レッドとエメラルドしか残っていない洞窟はとても広い場所の様に見えた。

「もうそろそろ10分経つんじゃないか?」

エメラルドに話し掛けるとエメラルドは頷いた。

「そうだね。多分もう行って良いと思う」

じゃあ行くか、と腰を上げたレッドはエメラルドに地図を持たせて洞窟を出て行った。



「グリーンとシルバー、もう着いてんのかなー…」

ランプはレッド、地図はエメラルドと役割分担をしたレッドとエメラルドは森の中をゆっくりと歩いていた。

「つーか最後に出発するオレ達が宝を見つける確率って少ないだろ。ま、オレは宝よりポケモンバトルの方がいいけど」

「オレも。ポケモンバトルの方が楽しいし」

同感だと頷くエメラルドにだよなー?とレッドは笑った。

「…あの、レッドさん」

「ん?」

歩幅の小さいエメラルドに合わせてゆっくり歩いていたレッドはエメラルドを見下ろして首を傾げた。
レッドを見上げてエメラルドは口を開く。

「レッドさんはポケモンリーグで優秀した事あるんだよね…?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「オレ、バトルフロンティアは制覇したけど、ポケモンリーグは参加した事ないんだ。だから、一度やってみたいなって…」

エメラルドの言う事に納得したレッドはエメラルドの頭をぽんと撫でた。

「あー、成る程。だったら一度やってみると良いぞ。色んな奴と戦えるから楽しいしさ」

「そしたら、レッドさんもリーグに参加するの?」

「え?オレ?」

「レッドさんとリーグで戦ってみたいんだ」

じっと自分を見上げるエメラルドに明るくレッドは笑った。

「分かった。良いよ!今年のリーグで戦おう」

「本当!?」

「ああ」

「ありがとうございます!」

嬉しそうに微笑むエメラルドを眺めていたレッドはふと顔を上げた。

「?レッドさん…?」

「ー…今、イエローの声がしなかったか…?」

イエローさんの声?
エメラルドは耳を澄ませたが、何も聞こえなかった。

「何も聞こえなかったけど…気のせいじゃない?」

「…いや、気のせいじゃない」

「え、ちょっ…」

押し付けられたランプをエメラルドが受けとったのを確認するとレッドはエメラルドを抱き上げた。

「イエローッ!!」

全速力でレッドは走った。




ガサリ。
叢の中を疾走したレッドは切株のある広場のような場所に出た。
円状の形で切り取られたように叢に覆われたその場所にエメラルドを下ろすとレッドはスタスタと歩いてしゃがみこむ。

「…誰もいないよ?」

辺りをキョロキョロと見回したエメラルドはレッドの背中に声を掛けた。

「…違う。居たんだ」

首を振るレッドにどうして、と疑問を投げかけようと歩いてー…エメラルドは何か布のような物を踏み付けて転んだ。

「痛て…」

何を踏んだんだ?
エメラルドはその布を掴み、レッドの助けを借りて起き上がった。
エメラルドを助け起こすとレッドはモンスターボールを見せる。

「グリーンのモンスターボールだ」

「えっ…」

弾かれたように顔を上げたエメラルドは自分が踏んだ布を見て青ざめた。

「これ、サファイアのバンダナだ…」

「…っ!」

反射的に駆け出したエメラルドの腕をレッドが掴む。

「待て!」

「離して下さいっ!サファイアとルビーを探さなくちゃっ…」

「駄目だ。今一人になるのは危険だ」

「でもっ…!」

「落ち着け!」

エメラルドの肩をがしりと掴んでレッドは大きな声で言った。

「むやみに動くな。グリーンもサファイアもルビーも皆を探そう。だから、こんな事態だからこそ落ち着かなくちゃな」

「…取り乱してすみませんでした」

レッドさんだってイエローさんの事が心配だろうに。
自分の余裕の無さが悔しくてエメラルドは唇を噛み締めた。

「先ずは他に何か手がかりがないか探そう」

「はい」

叢を掻き分け、辺りを見回し、レッドとエメラルドが手がかりを探しているとガサリと叢が音を立てた。
次いでノイズ音がザザザザザザザザザザザザと響く。

「何だ…?」

ザーッザーッザーッ。
ザザザザザザザザザ。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。
ザーッザーッザーッ。

「レッドさん…」

エメラルドが後ずさりしてレッドの隣に並んだ。

ゴロゴロ。

雨雲がレッド達の頭上に現れ、月の光を遮る。
雷が、ピカリと光った。
次いで鼓膜を突き破るような凄まじい音が森中を轟かす。
その音が合図だったのか。
豪雨がレッドとエメラルドを叩いた。

