突然二人きりにされた少年と少女は長い沈黙による静寂の中に身を置いていた。
気まずさが二人の間に流れる。
突然な展開に投げ込んだカガリを恨めしく思いながらも、それはお門違いだと思い直し、口をつぐむ。
ちらりと互いを盗み見ては慌てて視線を別の場所へと移す事を繰り返して数分後。
ばっちりと目が合った少年と少女は同時に喋り出した。

「あのさ…」

「あんね…」

「天使さんから先にどうぞ」

「あたしは後で良かけん。あんたから先に言うったい」

また同時に喋っては同じ言葉を繰り出す。
目を丸くした少年と少女は同時に吹き出した。
先程の気まずさによるピリピリとした空気が消失し、柔らかな雰囲気が二人を包む。
クスクスと笑い声が響く部屋にタイミングが良いのか、悪いのか、カガリが帰って来た。

「待たせたね。早速だけどあんた達の寝室に連れて行って貰おうか」

手に網の様な物を持ったカガリは柔らかい微笑を浮かべていた少年と少女を目撃して、僅かに首を傾げた。

あたしが留守にしていた間に何があった?

疑問に思う程に彼等の表情や雰囲気は柔らかい。
しかし、その仲直りしたかの様に見える空気が根本的な問題ー…この騒動の原因となった問題が解決された訳ではないと悟ったカガリは幾分雰囲気の柔らかくなった少年と少女に連れられ、寝室へと入った。

「ここがあんた達の部屋か…」

ぐるりと寝室を見回してカガリは適当である場所を探す。
即ち、彼女の持つ網の様な物が上手く取り付けられる場所を。

「ところでどうして寝室なんですか?」

少年がカガリを見上げるとカガリはにやりと妖しい笑みを作る。

「さて、ルビー。これは何だと思う?」

今までずっと持っていた網を柱と柱に括り付け、取れない様に固く結ぶ。
柱と柱に引っ張られて広げられた網を見て、少年は小首を傾げた。

「…分かりません。それは何ですか?」

「ハンモックったい!」

少年の問いに答えたのはカガリではなく、少女だった。

「天使さん、知ってるの…?」

「知っとるも何も!昔は良く木にハンモックば括り付けて風の音ば聞いて寝とったったい。懐かしかー!」

きゃいきゃいとはしゃいで少女は瞳を輝かせてハンモックを見上げる。
そして箒に跨がると一瞬の間を置いてふわりと浮かび上がった。
少女の特徴的な横髪が不規則に上下し、ワンピースの裾がはためく。
ぶわりと風がカガリと少年の頬を撫でると少女は空中をゆっくりと上昇してハンモックへと飛び移る。
少女が空中を飛ぶ様子を直視したカガリはピュウと口笛を吹き、へぇ…と感嘆の声を漏らした。

「こん感じ!あたしが昔使っとった物とそっくりったい!ね、カガリさん、やったっけ?こんハンモック、あたしに譲って欲しか!」

大はしゃぎの少女は満面の笑顔でカガリにお願いをする。

「ああ、別に構わないよ」

「やったー!あたし、ハンモックで寝るったい!」

「…て、「…良いのかい?」

ハンモックで寝る事を決定事項としている少女に少年は異議を唱えるべく、口を開くが、少女を呼ぶ前にその言葉は自分の耳元で囁くカガリの声に遮られた。

何を、ですか。

少年が問う前にカガリは目線をハンモックの上で寛ぐ少女へと向ける。
カガリにつられて少年が少女を仰ぎ見るのを確認するとカガリは小声で喋り始めた。

「あんなに喜んでいるのに、あんたはハンモックを没収するつもりかい?それとも自分がハンモックで寝るとでも?もしもそんな事を考えているんだとしたら、本末転倒だ。あの娘が何を望んでるか、あんたなら分かっているだろう?」

「……………」

ご満悦な少女をしばらくじっと見据える。
藍色の瞳はきらきらと輝き、満面の笑みを浮かべる少女は楽しげだ。

「はぁ」

少年は溜息をつくとカガリに向けて苦笑する。

「ボクが間違ってました」

「そうかい」

素直に自分の非を認める少年にカガリはやはり、ニヤリと口角を上げて笑った。

「なら、どうしなくちゃいけないのか、分かっているだろう?」

軽く少年の背を押すと少年は分かっていますよ、と返事をして少女に歩み寄る。
少年の背中に先程の危うさが消えた事を感じ取るとカガリは今までの人を食った様な笑みを消して、柔らかな微笑みを浮かべた。
まるでそれは手の掛かる我が子を慈しむ母親の様にー…。
その微笑みは誰に目撃されるでもなく、一瞬で元の人を食った様な笑みに戻り、カガリは邪魔者は退散だといった体で寝室を後にした。




