シルバーエメラルドの場合。

図鑑の調子が悪くて、マサラのオーキド博士の研究所に訪れた。
博士に図鑑を直して貰っている間はクリスタルと話をするのも良いだろう。
そう考えてチャイムを鳴らす。
パタパタとした足音の後にシルバーを出迎えたのはクリスタルではなく、エメラルドだった。

「あれ、シルバーさん?どうしてここに?」

「図鑑の調子が悪くてな。博士に見て貰おうと思って」

「ああ、成程。オーキド博士は研究室に居るよ。とにかく中に入って」

エメラルドに案内されて応接室へと通される。

「お茶でも飲んで待っててよ。今、オーキド博士を呼んで来る」

「ああ」

小走りに応接室を後にしてエメラルドは研究室へと急いだ。




「おお、シルバー!久しぶりじゃな」

「お久しぶりです。オーキド博士」

エメラルドに呼ばれて来たオーキド博士は片手を上げて挨拶をするとにっこりと笑った。

「それで、図鑑は?」

「ここに。二〜三日様子を見てたんですけど、調子がおかしいままで」

「原因は分からないんじゃな?」

「はい」

「ふむ…。とにかく見てみねば分からんからのぅ。暫く待っていてくれんか?」

「分かりました。お願いします」

シルバーから図鑑を受け取るとオーキド博士はよれよれの白衣を翻して研究室へと姿を消した。
図鑑の修復を待つシルバーはエメラルドが出したお茶を飲みつつ、ちらりとエメラルドを一瞥する。

「…何?何かオレの顔についてる?」

意味ありげなシルバーの視線にエメラルドが長い眉毛を不思議そうにくいっと上げるとシルバーは「違う」と首を振った。

「…クリスは今日はいないのか?」

勤勉で休む事を知らない生真面目な友人。
ぱりっとアイロンのかけられた白衣を翻してキビキビと働くクリスタルの姿がない事に首を傾げるとエメラルドが「ああ」と得心のいった顔付きで長い袖を片方上げた。
ぶらぶらと余った袖がエメラルドの動きにつられて揺れる。

「クリスタルさんならゴールドさんのところ。今日はクリスタルさんは休みなんだ」

「そうなのか。意外だな」
「何が?」

「クリスをゴールドのところにやるのは反対すると思ったんだが」

「クリスタルさん、放って置くと休まないで働いちゃうから。だったらゴールドさんに預けた方が気晴らしになると思うんだよね」

「ああ、確かに。あいつはストレス発散には丁度良いしな」

「シルバーさん。ひっど〜」

楽しそうにひひっと白い歯を剥き出して笑うエメラルドに微笑を零してシルバーは立ち上がった。

「シルバーさん?」

「手伝おう」

「え?」

「今日一日だけだが、クリスがいない穴は塞がるだろ」

「シルバーさんは優秀だしなー。お願いしようかな?」

「何をすれば良い?」

「書類整理かな。色違いや出身地別、それからタイプの系統別に纏めたい」

「分かった」

とんとん拍子に事は進み、順調に書類整理が終わっていく。
一息ついたところで柔らかいソファーに腰を下ろした。
ゆっくりとソファーに沈んでいく身体が休息を感じて、自然に息をついた。
エメラルドがパチリとリモコンでテレビの電源をつけると画面一杯にルビーとサファイアが映る。

「「!?」」

二人して同時に驚愕して、テレビ画面に釘付けになってしまった瞳の視線を外す事は出来なかった。
若いインタビューアにマイクを向けられて答えるルビーとサファイア。
サファイアのらしすぎる回答に小さく吹き出す。

鈍過ぎる。
あいつの頭の中はポケモン一色か。

心中でツッコミを入れていると次にルビーが答える。
それからのエメラルドの反応は苦苦しい物だった。
大きな瞳は半眼になり、眉間に何本か皺が刻まれている。
長い眉毛は不愉快そうに顰められ、小さな口は「またかよ」と言いたげに開かれていた。
これを形容するなら『うんざり』という言葉がお似合いだろう。
そう思わせる程にエメラルドは嫌そうな雰囲気を漂わせていた。