「凄い雨だな…」

山の天気は変わりやすいと聞くがまさかここまでとは。

「あっちの木の下で雨宿りしよう」

エメラルドが木の下に行く為に走ると一瞬遅れてレッドも後に続いた。

稲妻が光ってぼこりと陥没音が小さく鳴った。
ノイズ音が先程よりも酷くなる。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。

「…!?」

「どうした、エメラルド?」

急に足を止めたエメラルドにレッドが歩み寄る。

「来ちゃ駄目だ!」

ゆっくりと首だけをレッドに向けてエメラルドは言った。

「身体が、動かないんだ。…まるで金縛りにあったみたいに」

「だったら尚更…」

「来ないで下さい。今、ここでレッドさんにも何かあったら、誰が皆を助けるんですか」

「でも、エメラルドだって仲間だ。お前も助けなくちゃ」

「仲間だからこそ、言ってるんです。この異常事態で全滅だけは避けたいですから」

なおも言い募ろうとしたレッドはエメラルドの身体に何か黒い粉のような物が付着しているのに気が付いた。
ぞわぞわとそれは動き出してエメラルドの身体を覆う。

「エメラルドっ!」

エメラルドの言う事を無視してレッドはエメラルドに駆け寄ろうと足を動かしたが、何かに足を捕まれてつんのめった。

「なっ…」

勢いよく下を向けばレッドの足を黒い手のような影が掴んでいた。
離せよ。
レッドは勢いよく足を振って黒い影を蹴飛ばした。

ザーッザーッザーッ。

雨音が一層強く増してノイズ音と旋律を奏でた。

影はエメラルドに触手を伸ばし、地の底へと引きずり込もうとする。
黒い粉はエメラルドの首から下までを覆って影と繋がった。
エメラルドの表情に恐怖が刻まれる。
レッドは必死の形相でエメラルドの腕を掴んだ。

駄目です。レッドさん。逃げて下さい。

レッドを見るエメラルドの目はそう語っていた。
エメラルドを安心させるようにレッドは笑う。

「必ず、助けるから」

力を込めてエメラルドを引っ張り、レッドはモンスターボールを空に投げた。

「プテ、最小限に力を弱めてエメラルドの身体を覆ってる黒い粉を吹き飛ばしてくれ!」

プテラは頷くとエメラルドに向かって翼で風を送った。

「!?」

プテラは目を見張った。
いくら力を弱めたとしても、この風で人の身体に付着する粉が吹き飛ばない筈はないのだ。
当惑したプテラは自分の主人に指示を仰いだ。

「プテ、戻れ!」

プテラにまで影が迫っていた事に気付いていたレッドはプテラを守る為にボールに戻した。
ポケモンの力を借りるのは駄目だ。
彼等の力を持ってしてもこの正体不明の影を振り払う事は出来ない。

「ちくしょう…」

レッドは焦って呟いた。
先程から強くエメラルドを引っ張っているのにびくともしない。
影は刻一刻とエメラルドに迫っているのに。
ずるずるとエメラルドの腕が自分の手から抜けていく。
レッドの焦りを知ってか知らずかエメラルドはレッドの名前を呼んだ。

「レッドさん。信じてますから」

最後の力を振り絞ってレッドを突き飛ばしてから、微笑んだエメラルドは影に覆われ、引きずり込まれていった。

「エメラルドーッ!」

飲み込まれたエメラルドに伸ばした手は届かずに空を切る。

ザアッ。
雨風が責めるようにレッドを打ちのめした。

誰も助けられなかった。
グリーンもブルーもエメラルドも。
目の前に居たのに。
オレは何も出来なかった。

バサリ。
地に膝を着いていたレッドの手に風に乗って麦藁帽子が転がってきた。

「…これ、は」

見覚えのあるこの麦藁帽子は。
レッドの脳裏に黄色の髪のポニーテールが浮かぶ。
ー…レッドさん。

「イエロー…」

呼ぶ声が聞こえたのに。
オレに助けを求める声が聞こえたのに。
オレは、イエローを、仲間を助けられなかった。

「…っ、あ、うわあああーーーっ!!」

絶望したレッドは拳を地面に叩き付けた。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。
ノイズ音が嘲笑う。
ザーッザーッザーッ。
豪雨がレッドを責めた。
稲妻が光って、轟音が森に響く。
ザアッ。
風が凪いで、森の中に男とも女ともつかぬ中性的な声が反響した。

ー…モノガタリを始めましょう。材料は揃いました。貴方が最後の鍵です。さぁ、参りましょう…ー

何が「モノガタリを始めましょう」だ。
仲間を返してくれ。

呆然と空を見上げたレッドは突然開いたブラックホールのような穴に落ちて行った。

そして、無人島に誰も居なくなった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -