「どうして、」
目の前にいる少年は柔和な微笑みを湛えながら自分を押し倒しているのだろう。
静かな声音で少年はゆっくりと喋った。
「どうして、って。それは僕も男だからだよ」
どこまでも優しい笑みを絶やさない少年を真っ直ぐに見上げて少女は言った。
「重い。どいて」
「それは出来ないな」
捕まれた腕に力を込められた。
痛い。
取り合えず、両腕を一つに纏めて押さえ付けるその手を離してはもらえないだろうか。
「コウキ君」
「ヒカリちゃん」
名前を呼んだら呼び返された。
こんなシチュエーションだというのに少女と少年の間に流れる空気はどこまでも落ち着いていて穏やかだ。
二人の声は熱を持たずに冷めきっている。
「コウキ君が男の子だって事、私、知ってるよ?」
「…僕は君のその認識を破壊したいんだよ」
「意味が分からない」
「これから分かるよ」
眉根を寄せるヒカリは首を傾げてコウキを見つめる。
その瞳に映る自分の顔は欲情しているとは言えない表情だった。
どちらかと言うなら哀愁が漂うような顔。
青く澄み渡る純粋な瞳でヒカリはコウキの名前を呼んだ。
「コウキ君は私の嫌がる事は絶対にしない」
確信を持った強い眼差しで射ぬかれてコウキは息を呑んだ。
「……何で、そう思うの」
「コウキ君だから」
強張る喉から声を絞り出してそう問えば、間髪入れずに答えられた。
絶対の信頼感を持って断言されるとは思わなかった。
溜息をついてコウキはヒカリを解放する。
ゆっくりと起き上がったヒカリは隣に座るコウキに微笑んだ。
「ほら、ね?」
「……ヒカリちゃんは狡いなぁ…」
苦笑して脱力するコウキにヒカリは心底嬉しそうに笑う。
僕はさ、君の隣に居たいんだよ。
幼なじみの男の子、じゃなくて。
君の恋人として隣に居たいんだ。
でも、どうやらそれは難しいらしい。
せめて、君に「男」って認識させたかったんだけどな。
この距離感がもどかしい。
だけど、一番悲しくて情けないのは。
隣で微笑む君との関係を壊してしまうのを恐れている自分自身。
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幼なじみだからこそ近すぎる距離がもどかしい。
そんなお話だったり。