一週間前 | ナノ
兄さん。
レッド兄さん。
兄さんは俺の憧れ。
無口だけど優しくて、穏やかな人だけど、ポケモンバトルが凄く強い。
兄さんのポケモンバトルの腕前は本当に凄いんだ。
屈強なジムリーダーを倒し、バッジを手に入れ、セキエイ高原を超えて四天王すら倒した。
チャンピオンになれるのに、チャンピオンになる事を辞退し、更なる強さを求めて兄さんは修業の旅に出た。
兄さんがチャンピオンになる事を辞退して家に帰ってきた時を境にして、兄さんとは会っていない。
連絡も来ない。
だけど、俺は分かるんだ。
兄さんはきっとどこかで元気に過ごしてる。
母さんも言ってた。
「便りが無いのは元気な証拠」だってね。
俺もいつか、旅に出たい。
旅に出て、兄さんみたいに強くなる。
それから兄さんみたいに人助けが出来たら。
ロケット団と戦って、悪の組織から皆を守った兄さんみたいに俺も皆を守りたい。
いつも、そう思ってた。
だから、それが叶うなんて思いもしなかったんだ。
「おはよう。ねぼすけさん」
眩しい朝の日差しと共に俺を夢の世界から叩き起こしたのはリーフだった。
「…………………。リーフか!おはよう!」
シーツを引っ張ってベッドから落ちた俺を見下ろしているリーフは10秒前の俺と違ってしっかりと覚醒した顔付きだ。
視界が反転したままリーフを見上げて笑うと呆れた様子で俺の腕を引っ張って起こしてくれた。
「おじいちゃんが呼んでるの。早く用意して」
「オーキド博士が?俺を?」
「良く分からないけれど、私とファイアに用があるみたい」
「ふーん?分かった!じゃあ今から着替えるわ!」
「分かった。下で待ってる」
リーフが出ていくと同時に上着を脱いで着替え始める。
タンスにしまってあった洋服を取り出し、急いで着用してから階段を下りる。
バタバタと五月蝿い音をたてて降りてきた俺に母さんが菜箸を向けた。
「出掛けるのはご飯を食べてから!一日の始まりにご飯を食べないと力なんて出ないからね!」
「はーい!いっただっきまーす!」
リビングの食卓に付き、両手を合わせる。
「ちゃんと噛まないと駄目だよ」
向かい側の椅子に腰掛けたリーフは母さんが淹れたハーブティーを飲んで俺に注意を促した。
「分かってるって!」
俺は落ち着きがないけど、食事に関する事には割と礼儀正しい方だ。
礼儀正しいのは母さんの教育の賜物だと思う。
俺を待ってくれているリーフをこれ以上待たせない様に急ぎすぎず、遅すぎない早さで遅い朝ご飯を完食した。
「おお!リーフとファイア、遅かったのぅ」
リーフの祖父であり、ポケモン界で有名なオーキド博士に苦笑いをして挨拶をする。
「すみません。おはようございます」
「それよりおじいちゃん。私達に用事って何?」
「おお!そうじゃった、そうじゃった。えーと、確かここら辺に…」
ごそごそとオーキド博士が引き出しを開けて何かを探していると助手の一人が気遣わしそうにオーキド博士に声を掛けた。
「あのー…オーキド博士?例の件でしたら、来週に届くそうですよ?」
「何じゃと!?」
「ええ。この前その通知が来たじゃないですか」
「………忘れとったわい…」
そう呟くとオーキド博士はこほんと一つ咳ばらいをして、俺とリーフに向き直った。
「…二人には悪いが、来週にもう一度来てくれんかのう?」
「……分かった」
「分かりました!」
「…なんか、ごめんね。呼んでおいて…」
オーキド研究所を後にした俺は一緒に出て行ったリーフに謝られて首を傾げた。
「何で?リーフが謝る事じゃないじゃん」
「でも…」
「それより、来週に何があるんだろーな?」
「…さぁ。分からない」
首を振ってリーフはそっと瞳を閉じた。
リーフの栗色の髪が首の動きで左右に流れる。
憂鬱な時、不安な時、リーフは瞳を閉じる癖がある。
本人は気付いているのかどうか知らないけど、そういう癖がリーフは昔からある。
「とにかく、来週が待ち遠しいな!」
俺はリーフが何を不安がっているか、憂鬱なのかなんて分からないけど、これ以上リーフのそんな顔は見たくないから。
会話を打ち切って、からりと笑った。
とにかく来週が楽しみだ。
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ファイア視点は書きづらい。
ファイアとリーフ、それぞれの視点から見た旅になります。