「…もう、嫌ったい…」

疲れた、と言って机に突っ伏すサファイアをプラチナが慰めた。

「そのような事を仰っしゃらずに頑張りましょう?後一息なのですから」

「そうだぞ!後少しなんだから踏ん張れ!」

左右から頑張ろうと促され、サファイアは嫌々と頭を振って耳を塞いだ。

「物理なんて分からんちーっ!」

半泣きで弱音を吐くサファイアを困ったようにパールとプラチナは見つめた。

「うーん。ねー、サファイアー。今って5月だよねー?」

間延びした口調でダイヤモンドはサファイアに聞いた。

「そうやけど、それがどうかしたと?」

「これからちゃんとした部活動もあるんだろうし、今のテスト期間が終わったらオイラ達遠足もあるよねー?」

ほわほわとした笑顔のまま、ダイヤモンドは続けた。

「オイラ、思うんだけど…テスト期間が終わったら楽しい事がいっぱい待ってると思うんだー」

「それは…確かにそげやね」

聞く耳持たずであったサファイアはいつの間にかダイヤモンドの話に耳を傾けていた。

「今、勉強頑張ったらこれからの部活とか遠足って物凄く楽しくなると思うんだ。きっと」

にこり、と笑ってダイヤモンドは言った。

「だからオイラ、勉強苦手だけど頑張ろうと思う」

サファイアに勉強を強要している訳ではない。
ただ自分の意見を述べているだけだ。

「俺も漫才に集中したいから勉強頑張るとするかな!」

「私ももっと頑張ります」

ダイヤモンドに呼応するようにパールは瞳の色を変えて、プラチナは唇を引き結んで勉強する姿勢を整えた。

「…あ、あたしも頑張るったい!」

顔を赤く染めて勢い良く起き上がるとサファイアはカツを入れるように首を振った。

「サファイア。悪いのですけれど、飲み物を買ってきては頂けないでしょうか?全員分お願いします」

急な頼み事をしてくるプラチナに不思議そうな顔を向けたが、サファイアは快く了承するとにっこりと笑った。

「?良かよ」

「お願いしますね」

「分かったったい!」

元気良く立ち上がるとサファイアは教室から出て行った。

「お嬢さん、何で今サファイアに飲み物を買いに行かせたんだ?」

「気分転換になるかと思いまして」

「気分転換?」

「ダイヤモンドを見ていて思ったのです。励まして強要するのではいけないと。少しだけ気分転換をさせて本人がやる気を出すようにさせる事が大切なのだと気付いたのです」

また新たな発見をしたと微笑むプラチナにパールは頬をかいて同意した。

「そうだなー」




ホウエン学園は東西南北に分かれた珍しい形をしている。
南の日当たりの良い場所は生徒達が使用する教室が連なり、東は職員室やパソコンなどが置かれた部屋に事務室と機械が置かれるような場所が並び、西は授業に使われるのであろう、専門的な本や機材が並んだ部屋が続いていた。
北の方面はもっぱら荷物置場と化し、倉庫と呼ばれて使用されている。
その東西南北に分かれた棟を繋げているのがそれぞれの角にある階段と真ん中から伸びる廊下だ。
廊下が繋げているのは各棟と中央広場。
中央広場には食堂、図書室等といった全学年共通の公共施設が設置されている。
その中央広場に自動販売機も置かれており、生徒はそこで飲み物を買うのだった。
それはサファイアも例外ではなく、休憩広場として有名な解放感のある中央広場へと到着した彼女は次々と百円玉を投入口につぎ込んだ。
ゴトンと音をたててペットボトルが落ちてくる。
カルピス、桃の天然水、紅茶と買ったサファイアは最後に自分の分を買おうと百円玉を投入口に入れようとした。

「あっ!」

が、するりとサファイアの手から百円玉が滑り落ち、こぎみ良い音をたてて、百円玉は自動販売機の下へと転がっていった。

「しまったとー!」

叫んでサファイアは自動販売機の下を覗いた。
手を伸ばしても届かない位置に百円玉は転がっている。
財布は持って来ていないから次のお金を投入する事も叶わない。

プラチナから預かったお金やのに…。

サファイアは絶望的な気分に陥った。

チャリン。

ある意味でその場に相応しくない音がサファイアの鼓膜に届いた。

「何を飲むつもりだったの?」

「緑茶ったい…」

「OK。分かった」

…ん?

反射的に答えたサファイアはたった今起きたやり取りの不自然さに顔を上げた。
ずいと目の前に突き出されたのは先程サファイアが買い損ねた緑茶。

「はい、どうぞ」

にこりと笑って差し出された緑茶をハッとしたサファイアは受け取ってお礼を言った。

「…すまんち。ありがとう!」

「どう致しまして。それじゃあね」

軽く手を振ってその場を去る少年とその友達にべこりと頭を下げて、サファイアはもう一度お礼を言うと、ペットボトル4本を抱えて走り出した。

「本当にありがとうったい!」




「…どういう風の吹き回しだよ?お前が知り合いでもない他人に親切にするなんて…。明日は雪でも降んのか?」

頭の上で手を組んだ少年が自分の隣で歩く少年を見上げた。
ワックスで三日月のように固めた金色の髪をした特徴的な少年は長い眉毛を寄せて身震いをした。
失礼な態度を取る友人に気分を害した少年はサファイアに見せた時とは別の微笑みを浮かべる。

「どうもこうもないさ。僕は至って普通だし、困っている様に見えたから助けてあげただけだよ?」

溜息をついて少年は金色の髪の少年の頭を撫でた。

「そんな小さい事にこだわっているから君の器と体はいつまでたっても小さいままなんだよ。エメラルド」

「小さい言うなーっ!俺はこれから伸びるんだよっ!」

「それにしては随分遅い成長期だねぇ」

鼻で笑う少年をエメラルドは睨みつける。

ああ、くそ。
何だってこいつはこうも捻くれているんだ。
昔から捻くれてはいたが、最近では捻くれ具合に拍車が掛かっている気がする。
いや、気がするじゃなくて拍車が掛かっているんだ。
それにプラスαで腹黒さが追加されてるんだ。

エメラルドはギリギリと歯を食いしばると自分の中で渦巻く感情をなんとか制御して大きな溜息を吐いた。

「…俺、何でルビーの友達なんかやってんだろ…」

「君が僕の家の隣に引っ越して来たんだ。仕方ないだろ?諦めなよ」

肩を竦めたルビーを睨めつけたエメラルドは同情する様に後ろを振り返った。

こいつに気に入られるなんてあいつも運が悪いなー…。

姿の見えないサファイアを思ってエメラルドは同情を感じざるを得なかった。

(サファイア、お帰り〜)
(ありがとうございます)
(なんか、機嫌良さそうだな。何かあったのか?)
(へへ、ちょっとだけ良い事あったったい!)
(へ〜、良かったね〜)
(うん!)


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