カガリが居なくなった寝室では少年の柔らかな声が優しく、少女の名前を呼んだ。

「天使さん」

「何ね」

見下ろすと両手を広げて待機する少年の姿が。

「話があるんだ。下りてきてよ」

「あんたに抱き留められんでもあたし一人で下りられるったい」

箒には乗らずにハンモックから飛び下りる。
スタリと猫の様にしなやかに着地すると少女は得意げに笑った。

「そんで話って何よ?」

「……ご飯の当番の話だけどさ、今度からはボクが教えてあげるから。それで料理が作れる様になってから天使さんにも作って貰うよ」

「え」

少年からの思いがけない言葉。
少女は驚愕に目を見開き、少年を見つめる。

「それから掃除も、洗濯物も洗い物も家事はボクと一緒にやって貰う。一通りちゃんと出来る様になってから今度はちゃんと二人で家事を分けよう。後は、ハンモックだけど、新しいベッドが来るまではそこで眠って良いよ。ずっとじゃないよ?新しいベッドが来るまで。ボクは女性が身体を痛めてしまうような行為は反対なんだからね」

照れ臭そうに少年は矢継ぎ早に捲し立てると視線を少女から外す。
少年の赤い顔をまじまじと見つめて少女は口を開いた。

「ルビー」

「…な、に」

不意に名前を呼ばれ、びくりと体を揺らした少年は少女に視線を戻してー…固まった。

「ありがとう」

ふわりと可憐な花が綻ぶ様に少女の顔に笑顔が咲いた。

「…っ、べ、つに良いよ。それくらい。ボクだって悪かったんだ。だから…」

「それやったらあたしやって悪かったと。…あたしばっか不満ば言ってあんたの気持ちに気付かんかった。あんたの気持ちば知ろうともせんかったったい…。すまんち…」

しゅんと項垂れる少女に少年はどうしたものかと思案する。

事の始まりは天使さんを大切に思い過ぎた自分が過保護過ぎると言っても過言では無い程に彼女に徹底とした世話を焼いた事が原因なのだ。

それが如何程までに彼女を苦しめ、悩ませたのか。
理解していても自分の気持ちを押し通す心積もりでいた少年はハンモックの上で満面の笑顔を浮かべる少女を見た瞬間、自分の考えが間違っていた事に気付いた。

悪かったのはボクだ。
自分のエゴイズムで天使さんをがんじからめに縛り付けるところだった。
そうして彼女の自由を奪い、心を縛り付け、その綺麗な藍色の瞳を濁らせて白く綺麗な羽を手折る事は自分が最も恐れていた事だったのに。
天使さんを傷付ける第一歩をボクは踏みこみ、越えてはならない境界線へと飛び込もうとしていたのだ。
どう考えても自分が悪い。
ああ、でも。
今、ボクだけが悪いと言ったら、天使さんは否定するんだろう。
先程よりも、もっと自分を責めて、傷付くのだろう。
それは絶対に避けなくてはならない事だ。
しかし、自分が悪いと思う気持ちを抑える事も出来ない。
ならば。

「じゃあ、こうしよう。ボクも天使さんも両方。二人が悪かったって事で」

「二人…?」

「そう。公平に、平等に。ボクと天使さん、二人が両方悪かった。喧嘩両成敗さ」

「喧嘩両成敗…」

「だからごめんなさい」

「あたしもすまんち…」

平等の名の下に二人でしっかりと頭を下げて謝罪をし、許し合う。
そして顔を上げて笑い合って。
けれど、ふとした違和感が少年の警鐘を鳴り響かせた。

「…天使さん。もしかしてボクに何か言いたい事があるんじゃないの?」

違和感を探る為に直球で質問を投げる。
すると、藍色の瞳を持つ少女は驚愕して瞠目した。

bingoだ。

少年は努めて優しい微笑を作り、少女の言葉を待つ。
一方、少女は仰天した自身の顔を隠す為に俯き、拳を強く握っていた。
一瞬でばれた。
否、思考を読まれたと言った方が正しいのかもしれない。

