サヨウナラ。
何度その言葉を考えた事だろう。
いつも自分の後を付いて回るその暗い影は消える事はなくて。
追い払おうとすればするほどに纏わり付くそれは一度背負ったら払拭する事は叶わないのだ。
ー悲しい過去。
何も知らずに守られて育った頃には戻れない。
けれど、昔の様に人を騙して傷付ける事を躊躇わない生活を送っていた自分にも戻れないのだ。
大切な者が沢山出来たから。
自分を信じてくれる両親、慕ってくれるポケモン、大事な仲間が居る。
とても、大切な。
そこは居心地が良くて、暖かい光に満ち溢れていて。
あまりにも居心地が良すぎるから、離れがたいのだ。
離れたくないのだ。
「…何をしているんだ?ブルー」
「あら、グリーン。来てたの」
戸口に寄り掛かり腕組みをしてブルーを見ているグリーンを振り返らずにブルーはペンを走らせる。
「…お前が呼んだんだろう」
「そうだっけ?」
少しだけ眉間に皺を寄せ、惚けるブルーの名前を呼ぶ。
「ブルー」
「ねえ、グリーン。アタシ、今が一番楽しいのよ。貴方はどう?」
グリーンを遮ってブルーはグリーンが自分に近付く前に立ち上がると質問した。
「オレは現状に不満などない。あるとするなら、お前が本音を言わない事だ」
グリーンの言葉にブルーは息を呑んだ。
寄り掛かっていたドアから背を離し、ゆっくりとブルーに歩み寄る。
そしてブルーを抱き寄せた。
「お前はいつも一番言いたい事を言わない。我慢をするな。たまには弱音くらい吐け」
頬にかかる吐息に、背中に感じる掌の温もりに、グリーンの存在に。
気付かされる。
隠していた本音を。
望んでいる未来を。
「…狡いわよ」
「狡いのはお前だ」
「馬鹿」
「それもお前だな」
「皆と一緒に居たい」
「ああ」
「離れたくない」
「サヨウナラなんてしたくない」
「当たり前だ。…離したりなどしない」
「じゃあ、離さないでよ」
ぽつり、ぽつりと本音を漏らす。
最初は小さく、徐々に大きくなる。
高ぶった感情により、息が荒くなり、声が震えた。
グリーンの肩口に涙で濡れる顔を押し付け、ブルーは僅かに鼻を啜った。
「そうだな。なら、これも要らないな」
「あっ」
手を伸ばしてブルーが背後に庇っていた机の上の手紙を取り上げる。
高く掲げられた書きかけの手紙を取り戻すべく、ブルーは背伸びをして腕を伸ばした。
が、ここで男女の違いが邪魔をする。
成長の止まったブルーと違い、グリーンの身長は止まる事を知らない竹の様にぐんぐんと伸びている。
身長の差が開けてしまった今ではブルーがどれ程頑張っても、その指先がグリーンの手に掠る事はなかった。
書きかけの手紙をゆっくりと眺め、最後の文章まで読み終わったグリーンは眉間に皺を寄せるとブルーの目の前で手紙を破いた。
ビリビリと紙を引き裂く音と共に細かく分割された紙がひらひらとブルーの頭上に降り注ぐ。
「…勝手に思い詰めて結論を急ぐな。オレ達に頼るくらいしたって良いだろう」
「…何よ、だからって破く事ないじゃない…」
「一人で突っ走るお前が悪い」
口の端を上げて不敵に笑う。
「…勝手ね」
ブルーは今にも泣き出しそうな、けれど、嬉しそうな歪な笑みを浮かべた。
闇は今もアタシを付き纏うけれど、独りになろうとするアタシの手を強引に引っ張って引き戻す人が居て、アタシの身を案じて幸せを願ってくれる人が居て、明るく笑いかけてくれる人が居て、頼ってくれる後輩が居て、慕ってくれる皆が居るから。
やっぱりサヨウナラはしたくないわ。
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ブルー姉さんは一人で抱え込む癖があると思う。