「ねぇ、イエロー」
「何ですか?ブルーさん」
隣を歩くブルーをイエローは首を傾げて見上げた。
先程からずっと自分を見ている二つ年上のこの女性は何か言いたい事でもあるのだろうか。
ブルーの言いたい事が分からずに困っていたイエローはブルーが話し掛けてきた事にほっとした。
「…その、麦藁帽子持ってきてたのね」
ブルーの関心を独り占めしていたのは自分が被っている麦藁帽子らしい。
凝視されていた理由を悟ったイエローは片手で麦藁帽子に触れるとその麦藁帽子を頭から外した。
「これですか?ブルーさんから貰った時の帽子ですもん。置いていく筈ないじゃないですかぁ」
笑うイエローとは正反対にブルーは暗い表情で俯いた。
「…?ブルー、さん…?」
「アタシが、言った事を気にしているのなら別に気にしなくて良いのよ…?」
「……?…あ、」
眉毛を下げて微妙な表情で笑うブルーを不思議そうに眺めたイエローはふとある事に気付いた。
「もしかして、ボクが麦藁帽子を被っているからですか…?」
自分が麦藁帽子を被るようになったのはブルーが男を装えと言ったからだ。
その事を彼女は気にしているのだろうか?
イエローが確かめるように聞くとブルーは何とも言えない表情で頷いた。
「違います。ボクが麦藁帽子を被るのは、手放さないのはブルーさんが言ったからじゃなくて、この帽子が自分自身の気持ちだからです」
怪訝そうなブルーの視線を受け止め、イエローは麦藁帽子の鍔を握り締めた。
「ボク、レッドさんが好きなんです」
唐突なイエローの告白に多少驚きつつもブルーは頷いてイエローに続きを促した。
「憧れから恋に変わってしまったんですよ」
目を細めてイエローは遠くを眺めるような顔をした。
思い出しているのだろう。
レッドと初めて出逢った時の事を。
助けて貰った時から抱いた憧れは、純粋な好意は時が流れて別物へと変化してしまった。
今は酷く複雑で醜いもののように思える。
自分のこの感情は。
哀しそうにも寂しそうにも、苦しげにも見える表情をしたイエローに下手な事は言えない。
ブルーはただ黙ってイエローの言葉に耳を傾けた。
「…だからこの麦藁帽子はボクそのものなんです。この麦藁帽子を手放す時はボクがボク自身の気持ちに決着を着けた時です」
麦藁帽子を抱きしめて、笑うイエローを抱擁したブルーはイエローの頭を撫でて言った。
「いつだってアタシはイエローの味方だからね」
「…ありがとうございます…」
自分を抱きしめるブルーの腕に触れてイエローは瞳を閉じた。
「ブルーさん。ボクからも質問して良いですか?」
暫くしてからイエローに問い掛けられたブルーは何かしら?とイエローを促した。
「ブルーさんはグリーンさんに告白とかしないんですか?」
イエローの質問にきょとん、としたブルーは突然笑い出した。
「何でグリーン?」
「え、てっきりボクはブルーさんはグリーンさんに好意を抱いているものかとばっかり…」
思い違いだったらしい。
恥ずかしくてイエローは赤面した。
「笑ってごめんね。確かにアタシはグリーンが好きよ。でもそれってイエローみたいに恋の好きじゃないの。仲間とか家族に対する愛情と一緒なのよ。離れたくないって気持ちは皆に対しても思ってる事だもの」
妹を諭すように優しく言うブルーにイエローは曖昧な表情で頷いた。
そう思ってくれている事は素直に嬉しい。
けれどその事実を手放しで喜べない。
ブルーがそういう発想に至るのは悲しい過去を背負っているが為だ。
幼い頃に家族と引き離され、辛い幼少期をシルバーと共に送ってきたブルーだからこそ、今ある絆を手放したくないのだろう。
図鑑を通じて知り合い、紡ぐ事が出来た今の絆を。
ブルーはイエローの頷きを了承と取ったのか何も言わずに先を歩き出した。
ブルーの後を追い掛けてイエローも歩く。
叢を掻き分けて道ならぬ道を歩いていたブルーは「あら?」と声を上げた。
「どうしたんですか?ブルーさんってあっ!」
ブルーの後ろからひょっこり顔を出したイエローは驚いて目を見張った。
しかし、驚いたのはイエロー達だけではないらしい。
「ブルーさんとイエローさんっ!?」
あんぐりと口を開けたサファイアがブルーとイエローの名前を呼んだ。
「ルビーとサファイアだけ?他の皆には会わなかったの?」
ブルーが辺りをランプで照らして周りを見回す。
自分達の前には何組も先に宝探しに出掛けているのだ。
