ー…父さん、ママ、ごめんね。ごめん…ー

ー…あんた、いくつだい?どうしてこんな所に居る?…ー

ー…お願い聞いて貰えるかしら?…ー

ー…成功した暁には報酬はたっぷりと弾もう…ー

「……っ!」

ガバリと勢いよく起き上がると少年は心臓の動機を鎮める為に服を掴んだ。
真っ青な顔色の少年は深呼吸をして忙しなく動く心臓を落ち着かせようと懸命に努力する。
ゴォゴォと風の唸る音を耳にして少年は虚ろな瞳で窓を見た。
木を揺らし、花を連れ去り、吹き荒れる嵐に眉を顰めて少年は外の景色を睨んだ。

自然は好きだけれど、こんな夢見が悪く嫌な記憶を呼び起こす日に見る嵐は好きになれない。
何が何でもあの時の記憶を思い出してしまう。
家を飛び出してカガリに会うまでのあの日々を。

ふと少年は今朝に見た夢を思い出した。
自分の過去を示唆するであろう夢。
あの類の夢はこれまでに幾度も見てきたが、今朝の夢は今までとは違う。
後半のあの白い雷に花に蛍。
そして白い光を纏った少女。
見たこともない光景に目を見張ったあの夢はいったい何を意味しているのか。

忙しなく動いていた心臓は落ち着きを取り戻し、少年は天井を仰いだ。

ー刹那。

高音質な金属音に次いで雷が落ちたような腹の底まで響く音が鳴り響いた。
と同時に一瞬で屋根が吹き飛び、天井を貫いて白く光る稲妻が少年の目の前で床に突き刺さっていた。

「ー…!」

見覚えのあるこの光景は今朝の夢と酷似していた。

ーまさか…!

勢いよく上空を見上げるとふわふわと白い光が幾重にも舞い散っている。
ふわり、と白い光を纏った少女が舞い降りる。
花の形に変形した稲妻に受け止められた少女を凝視して少年は呟いた。

「amazing…」




泥の様に眠っている少女を見つめて少年は花のクッションに触れた。
少年に触られると同時にクッションは弾けとんだ。

「!」

トサリと横たわる少女を抱き抱えて少年は自分のベッドに少女を下ろす。

「さて、誰にも見られないうちに終わらせるか…」

引き出しから様々な種類の草花を取り出し、少年は真っ白な紙の上に墨で陣を描いた。
順番通りに上から散らして、最後にマッチを取り出して火を付ける。
勢いよく燃え上がり、炭と化した紙幣は浮遊して吹き飛んだ屋根と破壊された天井に張り付いた。
磁石が引き合うように集合した屋根と天井の残骸は元の形に戻る。

「応急処置だから持って5時間ってところかな?」

嵐を凌ぐくらいには十分な働きを見せるだろう。
少年は息をつくと眠る少女の隣に腰掛けた。
床に視線を落として、放り投げられた箒と隣に眠る少女の顔を交互に見つめる。
自分の張った結界を破った少女と箒。
猫はいないようだが、文献で見た出で立ちとそっくりの外見。
魔女。
少年は物珍しそうに少女を眺めた。
夢の中に現れた少女と全く同じ容貌をした少女は魔女だったのか。
これが予知夢であるのならば、この少女はこれから先、自分の将来に関わってくるのだろう。
闇か光か、どちらかの導きとして。
ーー面白い。
少年は絵画関係以外で久しぶりの笑顔を作った。




カシャン。
結晶が崩れるような音と共に屋根と天井が砕け散った。
ジャスト5時間。
上空を見上げれば晴れ渡った青空が顔を覗かせている。
通常、嵐というものは一日や数時間で去っていくような代物ではない。
が、そんな常識はこの森には当て嵌まらないらしい。
不思議な力が宿るこの森の気象は有り得ない事が当たり前のように起こる。
自然の理も人が長い歴史を紐といて作り出した法則も何もかもを無視したこの森では自分の持ち合わせた常識など通用しないのだ。
ならば、自分がこの森の気象に適応するしかないではないか。
この森で一生を過ごすつもりなのならば。
見事に快晴となった空を見上げて少年は呟いた。

