「ルビーっ!いい加減起きなさいっ!」
朝の7時。
普段は穏やかな笑みを零すルビーの母親は眦を吊り上げて布団を剥ぎ取った。
「マ…マ…?」
「いつまで寝てるの?さっさと起きて顔を洗ってきなさい!」
「まだ、ねむーい…」
枕にぎゅうとしがみつくルビーに溜息を零して、ルビーの母親はルビーを動かす魔法を使った。
「そんな事を言って駄々をこねるのならパパからポケモンバトルを教わるのは無しね」
「ええっ!?そんなのやだ!!」
「嫌なら起きて顔を洗ってご飯を食べるの!分かった?」
「わかった!」
魔法の言葉は効果てきめん。
跳ね起きたルビーは慌てて洗面所へと向かった。
途中べしゃり、ゴン!という効果音が聞こえた事から察するに慌て過ぎて躓き、転んだのだろう。
転ぶ時に頭を思い切りぶつけて。
次いで聞こえた痛いという悲鳴で予測が当たっていた事を知った母親は苦笑して我が子の元へと向かった。
今朝の朝食は簡単な物にした。
トーストに目玉焼き。
用意された朝ご飯を一心不乱に食べるルビーに母親は苦笑を零す。
あれ程綺麗に食事を取る様に言っているのにまったく身についていない。
ボロボロとパンくずを床に落とし、口元に目玉焼きの黄身をくっつける愛しい我が子は最後に牛乳を飲み干すとぷはーっと息を吐いた。
「白いおひげが生えてるわよ。ほら、ちゃんと口元を拭いて。それからボタンもちゃんと閉めて。ああ、帽子がズレているじゃない。ちゃんと直さなくちゃ」
テキパキとルビーの服装その他を整えると母親は張り切った笑顔で玄関の方向に視線を向けた。
「今日はパパの親友が娘さんを連れて応援に来てくれるのよ。そろそろ来る頃合いかしら…」
時計を見上げているとインターフォンが鳴る。
急いで玄関に向かう母親に促され、ルビーも玄関へと急いだ。
「いらっしゃい!」
「おはようございます!いやー、お久しぶりですな」
玄関の扉の向こうに居たのは恰幅の良い男だった。
(おっきいひとだ)
頭上で挨拶を交わす大人を見上げてルビーは思った。
自分の思考にはた、と気付く。
(とうさんのほうがせもたかいし、ポケモンバトルもつよいもん!)
妙な対抗心を抱いてか、それとも自分が抱いた感想を打ち消し、己が敬愛する父を自慢したかったのか。
ルビーは上げていた視線を元に戻し、そこで初めて男の纏う服の裾をぎゅうと力一杯握る小さな手に気付いた。
フリルとリボンをふんだんにあしらったピンク色のドレスがちらちらと垣間見える。
「あら、私ったら立ち話をさせてしまいましたわ。ごめんなさい。どうぞ、中に入って下さいな」
口元に手を当ててホホホと笑うと中に入るように勧める。
「ああ、いえ、お気になさらず。そうだサファイア。お前も恥ずかしがっていないでちゃんとご挨拶しなさい」
父親に背中を押されて促されたサファイアはおずおずと前に出た。
白く柔らかそうな肌に桃色に染められた頬。
くりくりとした瞳は丸く大きくて藍色に輝いている。
亜麻色の髪の頭上を飾るのは着ているドレスと同じフリルとリボンを豪勢に使ったヘッドドレス。
(う、わ…)
一瞬、ルビーは最近絵本で見たお姫様が絵本の世界から飛び出してきたのかと思った。
そのお姫様は消えてしまうのではないかという小さな声で挨拶をし、頭を下げた。
「こんにちは。サファイアです。よろしくおねがいします」
たどたどしく喋るサファイアが顔を上げてルビーに小さな手を差し延べた。
ハッとしたルビーは慌ててサファイアの手を握るとにかっと笑う。
「はじめまして!ボクはルビー。よろしく!」
笑ったら花が綻ぶように笑い返された。
再びよろしく、とほわほわとした笑顔を浮かべるサファイアを直視したルビーの顔に熱が高まる。
(なんだこれ…。なんだこれ!)
自分の気持ちに起きた変化に戸惑いを覚えたルビーは不思議そうに自分を見つめるサファイアの視線に気付いて、顔のほてりを隠す為に帽子を前に引っ張った。
サファイアはルビーが顔を隠した事に目を丸くする。
照れを隠す為にルビーは普段より、少し声を大きくしてサファイアに尋ねた。
「サッ…サファイアちゃんはポケモンすき?」
「ポケモン…?」
ルビーの大きな声にびくりと肩を揺らしたサファイアは小首を傾げた。
「そうだよ!ななー、ここー、るるー!」
呼び付けるとリビングからNANA、COCO、RURUと呼ばれたポチエナ、エネコ、ラルトスが駆けて来た。
「わあっ…、かわいい!」
瞳を輝かすサファイアの反応にルビーは鼻を鳴らした。
当然だろう?
父さんから貰ったポケモンなんだから!
自慢げな表情は言葉にしなくてもそれを語っている。
「リビングのほうにいこーよ!みんなであそぼう!」
サファイアが靴を脱ぎ終わるのを待ってから、彼女の手を握ったルビーはリビングへと走った。
事の一部始終を見守っていた大人達はおやまあと呟きを漏らす。
「これはなんとも」
「微笑ましいですね」
「そうですなぁ」
柔らかい微笑みを零してルビーの母親とサファイアの父親ー…オダマキはルビーとサファイアの背中を視線で追った。
ひとめぼれ
(そう、これはきっと始まり)
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こんな始まりがあっても良いんじゃないかな?という妄想から生まれた産物。