「全国放送でまでいちゃつきやがって…」

「あいつらなら仕方ないだろう」

「見てるこっちは胸やけするよ」

しかも、大多数はそのいちゃつきの喧嘩の中にエメラルドも巻き込まれるのだ。
彼からしてみれば、迷惑この上ない事だろう。

「…それでも、嫌いでは無いだろう?」

「嫌いっていうか、呆れてるっていうか…むしろ諦めたに近いかも」

溜息をついて肩を竦ませるエメラルドの苦笑に似た表情は『それでも、嫌いじゃないけどね』と物語っている。
そんな彼にシルバーは首を傾げて質問を投げた。

「…ラルドの好きなタイプはクリスか?」

「…驚いた。まさか、シルバーさんがその手の話をするなんて」

シルバーの発言内容よりも彼が口に出した恋愛話が意外過ぎるとエメラルドの表情が物語る。

「その手の話をして冷やかす奴がこの場に居ないからな。それに聞いてみたかった。お前はどうなのか」

ふ…と微笑するシルバーを見上げてエメラルドは静かに笑う。

「…クリスタルさんは好きだけどタイプじゃないよ。クリスタルさんだから好きなだけで、クリスタルさんと同じタイプの人をオレは好きにならないと思う。それにオレのクリスタルさんに対する好意は恋じゃなくて愛なんだ。それはシルバーさんも一緒だと思ってたんだけど、違うの?」

穏やかに笑った後にシルバーを見上げてエメラルドは小首を傾げる。
エメラルドが言っているのは自分のブルーに対する気持ちの事だろうと察したシルバーは先程のエメラルドと同じ様に穏やかな微笑を湛えた。

「…そうだな。オレもラルドと同じだ。ブルー姉さんには幸せになって欲しいし、そうであって欲しい」

もしもこの感情が恋であったなら、『幸せになって欲しい』ではなく、『自分』が『ブルー』を幸せにしたかったと強く願うだろう。
けれど実際はブルーが幸せであるのならば、それが例え自分の力でなくとも構わないと思っている。
負け惜しみでなく、本当に自然にそう思えるのはきっと彼女の隣に居るあの人を認めているからだろう。
こういう感情は恋情ではない。
家族を想う様なこの感情は愛情だ。
血は繋がっていなくとも、姉弟の様に共に育ってきた。
慕って、大切にしてきた。人が人を想う感情を愛情と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。

「オレとシルバーさんって似てるのかもね」

「……苦労人というところがか?」

「そうだよ。バカップルとケンカップルに挟まれてるしね」

深い溜息をついて肩を竦めるエメラルドの背中をシルバーがぽんぽんと叩く。
苦労人二名がお互いの苦労を労っていると資料室の扉が開いた。

「ここにおったか!ほれ、シルバー。図鑑は直ったぞ」

「ありがとうございます。オーキド博士」

「また何かあったら来なさい。いつでも直してあげよう」

「はい。ありがとうございました」

オーキド博士から渡された図鑑を開いて確認をするとシルバーはもう一度頭を下げてお礼を言った。
それに気にするなといった体で片手を上げて制止するとタイミングを見計らっていたエメラルドが口を開いた。

「シルバーさん。良かったら今日泊まっていかない?靴屋から新鮮なきのみを貰ったんだ。それからボングリも。おすそ分けしたいし、ご馳走するよ」

「良いのか?」

「勿論」

「それじゃあ、ラルドの言葉に甘えさせて貰おう」

「やった!」

ぐっと拳を握り、肘を折り曲げて喜ぶエメラルドとそんなエメラルドを優しく見守るシルバー。
今夜の泊まりの話で盛り上がる二人の会話を聞きながら、一人残されたオーキド博士は目を丸くしてエメラルドとシルバーを見つめた。
しかし、驚いていたのも一瞬の事で。
独りだった時間が長すぎたエメラルドと長い間、復讐に捕われていたシルバー。
そんな二人にも仲間が出来て。
いつの間にか二人を囲んでいたのは沢山の友人達。
そうして沢山の人と関わって、彼等の心境にも変化が起きて。
今では良好な関係を保てている二人の仲睦まじい会話にオーキド博士は穏やかな微笑みを湛えた。



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