、もうしとります。ずっと前にですけど」

「なぁに?どういう事?」

少しだけ俯いて答えたサファイアにブルーが明るい声で聞く。
正直にお姉さんに話してご覧なさい?とブルーが催促すると、サファイアは、ぽつりぽつりと話し始めた。


「それなら、アタシに良い案があるわ」

5、6年前にルビーと約束した事を話し終えると、ブルーは口角を上げて人差し指を左右に揺らした。




「…つまり、君がついた嘘っていうのは僕に待つって言った事をやめるって言う事だったの?」

「そうと」

そう。ブルーの言う「良い案」とはエイプリルフールの行事にのっかるという事だった。

『嘘をついても許される日だから大丈夫よ。もしも、ルビーがサファイアとの約束を忘れてたら嘘に気付く事もないんだし、忘れてなかったらそれはそれで面白い反応返してくれそうだし、何よりルビーの気持ちが確かめられる。…サファイアにとっても悪くないんじゃないかしら?』

からりと笑って、ブルーは嘘をつく事に対して抵抗を感じて渋るサファイアを言いくるめた。


「ル、ルビー。その…すまんち。嘘ばついてて」

気まずそうに居住まいを正すと、サファイアは頭を下げた。
膝に置かれた拳はきつく固められ、白くなって色を失っている様に見える。
ルビーはサファイアの手に己の手を重ねると、もう片方の手でサファイアの頭を撫でた。

「良いんだ。君は悪くない。だから顔を上げてよ」

優しい声音で降ってきた言葉に、サファイアは顔を上げた。
その表情は驚きを隠せない様でぽかんと口が空いていた。
サファイアに優しく微笑んで、ルビーは喋り続ける。

「それに今日はエイプリルフールでしょ?君は何一つ、悪くないじゃないか」

「ばってん…」

ルビーの言い分に納得がいかないのか、サファイアは反論しようと口を開いたが、ルビーの人差し指がサファイアの唇に当てられて、サファイアは押し黙った。
サファイアを制して、ルビーは真剣な表情でサファイアを見つめた。

「サファイア。こんな風になっちゃったけど、もう一度告わせて欲しい。サファイアが好きだ。もし、こんな僕で良いのなら付き合っ…」

「うんっ…。…っ、ひっく、…っうんっ!」

ルビーが全て言い終わらない内に、ルビーに勢い良く抱きついて、サファイアは泣きながら返事をした。
ルビーは尻餅をついて右手で自身とサファイアの体重を支えると、藍色の瞳からぽろぽろと零れる涙をそっと指で拭い取った。
そして、サファイアの耳元でそっと囁くとサファイアはルビーが今朝見た夢と同じ笑顔で微笑んだ。




(遅くなってごめんね。待っててくれてありがとう)
(本当に遅かよ。ばってん、返事ばくれたけん。それで良か!)

**************
lost soulの続きもの。
実はこのエイプリルフールネタを書きたいが為にlost soulは生まれました(笑)


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -