オーキド博士の孫にあたるナナミは、珈琲を煎れると両手を擦り合わせて自分の手を温める様に息を吐いた。
窓を見やれば、外の気温の低さと家の暖房機具で温められた気温との差で、窓は白く、くぐもっていた。
こんなに寒くて、雪も降ってきそうな天気でマサキさんはちゃんと帰って来れるのかしら?と珈琲カップを手に持って憂えていると、ピンポーンとインターフォンが鳴る。
はーい、と返しながら玄関の扉を開ければそこには…。
「っ…カガリ!?」
「久しぶりだねぇ。ナナミ。元気にしてたかい?」
目の前には何年も会っていない旧友が居た。
久しぶりの再会にナナミは嬉しそうに微笑む。
「久しぶり、私は元気よ。カガリは元気そうね。立ち話もなんだから、中に入って」
「悪いね。お邪魔するよ」
突然のカガリの来訪に驚きはしたが、何より旧友との再会が嬉しかったナナミはカガリを招き入れると、リビングへと彼女を案内した。
「珈琲で良い?」
「構わないよ」
「どうぞ」
ナナミが入れた珈琲を飲むとカガリは目を細めた。
「美味しい?」
「ああ、上等だよ」
カガリがそう答えると、ナナミは頬杖をついて満足そうに笑う。
そんな彼女を懐かしげに見て、カガリは口を開いた。
「…聞かないのかい?」
「何を?」
間髪入れずにそう答えれば、カガリは一瞬、躊躇うような表情を見せる。
「…今まで、あたしが何をしてたか」
「あら、聞いても良いのかしら?」
静かに笑うナナミの予想外な言葉にカガリは絶句した。
沈黙するカガリを一頻り眺めて珈琲を口に含む。
こくり、と珈琲を飲み込む音がカガリの耳に届いた。
「当ててあげましょうか?」
珈琲カップをテーブルに置いて、両手を組んでそこに顎を乗せると、真っ直ぐな瞳でカガリを射ぬく。
普段は穏やかな笑顔を絶やさないナナミのその鋭い視線に、カガリは驚愕を隠せない。
「貴女は今、コンテストに出場する為のコンディションを整えてるわよね?ポロック作りの為のきのみも育ててる」
「…何で、そう思うんだい?」
「簡単よ。貴女のキュウコン、毛並みが綺麗だもの。元々持っているものだけじゃない。人の手によって整えられたものよ」
くす、と笑ってモンスターボールに入っているキュウコンを指差す。
自分の腰にあるモンスターボールを見つめたカガリは苦笑した。
「流石だな。あんたの眼力はまだ現役らしい」
「それはそうよ。コンテストにはもう出なくなったけれど、ポケモンの毛並みは毎日整えているもの」
ねぇ?と隣に居たラッキーと顔を見合わせる。
「でも、それだけじゃないわ。カガリ、貴女の表情が輝いてるからよ」
「…どういう意味だい?」
「自分じゃ気付かない?今の貴女の表情、とても輝いてるのよ?ポケモンが、好きで好きで仕方ないって。一緒にコンテストに向けて頑張るのが楽しいって…そういう顔してる。昔の貴女と変わらないくらい…。いいえ、昔以上に綺麗になってる」
「ナナミには敵わないね。…昔からそうだ。あたしはあんたに勝った試しがない」
キッパリと断言したナナミに苦笑して溜息を吐くと、ナナミは朗らかに笑った。
「そんなことないわよ?カガリが分かってないだけ」
「どの口が言うんだい?どの口が」
笑顔で嘘ぶくナナミの口元を指差してカガリが笑う。
「人に指を指すのはマナー違反です」
「それは悪かったね」
軽口を叩いて笑い合っていると、バタンと扉が閉まる音がした。
次いで聞こえる声にナナミが立ち上がる。
「ただいま。今、帰ったでー」
「マサキさん。お帰りなさい」
「あれ?お客はんや。ナナミはんの友達?」
「そうよ。カガリっていうの。カガリ、この人はマサキさん。ポケモン評論家で、ポケモン転送システムを作った科学者よ」
ナナミの紹介にカガリは頭を下げた。
背広をナナミに預けてカガリに顔を向けると、マサキは少し考える様に俯いて、ナナミに預けた背広を取り返した。
「マサキさん?」
マサキの謎の行動にナナミが目を丸くする。
「なんや、見たところごっつ久しぶりに会うた感じがするさかい。わいの事は気にせんで二人で楽しんどってーや」
からりと笑って、久しぶりの友達とゆっくり話して良いというマサキにナナミが慌てる。
「いや、その必要はないよ」
ガタリと立ち上がってカガリはマサキとナナミに向き合った。
「随分、長居をして悪かった。あたしはそろそろ帰るよ」
「え、でも…」
「また、遊びに来るさ」
微笑して身を翻し、世話になったと言って帰っていくカガリをぽかんとした顔で見送ったマサキとナナミは顔を見合わせて、笑い合った。
「なんや、えろう凄い人やな」
「でしょう?口調とか昔と違ってたけど、根本的なところは変わらないの。意外と礼儀正しいところとか、ポケモンもコンテストも大好きなとこも…変なところで一人で気負ってしまったり、意地っ張りなところもね」
クスクスと懐かしげに笑うナナミを見て、マサキは頭をかいた。
「ナナミはんは、カガリはんの事よう分かっとるんやね。ちょっと妬ける…」
「コンテストで競い合ったライバルで親友ですから」
ふて腐れるマサキに誇らしげに笑いかけて、ナナミはマサキの耳元で囁いた。
ー…でも、一番好きなのはマサキさんですよ?
ナナミの囁きに顔を真っ赤にさせて、背広を落としたマサキを満足そうに見上げて、お風呂とご飯どっちを先にします?と聞くナナミに、マサキは逃げる様にお風呂先に貰いますわ!と答えてお風呂場へと直行した。
耳まで真っ赤なマサキの後ろ姿を眺めながら、ナナミは背伸びをすると、さぁ!夕飯作らなくっちゃ!と言って台所へと向かって行った。
(ナナミはんには、ほんま敵いまへんわ)
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初マサナナ。
私の中でナナミさんは曲者。
一筋縄ではいかない人。
全部解ってて笑顔で全てを受け止める人。
そんなmy設定がある。
この話の中のナナミさんは、カガリさんがした事を知ってたり知ってなかったり。
正直言ってどちらでも良い。
知っててそれでもカガリはカガリでしょ?っていうのと、知らないんだけど、なんとなくやんわりとカガリが悩んだり苦しんでたりしているのを解ってて、笑顔でカガリの全てを受け止めてるとかでも良い。
あれ、これじゃまるでナナカガじゃない?
いや、マサナナ+カガリだから。
一応。
…私、何言ってんだろ。