ゴールドクリスタルの場合。

「よっ!久しぶり」

突然の訪問者にクリスタルは溜息をついて、訪問者を迎え入れた。

「どうぞ、中に入って」

「おう、わりーな」

客間に通してゴールドをソファーに座らせる。
客用に用意してある茶箱を取り出し、まだ新しい茶葉を使って緑茶の入った湯呑みをゴールドに渡した。

「サンキュー」

自分の分の緑茶をテーブルに置くと、クリスタルは台所へと消えていく。
煎餅の袋を手にして戻ってくるとクリスタルはソファーに腰を下ろした。

「今までどこをほっつき歩いていたのよ」

ゴールドがどこかに消えるのはいつもの事だけれど、連絡が全く取れないのは流石に困る。
緊急事態の時だってある。
それに、もっと単純に、心配になるのだ。
ゴールドなら元気にしている事も分かっている。
分かっているけれど、大切な友人の安否が気になってしまうのは仕方のない事だろう。
恨めがましくゴールドを睨みつけるとゴールドはリュックから卵を取り出した。

「ポケモンの卵?」

「そ。ウツギ博士の研究の手伝いを頼まれたんだよ。各地方、各町で過ごしたポケモンの卵が孵った時にどんな性格、特徴のポケモンが生まれるのか、環境の違いによってポケモンに与える影響、それを調べるんだってよ」

「そっか。ゴールドは『孵す者』だもんね」

オーキド博士が与えたポケモン図鑑。
その図鑑の所有者にはそれぞれ得意とする能力がある。
クリスタルならポケモンをゲットする為の能力で『捕らえる者』、シルバーならポケモン交換による進化に特化した能力で『換える者』と呼ばれている。
そして、ゴールド。
彼は生まれてくるポケモンの潜在能力を最大限にまで引き出す能力を持っており、『孵す者』と呼ばれている。
ウツギ博士が熱心に研究しているポケモンの卵に関してはゴールドが適任。
そう考えての人選なのだろう。

「そーいうこった。カントーのトキワの森に行ったり、ホウエンのフエンに行って温泉に入ったりシンオウのソノオで花まみれになったり大変だったんだぜー?」

うんうん、と何度も頷くゴールド。
さも苦労をしたと語るが、それに反してその内容は楽しそうである。

「ゴールドも頑張ってるのね。…私も頑張らなくちゃ」

「あん?お前も何か頑張らなきゃなんねー事があんのか?」

「…ちょっとね。たいした事じゃないから気にしないで」

「ふーん。ってオイ!クリス!この煎餅、フエン煎餅じゃねーか!?」

カリリとクリスタルが出した煎餅を頬張ったゴールドは咀嚼して飲み込んだ後に目を見開いて煎餅のパッケージを見詰めた。

「それね、この前エメラルド君がルビー君とサファイアちゃんに会いに行った時に買ってきてくれたのよ」

「へー、あのミョーチキリンボーイがねぇ…」

ゴールド曰くクロワッサンに類似した髪型の少年を思い浮かべてゴールドはニヤリと口角を吊り上げた。
バトルフロンティアで知り合ったエメラルド。
同じホウエンの図鑑所有者として友好的なルビーとサファイアには眉間の皺を深く刻み、嫌そうな顔をする事が多いが、どうやらそれなりに親しい関係を築けているらしい。

「あまり、態度に出してくれなかったけど、楽しかったみたいよ」

「クリスタルさーん。あのさー」

噂をすれば影が差す。
言葉通りにエメラルドが自分より背の高いドアノブを回して客間に入室した。

「あれ、お客ってゴールドさんだったんだ。久しぶりー」

「おう。お前、ホウエンに行ったんだって?フエン煎餅サンキューな」

「別にゴールドさんの為に買ってきた訳じゃないけどね〜」

「お?言うじゃねーか」

軽口を叩き合うゴールドとエメラルド。
久しぶりに会えたゴールドにエメラルドは嬉しそうにししっと笑う。

「ああ、そうだ。ちょっくらクリス借りてくわ」

「え!ちょっと、」

クリスタルの腕を引っ張ってぐいぐいと研究所を後にしようとするゴールド。

「ゴールドってば!何勝手な事を言っているのよ、私はまだ仕事が」

「あー、ぐだぐだうっせーな。じゃあ、今日一日は休みだ、休み。つー事で出掛けんぞ」

耳元でぎゃーぎゃー五月蝿いと人差し指を耳に突っ込んで、ゴールドが面倒臭そうに言うとその台詞にピーンときたのか、エメラルドがニヤリと笑んでクリスタルの白衣を奪い取り、いつもの上着とバッグをゴールドに持たせて研究所の外へと二人を放り出した。