どこのルートから入っていったかは知らないが、一回くらい出くわしてもおかしくはない。
「それがボク達以外誰も来ていないみたいで…」
首を振るルビーにそうなの、とブルーが返すとルビーはブルーとイエローに問い掛けた。
「ブルーさん達はここに来るまでに何かに遭遇したり、何かの気配を感じたりしませんでしたか?」
「?いいえ?特にそういった事は何も?」
イエローが首を傾げて答えるとブルーは思案するように顎に手を置き、ルビーを見た。
「何か心当たりがあるのね?」
「はい。…もしかしたら、亡霊かもしれませんね」
ルビーの言葉がパールが言っていた何か得体のしれない存在の事を指しているのだと察したブルーはサファイアに声を掛けた。
「サファイア、何か感じる?」
全身を使って得体のしれない存在の気配を探っているサファイアは毛を逆立てて後ずさりした。
じっとりとした気温に鬱蒼とした森。
生暖かい風が吹いてサファイア達を撫でた。
つぅとサファイアの肌を汗が滑る。
「…小さか頃から森で鍛えてきたこん力、なめてもらっちゃ困るったい。そこにおるんは分かっとるんよ!?良い加減出てくるったい!」
石を拾い上げてサファイアはブルーの後ろにある叢に石を投げた。
「ギギィッ!!」
獣のような生き物の声が悲鳴を上げる。
バタバタと暴れた後にその生き物はパタリと動かなくなる。
「一体どげん生き物が…」
謎の生物の正体を確かめようとサファイアが近付いた瞬間、ザザザとノイズ音が鳴り響いた。
「!?」
跳びずさったサファイアは警戒して動かなくなった生物が居るであろう場所を睨みつけた。
ザザザザザザザザザザザザ。
ガザガザガザガザッ。
「…囲まれたわね」
ノイズ音と何かが叢を凄まじい速度で移動する音にブルーとイエロー、ルビーにサファイアは集まって固まった。
一人になるのは危ない。
警戒した四人はモンスターボールを手に持ち、四方を見た。
囲まれている以上、逃げ場はない。
あるとするなら上空か、無理矢理道を作るか。
空を見上げたブルーは小さな声で三人に指示を出す。
イエロー、サファイア、ルビーはブルーにこくりと頷いた。
「カメちゃん!」
「とろろ!」
「ぴーすけ!」
モンスターボールから空を飛ぶ事が出来るポケモンを出す。
「逃げるわよ!」
ブルーが声を張り上げた刹那。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。
今までにないくらいのノイズ音が鳴り響き、ぼこぼこぼこぼこぼこぼこっと何かが沸騰したような音がしてー…。
地面に穴が開いた。
「なっ…!」
先程まで固かった土が泥のように柔らかくなり、底無し沼のようにとろろに乗ろうとしていたサファイアの足を呑み込んだ。
「…っ」
「サファイアッ!」
サファイアを引っ張り上げようとルビーがサファイアの腕を掴む。
「ルビーッ!」
サファイアの身体は腰までずぶずぶと呑み込まれており、引っ張り上げる事は不可能だ。
ー…間に合わない。
「とろろ、先に逃げろ!」
トロピウスから飛び降りてルビーはサファイアを守る様に抱きしめた。
「サファイアはボクが守る!行け!」
切迫とした状況におろおろとしていたトロピウスはルビーの真剣な顔にこくりと頷いた。
博士の娘を頼みます。
そう言わんばかりに高く鳴くとトロピウスは飛び去った。
「ルビーさんっサファイアさんっ!」
イエローが悲鳴を上げる。
「イエロー、危ないっ!」
イエローの足元が柔軟化しているのに気が付いたブルーがイエローを突き飛ばした。
「ブルーさっ…」
「逃げなさい!イエロー!」
貴女だけでも逃げるのよ。
強い眼差しでイエローを射ぬいたブルーは先程のルビー、サファイア同様ずぶずぶと底無し沼に呑み込まれて消えた。
「…あ……」
ぺたり、と地面に座り込んでイエローは呆然と前を見た。
カチカチとイエローの歯が鳴る。
居なくなってしまった。
ルビーさんもサファイアさんも自分を庇って、ブルーさんまで。
必死に主人を逃がそうとバタフリーが羽を動かすが、腰が抜けて力が入らないイエローを持ち上げる事は叶わない。
一迅の風が吹いた。
風が、イエローの麦藁帽子を攫っていく。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。
ノイズ音が響く。
ぼこり。
足元で沸騰する鈍い音がして、穴が開く。
「ーっ、レッドさんーーーっ!!!」
ノイズ音を掻き消す程の絶叫が森の中に轟いた。