「ユウキくん」
「……」
「ユウキくんってば!」
さっきから何度も呼び掛けてるのにユウキくんはポケモン図鑑に夢中で返事を返してくれない。
流石博士の息子というか。
本当ポケモン馬鹿なんだから。
あたしの声なんか聞こえてないんだろな…。
お隣りさんに呼ばれて来てみたあたしを迎えたのはあたしに背を向けたユウキくんだった。
ここはユウキくんの部屋だからユウキくんが居るのは全然おかしくない。
例えあたしを呼び付けたご本人がやって来たあたしを放置して背中を向けていたとしても。
というか何の用事で呼び付けたのだろうか。
彼から連絡を貰って喜び勇んでオダマキ家に来たあたしの為に是非とも理由が知りたい。
けれどユウキくんはあたしの来訪に気付いてないから聞く事も出来ない。
…一方通行。一人相撲。
つまりは。
「…好き、なのはあたしだけって事だよね」
一応、彼女の筈なのに。
いっそポケモンと結婚しちゃえ。
バカヤロー。
「いや、俺もハルカの事好きだから」
どーせユウキくんには聞こえてないんだから。
そう思って言った言葉にまさか返事が返ってくるなんて思わなかった。
ぽかんとするあたしに彼は振り向いて笑う。
「付き合って長いのにそんな事も知らないの?」
白い歯を見せて笑う彼が眩しい。
なんて惚気は本人の前でなんて絶対言ってやんないけど。
「…知らないよ。だってユウキくんポケモンばかりじゃない」
「何いじけてんだよ?」
「いじけてません!」
「分かった!拗ねてんだろ?」
「違ーう!」
指を鳴らす彼にあたしは叫んで否定した。
「はいはい。ハルカは俺に構って欲しかったんだよな?」
「違う!」
分かってるよ、というユウキくんの表情に腹が立つ。
「本当に?」
「…本当だもん」
迫るユウキくん。
逃げるあたし。
一歩、また一歩後退しては距離を詰められる。
とん。
あたしの背中が壁に着いた。
ついでにユウキくんの腕が伸びてあたしを閉じ込める。
「俺、素直なハルカが好きなんだけどなぁ?」
黒く輝く良い笑顔のユウキくんに迫られてあたしは絶叫した。
「嘘ですっ!本当は構って欲しかったですーっ!」
必死に叫べばユウキくんはふっと微笑してあたしを抱きしめた。
「人間素直が一番だよなぁ?」
暗黒魔人様には言われたくないです。
とは言えない。
言ったらドSな笑顔で何をされるか分かったもんじゃない。
「ソーデスネ…」
「あれ、ハルカ何か俺に言いたい事でもあるの?」
言ってみなよ。
黒い笑顔全開のユウキくん。
貴方のその笑顔が怖いです。
「…ユウキくんの用事って何かなって」
苦しまぎれに咄嗟に出た言葉。
でも聞いてみたかったのも本当だから、あえてユウキくんをじっと見上げた。
「……図鑑のデータを見せて貰おうと思って」
若干歯切れの悪い口調でユウキくんはあたしから目を逸らした。
見逃しちゃいけない。
逃げるチャンスだ。
「あ、そっかぁ!分かった。今出すね!」
はい、と手渡してユウキくんは図鑑を受け取る。
ん、と図鑑を受け取ったユウキくんはあたしの顔を物言いたげにじっと見つめてぼそりと呟いた。
「ハルカの鈍感」
「なっ!?急に失礼な事言わないで!鈍感なのはユウキくんの方だよ!」
「いーや、お前だね」
「ユウキくん!」
「ハルカ」
「ユウキくんだもん」
「ハルカだね」
そして喧嘩が勃発した。
(お前に会いたかっただけなんて恥ずかしくて言えるか!)
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天然鈍感ハルカと俺様照れ屋ユウキ等は如何でしょう?