「うん。justだね!…ボクも中々この森に慣れてきたよねぇ」

少女が衝突した時に出来た衝撃波で散らかった部屋を綺麗に片付けた少年は未だに眠る少女を眺めた。
5時間眠ったままの少女は目を覚まさない。
外傷はない筈だ。
少年は不思議に思ったがそのままにしてあげようと思い、椅子に腰掛けて読書を始めた。
数分経って少年は顔を上げた。
何故かというと少女がかすかに呻き声をあげたからだ。
本を閉じて本棚にしまうと少女の様子を見るために近付く。

「う…」

吐息混じりの声が漏れて瞼がゆっくりと開く。
藍色の瞳が少年の顔を映した。
が、その瞳は少年の顔を素通りして左右にゆらゆらと動いた。
焦点が合っていない。
ゆっくりと片手が持ち上がって右目を擦る。

「あ、起きた?」

優しいテノールの声が聞こえた。
誰やろう?
父ちゃんじゃなかね…。
頭の隅でぼんやりと思う。

「うん…?」

生返事。
いけなかと思う。
やけど、眠か。

くすり。

「寝ぼけてるんだね。眠いならそのまま寝てて良いよ」

誰かが笑う気配と額に触れる熱と、声。

「…っ!」

跳ね起きて少女は自分の額に触れる手を払った。
パシンと高い音が鳴るが混乱している少女はそんな些細な音に気を配る事は出来ずに目の前の少年を睨みつけた。

「…っ、何ね!?」

手を物凄い勢いで叩かれた少年は目を丸くして少女を見つめた。
必死に自分を睨みつける少女の意図が分からない。
一応曲がりなりにも助けたのにこんな扱いをされる謂れもない。
…ああ、そうか。
少年はある考えに行き着いて小さく吹き出した。

「何が可笑しいと!?」

牙を向いて叫ぶ少女に苦笑して少年は弁解した。

「ごめんごめん。君が勘違いをしているから…つい、ね」

「どげんこつ?」

眉根を寄せる少女を見て確信する。
やっぱり。
自分がどういう状況でこうなったか理解ってないんだ。

「君さ、自分がどうして此処に居るのか理解出来てないでしょ?」

眉間のシワを更に寄せる彼女に助け舟を出そうかな。

「上を見てよ」

そう言って上を見上げればボクにつられた彼女も空を仰ぐ。
大きな穴一つに青空が切り取られた様に映る。

「覚えてない?君、昨日の嵐の中であそこから落ちてきたんだよ」

駄目押しで言ってみると少女は青ざめた表情で少年を見つめた。

「あたしの箒はっ…!?」

言うと思った。

「ここにあるよ」

近くに立て掛けてあった箒を少女に差し出す。

「かっ…返しい…っ!」

少年から奪い取って傷がないかあちこち調べる少女を眺めて少年は納得した。

うん。
そうだよね。
魔女にとって箒は大切な物だもんね。

「そ…その、さっきはすまんち。それとありがとう」

へぇ…。意外に礼儀正しいところも持ってるんだ。

「ああ、別に良いよ。それよりも君の名前は?」

気まずそうに頭を下げる少女ににこりと微笑んで少年は少女の名前を聞いた。

「な、名前…?」

「そう。名前」

少しだけ挙動がおかしくなった少女に指摘をせずに頷けば少女は口をつぐんで黙った。
眉根を寄せるその顔は不機嫌だとかいう表情ではなくて言い表すのならば「迷っている」という表情をしていた。
おかしな事を聞いた覚えはないのだが。
首を傾げて暫く眺めていると少女は視線を巡らせて考えているようだった。
名前を聞かれるのがまずいのだろうか。
そう思うと同時に少年は口を開いていた。

