約束の時間になったクリスタルとゴールドは森の中を歩いていた。
ランプはゴールドが持ち、地図はクリスタルが持っている。
「本当にこの道であってんのかよ?」
歩けば歩く程に目的地から遠ざかっている気がして仕方がないゴールドはクリスタルに確認をした。
「ちゃんと合ってるわよ!何度も確認したもの」
本当かよ。
疑わしげな視線をクリスタルに向けたゴールドはクリスタルの手が震えている事に気が付いた。
…まさか、な。
肩に乗っているエイパムに小さく指示を出すとゴールドは素知らぬ顔で歩き出した。
「きゃあっ!」
突然クリスタルが悲鳴を上げた。
「何だよ?」
クリスタルは青ざめた表情で振り返ったゴールドの服の端を握った。
「い、いい、今、何か冷たい物が首を撫でてった…」
服を握り締めるクリスタルの声は固い。
おー、やっぱそうか。
これ以上脅かすのも忍びないと思い、ゴールドは種明かしをした。
「悪ぃな、クリス。実はそれ、オレがエーたろうにやらせたんだわ」
「……は?」
涙目でゴールドをきょとんと見上げたクリスタルは怪訝な表情で眉を寄せた。
ゴールドの肩にはエーたろうことエイパムが楽しそうにきゃっきゃと笑って、クリスタルに自分の尾を見せた。
エイパムの尾に握られているのは蒟蒻だった。
「こんにゃく…?」
「おもしれー事に使えるかと思って持ってきた」
「馬鹿!」
にししと笑うゴールドを睨みつけ怒声を浴びせるクリスタルの手をゴールドが取る。
「だから悪かったって!…怖ーなら怖いって言えよな」
「なっ…」
「お詫びっつー事で手でも握ってやらぁ。これだったら逸れる事もねーしな」
「…馬鹿」
「あー、はいはい」
クリスタルの講義を右から左に流してゴールドはクリスタルの手を引いて歩く。
クリスタルも講義を止めて歩き出したゴールドに引っ張られて歩みを進めた。
「…ここ、よね?」
地図と自分達が到着した場所を交互に眺めてクリスタルは呟いた。
「まさか、間違えたんじゃねーだろーな」
じとりと睨まれてクリスタルは首を振った。
「そんな筈ないわ。この場所だってブルー先輩が書いてくれたものと一致してるもの」
「……クリス」
ゴールドがクリスタルの手を離す。
クリスタルが自分の背中に移動したのを確認したゴールドはキューを構えて言った。
「オレがお前守るからお前はオレの背中、守れよ」
「分かったわ」
クリスタルがモンスターボールを放り投げ、自慢の足捌きで蹴り上げた。
「任せた!/任せたわ!」
背中を合わせたゴールドとクリスタルは互いの死角を守るように動く。
「メガピョン!葉っぱカッター!」
「バクたろう!のしかかり!」
キューを使って下からモンスターボールを転がしたゴールドは出てきたバクフーンに指示を出した。
ー…暗闇じゃ分が悪いわ。
現在の状況が自分達に不利であると判断したクリスタルは叫んだ。
「フラッシュ!」
メガニウムがフラッシュを放ち、辺りを明るく照らす。
「ー…正体を現しなさい!」
「……え?」
フラッシュにより明らかになる筈だったこの場所に潜んでいた何かは何処にもいなかった。
あるのは影。
何も変わらない普通の光景が視界に広がり、クリスタルは当惑した。
「どういうこと…?」
「警戒を解くな」
キューで軽く小突かれ、クリスタルは苦笑した。
「ごめん。でも、どういうことなのかしら?」
居るのに居ない。
ある筈なのにない。
矛盾が生じている。
先程まで色濃く気配を残していたのに。
まるで霧のように霧散してしまったかのようだ。
嫌な汗が肌を滑る。
生暖かい風がゴールドとクリスタルの髪をさらった。
「わかんねーよ。ただ、言える事は異常事態が起きてるってこった」
沈黙していたゴールドがキューを肩に乗せる。
「けどよ、ただ黙ってこの訳わかんねー状況の中に居るつもりはねーんだ」
がつり、とキューを地面に叩きつけ、ゴールドは叫んだ。
「思う存分暴れてやるぜぇ!」
手持ちのポケモンを全て出してゴールドは指示を出した。
「…はぁ。どうして直ぐに突っ走るのよ!」
溜息を吐いてクリスタルもポケモンを出してゴールドをフォローする。
爆発音と煙が舞う中、ざわり、と風に揺られて草が音を奏でた。
「…?ねぇ、ゴールド。何かおかしくない?」
「あ?こんな異常事態なんだ。全部おかしーに決まってんだろ」
「そうじゃなくって…!」
「クリス、危ねぇ!避けろ!」
「えっ…」
突然ゴールドに手を引っ張られ、クリスタルは反応出来ずにゴールドに身体を預けた。
キューを前に突き出し、フェンシングの要領でゴールドはそこにあったものを突いた。
「な、何…?」
ゴールドは前を見据えて睨んだ。
「分かんねぇ。等身大の黒い影みてーなのがお前を襲おうとしてた」
「もしかして、これみたいなっ!?」
ゴールドの肩を借りて飛び上がったクリスタルはゴールドの頭上を回し蹴りした。
「うおっ!?何すんだよっ?」
すたんと着地したクリスタルは立ち上がって言った。
「居たのよ。ゴールドが言っていた黒い影が」
「…マジ?」
肯定の証としてクリスタルが頷く。
「仕留められなかったわ。わたしの足をすり抜けていった」
打撃が効かない相手に打つ手がないゴールドとクリスタルは沈黙した。
「…クリス。まだ体力残ってるか?」
「ゴールドは?」
「残ってんに決まってんだろ」
クリスタルに耳打ちして、ゴールドはバクたろう以外のポケモンをモンスターボールにしまった。
「…いくぞ」
小さな声でゴールドが合図を送るとクリスタルは頷いた。
「バクたろう、煙幕だ!」
黒い煙を吹き出したバクたろうをボールに戻して闇に便乗したゴールドとクリスタルは逃げ出した。
「きゃあっ」
「クリス!?」
悲鳴を上げたクリスタルを振り返ってゴールドは瞠目した。
闇だ。
闇そのものがクリスタルを飲み込もうとしている。
「クリスから離れろっ!」
ゴールドがクリスタルを救出しようと殴り掛かる。
が、クリスタルに纏わり付いていた闇はアメーバのように分割し、ゴールドへと触手を伸ばして張り付いた。
「なっ…」
ずずず…と闇がゴールドとクリスタルを飲み込んでいく。
「ゴールドッ…!」
「クリスーッ!」
無情にもゴールドとクリスタルが伸ばした手は届かずにぷつりと闇に飲み込まれた。