「じゃ、ゴールドさん。クリスタルさんを頼んだよ。ごゆっくり〜」

ばいばい、と揺らされるマジックハンドとエメラルドの笑顔を最後にバタンと無情にもオーキド研究所の扉は閉められた。

クリスタルの白衣をハンガーにかけたエメラルドは深い溜息を吐く。

ゴールドさんも素直じゃない。
けど、クリスタルさんも凄く頑固だ。

「ほんっと、やんなっちゃうよね。オレが言ってもクリスタルさん、休んでくれないもん。ゴールドさんくらい強引じゃないと」

せっかくオレが気を利かせてあげたんだから、クリスタルさんを元気にさせてあげてよね。

自分に出来る事、出来ない事を正確に把握しているエメラルドは呟いてから背伸びをしてオーキド博士の居る研究室へと歩き出した。

「さーてと、オーキド博士にクリスタルさんの突発的休暇を言わないとな。ゴールドさんが拉致したんだし、クリスタルさんが責められない様に言っておこ」




エメラルドに研究所から放り出されたクリスタルは現在、ゴールドの家に居た。

ポケモン屋敷と呼ばれる彼の家には野生のポケモンが沢山居る。
彼等はゴールドの家が居心地が良くて居着いたらしい。

「ねぇ、ゴールド。貴方のお母様は?」

「母さんは旅行。オレ一人じゃこいつらの面倒見切れねーからな。お前の助けが必要なんだよ。で、オレはこいつらの飯の用意をしなきゃなんねーからお前はこいつらの相手してろ」

エプロンを腰に巻き付け、ゴールドはさっさと調理場に立つと包丁を取り出して料理を作り始めた。
残されたクリスタルは手持ち無沙汰に立っていたが、直ぐにベロリンガやエイパム等のポケモン達がクリスタルの手を引いて庭へと連れ出した。

「いってらっしゃい。あんま遠くに行くんじゃねーぞ」

振り返らずにゴールドにかけられた言葉に真面目なクリスタルは「いってきます!」と返すと雪崩の様にポケモン達に流されて外へと出て行った。




ワカバタウンのゴールド宅人呼んで『ポケモン屋敷』。
大きくて広い邸宅だ。
屋敷が広ければそこに住むポケモンも多い。
クリスタルを外に連れ出したポケモンの数は両手で数え切れない程大人数だった。

「ちょげぷりいぃいーっ!」

目付きの悪いトゲピーことトゲたろうがクリスタルの足にしがみつく。

「べーろりんがっ」

「ゴースゴスゴスッ」

「ティオー」

「ラッキー」

「いしー」

トゲたろうを始めとして沢山のポケモン達がクリスタルの足に纏わり付いたり、腕を引っ張ったり等全力で「遊んで」と構ってコールを連発する。

「はいはい、順番ね」

目の離せないポケモン達。
多種多様なポケモン達を相手にクリスタルは気の休まる暇もなく、喧嘩の仲裁を行い、皆で遊ぶ。
泥だらけになる程駆けずり回って遊んだクリスタル達はボロボロだった。
クリスタルの二つに結ばれた髪は左右でバランスが崩れているし、頬には泥が付いて衣服の汚れも酷い。
普段のクリスタルなら絶対にならない身なりになってしまった。
泥だらけになって帰って来たクリスタル達をエプロンを脱いだゴールドが出迎える。