ああ、せやけどこん思考ば言葉にするのは何だか気恥ずかしか。
何とかごまかせないものやろか。
…………。
違か。
ごまかしてはいけんと。
気持ちは、言葉は口に出して、初めて相手に伝わるけん。
それを今さっき、あたしは学んだのではなかったとか。

覚悟を決めてぐっと顔を上げて少年を睨みつける。
少年の優しげな微笑に一瞬、固めていた筈の覚悟が砕けそうになったけれど、脳裏にカガリの姿が思い浮かび、何とか持ち堪えた。

「ー…あんたの、名前。ルビーっていうんやね。…………知らんかったち」


今までずっと気にも留めていなかったと。
「あんた」でこん人は振り向いてくれるし、会話が成立しとったけん。
悔しいと思うのは筋違いだ。
今まで知ろうともせんかったあたしが悪か。
なのに。
あの綺麗な女の人が、カガリさんがこん人の、ルビーの名前ば知っとって、名前ば呼んどったのが悔しくて。
なしてかは分からん。
ばってん、何だかとてつもなく悔しくて。

そんな想いに捕われたなんて気恥ずかしくてどうしても言えない。
精一杯の想いを込めて、言葉に出した。
不器用な言葉の選択は正しく相手に伝わっているのかは分からないけれど。
不貞腐れた顔でそう言うと、少年は、ルビーはきょとんと目を丸くした後に微笑んだ。
極上の笑顔で、甘く蕩けそうな微笑みを浮かべてルビーは嬉しそうに少女の手を取る。

「ボクね、今まで誰に自分の名前を呼ばれても何とも思わなかったんだ。でも、さっき、天使さんがボクの名前を呼んでくれて、それが凄く嬉しかったんだ。どうしてだろうね?天使さんがボクの名前を呼ぶとボクの名前がとても特別な物の様に聞こえる」

優しく少女の手を握ってルビーは真剣な表情になった。

「改めて初めまして。ボクはルビー。これから先もずっと一緒にいてね、天使さん」

ニコリと笑って「じゃあ早速昼食作りを始めようじゃないか!エプロンはボクのを使ってね、後で君のを作ってあげる!」とルビーは少女を引っ張って階段を下りる。
強引なその背中に思いっ切りの怒声を少女は浴びせた。

「せやからあたしは天使じゃなくて魔女ったいーっ!」

真っ赤な顔で怒鳴って、空いている方の手でほてった頬を冷ます為に口元ごと覆い隠して、少女はどうしても気恥ずかしくて言えなかった事を思い出す。

どうして。
どうして、あたしはあん時にカガリさんがルビーの名前ば呼んだ時に、二人が仲睦まじそうに会話しとった時に。
ルビーの名前ば呼びたかと思ってしまったと!?
なして、ルビーが改めて自己紹介した時にあたしも名乗ってあん人に、あたしの名前ば呼んで欲しか思ってしまったと!?
きっと気の迷いったい!
とにかく絶対にルビーに魔女ち呼ばせてやるとよ!

ぶんぶんと首を振って少女は訳の分からない感情に蓋をして、彼女の掲げた目標を達成せんと瞳に熱い情熱の炎を燈す。
百面相をする少女の前を行くルビーは彼女の挙動不審な態度を面白く思いながら、胸中で呟く。

ー…呼ばないよ。
魔女だなんて絶対にね。
ごめんね、天使さん。
君がいくら頑張っても、ボクは君を魔女と呼ぶ気はないんだ。
これだけは譲れない。

やる気に溢れ、情熱の炎を燈す少女とは対照的に少年は静かに流れる水が如くにそっと、静かに強い覚悟を固める。

少女が少年に魔女と呼ばれる日は一体いつになったらやってくるのか。
気の遠くなる様な年月が掛かるかもしれない可能性に少女が気付く筈もなく。
今はただ少年と少女が住む家では賑やかな騒音が響くばかりだった。




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申し訳ありませんでしたあぁっ!
やたらごちゃごちゃして訳の分からない小説になってしまいました!
誠に申し訳ありません!
長らくお待たせ致しました!
魔女宅パロ続編です。
続編という事で魔女宅パロで明かしていない過去よりも後日談の方が良いかと思いまして、魔女宅パロのルサが同棲してから2ヶ月経過したくらいのお話にしました。
ちなみに少し進展したルサを目指してみました。
このお話のルサの補足があるのですが、長くなるので別のページを設けます。
興味のある方はどうぞ→補足



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