怖くなったの。
自信も持てなくなったの。
私は、私はー…。




その子供はいつも赤い頭巾を被って外を走り回っている。
天真爛漫で朗らかな少女を村人は皆、赤ずきんと呼ぶ。

「赤ずきん。森に住むお祖母ちゃんに会いに行ってあげて」

母親でさえも彼女を本名ではなく、あだ名で呼ぶのだ。
それ程までに「赤ずきん」というあだ名は定着していた。

「分かったわ。お祖母ちゃんには何を持って行けば良いの?」

流石に手ぶらという訳にはいかないわ。
赤ずきんが肩を竦めると彼女の母親はくすくすと笑って、赤ずきんに篭を差し出した。

「はい、これ」

「葡萄酒にパンね。了解しました!行ってきます!」

中身を確認した赤ずきんは明るい笑顔を浮かべて外出する為に玄関へと向かった。

「あまり、遅くならないようにね!狼はもういないだろうから、襲われる危険性はないけど、でも気をつけるのよ!」

ー…ズキリ。

「……?はーい!」

不意に感じた胸の痛みに疑問を覚えながらも彼女は元気良く返事を返して、玄関の扉を開けた。




何故、私は赤ずきんなのでしょうか?
プラチナは首を傾げて森の中を歩いていた。
あだ名の由来は知っている。
問題はそこじゃない。
赤ずきんである筈の彼女には本名がある筈なのだ。
村人も親も自分も誰しもが知っている筈の名前。
その名前をどうして自分自身が分からないのか。
知っている筈なのに知らない。
矛盾が存在している。
その事実が分かっていても、自分ではどうする事も出来ないのだ。
ふるふると首を振ってプラチナは自分の頭の中で浮かぶ疑問を振り払うと祖母の家へと急いだ。




赤ずきんの祖母の家は森の中にある小道を抜けた所にある。
その小道は色彩豊かな花々に彩られ、風に揺られるその有様はまるで絵本の一頁のようだ。
そんな幻想的な光景がプラチナは大のお気に入りだった。
プラチナは現在大層困っていた。
……どうしたら良いのでしょうか?
目の前に広がるのは自分の大好きな花の小道。
脳内に響くのは祖母の家に行かなければならないという使命。
…………………。
一分間ゆっくりと考えたプラチナは己の欲望と使命を天秤にかけてー…欲望を選んだ。
この様な綺麗なお花がありましたら、お祖母様もきっとお喜びになる筈です。
自分の欲望を正当化したプラチナはしゃがみ込んでどの花を摘もうかと選び始めた。
ピンク、オレンジ、黄色、青、様々な花にプラチナの目が左右に動く。
ー…赤、でしょうか…?
目についた赤い花にプラチナは手を伸ばした。
ー…君の、頭に被っているずきんと同じ色だね…ー

「……え?」

プラチナは小さく声を漏らして顔を上げた。
不意に浮かんだ青年の映像。
この花の様に透き通った淡い青色の瞳をした優しげな微笑み。

「今のは……」

記憶にない映像にプラチナは首を傾げた。
霞みがかった映像を思いだそうと試みたプラチナの背に武骨な男の声が掛けられた。

「赤ずきんの嬢ちゃんじゃねぇか?」

振り返ると声から想像した通り、武骨という言葉が似合う男がプラチナの背後に居た。
銃を持っているところから推測するにそのガタイの良い男は猟師なのだろう。

「猟師のおじさん。こんにちは」

立ち上がって挨拶をすると猟師は厳格な雰囲気には似合わない表情を浮かべた。

「あれから、随分経ったが……その、何だ。………元気、か?」

気まずそうな表情の猟師を不思議そうに見上げてプラチナは笑った。

「変なおじさん!私はいつだって元気よ?」

くすくすと可笑しそうに笑うプラチナの笑顔にほっとした猟師は肩の力を抜くと苦笑した。

「そりゃ、そうか。嬢ちゃんは元気の塊だもんな」

「その言い方は酷いかも!」

ぷくっと頬を膨らますプラチナに悪い、悪いと謝って猟師はプラチナの手にある篭に視線を投じた。

「もしかして、森の奥に住む婆さんの家に行くのか?」

「そうよ!お花を摘んでいったら喜ぶと思って!」

「…そうかい。まぁ、嬢ちゃんもあんまり道草くってねーで、早く婆さんの所に行ってやんな」

「はーい!」

適当に花を見繕ったプラチナは右手に篭と左手に花束を持つと駆け出した。
小さくなっていくプラチナを眺めて猟師は呟いた。

「……本当に、元気になって良かった……っ」

後悔の念を感じさせるような感極まった声は風にさらわれて消えていった。



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