静かな空間。
白一色の部屋で赤い髪の少年がベッドに横たわる男に声を掛けた。
「…それじゃあ、また来るよ」
「…ああ」
短く返す男に少年は困った様に僅かに眉を下げると踵を返して病室を出た。
体に力を入れて起き上がると少年が出ていった扉を見やる。
そして小さく微笑むと窓へと視線を向けた。
視線の先には先程までこの部屋に居た少年の姿がある。
マニューラを伴い、帰路に着く少年を瞳を細めて見守っているとガラリと扉が開く音がした。
「…悪いとは思ったけど、つけさせて貰ったわ」
扉を閉めて花束を抱えた少女は空の花瓶を見つけると足早に歩いて花瓶を手に取った。
「…何の用だ?」
「用件を言う前に花瓶に花を生けさせて貰うわね」
栗色の髪を翻して少女は颯爽と病室から出ていった。
暫くすると戻ってきて花瓶に生けられた花を差し出す。
「まずはお見舞い。興味はないかもしれないけど一応、ね」
「………」
無言で目の前に突き付けられた花を見る。
目を細めて注視する男の顔は無表情で何を考えているのか全く分からない。
「ここに置いとくわよ。この部屋は殺風景だから少しは華々しくした方が良いわ」
「…で、用件は?」
「そう焦らないでよ。言ったでしょ?お見舞いに来たって」
溜息をついて両手をひらひらと振る。
呆れたというその顔は少女特有の幼さに溢れていたが、ふいにその顔は姉の表情に変化した。
窓の向こうにはもう誰も居ない。
けれど、その先の何かを見る様に遠くを見つめる顔は暖かな愛情に満ち溢れていた。
「…あたしは“ロケット団のボス、サカキ”じゃなくて、“最愛の弟の父親、サカキ”にお見舞いに来たのよ」
ベッドの近くに置いてあった丸い椅子に腰掛けると初めて男が少女を見た。
男の顔は僅かに目が見開かれていて驚いているのが分かった。
男の鉄仮面を剥がした事に気分を良くした少女はくすりと微笑む。
「今日は“マサラタウンの図鑑所有者、ブルー”じゃなくて“シルバーの姉、ブルー”として貴方に会いに来たの」
「…ほぅ?」
薄く笑って男は続きを促した。
「やり方はどうであれ、シルバーを探し続けてくれてありがとう。あの子はきっとその行動に少なからず救われたわ」
あたしがでしゃばって言う事じゃないと思うんだけどね、と苦笑して少女は頭を下げた。
それから姉と図鑑所有者の顔をないまぜにした表情で挑む様に男を睨みつける。
「…もしも、シルバーを貴方の…悪の道に引きずり込もうとするのなら、その時は許さないわ。全力で阻んでやる」
宣戦布告を叩きつけて少女は眉を下げた。
先程のシルバーと同じ困った顔。
「…姉としてのあたしで来たって言ったのに、図鑑所有者としてのあたしを出してごめんなさい。でも、言っておきたかったの。シルバーはあたしにとって本当に大切な弟だから」
それじゃあ、と立ち上がって帰る準備をする少女の背中にぽつりと声が掛けられた。
「礼を言う」
「……は?」
扉に掛けていた手を止めて振り返った少女の視界には逆光で表情の見えない男の顔が映った。
「長い間、あの子の傍に居てくれた。名前を呼んでくれただろう?」
再び礼を言うと言った男の口元は微笑んでいた。
嘲笑ではなく、微笑。
直感的にそう思った。
きっと今のサカキの顔はロケット団のボスじゃない。
一人の父親の顔をしているのだろう。
「当然でしょ?姉だもの」
誇らしく笑って少女は病室から出ていった。
ぴしゃりと閉められた白の空間に少女の様な華やかな花々が鮮やかな色彩を彩り、主張するのを認めた男は僅かな微笑を浮かべた。
「…良い姉を持ったな、シルバー」
父親の顔をしたサカキの呟きに呼応するように花が一輪、風に揺れた。
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シルバーの家族として相対するサカキとブルー。
サカキパパはシルバー溺愛(勝手な想像)だから悪の道には引きずり込まない気がする。