「お帰り。おー、汚れて帰って来たな」

「あ、その、ゴールド。ごめんなさい。私が気をつけていれば…」

こんなに汚れる事は無かったのに。
ゴールドの手伝いでポケモン達の世話を頼まれたのに、自分まで汚れて帰って来て仕事を増やして、一体何をやっているんだろう。
これじゃあ本末転倒だ。

「あ?何言ってんだよ。外に行ったら汚れて帰って来んのは当たり前だろーが。んなつまんねー事言ってねーで顔拭けよ」

クリスタルにタオルを差し出してゴールドは桶に湯を張るとバスタオルを床に引く。

「順番に足を拭けよー。したら風呂場に直行な」

ゴールドの指示に従い、ぞろぞろとポケモン達が並んで歩く。
クリスタルもその後を追って風呂場に入るとぽかんと彼女は口を開けて目を見開いた。

「……貴方の家ってお風呂場も広くて大きいのね」

「普通じゃね?」

いや、普通じゃない。
一般家庭の風呂場の狭さを知らないゴールドの発言に思わずクリスタルから溜息が漏れる。

「おし、じゃあ、炎タイプと岩タイプのポケモンは脱衣所で待機だ。それ以外はクリスの言う事を聞けよ。エイたろう、キマたろう、マンたろう、バクたろう、トゲたろう、ウーたろう、ピチュ、ネイぴょん、メガぴょん、エビぴょん、ウィンぴょん、パラぴょん、カラぴょんは先に風呂から出たら、後から出た奴らの面倒をしっかりと見とけ。全員、オレが作った飯をつまみ食いしたら昼飯は無いと思え」

ぴっと人差し指をポケモン達に突き付けると桶にお湯を張ってゴールドは脱衣所に腰を下ろす。

「バクたろう、炎しまえ」

ゴールドがそう言うとバクたろうが背中の炎をしまってゴールドに背を向ける。
タオルを濡らして固く絞るとその濡れたタオルでバクたろうの体を拭き始めた。

「水が苦手な奴も居るからな。こーして汚れを取ってやってんだ」

クリスタルが口を開くよりも早くゴールドが自分の行動の理由を話す。
ゴールドに体を拭かれたバクたろうは気持ち良さそうに「キュー」と鳴いた。

「お前汚れて泥だらけだからそのまま風呂に入っちまえよ。ついでに服も洗っちまえ。オレの服貸してやるから」

クリスタルの返事も待たずにゴールドは扉を閉めると行列になっているポケモンの体を一生懸命に拭き始めた。




ぽちゃり。
広い浴槽に浸かったクリスタルはほぅと息をついた。
沢山のポケモン達は今はお風呂場には居ない。
彼等は皆、クリスタルに迷惑をかけない様にと従順に従った。
思った以上に早く終わってしまった事に呆気に取られながらも、クリスタルはそれでは自分もさっさとお風呂を済ませてしまおうと髪と身体を洗って出ようとするが、ラッキーがとてとてと歩いてクリスタルの手を引き、彼女を浴槽へと連れて行った。

「ラッキー」

お湯に浸かれと言いたげに桃色の手で浴槽をぺしぺしと叩く。

「でも…」

「ラッキー!!」

優しい眼差しのラッキーが眦を吊り上げてクリスタルを見上げる。
優しく包容力のある、こちらがほっとする様な雰囲気を持つラッキーの迫力に負けたクリスタルは降参して浴槽へと足を入れた。
そういう経緯があってクリスタルは今、広い浴槽に身を浸からせている。
隣にはラッキーが居て、大切そうに卵を抱えていた。
突然の忙しさからの解放。
普段ゆっくりとお湯に浸かる事の無かったクリスタルは肩の力が抜けていくのを感じて、ふぅと溜息をついた。
瞳を閉じて肩の力を抜いてリラックスして、そして気付く。

「ラッキー?」

漏れ出た溜息を耳聡く聞き付けたラッキーが怪訝な表情でクリスタルを見上げる。
自分を心配するラッキーに微笑を零して、クリスタルはラッキーの丸い頭を撫でた。
きょとんと目を丸くするラッキーを見て益々クリスタルの笑みが深くなる。ああ、まったく。
どうしてこうもこの家のポケモン達は暖かいのだろうか。
それはきっとこの家の主とその家族が人情味に溢れた人間だからだろう。
ガサツでいい加減で自分勝手でその癖とても人情味の厚い不器用な優しさを持つ爆発頭がトレードマークの彼を思い出してクリスタルは嬉しそうに笑う。

