どうして、解ってくれないの?
私はただ、解って欲しかっただけなのに。




ー…め。
ー…ひめ!
ー…や…指姫!
ー…親指姫!

何度も誰かが呼んでいる。
酷く焦った声で。
激しく揺り動かされたイエローはゆっくりと瞼を開けた。
ー…誰、ですか?
ボク、もう少し眠っていたいんです。
気怠げに目を開けたイエローの視界に少年の顔がドアップで映された。

「…っ!」

目を見開いたイエローの視線がちゃんと自分に向いている事を理解した少年は掴んでいたイエローの肩を離すと柔らかい笑みを零した。

「ああ…良かった。目を覚ました。このまま眠ったままだと思ってしまったよ…」

息を吐く少年は心底ほっとしたのだろう。
小刻みに震えている体を見てイエローはそう判断した。

「親指姫、この国から出て行ってはいけないと何度も言っただろう?外は恐ろしい物で溢れているんだ。もしも君が危ない目に遭ってしまったとしたらと考えると私はいてもたっても居られなくなる」

解るね?
いきなり悟し始めた少年をぱちぱちと瞬きをして見つめたイエローは困った表情で少年に問い掛けた。

「あの…ここは何処なの?貴方は誰…?」

イエローの口から出た言葉が信じられないといった風に少年は瞠目するとゆっくりと口を開いた。

「…何を言っているんだ。親指姫、その冗談は面白くないよ」

「…親指姫?それが私の名前?」

小首を傾げると少年は愕然とした様子でイエローを凝視した。

「嘘、だろう?まさか、本当に?」

信じられない思いで少年はイエローへと手を伸ばした。

「君は、私の事を忘れてしまったのか」

絶望を含んだ声音で、嘘だと言ってくれと物語り、縋り付く視線にイエローは困りながらも頷いた。


窮屈だ。
イエローは川の淵に腰掛け、足を川の中に入れて水遊びをしていた。
頭上には三日月が地上へと仄かな明かりを注いでいる。
ふと三日月に鳥のような影が掛かったように見えたが、気のせいだろう。
目を細めたイエローはゆっくりと後ろに体を倒した。
目が覚めてから今までの生活で分かった事がある。
一つは自分が親指姫である事。
二つは自分の住むこの場所が花の国である事。
三つはあの少年が花の国の王子である事。
四つは自分が記憶喪失である事。
イエローが記憶喪失である事に驚愕した王子は始めは信じられない思いでイエローを見つめていたが、暫くして冷静さを取り戻すとイエローが一人で外出する事を禁じた。
常にイエローの傍に誰かを置き、決して彼女が一人になる事のないようにと取り計らった。
イエローとしてはそれが窮屈で仕方がない。
心配故の行動である事を分かってはいるが、あまりにも過保護な少年の接し方にイエローは戸惑いを覚えた。
こうしてイエローが自由に歩けるのは夜の間だけだ。
昼間は活発な活動を見せるこの国の住人は夜になると活動を停止する。
それはまるで電池が切れた玩具のように。
夜になると急に彼等は動かなくなるのだ。
イエローは彼等のメカニズムが不思議で仕方がないが、夜に一人で居る事を知られたら、それこそ閉じ込められてしまう恐れがあるのでこの事に関しては追及しようとは思わない。
ー…ボクはどうして記憶を失っているのだろう。
ぼんやりと考えていたイエローに影が落とされた。
燕。
燕は夜も動いてるんだね。
素直な感想を持って燕を見上げていると閉じられていた嘴がゆっくりと開いた。

『貴女は誰ですか?』

「わあっ!?」

燕が喋った事に仰天したイエローは飛び起きて燕を見つめた。

「つつつ、燕が喋った…。しかも物凄く大きい…」

燕は呆れた視線をイエローに向けて小さく頭を振った。

『違いますよ。私が大きいのではなく、貴女が小さいのです』

気付きませんか?
この国の異変に。

燕につられて視線を巡らせたイエローは愕然とした。
本当だ。
どうして気付かなかったのだろう。
この国はおかしいのだ。
人の背に羽が生えていて、花も虫も、全てが大きい。
こんな現実は有り得ないのだ。
イエローの知る常識では。

「ここは…一体…?」

『貴女は親指姫ではない。どこからこの世界に来たのですか?』

静かに問い質す燕にイエローは困惑した。
曖昧に笑ってイエローは答える。

「ごめんなさい。でも本当に分からないんです。ボクが何者なのか、どこからやって来たのか」

頭を下げたイエローは燕を見上げて眉を下げた。

「お願いですからボクが夜に自由に出歩いている事、誰にも言わないで下さい」

『構いませんよ。けれど自覚はして下さいね。貴女が親指姫ではない事を』

イエローが困っているのを察した燕は了承すると空へと飛んでいった。

「ありがとうございます!」

感謝するイエローに片翼を振ると燕の姿は見えなくなった。




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