どんな柵だって関係ない。
僕はただ、ずっと一緒に居たいんだ。




ころころと林檎が転がってきた。
自分の足元で止まった林檎を拾い上げて辺りを見回す。
木から落ちてきたのか、それとも。

「すいませーん!それ、ぼくのなんです!」

自分と同い年に見える小さな少年が駆けて来て、息を弾ませた。
上下に激しく動く肩は全力疾走をした証だろう。
小柄な少年はピンク色の髪をしていた。
珍しい色だ。
薄桃色の髪は柔らかい印象を受ける。

「…このりんご、おまえのか?」

優しい雰囲気を纏う少年に林檎を差し出して少年は小さく首を傾げた。

「うん!さっきね、きのぼりしてとったの!ぼく、きのぼりにがてだから、いっこしかとれなかったんだけど…でも、おいしそうでしょ?」

小さなお日様の様だ。
パッと明るい笑顔を浮かべた少年はとても嬉しそうで少年はまじまじと見つめた。
物珍しい物を見る視線を別の視線と取った少年は受け取った林檎にがぶりとかじりつき、丁度半分になるまで食べると残った林檎を少年に差し出した。

「はい!あまくてみずみずしくておいしいよ!」

少年は目を見張った。
まさか林檎を半分こにして差し出されるとは思わなかったのだ。

「…いらないの?」

大きな瞳を丸くして首を傾げる少年の表情は訝しげだ。

「いる!」

慌てて受け取ると少年はにっこりと笑って「おいしいでしょ!?」と聞いた。

「…うまい」

口元を綻ばせて笑えば少年は目を輝かせて満足そうに笑顔を深めた。




「ー…」

懐かしい夢を見ていた。
十年も前のー…大切な思い出。
春の風がそよそよと自分の肌を撫でた。
心地好い。
そうだ。
あの時もこんな優しい風が吹いて林檎の香りが鼻孔を擽ったのだ。

「あ、起きたんだねー」

懐かしい記憶に懐かしい場所、懐かしいー…声。
少年は瞠目した。
何故、ここに居るのだ。
ゆっくりと首を巡らせて少年は確信を持って口を開いた。
見間違える筈もない。
聞き違える筈もない。
今も鮮明に思い出す事が出来るこの声を。
鮮やかなその桃色を。

「何故、ここに居るんだ」

鋭い目付きで詰問すると桃色の髪をした少年は大きな瞳を丸くさせてきょとんとした。

「どーしてって…黒鉄が倒れてたから」

「……ここに来るまでに誰にも見られてないだろうな?」

「えーと、多分、大丈夫。見られてないと思う」

くりくりとした黒目を左上に動かし、少年はたどたどしく言葉を紡いだ。
自分に言い聞かせるように頷く少年を一瞥して、黒鉄は溜息をつくと立ち上がった。

「二度とここには来ない方が良い。…俺にも会いに来るな」

そう告げると黒鉄は踵を返して去って行った。
残された少年は苦しそうに眉を顰めて呟いた。

「どーして…、オイラはこんなに苦しいの…?」




「桃野!お前どこに行ってたんだ!」

帰って来たダイヤモンドを見るなり、青年は声を荒げた。

「暑かったからちょっと涼みに行ってたんだよ」

「…お前、あの場所に行ってないだろうな…?」

「あの場所?」

首を傾げると桃野によく似た青年は小さく頷いた。

「あの場所ってどこ?」

「……、話したくないなら問い詰めないが、桃香には見つかるなよ」

「桃矢兄さん…?」

複雑。
その言葉そのものの表情をした桃矢はダイヤモンドから顔を背けると自室へと向かった。

「………なんでだろ…?」

ダイヤモンドは呟くと首を振って自分の部屋へと向かった。




柔らかなベッドに身体を沈めるとダイヤモンドは身動いで小さな溜息を吐いた。

目が覚めたら知っている様で知らない場所に横たわっていた。
身体を起こして辺りを見回し、知らない筈なのにとても懐かしく感じるこの場所がどこなのか調べる為に散策してみた。
結局、何も分からないまま時が過ぎて、疲れたなぁ、一休みしようかなぁと思ったところで大きな木とその下の木陰で眠る青年を見つけた。
気持ち良さそうに眠る青年の隣に腰掛け、その寝顔を眺める。
何故だろう?
青年を眺めていると不思議な気持ちが沸いてくる。
愛おしさ、寂寥感、切なさ。
言葉で現すにはまだまだ足りない。
全ての感情をごちゃまぜにしたかの様なその複雑さには戸惑いを覚えた。
それでもこの青年の傍を離れたくない。
隣に居たいと願った。
初対面の筈の青年の傍に居たいなんて願う事自体可笑しな話だというのに、この時はそれが可笑しいとは思わなかった。
青年ー…黒鉄と会話する前の事、そして会話した後の感情、兄、桃矢の表情、思い返せば思い返す程に胸が締め付けられた。

「オイラ、どうしちゃったんだろう…?」

訳も分からぬままに混乱した頭を抱えたダイヤモンドはやがて、健やかな寝息をたて始めた。


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