「お風呂に入るまで気付かなかったけど、私、疲れてたみたいね。それを気付かせてくれてありがとう」

充実した忙しい生活の中で、仕事に追われて精神的に疲れていた私に気付いてくれて。
自分の事に無頓着だから、そんな私を強引だけど仕事から引き離して息抜きをさせてくれて。
疲れを癒させる為にお風呂まで用意してくれて。
私が気に病まない様に『手伝いが必要だから』と口実まで作ってくれて。
そこまでして自分を心配してくれるゴールドに、彼の家族達にどうしようもなく、『ありがとう』と言いたくなった。
クリスタルのそんな感謝の気持ちが伝わったのか、ラッキーも嬉しそうに笑みを零してクリスタルに抱き着いた。




「ゴールド、服とお風呂、ありがとう」

「いーってことよ。それより悪かったな。手伝せて」

「ううん。大丈夫」

ほかほかの湯気をたてて、ゴールドの服を着たクリスタルがリビングに入る。
ゴールドが麦茶を注いだコップをクリスタルに手渡すと彼女はリビングの椅子に腰掛けた。
こく、こくり。
麦茶で喉を潤すとクリスタルはゴールドの名前を呼ぶ。

「ゴールド、ありがとう」

「何がだよ?」

突然のお礼に意味が分からず、眉根を寄せるゴールドに肩を竦めてクリスタルは答える。

「貴方のおかげで肩の力が抜けたわ。ありがとう」

何も聞かないでくれて。
私を心配してくれて。

「どーいたしまして」

薄く笑ってゴールドも席に着くとリモコンを操作してテレビをつける。
床ではゴールドお手製のお昼ご飯をポケモン達が夢中になってガツガツと食べている。
それを見守りながらクリスタルとゴールドも昼食を食べ始めた。
昼食を食べ終える頃にお昼のドラマが終わり、ニュースが流れる。
全国放送のテレビではレポーターがコメントを繰り広げて町の様子を紹介する。

「あら、ルビー君とサファイアちゃん?」

最初に見慣れた後輩二人の姿に気付いたのはクリスタルだった。

「お、あいつらいつも一緒だよな。お熱いこって」

冷やかす様に笑うゴールドに苦笑を零すクリスタル。
その二人の表情はテレビ画面越しに繰り広げられる後輩二人の痴話喧嘩に呆れた表情へと変わっていった。

「何やってんだよ、オシャレ小僧」

「ルビー君の事だから何か意図があっての事だと思うけど…。ねぇ、ゴールド。貴方は無いの?好きなタイプ」

「……」

「ゴールド?」

返答が無い事を訝しんでゴールドを覗き込むとゴールドは頬杖を付いて微笑した。

「あるぜ。一度言ったら聞かねー頑固者でプロ意識のたっけー超絶真面目な学級委員長。ちなみに責任感も強い」

お前は?と人差し指で指されたクリスタルは柔らかく微笑む。

「そうね。見た目も中身も不良なギャンブラーの癖にとーっても情の厚い、超ゴーイングマイウェイさん。ちなみに凄くいい加減」

「ほー。そんなのが好きなタイプってお前趣味悪いんじゃね?」

「貴方こそ。そういう面倒臭いの苦手な筈でしょう?」

「仕方ねーだろ。惚れた弱みっつーの?」

「それなら私もよ。貴方風に言うなら『惚れちまったもんはしょうがねー』ってやつかしら?」

「お互い苦労すんな」

「もう慣れたわ」

お互いが自分の想い人を語り合い、惚気合う。
お互いその想い人の名前は出さないけれど、その想い人が誰なのかが解っているからその表情は柔らかくて。
好きという気持ちをこんな風にしか言えないけれど、素直じゃなくて意地っ張りな自分達らしいと思った。



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