「…言えないなら無理しないで良いよ。ボクも勝手に呼ぶから」

驚いてボクを見る彼女。
彼女程じゃないけど口をついて出た言葉にボクも少なからず驚く。
顔には出さないけど。

脳裏に過ぎったのは初めて少女と逢った瞬間。
白い光を纏い、白い光が舞う中で舞い降りた少女は天使だと思った。

「ね、良いでしょう?天使さん」

印象通りにそう呼べば彼女は目を点にして唖然としていた。
無言で否定がないとなると肯定と取っちゃうよ?
暫く待っても呆然としてる彼女にボクはにこりと微笑んだ。




天使さんは魔力を使い過ぎて疲労が溜まり、動けないらしい。
今までは気力で威勢良く動いていたのだが気力の限界がきたのだろう。
彼女はパタリと倒れた。
目を覚ました彼女に絶対安静を言い渡し、放って置けばちょろちょろ動き出しそうな彼女を見張る為に彼女の側で世話を焼く。
一度倒れているからか彼女は大人しくボクに従った。
数年間、ずっと独りだったから隣に誰かが居るのは何と言うか変な感覚だ。
ボクの一挙一動に彼女は何かしらの反応を返す。
からかえば顔を真っ赤にして怒って。
ボクが描いた絵を見ると瞳を輝かせて凄か、綺麗と喜ぶ。
ボクの美に対する持論を論説すれば眉を寄せて意味が分からないと首を傾げる。
天使さんと呼ぶと魔女ったい!と言い返す。
ころころと表情が変わる彼女は見ていて飽きない。
面白くて仕方がない。
ー…楽しい。
一緒に居るのが楽しい。
くすくすと日々の生活を思い返して少年は少女の眠るベッドの脇に立ち、窓越しに夜空を見上げた。
少女と出逢って一月が経つ。
少女の傍は居心地が良く、楽しい。
独りで見上げる月は綺麗だったが、どこか寂しく見えた気がした。
今は一人で見上げているが、隣には健やかな寝顔の天使が居る。
ただそれだけの違いだが、いつもより数倍美しい月に見えた。

困ったな。
たった一ヶ月共に過ごしただけなのに。
離れたくない。
ずっとずっと永遠に彼女の傍に居たい。
それが許されないとしても。
自分の背負う過去がある為に彼女を傷付けるかもしれない。
離れるべきだと分かっていても。
それでも離れたくないのだ。

少年は溜息を吐いてベッドを背にして寄り掛かった。

ー…明日試してみて駄目だったら終わらせよう。




一月も経てば疲労も回復する。
全快になった少女は箒に跨がり空を浮遊していた。

「どうしたの、天使さん?」

物思いに耽っていた少女は少年の話を聞いていなかった。
天使さんと呼ばれ我に返る。
少年に視線を向ければ相も変わらず少女を楽しげに見つめていた。
少女が小さく溜息をつくと少年は少しだけ躊躇うような仕種をした後に遠慮がちに切り出した。

「…ねぇ、天使さん。天使さんはどうしてここに居てくれるの?」

急に何を言い出すのか。

驚いた少女は少年の意図が分からずに少年を見つめた。
驚くのは当然だろう。
少年は少女がそういう態度を取るのを予想していたのか、たいして動じもせずに少女を見返して言った。

「君の怪我は既に完治してるんだ。もう、ここに留まる必要はないでしょう?なのに、どうしてここに居てくれるの?」

本当は手放したくない。
けれど、それを彼女に向かって言う資格は自分にはない事も良く分かっている。
ここに居てほしいとどれ程強く願っていても。

「もしも君がここに留まる理由がボクに対する同情なら君はここに居るべきではないと思うんだ」

そう告げて少女を見ると少年は少女の凄まじい形相に驚いた。
少女は、藍色の瞳を怒りに染め上げ、少年を睨んでいた。
あまりもの鋭い眼力に少年は紅い瞳を見開く。
少女はドスのきいた低い声で少年に一気にまくし立てた。

「馬鹿にせんといて。あたしはあんたに同情した訳でも強要された訳でもなか。あたしがここにおるのはあたしの為ったい!あんたに天使やなくて魔女ち呼ばせる為におると。勘違いせんで欲しかっ!」

少年が何かを言う前に少女は踵を返すと空へと飛んで行った。
呆然と少女を見送った少年はやがて薄い唇の端を上げて人の悪い笑みを浮かべた。

「…それってつまり、ボクが魔女って呼ばなかったら君はボクの傍に居てくれるって事だよね?」

悦びに浸り、少年は少女が飛んで行った方向を眺めると家から出て行って少女の後を追い掛けた。


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